第35話 龍児とレイラ

 龍児以外の面々は明日の朝の出発を目指して自警団が用意してくれたテントで就寝しゅうしんに入っていた。


 食事のあとアラドに嵐の件も帰る方法を尋ねたが結局分からずじまいとなった。


 龍児は丘の上で山を見ながら昔の事を思い出していた。龍児の父親は消防士のレスキュー隊に所属しており、子供の頃から人助けの大切さと英雄談の話しをしてくれた。


 元々ヒーロー好きだった龍児は自分も父親のようになりたいと思うようになるのは当然であった。


 だがどう道を踏み外したのか、人助けのつもりが人を傷付けることになってしまい、いつしか不良と呼ばれるようになってしまったのだ。考えなしに誰しもを助けようとした為、いつの間にか利用されていたのだ。


 目標を失って学校がつまらなくなると頑張って維持していた成績はみるみる下がった。消防士になるための国家資格は遥か高い壁となった。


 だが、それでも龍児の心にはかすかにがれていた気持ちがずっとくすぶっている。


 しかし、この事件で自分が何もできないことに気づかされた。


 打ちのめされただけではなく、学校ではうだつの上がらない取るに足らないと思っていた男が、自分がなりたかった者に最も近いことにショックを隠せなかった。


 みっともなくその男に八つ当たりをしてしまった。なのに自分が矮小わいしょうな人間などとは認めたくない。悔しかった。どうしようもなく悔しかった。


「明日の出発、早かったのではないのか?」


 そう声を掛けてきたのは赤い髪の人であった。甲冑かっちゅうをすべて脱いでいたので一瞬誰かと思った。しかし龍児は彼女の名前が思い出せない。


「えーっと、副隊長さん?」


「副隊長のレイラ・クリフォードだ。助けてやった人間の名前くらい覚えてくれても良いのではないか?」


 レイラは顔を膨らませた。助けたほうが名前を覚えているとかどうなのかと。そんなに私は魅力が無いのかと自分自身を心配しそうになる。


「――すんません」


「君は確か龍児と呼ばれていたな。で、何をしているのかな?」


「――えーっと……」


 龍児は返事に困った。まさか初対面の人に自分の弱味を見せるなどありえないだろうと。


「まぁ話したくないなら別にかまわんが……」


 レイラも特にそんな事を聞きたいわけではなかった。むしろ彼女の興味は『異世界の人』であった。


「君は本当に別世界の人間なのか?」


「可能性の話だ。正直俺にもよくわからねぇ。だがここに来て俺達の知っている世界とはあまりにもかけ離れているのは事実だ」


「ふむ、でも話している言葉は同じようだがな。やはりどこか遠くの地の者ではないのか?」


「それは俺達も驚いているよ。でもさっき見せてもらった地図、俺たちの世界にあんな地形の場所はない。俺たちの世界はこんな感じでよ……」


 龍児は地面に世界地図を描いてみた。お世辞にもならないほど酷い絵ではあったがこの世界とは明らかに違った。


 ただアラドが見せた地図と世界地図とではスケールが大きく異なるのだが龍児はそこまで気が回っていない。


「ほう、確かにずいぶん違うな」


 その後も龍児は自分の世界の話を彼女にした。彼らが異なる世界から来た者達などと信じがたい話である。だが現にここにいるのだと自分自身を納得させざるを得なくなった。


 それと同時に彼らの行く末が不憫ふびんで仕方なかった。彼らのような者が街に受け入れられるわけが無いのだ。


 彼等のたどる運命は『野垂れ死ぬ』か『奴隷』の二択しかないだろうと。


「明日からヤンタルの街へ向かうのだな」


「ああ、そこではぐれた仲間と合流することになっている。生きていればの話だがな……」


「巨人に襲われたのだろう? 生きているといいけどな」


「多分生きてやがる」


 龍児は言いきった。認めたく無いが、あの男の死ぬところが全く想像できなかったのだ。むしろ気がかりなのは女子の三人である。


「ほう、随分自信ありげじゃないか。信頼しているのか?」


 レイラは龍児の反応が意外だった。もう少し不安げにするかと思っていたが、あの巨人に出会って生きていると言い切れるような輩がいるというのだ。


「はぁ? 信頼? 逆だよ逆。あんなヤツに信頼なんてねぇよ」


「?」


 だが龍児から帰ってきた反応は予想外であったために彼女は混乱する。龍児は困惑しているレイラの顔を見ると説明を追加した。


「ヤツは生き延びる為には何だってやりやがるんだ。一緒に行動してる連中が不憫ふびんでならないのさ」


「ふーん、だけど生き延びているとは思っているんだ?」


「ふん、性格が悪辣あくらつなんだよ」


 龍児は本人が居ないこと良いことに、これでもかと悪口を垂れた。


「そうか、アーグ襲撃の話で指揮したのはソイツなんだな! なるほど、なるほど。実に興味が湧いてきたな。是非会ってみたいものだ」


 レイラは食事の時に出てきたアーグ襲撃脱出劇の話での手腕しゅわんが刀夜によるものだと感づいた。すると途端にその男に興味が湧いてきた。


「あんなのに興味あるのかよ!?」


「実はな、我々自警団は極度の人手不足なのだ。本来なら異人を入れることはないが、そんな優秀なヤツがいるなら是非とも欲しいものだ」


 これは事実である。最近の街は人口がかなり増えており、それに伴って犯罪も増えていた。


 特に怪しげな宗教団体が暗躍あんやくしており、それに対して自警団の人数は伸び悩んでいた。これは自警団が身元保証のある人材しか雇用しない方針であった為だ。


 自警団は獣討伐以外にも街の警察機構も兼ねているため、とにかく人手不足であった。近年では方針を変更し、認められれば外部の人間も受け入れる方向に変わりつつあった。


「へん、止めとけ、止めとけ。あんなの入れたら自警団めちゃめちゃにされるぞ」


「なんだ? ソイツに嫉妬しているのか?」


「は、ハァ? だ、誰があんなヤツなんかに。いいかヤツは俺の理想とは真逆なんだからな! 嫉妬する理由なんてない!」


 龍児は図星を突かれて怒鳴って否定した。本当は嫉妬していた。同じ年齢で何故あんな事ができるのかと悔しくてたまらなかった。


「分かった分かったきになるな。だが才能はあるんだろう?」


「…………あぁ、けどな正直何考えてるかさっぱり分からねぇヤツだぞ」


 レイラは会ってみれば分かるだろうと思っていた。自分達にその男がぎょし得るかどうか、彼女は軽く考えていた。


 だが後に刀夜と自警団を巻き込んだとてつもない事件でこの時の見積りが甘かったことを思い知るのはまだ先のことであった。


「ところで才能と言った面ではお前も見込みは有りそうだな。この丈夫そうながたいはウチの隊にもなかなかおらんぞ。鍛え上げれば戦力になりそうだ」


 レイラの記憶によれば龍児ほどの体格を持っているのは団に二人ぐらいしか知らなかった。


「よせよ、誉めても何も出ないぜ」


 そう言いつつも龍児は内心喜んでいた。彼にとって人から必要とされ、誉められることは極上の喜びである。


「……話は変わるが君たちのリーダーは君では無いのだな」


「そうだ。リーダーは拓真だ」


「わたしはてっきり君かと思ったのだが、見誤ったか……私の眼力もまだまだだな」


 レイラは初めて彼らと出会ったとき、この男から妙にインパクトを感じていた。体の大きさもそうだが、何より他の者とオーラが違って感じたのだ。


 ゆえに彼らと接触したとき、彼女は真っ先に龍児に話しかけたのだった。


「拓真は誰とでも平等に接するし、皆の意見をまとめるのもうまい。適任じゃないか」


「それは私の知るリーダーの資質ではないな。リーダーに必要なのはカリスマだ。この人になら信頼して付いていくというような引き付ける力だ」


 彼女の言葉に龍児は成るほどと感心したと同時に湧いた疑問を聞いてみた。


「なぁ、嫌なヤツでもカリスマってあるのか?」


「ん? あぁ……もしかしてライバル君のことをいっているのか?」


「そ、そういうわけじゃ……」


「あると思うぞ。例え性格の悪いヤツでも、ど悪党でも人を引き付ける力があるならそれはカリスマだ」


「カリスマ…………」


 レイラは龍児の表情から彼はカリスマを欲していると読んだ。ならばそれを利用しない手はない。


「君がその彼に対抗したいなら、君自信がそう言った力を持たないと一生追い付けないだろうな」


「いや、チゲーしッ」


「いやいや、マジマジ、本当の事だよこれは。そこでだ自警団で己を鍛え上げてみるのはどうかな?」


「何コレ。もしかして俺はスカウトされてたのか?」


 龍児は今まで誉められていたのではなくておだてられていた事にガッカリした。レイラにしてはおだてたつもりはなく、本心で誉めていたつもりだったが、コレでは説得力はなかった。


「んんッ まぁそれはさておき。気になったからアドバイスを一つしてあげよう……」


 話の流れが悪くなったのでレイラは話を切り替えることにした。彼女が龍児に顔を近づけて耳元でささやくいたのはアドバイスと言うよりは忠告であった。


「……街には気をつけろ」


「!」


「お、おい……」


「アドバイスはここまでだよ。後は幸運を祈る」


 レイラはもっと彼らの話を聞きたかった。だが情が移り初めて来たので、そうそうに切り上げることにした。


「明日は早いのだろう、おやすみ……」


 それは彼女なりの気遣いのつもりであった。

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