第21話 巨人の驚異1
くじ引きで見張りを決めて交代で休むことにした。
夜明けから三時間ほど経っただろうか……
疲れはてた皆は
悪夢にうなされることもないほど、深く、深く……深く。
そのような中、俊介は津村彩葉の看病をしていた。吹き出る汗を拭ったハンカチはあっと言う間にぐっしょりとなる。
汗を絞るたびに水を飲ませていた。交互に果汁も与える。
苦しんでいる彼女を見ていた智恵美先生は彼女はもう助からないであろうと予感がしていた。そのような無念の思いと、何もできない自分の不甲斐無さが悔しかった。
龍児に先生を止めるよう言われて断ったが、結局のところ自分は先生として何もしてやれず、龍児の言葉が徐々に重くのしかかる。
静寂の
そしてそれは突如に起きた。
見張りのをしていた男子が疲れでうたた寝をしてしまい、近づく驚異にまったく気がつかなかった。
ズシン、ズシンと何か大きなものがゆっくりと歩いて近づいてくる。そしてメキメキと木の枝が折れる音がした。
他の方向の見張りをしていた女子がその異変に気がつく。
「皆! 起きてえぇぇ!!」
深い眠りに落ちていた者達はなかなか目が覚めず、かろうじて体を動かして目を冷まそうとするが体があまりいうことを聞かない。
彼女は突如現れた異形の姿に
その声にうたた寝していた男子もようやく目が覚めて目の前にある存在に悲鳴をあげた。だがすでに時遅く、巨大な手が男子生徒を掴み上げる。
そこにいたのは巨大な
右手には巨大なハンマーを有し、フェイスプレートの奥底で赤い目が光っている。
「た、助けてくれえぇ!」
男子生徒の悲痛な叫び声が上がった。
だが圧倒的な威圧感に誰もが言葉を失い、
巨人は捕まえた男子生徒を高々と持ち上げると、まるでスポンジを握りつぶすように、いとも簡単に彼を圧殺する。
短い悲鳴と共にボトボトと見慣れない色々なものが巨人の手の隙間から
それを見た者の恐怖の声が山中に
龍児は担ぎ椅子に座っている彩葉を再び布で結ぶと急いで彼女を担いだ。
刀夜はこの状況でなぜ他人の命を優先できるのかと彼の行動に驚くが状況は予断をゆるさず、自分のリュックを手にして逃げ出すので精一杯であった。
「先生、急いで!!」
腰を抜かしていた智恵美先生を委員長の拓真が手を掴み引っ張ってその場から逃げ出す。だが辺りの生徒はどこに逃げるのかと右往左往している者たちが否応なしに目についた。
「皆! 逃げろ! 尾根伝いに逃げろ!」
そのような彼らに拓真は指示を出した。彼なりに委員長という立場が皆を何とかしたいと考えたのだろう。
だが刀夜はその判断は間違いだと考えていた。この場合、固まれば巨人はそこを狙ってくるだろうと。分散して逃げるのが得策であり、最も被害が少なくなる方法である。
だが刀夜はそれを口にはしなかった。巨人がそちらに向かえば自分は助かるからだ。
巨人はその巨体に似合わないほどのジャンプをすると生徒の集団めがけてハンマーを両手で叩きつけた。
凄まじい衝撃波と地響きが起こる。
まるで大型爆弾を落とされたかのような衝撃波に巻き込まれてクラスの大半は吹き飛ばされて地面を転げた。
誰かがハンマーの餌食となり、男子一人と女子一人が空高く飛ばされた。だがそれが誰なのか確認などできる者はいない。分かっているのは飛ばされた二人はもう助からないという事実。
二人は四階建ての学校の屋上よりも高く飛ばされており、そのような高さから落ちればいくら地面に落ち葉があろうとも命はないだろう。
龍児は木の裏に回ると太い幹につかまり、迫り来る衝撃波の盾とした。その後ろから俊介が支えたことで彼らは難を逃れる。
刀夜と鎌倉梨沙、赤井美紀、坪内七菜は谷底へと吹き飛ばされて斜面を転げ落ちていく。枯れ葉がクッションとなって大した怪我もなく谷底に落ちた。
だが谷底と言っても尾根とさほど距離があるわけでもなく
自身の放った衝撃波によって枯れ葉が舞い、そのせいで巨人は生徒の大半を見失う。だが眼前にいる委員長と智恵美先生に目をつけた。
目があってしまった二人は一瞬ギョッとして硬直するも、委員長は先生の手を引っ張って再び走り出した。
谷底で様子を伺っていた刀夜は巨人が誰かを追いかけているように見えた。『今のうちに逃げれば助かる』そのような算段が頭によぎる。
智恵美先生は谷底で立ち止まっている刀夜達を見つけると逃げながらも声をかけた。
「あなた達、早く逃げなさい!!」
およそ彼女らしく無い大声で逃げるよう促した。
「バカげてる」
刀夜は吐き捨てた。今、巨人に追われて死にそうなのは彼女だ。他人を気遣っている余裕などあるわけ無いだろうと。龍児もそうだ。骨折している彼女を助けに行く余裕などどこにある?
『自分の命を最優先にして何が悪い! あぁそうだよ金城、藤枝、水澤の三人は俺が殺した! だが、そのおかげでお前らは今、生きていられるんだろ! なのにどうして俺だけが責められなければならないんだ!!』
激情にかられるも『だけど……』と刀夜の心に迷いが生じた。
『他人などどうでもいい。連中のことなんか知ったことか』と見捨てようと決めていたのに気持ちが激しく揺らぐ。いま追われているのは智恵美先生だ。
「死にそうなのは自分じゃないか!」
彼女ははっきり言って教育者としてはまだまだだ。人を助けたり、導いたりなどまだうまくはない。だけどいつも親身に話をしてくれる。笑顔を絶やさなかった……そんな人だ。
いつの間にか刀夜の手は拳となって震えていた。何の事はない自分は彼女を助けたがっている。
あんなお人好しは死ぬべきではない!
こんな所で死んで欲しくない!
そんな思いが刀夜の中に駆け巡った。
「偉そうに言っておきながら、やることはヤツと同じかよ」
刀夜はバッグからナイフを取り出し、走って巨人との距離を詰め寄ると思いっきりナイフを投げつけた。
だが距離がありすぎたためにナイフは失速して力なく巨人にコツンと当たる。その瞬間の不思議な現象を刀夜は見逃さなかった。
「弾かれた!?」
ナイフは巨人に当たる前に弾かれた。なぜ弾かれたのか、その理由をじっくり考えている暇もない。
巨人の視線が刀夜に向けられると彼は急いで逃げようと振り返ってギョッとした。そこにはとっくに逃げたものと思っていた赤井美紀が棒立ちとなっていたからだ。
「な、何をやっている!?」
「あ、あたしは――」
彼女の説明も聞かず刀夜は手を掴んで走り出す。
刀夜は背後で大気が引き込まれるのを感じた。巨人がジャンプしたのだ。彼の脳裏にハンマーで潰された生徒の様子が浮かびあがると恐怖の旋律が走る。
「来る!!」
巨人は刀夜を狙うには距離が足らなかったが、空中でハンマーを両手で構えると地面を打ち付けた。
またしても衝撃波が刀夜達を襲う。吹き飛ばされる直前に刀夜は美紀の腕を引っ張って彼女を強く抱き締めた。
衝撃波にのまれて足が浮く。だが二人分の重量を空に飛ばすほどの力ではない。
二人は抱き合うように大地を転がると地面の
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