第45話 美紀と梨沙

 梨沙は荒れていた。お店を飛び出してブランキの馬車の前で美紀に捕まる。


「梨沙ぁー、どこいくのよぉ~」


「出ていく! 何度もバカにされて、何もできないなんて思われたままなんて、まっぴら後免よ!」


 梨沙は捕まれた腕を払いのけて振り返ると美紀に怒鳴り散らした。


「美紀! 美紀はどうなの? あんな男とこれからもやっていくつもり?」


 一緒にやっていけるかと問われればかなり微妙だ。正直いって刀夜は何を考えているのか分からないところがあるし、怖い一面を見せたこともある。だがこの世界での彼の適応力が高いのは明白だ。美紀は困った表情で答える。


「あ、あたしは、一人で生きていく自信なんてないし……別に刀夜君のこと嫌ってるわけでもないし…………ねぇ梨沙は出ていってどうするの?」


 美紀の目は梨沙を直視してきた。梨沙は美紀の質問には答えれられず顔を背ける。自分でもどうするか考えもせず感情に任せて出てきただけなのだから。だから逆に彼女に疑問を投げかけた。


「美紀はアイツを変だと思わないの?」


 梨沙の質問に美紀はよく分からないと言った顔をする。変かといわれればいつも変だし、何を考えているのかさっぱり読めない。


「私はね、アイツの事『不気味』で仕方がないのよ。『怖い』でもいいわ。水澤の事、いくら仕方がないのとは言え普通はあんな事はできないよ」


 水澤の事とはアーグからの逃亡の際に不幸にも刀夜の仕かけたトラップに捕まってしまった水澤有咲の事である。もはや助ける術のなかった彼女に刀夜が手を下して楽にさせてあげた一件である。


「そ、それはそうだけど。でもああでもしないと皆動かなかったし、水澤さんだって皆から置いていかれるのを見て死んでいくことになるんだよ、それって辛くない? それに三木君が言っていたように、その事で辛い思いしているの刀夜君じゃないの?」


 美紀は感情が高まり泣きそうになってきていた。


「それだよ、その時は私もそう思ったよ。でもさっき女との会話聞いただろ!? 『あんなの地獄じゃない』って、それって水澤の事なんか大したことないって思ってるって事じゃない!」


「あたしは、違うように聞こえたよ」


「じゃあ、なんだってんだよ!!」


「怒らないでよ……刀夜君はアレよりもっと酷いこと、経験したんじゃないかな?」


「!」


 そう言われて梨沙は違う見方があるのかと気づいた。彼女の中で刀夜は本当はどう思っているのかという疑問が沸いてくる。


「割り込んで悪いけどよ、俺も美紀と同意見だ。村の一件でよ、あんなの思いついたから、やってみたらできました――じゃねーよ。明らかに経験があるって感じだったよ」


 ブランキは刀夜の手際の良さや罠と道具の作成の際に的確に指示を出していた事に関心しながら作業をこなしていたのを思い出していた。


 ただブランキの見立ては半分的外れで、あれは刀夜の趣味の賜物たまものな側面が大きい。ただ彼がそのような趣味に手をだしてしまったきっかけはブランキの見立て通りである。刀夜は自身の身を守りたい経験からそのような趣味に走っていた。


「あたし達の国じゃ、あんな事件起こらないのよ。どうやって経験するっての?」

「あたし達の国だってあるよ、獣に襲われたとかじゃなくても、生きてることが辛いと感じるようなことってあるじゃない。ニュースとかでいたたまれない事件とかあるじゃない」


 梨沙は確かにそういうことならあるかも知れないと感じた。何より自分自身が不良という事で嫌な思いをすることはよくあった。


 喧嘩した相手から手酷い目に遭った事こともあった。だが生死をさ迷うような経験はない。そもそもどんな目にあえばあのような知識を身に付けようとする考えに至るのか不思議ではあった。


「…………」


「なぁ、話の感じ、その水澤って人はもう助からない状況だったから刀夜が楽にしてやったで、あってるんだよな」


「うん、そうだよ。水澤さん……かわいそうに……」


 美紀は思い出してしまったのか目に涙を浮かべた。


「オメー達のいた所の事は知らねーけど。それって、この辺りじゃよくある話だからよ。それにあいつの元を離れるなら覚悟はしておいたほうがいいぜ。無一文の異人の女が一人でさ迷ってみろ、行き着く先はそれこそ死んだほうがましな人生を歩むことになるぜ」


 ブランキは真剣に梨沙を心配した。彼女の才能では一人で生きていくのはほぼ不可能と分かっていたからだ。


「み、美紀はどうするの? このままアイツに付いていくの?」


 美紀は困ったような顔で答える。


「……う、うん。あたしとてもじゃないけど、この世界で一人で生きていく自信ないよ。人に頼ってばかりで情けないけど……」


 美紀はまた涙目になると梨沙の袖を掴んだ。


「ねぇ、お願いだから行かないで。梨沙が居なくなっちゃたら、わたし他に頼る人いなくなっちゃう!」


「ええぇ!? いや、だからアイツに頼るんじゃないのか、何でアタシ?」


「そうだけど、梨沙が居なくなっちゃたら私と刀夜だけになっちゃうよぉ~。彼がもし交換条件とかで、そ、その……求めてこられたりしたら、あたし拒めないよぉ……」


 美紀は逃がさないとばかりに梨沙に抱きつくと号泣しはじめた。


「あ、あたしは、あんたのボディガードかよ……しゃぁねぇなぁ……」


 梨沙は出ていくのを諦めると、美紀の頭を撫でてあげた。もしそのようなことになれば美紀を見捨てていったこととなり、自分自身にも後味が悪いことになりそうだった。


 話を聞いていたブランキもそれが良いとウンウンとうなずく。


「もう話はまとまったか?」


 突如の刀夜の声に梨沙と美紀は心臓が飛び出す勢いで驚く。刀夜は話が終わるのをずっと待っていたかのように店の柱に肘をついてじっとしていた。


「……あ、あ、あ、あ、あんた、いつから――」


「いくら俺でも女の子にそんな外道なことはしないよ」


 刀夜の回答に二人は茹でダコにように赤くなった。


「刀夜、お前、仲間には全然信用されてないんだな……」


 ブランキが哀れそうに刀夜の肩に手をやった。


 そんな刀夜は深くため息をつくと空を眺めた……

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