兵庫県神戸市

「へぇー私、神戸に来るのは初めてなんだけど結構いい雰囲気だねこの町」


「そうだろ。だから言っただろ。絶対気にいると思うって」


「ふーん、でもどうせ前の彼女とかもここに連れて来たことあるんじゃないの?」


「だから、さっきも言ったけど女の人とここに来るのは初めてだって。」


疑惑の眼差しを向けてくる彼女に私は苦笑していた。


ー本当に初めてなんだから信じてよ…。


そんな私の心境など気にすることもなく彼女は別の洋館へと足を運んでいた。

今、私達は神戸市にある異人館を散策している途中だ。

その日は平日、季節も秋が終わりを迎え冬に近づいていた為だろうか、私達が神戸に着いて昼食を食べ終えた頃には異人館を歩く観光客の姿はあまり見られなかった。


ーやっぱり震災の影響なのかな。


そうも考えていたがあの地震から5年以上は経過しているしそれはないだろう。

それでもやはり解放されている洋館の数が減ったような気がしていた。


ー小学校の頃に来た時はもっと華やかに見えたんだけどなぁ。


子供の頃、私が親に連れられて異人館に来た時は何か別世界に来たような凄い場所だった気がする。

…ただ、それも自分が子供の頃に見た記憶で大げさに改変されていたのかもしれない。

そしてそこに震災があったという事実、その事が私の中ではマイナス方向に働いているのかもしれない。


「何考えてるの?」


昔のことを思い出して静かになっていた私を気にしたのだろう。横を歩いていた彼女が私をじっと見ていた。


「別にたいしたことは考えてないよ。」


「それならいいけどねぇ。」


洋館の塀で囲まれた路地の坂を上がり終えると彼女は軽く息を切らして私に話しかけた。


「そういえば、あの勝ったお金。私に言ってなかったらどうしていたつもり?」


「言うつもりだったよ。」


「本当、…まぁそう言うんならそうしといてあげる。でもMさんには感謝しないとね。こうやって神戸に遊び来れたんだから。」


「偶然だと思うよ」


「偶然かもしれないけど、Mさんに会ってから急に勝てたんだから良しとしようよ。」


「まあね。」


そう答えた私は先日の起こった出来事を思い出していた…。


あの外国人墓地の一件から数ヶ月が経過していた。あれ以来、私が感じる不思議な出来事は起きていなかった(あっちゃんは彼女の近くに常にいるがそれは気にしてない)。

その日、私は卒業の必須単位を受講しに大学に行き午後からは暇だった。彼女はまだ仕事中、私もバイトが休みだったので大学から程近いパチンコ店で遊技を楽しんでいた。来店したこの店は設置台数もパチンコとスロットを合わせても500台以下(パチンコ店に入った事がない人はよくわからないと思うが)で店内もそんなに広くはなかったが常に満席に近い客が来店していた。大学の知り合いともよく出くわすし、私自身もたまに友人と一緒に来店していた。

店内は平日の午後だと言うのにほぼ満席に近い状態だった。私は空いている台を探す為スロットコーナーへと向かっていた。

照明が落とされ柔らかなオレンジ色で照らしだされたその場所は私には見慣れた光景だ、私は空いているスロット台を探して歩いていたがこちらもほぼ満席に近い状態だった。


ーう〜ん、どうしようかな。


しばらくして空いている台を見つけた私が座ろうか悩んでいると前方から私を呼ぶ声が聞こえた。


「Y君久しぶり。こんな所で会うなんて、元気にしてた?」


スロット台にばかりを見ていた私が慌てて振り向くと声をかけてきたのは顔に見覚えのある男性でした。


ーう〜ん…で、どこの誰で名前なんだっけ?


目の前にいる男性は絶対に私の知っている人のはずなんですが全然思い出せない。

小、中、高の同級生やバイト先の人を頭の中で照らしあわせても該当者はでず、そうかと言って目の前の男性に「あなた誰でした?」なんて失礼な事は聞けなかった。


「おー久しぶりだね、俺は元気だよ。そっちこそ大丈夫か顔色悪そうだけど?」


私は相手に悟られないよう、さしつかえのない返事をした。ただ顔色が悪く見えたのは本当だった。


「僕は前からこんな感じだったよ」


ーそうだったかな?…まだどこの誰だか思いだせないけど。


すると、私の心でも理解してくれたのだろうか、男性は答えを私に教えてくれた。


「ところでY君、大学の講義にちゃんと出席してる?僕はさっきまで大学にいたけど。」


ー大学?…あー思い出した。大学1年のときに時々遊んでいた別グループの1人だ。…でも、たかが2年前のことなのになんで思い出せなかったんだろ俺?


だが、彼の名前だけはいっこうに出てこない。


「失礼な、午前中は講義に出席してたぞ俺も。」


「あ、ごめんね。今言ったこと気に障った?」


「別に全然気にしてないからいいけど。…そういえばこの店で初めて会ったけど、自分もパチンコやるんだ?」


「あー僕ね、僕も地元の所ならたまに行ってるよ。でもこの店に入ったのは初めてかな。」


2人で立ち話をしているとその付近でスロットを遊技していた人が私達の方を振り返って見るようになっていた。


ーやっぱり、遊戯中に後ろで喋られるのは鬱陶しいかな?


この店、店内がさほど広くないので通路の幅も必然的に狭い。後ろで声が聞こえると気が散るのだろうそんなふうに思っていた私。


「それじゃあ僕、もう行くから。」


その雰囲気を彼が理解したのか話しを切り上げ立ち去ろうとしていた。


「明日、大学で昼でも一緒に食べようか。」


久しぶりに会った彼ともう少し話しをしたかったので昼を誘った私。


「…うんいいね。…じゃあまた明日。」


彼はそう言って通路を歩いていった。別れを告げている間もこちらを見ている複数の視線を感じてはいた。よく見るとちょっと離れた場所で立っていた男性店員までもが私の方を見ていた。


ーそんなに迷惑だったのだろうか?


気まずくなった私は、自分の前にある空台に腰を下ろした。


翌日の朝、必須講義を受ける為に私が講堂に入ると友人Tが後ろから声をかけてきた。


「おはよう。」「おはよ。」


互いに短い挨拶だけ済ませ他の生徒がいない場所を探し2人で座る。

講義開始の時間まではまだ余裕がある。私はせっかくなので昨日打ったスロットの勝ち話でもしてやろうと思っていたが、それを遮ぎるようにTが先に話しかけてきた。


「昨日さYってM店のパチ屋にいたよな?」


「いたよ。…なんで知ってんだよ?」


「俺も打ってたからな。」


「何だよ居たんなら声かけてくれれば良かったのに」


「見つけた時に話しかけようとしたんだけどな。」


少しの間、友人Tが言葉を詰まらせる。


「なあ…今、体調が悪いとかないよなYって。」


なんだか妙に歯切れの悪いT


「俺は今日も普通に調子いいけど」


「だよな、今朝見かけたとき大丈夫そうだったから声かけたんだしなお前に。」


訳の分からない事を言うTに私は強く聞き返した。


「何が言いたいのかよくわからんのだけど」


私の苛立ちを感じとったのかTも言葉を強めた。


「…じゃあ聞くけどY。昨日、通路に立って誰と話しとったん?」


「誰って?Tも一緒に遊んでただろ大学1年の頃、俺と高校が一緒だったツレのグループにいた子だよ。学部が違うからもう俺らと疎遠になったけど…。顔も忘れたんかTそいつのこと。」


私は真面目にTに話をしたはずだったのだが、


「…なぁY、それ本気で言ってんのか?だとしたら…、最近寝てないだろ?彼女やらバイトとかで疲れてるんじゃないか?」


「…なんでだよT。」


「…じゃあ言うけどな。お前昨日、通路に立ってとき1人で喋っていただけだぞ。…誰もいない場所に向かって。」


その時の私はたぶんTに向かって物凄い顔していたのかもしれない。


「はぁ?…そんなわけあるか。俺はちゃんと人と話してたぞ」


私が真剣に話しをしていたがTは聞こうともしていなかった。


「Yが話しをしてたとき何人かが振り向いてたよなお前の方を。」


「ああ、結構見られてたな」


「あれはな、お前が1人で喋っているから「こいつ、頭大丈夫か?」って感じで見てたんだぞきっと。…あのなY、悪いことは言わんから、バイトや遊びも大事かもしれないが少しは体を休ませなあかんて。わかったか。」


友人Tとの会話は講義が始まった為にそこで途切れた。講義が終わった後、友人Tはその話題に触れる事は無かった。きっと私の事を心配していたのだろう。

私は講義が終わり次第、大学内の別エリアに向かっていた。そこは、昨日出会った男の専攻する学部の建物。

さっきTとした会話がどうにも納得出来なかった私は、男の友人であったH(Hは私と同じ高校の友達)に連絡して待ち合わせ場所に向かっていた。


「Y君お久しぶり。元気しとった。」


大学内の喫茶店に入り雑誌を読みながらHを待っていると声をかけられた。

そこには、私より少し大柄な男性が立っていた。


「あれ、Oさん久しぶり。どうしたんですか?」


Oさんが私の前に着席をすると店内にいるおばちゃんがすぐに注文を取りに来た。彼も私と同じくホットを頼んだ。


「H君が、「俺、次の講義は絶対はずせない」から代わりにYに会ってくれって頼まれたんだ」


「そうなんだ、忙しいんだね。そっちの学部も。急に連絡して悪かったですね。でもOさんは大丈夫?」


「僕はその講義、専攻してないから大丈夫だよ。…ところで用事って何だったのY君?」


頼んだホットコーヒーが運ばれてきてすかさず口をつけるOさん。


「あのそれなんですけど、OさんってS県出身ですよね。Oさん達と一緒のグループでA県出身が2人いるじゃないですか。ちっさいのと大きいのとで、それでその大きい人の名前を教えて欲しいんですが」


「大きい方って?…もしかしてM君の事言ってるのかなY君。」


「M…。ああ、そうだM君だ。…なんで今まで出てこなかったんだろその名前。OさんM君って今日大学に来てる?来てるんなら会いたいんだけど。」


するとOさんは顔に影を落としてこう言った。


「…H君言ってなかったんだY君に。…M君さ、亡くなってるよ。」


ついさっきまで忘れていたM君の名前を思い出し喜んでいた私はそのOさんの話しを聞いて愕然とした。


「…うそ。嘘だよね。」


「…嘘じゃないよ。もうそろそろM君が亡くなってから1年が経つかな」


「でも、そんな事誰からも聞いてないよ。」


私が知らなかった事を伝えるとOさんはこう言った。


「僕等はお葬式に行ったんだけどね。その時、僕はY君らにも連絡しようよと言ったんだけど、H君が別に必要ないんじゃないかって?そこまで親交が深い訳じゃないしって。」


「あいつがそんな事を?」


ー行くか行かないかはこっちで決めるんだから一応声くらいはかけて欲しかった。


「でもね。M君が亡くなる半年ほど前かな、僕達と遊んでたときに言ってたんだけど。M君が作っているログハウスがもう少しで完成するから、その時はY君達も呼ぼうって言ってたんだけどな」


「そうだったんだ」


「それで、Y君。M君に何か用事でもあったの?」


さすがにこの話しを聞いた後に実は昨日パチンコ屋で会ったんだけどとは言えなかった。


「…いや別に。」


私がOさんから話を詳しく教えてもらった。

M君は私がこの話を聞く1年ほど前の冬に家の風呂場で倒れていたらしい。M君の風呂の時間が長すぎる事を気にした家族が発見した時にはもうすでに手遅れだったそうだ。大学1年の時にしか遊んだ覚えがないがM君とはかなりフィーリングがあっていたような気がしていた。よくその時は私と話しをしていたのにと思うと、残念だった。あの時にもっと仲良くなっていたらと後悔もしたが今さら遅い。

私はOさんにお礼を言い、M君のお墓の場所を聞いてからその場を立ち去った。


そしてその夜、仕事から帰ってきた彼女に昨日の事と今日友人から聞いた話をすると、


「そのMさんって人たまたま大学に寄ってきたんじゃないかしら、それで以前に知り合ったYを見かけて憑いてきて現れたんだと思うよ。」


それを聞いた私が少し心配していると


「大丈夫よ今は誰もYに憑いてないから、それにその人亡くなってから1年経つんでしょ?だったらただ帰って来てただけだと思う。そんなに心配することでもないわ。」


それを聞いて私がほっとしていると、話していた彼女の顔色が天使の表情から悪魔の笑顔へと変わった。


「ところで、私が仕事してる間にパチンコ屋に行ってるなんて。一生懸命に私が仕事してるときにねぇ…。その勝ったお金はどうするつもりだったのかなY君。」


まるで悪魔のような微笑みを彼女から見せつけられ私は以前からもう一度行ってみたかった神戸市の異人館へ彼女を連れて行く羽目になってしまったのである。



「…で、そのたまたま空いていた台がゲゲゲの鬼太郎って。…おばけにゃ学校も試験もなんにもないってか、…どうなんだろうね実際そのへんの事。」


彼女はゲゲゲの鬼太郎の歌を口ずさみ、出来過ぎじゃないのっていう感じで私を見てくる。


「さあ、その辺の事は本人達に聞いて見ないと分からんけど、?って言うかそれ自分の方が得意分野じゃないのか。」


「バレた。まぁ、得意って言うか別に知ってるんだけどね。」


「にしてもあれが本当に幽霊だったら、(…死んでるのが分かったからそうなんだけど。)だとすると本当に生きてるのか死んでるのか区別しにくいな。」


彼女がたまに私に聞いてくるあの人の事見える?見えないが納得できる。それほどまでに生者と変わらない。


「でしょう。Yはめんどくさそうに応えるけど分かってもらえたかしら。」


「分かったよ。これからはもっと親切丁寧に教えてあげよう」


「そこまではしてもらわなくてもいいけど。でもYの近くにいた人はみんな、残念な人だこの人ってYの事思ってたでしょうね。」


「そうだろうね。」


あの時私が席に座ってからも、隣で遊技していた若い男が私の事を見ていたので「なんかありますか?」と聞いた覚えがある。そいつは即答で「いや、何にもないけど」と私に言った。


「そんなYには私から生きてる人と死んでる人の区別を教えてあげる。もしかしたらYもその違和感に気がついているかも知れないけど。」


誇らしげに語り始める彼女。


「若干、後ろが透けて見えてるんだよね。でもその違和感に私達は最初から気づかないのよね。多分、人だと思い込んでいるから脳が反応しきれてないって感じ。そこまで私も人体について詳しいわけじゃないからはっきりと断言出来ないとしか言えないけど」


ー…いや、その違和感については私も気づいていた。パチンコ屋でM君と話していた時には気がつかなかったが。

M君と話している時に私の2.3メートル手前にいる店員さんが私の方をずっと見ていたのを記憶していた。本当ならM君に遮られて見える筈がないのだが、ただその時の私はそれをただの見間違いだと思いこみ気にしてはいなかった。

今思えば、あの周辺にいた客の全てが私の事を変人扱いしていたに違いない。


ー恥ずかしくて、もうあのM店に行けないじゃないか…。


しばらくそんな憂鬱な気分で街を歩いて私だが次第に諦めていった。

頭を切り替えて今を楽しんでいる私は彼女に

次どこへ行こうかと話しをしながら高い塀で囲まれた街中を歩いていた。

塀と塀で囲まれた道路の通りから幼女(小学生低学年ほどの子)がひょっこりと顔だしてきたのはその時だった。


「あら、可愛らしい。この近所の子なのかしら。」


彼女が感嘆の声をあげた。色白でお人形さんみたいに可愛いらしい。目元がぱっちりとした特徴のある女の子が塀の角から現れた。


「異人館って実際に人の住んでるところってあるの?」


私が彼女に聞いてみる。


「知らないわよ。そんな事、私に聞かれても」


「それか、ここに観光で来てる人の子供かな?でも、小さい子を1人で放っていくなんて親はどこに行ったんだ?」


「さあ。」


その場所には小さな女の子を除くと私と彼女しか見渡せる限りの範囲では人は見当たらないかった。


「どうしたの、こんなところで。お家が近くにあるの?それとも道に迷ったの?」


彼女が女の子に話しかけた。

だが、女の子からの返答はなく代わりに満面の笑みを顔に浮かべてその場から走り去ってしまった。


「あ、逃げられた。怖くて逃げたんじゃないのか。」


「違うわよ。失礼ね」


「でも追いかけなくても大丈夫?迷子だったんじゃないのあの子?」


「別に追いかけなくても大丈夫よ。あの子は。さて次の洋館でも見に行きましょうか。」


彼女の態度は明らかに女の子に話しかける前と後では変わっていた。不思議に思った私は彼女に聞いてみた。


「もしかして、あの女の子幽霊なの?」


「お、察しがいいね。私も初め見た時は幽霊かなって思ったんだけど、Yも見えてるって知って生きてるのか死んでるのかが分からなくなってね、だから話しかけたのよあの子に。」


「珍しいなそんな事言うの?それでなんか分かったの?


彼女が幽霊かどうか判断に困るなんて出会ってから今まで一度もなかった。


「分からない…。けど、幽霊ではないことも確かね。またその内、でくわすんじゃないかしらあの子に。」


私達はその後も異人館の観光を続けた。

彼女の「幽霊ではない」と言う言葉は気になっていたが、そのときは久しぶりに来た神戸異人館の雰囲気を満喫していた。

異人館近辺のカフェでコーヒーを飲み休憩し、黒い屋根が特徴的なウロコの家などを見て回っていると時刻は午後4時を過ぎていた。この後にも彼女を連れて行きたい場所が別にあったのでそろそろ異人館を離れようかとしていると、さっきの幼女がまた私達の前に姿を現した。

幅が狭めの道路の前方で幼女は私達の方を向き小さな手を振るとその前にある洋館の庭へと消えていった。

その場所は少しだけ高台にあった。周囲には洋館も建っていたが震災の影響なのか元々開放されてなかったのか敷地内には入る事が出来ないように門がしっかりと閉まっている。


「あの女の子。今この中へ入っていったよな。」


「うん」


「やっぱり幽霊だったんだろ。あの子?」


「いいえ、幽霊とはちょっと違う。たぶんあの子は子供の頃には死んではいないの」


「どういう意味?さすがによくわからん。死んでるからああやって幽霊になってるんじゃないのか?」


「あの女の子はその後、普通に大人になって暮らしを送っていたと思う。もし今、生きてるか死んでるかと聞かれたら死んでるって私は応えるし成仏もしてるだろうって言うけど。だってあの子の服装、立派な可愛らしい洋服を着てはいたけどデザインが現代風じゃなかったから。」


ーさすが服屋に勤めているだけの事はある判断する観点が違う。

私は変なところに感心していた。


「たぶんその人、ここで過ごした生活がよっぽど楽しかったんでしょうね。大人になった彼女とは別に魂から少し切り離された子供の時の記憶だけがああやって遊んでいるのよ」


「いまいち意味がよくわからんけど。生霊、見たいなものか?」


「生霊と原理は同じだけど、あの女の子には感情がないわ。つまりあの子が無意識のうちに作り出した分身みたいなもの。作った本人もまったく気づいてない。でも、その人もよっぽど霊感が強かったんじゃないかな、その後も彼女が普通に生きていた事を考えると。」


「じゃあ、あの子はずっとこれからもああやって同じことを繰り返すのか?」


「ええ、他の誰かが気づいて意図的に消さない限りは。私は別に女の子に害があるわけでもないから消さなくてもいいと思うけど」


ー要するに動画見たいなものか、本人が死んでしまっても意思とは関係なく笑ったり、怒ったりと喜怒哀楽を表現する記録媒体みたいなものだろう。


彼女が洋館の玄関に笑顔で入っていくのを確認すると私達はその場から離れた。

あの女の子の笑顔を見る限り、ここでの生活がよっぽど楽しかったんだろう。

永遠に同じ事を繰り返す女の子。それは誰からも気づかれることなくこれからもずっと続いていくのであろうと。


昼の太陽が夕陽へと変わった頃、私は彼女を助手席に乗せ一緒に六甲山ドライブウェイの夜景ポイントへと向かっていた。100万ドルの夜景と呼ばれるその夜景は確かに絶景だった気がする。私が子供の頃に親と一緒に見た記憶が正しければ、夜景の美しさではトップクラスに匹敵していた。

勿論、私の住んでいる地元の県の夜景スポットとはまったくもって比べものにはならない。

私は地図を片手に旅行誌を見ながら六甲の夜景ポイントへと着いた。

その場所は神戸市全体を見下ろすことができ瀬戸内海が見渡せる。海の中に埋建てられたポートアイランドもはっきりと眺めることができた。


ー少し早かったかな?


外はまだ茜色の夕空に染まり駐車している車の数も私の運転してきた車を含めると3台程度、私は少し心配になった。


ーいくら平日の冬を迎えた夕方でも夜景スポットならもう少しいてもいいのでは?


停める場所を間違えたのかなと旅行誌を見直しても場所はここであってました。


ー神戸の人はわざわざこんな所にはこないのか?それとも、もっと真っ暗にならないと来ないのかな?


有名なスポット近辺に住む人間はあえてその場所にはあまり行かないという勝手な持論で私が納得していると目の前の光景が徐々に幻想的な光のイルミネーションへと変化していきました。

私達以外のカップルも日が沈むにつれ変わりゆく神戸市の街並みに見惚れていました。

私もその景色に見惚れ横で一緒の景色を見ている彼女に話しかけました。


「綺麗だね。」


「そうね。綺麗だったんだね…。」


「うん綺麗だった。…だった?」


ーだった?って何。


私は慌てて彼女の方を振り向きました。彼女は眼下に広がる神戸市の街をじっと見つめたままで何も変わった事はありませんでした。


ー俺の聞き間違いか?


私は彼女をしばらく見ていました。すると、緊急車両(消防車)の音がかすかに耳元で聴こえ、その後すぐに海から流れる風にのって焦げ臭い匂いが鼻の中に入ってくるのが分かりました。


ーなんだろう火事かな?


そう思った私がもう一度目の前の夜景を眺めようと振り向いた時でした。


ー…えっ、停電。


神戸市全体が真っ暗でした。所々に小さな明かりは見えていたものさっきのような幻想的に輝く光は見えません。

頭の中で私は多少混乱していました。その私の眼下に広がっている神戸市では二、三箇所で火の手があがっていました。ただ、その割には緊急車両のサイレン音があまり聴こえてきません。


ーああ、そう言う事か。


そこで私は彼女の「綺麗だった」と言う意味が理解できました。私の横にいる彼女はこの景色を見ていたんだと。

海風が止んだ数秒後には私の鼻に匂う焦げ臭さと耳に聴こえるサイレンの音、真っ暗だった神戸市は消えてなくなり、そこには普段通りであろう神戸市の夜景が広がっていた。震災後、見事な復旧を成し遂げた神戸市の灯りを見ていると真っ暗だったあの神戸市はなんだか異様な光景にも捉えられた。

隣を見ると彼女の目から涙がうっすらと輝いていた。


「もう行こうか?」


「そうね」


さっきの光景は震災で突然亡くなった人達の無念が作り上げた残像なのかもしれない。あの震災が過去のものになり人々の心から忘れ去られない為に…。

私達は震災で亡くなった人達に冥福を祈りつつは六甲山を後にした。



次話 ビデオテープ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幽霊 yuki @yukimasa1025

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ