第9話 龍児と刀夜の対立

「女泣かせて勝ち誇るか、このクズが!」


 刀夜の前に立ちはだかって恫喝どうかつしたのは龍児だった。


 佐藤龍児は意外にもヒーロー好きである。ヒーローと言っても漫画やアニメのヒーローではなく、警官や消防で活躍する人の事だ。


 そして卑怯ひきょう多勢たぜい無勢ぶぜいなやからを嫌った。またそんなやからを倒してこそカッコの良い男なのだと思っている。


 いささか自己中心的であるが自分が正しいと思えば暴力もありと考えている。そして龍児はその父親譲りの体格に恵まれて腕っぷしは相当なものだ。


 颯太を初め不良と吊るんではいるが、自分が卑怯ひきょうなことをするのは当然、仲間がそんな事をするのも嫌う。ゆえに龍児の取り巻きはあまり目立って悪さをすることはない。


 刀夜は勝ち誇ったつもりは無いのだが、喧嘩けんかを売られて黙っているつもりはない。


「部外者が何のつもりだ、お前には関係の無いことだろう」


 口答えする刀夜に、さらに腹を立てた龍児の目がすわる。コメカミに血管を浮きあがらせてピクピクさせる。彼はぶちギレ寸前だ。


「関係あるぜ、クラスメイトだからな!」


 その言葉に刀夜は鼻で笑った。


「ホウキを取りたがってた女子をビビらせておいて、こんな時だけヒーロー気取りかよ――偽善者が」


 刀夜は五時間目休憩の出来事をしっかり見ていた。


 龍児のコメカミからブチブチと何かが切れる音がする。刀夜が怯むことなく強い意志で睨み返すと龍児は突如、右拳を振り上げた。


 テレフォンパンチだ。遅い。


 刀夜は瞬きもせずしっかりとそれを見極める。


 狙いは左頬、右上からの打ち下ろし。


 冷静に軌道を読み取るとすばやく足を運ぶ。龍児のパンチを左手で払って彼の右横に移動していた。


 同時に刀夜の右拳が脇腹で構える。


 龍児は刀夜の動きに一瞬驚いたが即座に振りかざした右拳を裏拳に切り替えた。


 龍児のあまりの早い反応に今度は逆に刀夜が驚く。


 頭を左下に落としてヘッドスリップぎみにかわそうとしたがコメカミに擦りふらついた。だがすぐに間合いを開ける。


「てめぇ、何かやってやがるな!」


 龍児は喧嘩けんか経験で刀夜が何かの武道経験者であると感づいた。


 実際刀夜が幼少から通っていた剣術道場は柔術も教えている。実践的な剣術道場ゆえ刀を失った際の対処として。


 そして刀夜は一応剣道に至っては有段者である。その事を知っているのは共に同じ武術をやって来た剣道有段者の晴樹だけだ。


 それまで押し黙っていたクラスメイトが一斉に騒ぎ出した。


「佐藤君! 八神君! やめたまえ!」


 委員長の大きな声が響くが二人はケンカを止めようとしない。


「こんな時に何で喧嘩けんかするのよ!」


「やめろ!」


 他の生徒からも制止の声が上がった。


 序盤は刀夜が龍児の攻撃をかわしつつ、ボディに拳を入れてはいたが大して効いていないようである。


 刀夜のパンチ力は決して軽くはない。幼少の頃から爺さんの手伝いで腕力と握力は相当鍛え上げてあり、同年代でもかなり強いほうである。


 平然と耐えている龍児のほうが異常なのだ。


 それどころか調子を上げてきた龍児の拳が刀夜の鼻先をかすり、鼻血が吹き出してしまう。体格差による優位性がここに来て龍児に傾いた。


 しかし、調子に乗ってしまった龍児はふらついた刀夜の胸元を掴むというミスを犯してしまう。


 すかさず刀夜が龍児の腕を掴む。握力100キロオーバーと言う鍛え上げられた握力が龍児の腕を握り潰そうとする。


 さすがの龍児もこれには耐えられず渾身こんしんの力で振り払っらって、今度は龍児が間合いをあけた。


「ひ弱そうなツラしやがって、だまされたぜ。だがもう容赦ようしゃはしねぇ!」


 実際、龍児の喧嘩けんかセンスは相当良いものである。時間がかかればどんどん調子をあげてくるし、対応力も高いために刀夜の技が通用しなくなってきた。


 このまま続ければ負けると刀夜は覚悟する。だが二人とも引くことを知らない。


 突如、ブンと重い風切り音が鳴り、二人の間に木刀が割り込んだ。晴樹の冷たい目が二人に注がれる。


「ふたりとも、いい加減にしてくれるかな?」


 普段のチャラい晴樹はそこにいない。


 ジュニア県大会常勝の男が殺気を放って立ってる。


 刀夜はその木刀に視線を移す。晴樹は竹刀ではなく訓練用の鉄心の入った木刀を握っていた。刀夜はこの木刀の威力をよく知っている。かつて自分も使用していた木刀だからだ。


 しばし沈黙の後に刀夜は構えを解いた。それを見た龍児も構えを解く。


「お願い。聞き届けてもらって嬉しいよ」


 まだ殺気の余韻よいんを残して晴樹は口元だけで微笑む。


 そこに智恵美先生がかけてくる。


「三木くん、悪いのだけど鎌倉さんに声をかけてあげてくれないかしら。多分、君のほうがうまく行くだろうから」


「わかりました、任せてください」


「お、お願いね」


 校舎裏へ向かう晴樹を先生は心配そうに見つめていた。晴樹は恋愛事や友好関係に関して相談されることが多く手慣れているのを先生は知っている。


 生徒との会話でよく耳にするからだ。ただ当の本人に行かせるのはどうかと刀夜は疑問に思う。


「ところで八神君、鼻血出てるわよ?」


 振り向きざまにボケたことをいう先生に刀夜は脱力感に見舞われた。

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