第74話 奴隷の刻印

 刀夜はリリアの回復魔法で危うい状態から脱した。泣きじゃくる彼女の頭を優しく撫でるとリリアはようやく落ち着きを取りもどした。


「す、すません。取り乱してしまいました……」


 よりにもよって主人に気を使わせてしまうなどと仕える者として失格である。


「気にするな。落ち着いたか?」


「はい」


「とりあえず宿を取ろう」


「はい」


 リリアはこれ以上、主人に失態を見せまいと元気に返事を返すと立ち上がって刀夜に手を差しのべる。


 体の痛みは残ってはいるが傷は直ったので一人でも立てなくはない。だが刀夜は彼女の仕事に甘えることにした。


 差しのべられたリリアの手は柔らかかった。


◇◇◇◇◇


 再び表通りに戻ると二人は手近な宿に入る。刀夜は一番奥にあった仕切られたテーブルを選んだ。それは内緒話がしやすい場所だからだ。


 この世界で奴隷商人に関する話題はいかにタブーとなっているかイヤというほど身につまされた。体が痛む中、これ以上のトラブルは避けたいところである。それゆえ奴隷についてもっと知っておく必要がある。


 それにこの街についてから刀夜は奴隷商人を探すので手一杯で水も食事も取れていない。魔法では空腹は満たされない。


「へい、何にしやす?」


 髭もじゃのガタイの良い男が注文を受けに来た。辺りを見回しても注文を受けているのは、おばさんとこの男だけのようだ。


 宿屋の酒場と言えば綺麗なお姉さんが注文を取りにくるのが定番ではないのか。看板娘も居ないのでは入る店をしくじったかと刀夜は後悔しそうになる。


 もっともそのような娘がいたとしても、相手が刀夜であれば何かが起こるわけでもなし。相手を口説いたり楽しませたりなどできはしないのだから。


「酒と一品ならすぐ出せやすぜ~」


 男が酒を勧めるが今は飲む気にはなれない。と言うか一応未成年であり、以前に泊まったホテルでも一口しか飲んでない。あのときの酒をおいしいと思ったこともなかった。


 それに刀夜はこの後、リリアと色々しなくてはならない用事がある。そう色々とだ。酔ってフラフラになるわけにはいかない。


「リリア、俺は文字が読めん。金は気にしなくていいから、食べたいものを適当に頼んでくれ」


「え?」


 リリアはきょとんとする。自分が好きなものを頼んでしまって良いのだろうか。もし主人の嫌いなものをチョイスしてしまったらどうしようかと悩む。


 しかし文字が読めなくて困っている主人を助けるのは自分の仕事だと知恵を絞ってみる。


「えっと、肉と魚、どちらが良いですか?」


「肉だな」


「では、鳥の香草焼きと豆のスープ、あとサラダを」


「はいよっと。酒はどうします?」


「酒はいらない水をくれ」


「へい、かしこまりやした」


 刀夜はリリアがメニューを読めるのか期待したが、彼女はメニューを読むでもなく注文をしてみせた。料理として定番なのか、それとも自分が見ていない間に壁に並んでいるメニューをチェック済みだったのか判別がつかない。


 だがスムーズな店員との会話は彼女が手慣れていることを表している。その事に刀夜はまず一段階クリアと彼女を評価した。


 男が厨房へと下がったのを刀夜は目で追って確認するとリリアに顔を近づけた。そしてこっそり質問をした。


「リリア、お前の力の事は隠したほうが良いのか?」


 リリアは主人の突然な質問に少し戸惑うと刀夜と同じく顔を近づいて返答する。端からみるとまるで悪巧みを企てているように見えなくもない。


「私の場合は奴隷ですので、あまり良くありません。魔術ギルドに登録でもすれば話は別かもしれませんが……それと屋台ならともかく、このようなしっかりとした店に入ったら追い出されてしまいます」


「ならば両方とも極秘としよう」


「はい」


 リリアは嫌なことを聞かれたのか悲しそうに左手の袖を引っ張って何かを隠した。刀夜は彼女の仕草を見逃さない。


「左手、どうかしたのか?」


 本来なら気を利かせてそこは訪ねるべきでは無いのだろうが、そのようなことが苦手な刀夜は素直に聞いてしまう。


 刀夜の質問にリリアはドキリとした。それは女性として余りにも知られたくないことであった。だが主人からの質問には答えなくてはならない。リリアは周りに見えないようそっと袖をめくってみせる。


 彼女の腕には20センチ大の刻印が火傷のようになっている。これには刀夜も驚きを隠せない。14歳のうら若き乙女にこの仕打ちは余りにも痛々しく無残だ。


「こ、これは……」


 リリアは周りを気にしながら小さな声で答えた。


「奴隷の証です。この模様は業者の刻印で売った者がだれか分かるようになっています」


 刀夜はどうやって奴隷を見分けるのかと思っていたがようやく納得いった。


 そして小刻みに震えて悔しそうに小粒な唇を噛みしめ目を反らしているリリアを哀れに思った。奴隷教育を受けたとは言え、まだ烙印が刻まれて日は浅いのだろう。彼女の烙印はまだ真新しかった。


「力で消せないのか?」


 刀夜の質問に首をふる。そしてリリアは主人の魔法に対する知識が乏しいことに気がついた。


 ヒールは一般的な医療魔術であり医療所にいけば外傷に関する治療は大抵この魔法である。病気などはキュアーシリーズが使用されて、どちらも効果は一般的に良く知られている。


 ヒールではすでに傷となっているものを直すことができないのは誰でも知っていることなのである。


「ヒールは傷跡まで直りませんので……」


 魔法とて万能ではない、その事は刀夜の脇腹の痛みが教えてくれた。だがいつまでもこのようなものがあっては、どのような支障を来すか分かったものではない。


 そして彼女の為にも。


「完全に消す方法はないのか?」


「私の知るかぎりでは残念ながら……」


 リリアは刻印については諦めていた。一生背負って生きていくしかないのだと。

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