第46話 依頼とロイヤル

 ボナミザ商会を後にしたブランキ達はヤンタル自警団本部へと向かう。


「もうかなり遅くなったが大丈夫か?」


「ああ、自警団の受付はずっとやっているからな。それよか俺は腹が減ってきたぜ」


「ならうまくやって商会でご馳走になったほうが良かったかもな」


「よせやい。出される料理に何盛られるか、わかったもんじゃねぇ」


「なるほど。それは遠慮したいな」


 ブランキは腹を擦りながら馬車を運転していた。


 自警団本部はボナミザ商会からさほど遠くはない位置にある。街の中央広場に面しており、四階建ての煉瓦レンガ作りの建物で、入り口周辺には馬車や馬が止まっていた。


「さぁ着いたぜ。ここがヤンタル自警団本部だ」


 ブランキは同じような馬車が止まっている所に馬車を止めた。建物の入り口の両脇に鎧を着た見張りが二人立っており、団旗の付いた槍を掲げている。


 ブランキは入り口の二人に軽く会釈して中に入る。三人もそれに続くが、中に入るとキョロキョロと辺りを見回した。


「こ、これは……なんか……」


「なんだかお役所みただね」


「どこの世界もこういったところは似たようなものか」


 建物の中はまるで日本の役所のような作りとなっている。長いテーブルが区分された受付、記帳台、待合用の長椅子。


 ブランキはそんな受付の一つに向かった。


「プルシ村の者だが依頼の取り下げをしに来た」


 受付にはまだ新人だろうか、若い女性が対応に入り、元気な声をあげる。


「依頼の取り下げですね。わかりました。どのような依頼でしたか?」


「プルシ村の依頼は1つだけだ。アーグの討伐依頼だ」


「はい。では準備ができるまで、そちらにお掛けしてお待ち下さい。後でお呼びいたします」


 刀夜達は妙に聞き慣れたフレーズに懐かしさを感じた。


「役所だな」


「役所だわ」


「まんまだわ」


 どことなく元の世界に帰ってきたかのような錯覚になる。刀夜は自警団の事をブランキに尋ねるつもりだったが、妙に和むこの雰囲気を味わうことにした。


 ほどなくして係りから呼ばれる。

 呼び出し主は先程の若い女性と上官らしき男だ。


「まずはご依頼について、お力添えできずに申し訳ございませんでした」


 男は謝罪すると深々と頭を下げる。

 受付嬢も席を立って営業スマイルのまま頭を下げた。


「ご依頼の取り下げの件ですが、事後の書類を作成しなければなりませんので、こちらにてお話を聞かせて頂けませんか」


 男はパテーションで区切られたテーブルへと案内した。彼の言葉に刀夜は嫌な予感を覚える。


「これ、長くなるパターンか?」


 刀夜はブランキに話しかけたのだが、答えたのは自警団の男のほうだ。


「あ、形式的な物ですので手短にしますよ」


 正直なところホントかよと思ったが、本当に手短に終わってしまう。これならわざわざテーブルでやらなくともと思ったが、腹が鳴るとそれすらどうでも良くなった。


「本当に手短だったな……」


「依頼の取り下げだからな、依頼を出したときは半日はかかったぜ」


「じゃあ、宿屋に行って飯にしようか」


「宿屋は遠いのか?」


「いや、すぐソコの店にしよう。ちょっと値は張るが、俺たちゃ金持ちだからよ」


 ブランキは懐の潤い具合にご満悦のようだ。強面も緩んでだらしなくなっている。刀夜も今日の所は疲れたので宿泊料金が高くとも近い所で済ませてしまいたかった。


◇◇◇◇◇


 ブランキが案内した宿屋は街の中央にある広場を挟んで自警団本部とは対面に存在していた。こちらも自警団本部同様に煉瓦レンガの四階建ての建物となっている。壁面には宿のシンボルであろうマークの入った旗がたくさん並んでいた。


 入り口の前にはボーイが立っており、挨拶と共にドアを開けてくれた。中は豪華絢爛ごうかけんらんな作りで、宿と言うよりホテルのようで見慣れない装飾に目が奪われる。


 中のスタッフの身なりも清楚感あふれる服装であり、もう少しキラキラとした装飾を施せば貴族かと思われるほどきっちりとしている。


「お、おい大丈夫なのか、こんなカッコじゃ場違いじゃないのか?」


「だ、大丈夫だ。金さえ払えばお客だ」


 ブランキもかなり緊張しており、到底大丈夫そうに見えない。


 フロントに立ち寄ると顔立ちも体つきも細長い男が対応にでた。こちらはホテルの制服らしきグレーのスーツのような服を着ている。


「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」


「お、おう宿泊だ」


「お部屋はいかがなさいましょうか?」


「どんな部屋があるんだ?」


「価格は銀貨15枚から80枚ぐらいです。20~30枚ぐらいのミドルクラスが大変人気となっております」


「ぎ、銀貨……あ、いや、じゃあ俺はそれで一部屋」


 金を持っていても、価格の高さに思わず尻込みしてしまうのは庶民の悲しさか。ブランキの声は一瞬ひっくり反ってしまい、慌てて平静を装った。


「じゃあ俺は一番高いヤツを一部屋」


「――とぉ、刀夜さん!?」


 ブランキはまたしも声をひっくり返して驚くが、刀夜はせっかくなのだから最高級を味わっておくのも悪くないと思った。恐らくこの先こう言った経験はできないだろうと思ったからである。


「ロイヤルスィートであれば四人でもゆったりできますが、お嬢様方も御一緒ですか?」


「はぁ!? またコイツと一緒! そんなのは御免被るわ」


「今回は金もあるから俺も別に無理に一緒したくはないな」


「では、お嬢様方はどの部屋になされますか?」


「はいはーい私もロイヤル何とかがいいでーす」


「申し訳ございません。ロイヤルスィートは一室しかございません」


「えーそうなの? 私もロイヤルがいいなぁ。刀夜代わってくれない?」


「さすがにそれは図々しいだろ」


 建前上取り分だといったが美紀が手にしている金は刀夜が恵んだものに等しい。アーグ討伐戦では彼女と梨沙は特になにもしていないのだ。


「うーじゃあ、いっこ下でいい」


「ではスィートで。銀貨64枚になります」


「じゃあ私もそれで」


「かしこまりました」


「じゃあ料金は各自で払おうか」


 刀夜、ブランキ、美紀は金貨1枚を支払うが……


「え? 各自で……」


 梨沙の顔がみるみる青くなる。

 梨沙は刀夜から金貨受け取りを拒否した為に無一文である。正確にはプルシ村で報酬でもらった宝石はあるのだが、貨幣に交換していないので現状は無一文なのである。


 梨沙はここに来てようやくからかわれたことに気がついた。

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