第3話 荻矢真弓
僕たち2人が文芸部の活動を終了し、夕暮れに沈む校舎をあとにしようとするときだった。校門の陰に小柄な少女が姿勢よくぽつんと立っていた。荻矢真弓だ。
「ああ、あの娘が噂の。かわいい娘じゃないか」
皐月は小さな声で言った。
「どうしたんだよ」と僕は荻矢に歩み寄りながら言った。
「一緒に帰りたいなと思って待ってたんです。ただの後輩でも一緒に帰るぐらいは普通ですよね」
荻矢はそう言って僕の左手を絡め取った。
「それじゃあ、邪魔者は退散することにするよ。荻矢さん、頑張れよ」
そう言って皐月は早足で消えた。その後ろ姿に僕は別れのあいさつを投げかけ、荻矢は頭を下げた。
「なんだか、悪いことしちゃいましたね。あのかたが六原皐月先輩ですか?」
「知ってるんだね」
「有名人ですから。1年生の間でさえも。それに黒鳥先輩とはたった2人の文芸部員同士で中学からの知り合いなんですよね。私にとって目下一番のライバルだと思っています」
僕は好戦的な様子の荻矢を見て溜め息を吐いた。
「六原はそんなんじゃないよ。ただ単に気が合うから一緒にいるだけだ」
「へえ、そうなんですか。それならいいですけど」
僕と荻矢は帰り道を歩き出した。
「荻矢は家どの辺なの?」
「◯△町です」
「え、じゃあ同じ駅だな。というか学区同じなんじゃ。◯△中学校だよな」
「あはは、そりゃあそうですよ。黒鳥先輩の妹さんと私中学校の同級生でしたから」
「え、そうなんだ」
わが黒鳥家においても世間一般の思春期の兄と妹の関係同様に兄妹の会話はそれほど多くない。荻矢の名前は聞いたことがなかった。
そんな会話をしながら歩いていると僕たちはある三叉路の前までやってきた。
「覚えてますか。ここで先輩が私を助けてくれたのを」
「忘れられないよ。実況見分だかなんだかで警察の人にここに連れてこられて質問攻めにされたからね。
荻矢いつまでこんなこと続けるんだ。僕が思うに、荻矢は単に僕に助けられたから好きにならないといけないと思ってるだけなんだよ。その思いはいつか冷める。冷めたのにそのとき僕らが恋人同士だったら目も当てられない」
「私の感情を勝手に決めつけないでくださいよ。それはあくまできっかけで、私は先輩の人柄以外も好きですよ。顔とかもとても好きです」
「あの事件の前に言われてたら信じたかもな」
「あはは、そうですね。実際問題、好きな人の顔だから好きなんだと思います」
荻矢は栗色の髪の毛をパスタみたいに人差し指にくるくると巻き付けている。
「荻矢が相手ならきっと結構な割合の男子が身を呈してかばってくれただろうよ」
「どうでしょうね。私中学のときはこんな感じじゃなかったんですよ。もっと地味な感じだったと思います」
「そうかな。男子は以外と目立たないけど実はかわいいみたいな娘に弱いよ。
昔からさ、昔話みたいなものを読むといつも思ってたんだ。怪物を退治したり、難題を解決したりした主人公にお姫様だの庄屋の娘だのが嫁いだりするタイプの物語。真に価値のあるのは難題の解決で、主人公のほうは副賞みたいじゃないかって。あるいは主人公のほうが難題を解決したのを盾にヒロインに結婚を迫ってるみたいに思えた。前者はもっと大きな物事の流れがあるのにそれに気付かず、二人の愛の問題にしようとする愚か者だ。後者は説明不要の恥知らずだ。いずれにしても僕は愚か者にも恥知らずにもなるまいと思っていた。だから僕は君とは付き合えない」
「きっと先輩は純粋なんでしょうね。いや潔癖というべきですか? 完全に打算なき純粋な愛がどこかにあると思ってる」
「荻矢は打算なき愛はない派ってことか?」
「わからないです。でも本気で恋に落ちるってのはそういうことじゃないですか? 自分の愛に打算などない。そう確信できるのが本気の恋だと思います」
「とにかく恋愛するなら釣り合う者同士でやってくれよ」
「私と先輩そんなに釣り合ってないですかね」
「当たり前だろ。評判じゃないか。君は。とてもかわいくて、おまけに性格もいいって」
「言われてるほどいい娘でもないんですけどねえ」
そのあと僕らは取り留めのない話をしながら、あるいは会話が続かなくなって時折訪れる無言の時間に気まずさを覚えながら最寄り駅を降りた少し先、各々の自宅へ向かう分かれ道までともに帰った。
助けてもらったから好きになった? じゃあ他の誰かに助けてもらったら今度はそいつのことを好きになるのかい? ぶるぶる @buruburu1920
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