第37話 アーグ討伐2

 明朝、日が登ると刀夜を含む九人の討伐隊が村人達に見送られ村を出てゆく。そしてこの道を一番良く知る男を斥候に出した。


 仕掛けのポイントに到達すると刀夜は木の生えている位置や草の生え具合を確認する。辺りの風景を見回して作戦実行時のシミュレーションを頭の中で何度も行い、罠を仕かける場所を指示してゆく。


 村人達は刀夜の指示にしたがって罠を仕かけた。設置のたびに彼らは昨日の刀夜の作戦と照らし合わせて、その合理性になるほどと感心した。


 そして進んでは次のポイントで再び罠を設置してゆく。


 アジトまで続くのこの道は台車の幅ギリギリの広さだ。山道なだけあって斜面はキツイ所もあり蛇行している。


 だが道として使われていた部分の地面はやや剥げていて、道から外れると草と木が生い茂っている。刀夜の理想通りの地形である。


 そしていよいよアジト前に到着する。ここから討伐隊は二チームに別れる。後方の迎撃隊と罠を仕かける突撃隊だ。


 突撃隊は獣脂をとりだして体に塗り始めた。アーグに気づかれないよう人間の匂いを殺す為である。鼻の曲がるような嫌な臭いがするが、そのことに誰も文句を言わない。自分の命と村の運命がかかっているのだ、皆真剣である。


 アジトの様子を確認していた斥候が突撃隊と合流する。斥候の話しによれば砦にアーグが一匹うろついているだけとの事であった。できれば誰も居ないのが理想であったが一匹だけなら想定の範疇はんちゅうである。


 斥候を勤めた男、名をブブカといい年配であるが元狩猟を生業としたいた村の中で最も弓の扱いがうまい。背中に背負っていた大きなクロスボウもどきを取り出して地面に立てる。ペダルを踏み込むと玄がセットされた。


 このクロスボウは元々狩猟用の弓を改良して作られた為に本来のクロスボウに比べかなりイビツな形となったが威力、命中精度は元の弓より向上している。


 弓部分は補強されているので手で玄を引くのは難しい為、足を使ってテコの原理を応用してセットする。射撃の練習においてブブカは戸惑ったが、すぐにコツを掴んだ。


 狙いを済まして有効射程に入るのをじっと待つ。

 集中しているため彼は微動だにしない。

 射程に入っても彼はまだ撃たない。

 ヤツの視界はこちら側を向いていた。


 アーグが他に気をとられて視線を反らしたとき彼はトリガーを引く。太い矢が放たれるとアーグの頭を見事に貫通させた。見事なブブカの腕前に刀夜は高揚感を覚えて思わず声を出してしまいそうだ。


 極めて破壊力の高い矢の一撃が相手に声も出せずに絶命させた。この矢はアーグを一撃で倒せるように通常よりかなり太い代物である。


 アーグが死亡したのを確認すると突撃隊は音を殺して進む。だが台車の音はいかんともし難いので手前で止めて荷物を人力で運ぶしかない。


 刀夜は洞窟前で空気が奥に流れ込むのを確認するとこれも情報通りであった。洞窟の奥にも換気口があり、淀んだ空気が溜まらないようになっている。


 それを確認すると麻袋に詰め込まれた落ち葉を洞窟前にばらまくと燃えやすいように広げた。


 その間に他の突撃隊は木で作ったトゲのバリケードを3つ設置して、反対側の道から逃げられないように封鎖ふうさをした。そしてここでも麻袋から取り出した落ち葉を大量にバリケード前にバラ巻く。


 夜行性のアーグはこの時間は睡眠中だ。


 刀夜が後続に合図を送ると燃える松明を持った若者が聖火ランナーのように走ってくる。彼は松明の炎で落ち葉をどんどん燃やしてゆく。


 するとバリケード側の落ち葉は乾燥したもののため、あっと言う間に炎に包まれる。洞窟側は湿気しけたものを混ぜてあるので火をつけると大量に煙を立てた。


 刀夜達先発隊はすぐさま元の道へ戻る。


 洞窟側の落ち葉には麻痺毒の花の実と刺激臭の強い木片を混ぜてある。煙はどんどん洞窟へと吸い込まれて岩山の空気穴から煙が漏れてゆくのを確認できた。


 突然の出来事にアーグが慌てて巣から飛び出してくる。彼らは毒と刺激臭で眼と鼻そして喉をやられて悶絶してのたうちまわる。


 自分達が狙われているなど警戒する余裕などない。


 アーグが洞窟から少し離れたタイミングで矢が放たれて彼らを始末してゆく。遠距離攻撃からの一方的な虐殺だ。


 洞窟の入り口から距離を開けたのは倒したアーグで出入口が埋まらないようにする為である。洞窟内にたっぷりと煙を吸い込ませるのだ。


 煙にいぶされて洞窟から次から次へとアーグが出てくる。片っ端から矢を射るが四基のクロスボウもどきはどうしても装填に時間がかかってしまい、撃ち漏らしたアーグが刀夜達に向かってくる。


 限界点を越えられると刀夜は撤退の号令をかけた。


「限界だ! 次の防衛ラインへ撤退!!」


 怒り狂ったアーグは徒党ととうを組んで逃げる刀夜達の追撃に入る。


 直線的に追ってくる敵に対して、刀夜達は道を踏み外さず蛇行して撤退しなければならない。


「道から絶対に外れるなよ!」


 刀夜が叫んだ。水沢有咲の二の舞はごめん被りたいのだ。彼女の一件は刀夜にとって無念であり、思惑通りにことが進まなかった点で耐え難い屈辱だ。


 彼らは曲がりくねる道を踏み外さずに突き進んでいく。自分達で仕かけた罠だ危険性は熟知している。しかも闇夜と異なって山中は十分に光が差し込んでいるので道を誤ることもない。


 全員無事に第二防衛ラインへ到達した。


 あらかじめ設置しておいたクロスボウやスリングを迎撃隊が構えて追っ手に備えた。


 追撃者は道を外れて最短コースで待ち構えている刀夜達を狙う。だが草むらに入ると仕かけられていた剣山のような杭の板を踏み抜き、悲鳴を上げて倒れた。そして不幸にも倒れた先に同じ罠があるため串刺しとなる。


 このトラップは校舎脱出時にも使用したものとほぼ同じだがその内容はより凶悪になっていた。杭は抜けないよう返しが施されて、更に縦に掘られた深い溝は出血を促すようになっている。それが一つの板に何本もそれが突き出ていた。


 今回は時間と人手があったので数多く揃えて至るところに設置してある。


 踏み抜きトラップ以外にも木の枝トラップや足を引っかけるロープトラップによりアーグの動きが止まる。動きを止めたアーグにクロスボウの矢が放たれた。太い矢がアーグの頭蓋を破壊して一撃で彼らの命を奪う。


 動いている敵より止まっている敵を狙い、確実に矢を命中させて敵の数を減らしてゆく作戦だ。


 だが罠のある場所を回避してくるアーグもいるため、止まっている獣ばかりを相手にしているわけにはいかない。


 近寄ってくるアーグに対して刀夜が指示をだす。


「スリング! 撃て!!」


 命令と同時に大型スリングから散弾が発射された。


 石とガラス、釘と金属片が広範囲に飛び散るとアーグはその弾をかわすことができず、必然的にガードを取らざるをえない。足を止められて固まっている所をクロスボウの矢の餌食とされた。


 このスリングとクロスボウの攻撃はセットで行うよう指示されている。さらに同じ標的を狙わないようにどの標的を狙っているか互いに声を掛け合って知らせる手筈となっている。


 森の中はアーグの雄叫びと悲鳴が響いた。


 この波状攻撃にアーグは近づくこともできず次々と数を減らされてゆく。煙にまかれ、バラバラに刀夜を追ったために集団で行動でず各個撃破されたのが彼らの敗因だ。刀夜は第三迎撃ラインまで用意していたがその必要は無くなった。


「追撃する!」


 やがてアーグは撤退するが撤退中もトラップにかかったものを仕留めてゆく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る