第4話

 僕がこの世界に来たのが何時であるかは不明だけれど、どうやら時刻は昼頃であったらしく、僕はエルゼフレードさん改め先生が採ってきてくれた魚を焚火で焼くのを眺めていた。

 これ……下ごしらえしてないけど大丈夫なのかな、内臓を取るどころか塩さえ塗してないのだけれど……。


「キノハルはまだレベルを上げたりしてないよな?」

「え? はい。そうですね」


 この世界の住人も普通にレベルって概念を認知してるんだなぁ。

 森の探索中に、ゲーム的要素の現実への落とし込みはどんなものか立てた予想としてはプレイヤー間のみのあくまで体感的なものを数値化してるとかそういうを考えていたけれど、ファンタジーに在りがちな当たり前に存在する常識的な軌跡とかそういう位置付けなのかも。

 まあ『NTG』の世界である以上は恐らく存在するであろう魔法が常識な世界だし。


「よろしい、では私が良いと言うまでレベリングは禁止だ」

「はぁ…………はぁ!?」


 レベリング禁止!? ネトゲで!? いや、ネトゲとは言い難いけれどもさ。

 というか、モンクLv.1とか『はじまりのそうげん』とかそんな場所で普通に死ぬ可能性がある紙装甲なんだけど……あ、いや、レベリング禁止ならそもそもモンスターと戦えないのか。

 レベル一なんて本当すぐにレベルが上がるし、レベルを確認してからの禁止令って事はレベル一であることが重要なんだろうし。


「キノハルはレベルが上がるとどうなるか知っているか?」

「どうなる……? つよく、なる?」

「その通り。本来の身体能力とは無関係に能力が向上する」


 ルシアは既に説明を受けた後なのだろう、魚が焼け具合を確認しながら我関せずを貫いている。


「手軽に能力を向上させる、という目的ならばただレベルを上げるだけで良いだろうが、私は私の弟子にそんな弱者の逃げを許す気はない」

「つまり本来であればそれは好ましくないと」

「戦士であるならば。死ににくする、というだけならレベルを上げるだけで充分だろう」


 この場合の戦士というのはゲーム的ジョブではなく、生き方を言い表しているのだろうが……成程、当たり前に戦いを生業としない人も大勢いる環境でレベルという概念が有れば戦う人間はそれ以上を目指して当然って事か。

 言われてみれば当然か、まさか商人と戦士が同じ努力をすれば良いとかそんな訳は無いのだし。


「じゃあどうするんですか?」

「生粋の戦士は、レベルを上げる前にその下地を作る」

「下地……? 筋トレでもするんですか?」

「その認識で間違ってはいないな。身体作りも当然する」


 まあネトゲでもただレベルが高いだけの奴とかレイドで超邪魔だったしプレイヤースキルを上げるとかそんな感じなのかな。


「一応、レベルを上げてしまった後でも出来ない事はないんだ。ただ、レベルの恩恵で身体能力が向上しているせいで難易度も掛かる時間も桁違いに跳ね上がるだけで」

「あぁ……だからレベル一の内に基礎をしっかりしてくと」

「そういう事だな。あぁ後、これは確定ではないんだが基礎をしっかり積み重ねた方がレベルアップで得られる恩恵が向上する傾向にあるという説もある」

「へぇ……え、もしそれが本当ならうっかりレベル上げた戦士は一生半人前なんじゃ……」

「レベルを下げる手法は無いでもない、まあ罪人向けの技術な上に凶悪犯にしか用いない位手間が掛かるらしいが」


 うっかりレベリングでスタートダッシュした最強中はスタートへ戻るを余儀なくされると。えげつねぇ……下手したらゴール目前にそのマスがあるえげつないすごろくじゃないか。


「昼食を摂ったらさっそく稽古を開始……と行きたいがキノハルは明日からだな」

「へ? 何かあるんですか?」

「逆に聞くが、お前は今大丈夫なのか?」


 ?? 何がだろう。

 僕が訳も分からず首をかしげるが師匠はあまり芳しい表情をしていない。


「端的にいえば、キノハルの体内を巡る気が乱れている」

「と、申されましても……」

「具体的にいうと、本来そこの川の流れの様に穏やかに巡る筈のものが荒々しく波を打ち、時に逆流している」

「何かヤバそう!」


 具体的にどうなってるのかは全っ然分からないし『動悸が激しいのかな?』程度にしか伝わってこないけど、そう言われると気分が悪い気がしてくる。


「何故その状態で平静なのかが私からすると理解できない」

「普通だとどうなるんですか?」

「全身の骨を第三者の理想形に無理やり固定されているようなものだからな、それに見合った痛みが伴ってなきゃおかしい」

「えぇ……なんで僕の体はそんな痛みが無いのが逆に怖い事になってんの……」


 アドレナリンの出過ぎかな? ってそんな阿呆な事考えてる場合じゃないのか……話を聞いてたルシアが口を挿むことこそしないが身を案じるような顔をしている。

 いや、違うな。これは病人相手にやらかしちゃったような顔だわ。

 さっきの取っ組み合いで僕が一方的に負け……そうになったのはこの気に乱れのせいで、それにつけこんだ形になったのが気になってるだけだ。

 安心して、元から僕はこんなもん。


「……ステータスを見せてもらってもいいか?」

「え」

「気が進まないのは分かるが、必要な事なんだ」

「いやそうじゃなくてどうやって見せるんですかね……」

「…………」


 というかステータスって人に見せたら駄目なものなの? レベルって概念が有る以上は日々変動する訳で、レベルがカンストしてからなら兎も角レベル一のステータスなんて価値無いと思うのだけれど。

 取扱説明書を見ても良かったが、先生に教えて貰ってステータスを他人が目視可能な状態にして表示すると、先生は「やはりか」と呟いた。


「数値が不自然過ぎる。明らかに何者かが手を加えているな。気が乱れている原因はこれだな」

「不自然、ですかね?」


 俺からすると見慣れたモンクの初期数値なんだけど。


「幸運値の例外を除き、これはモンクとなるものの目安となる最低値だ」

「そうですね……?」

「耐久値が五しかないなんてキノハルの年齢で有るわけないだろう。寝たきりの病人だって十はあるぞ」


 そうなの!? でもそうか。最低値って事は『この数値に達していれば○○になれる』ってだけでその数値でなきゃならない訳も無く、当然個体差だってなきゃおかしいよね。


「それにスキル。キノハルはこれらを使ったことが無いんじゃないか?」

「そうですね」

「何故使ったことも無いスキルが使えるんだ。卵よりも先にひよこが居るようなものだぞ」

「あぁ……あぁ! そういえば!」


 ここがゲームであったなら、既に覚えているスキルを用いて戦うのが当然でも俺自身がスキルを行使する現在の状況下で何もしてない俺が何かを出来るだなんてそんな事はおかしいだろう。


「え、でもどうするんですか? 先生が言うところの気の乱れってどうにかなるものなんですか?」

「普通なら無理だが、私ならできる」


 普通は無理で先生がそれを成せる理由は、先生が俺の気の乱れに気付ける程にモンクとして修練を重ねた気を扱うスペシャリストだからだろう。

 その猛々しいオーラは伊達じゃない。


「……多分、僕と同じような状況の人が一定数いる筈なんですけど」

「……これは推測だが、レベルを上げれば気の乱れは収まっていく」

「レベルを?」

「具体的には、人間的におかしくない数値まで上がるまでだな。……個人差はあるだろうがまあ四、五レベルといったところか。元々レベリングを想定したもので、これからキノハルがするようなレベル一のまま過ごすような事をしなければまあ問題は無い筈だ」

「上げないとどうなります?」

「その何ともない状態がもう異常なんだ。必ずどこかで無理が来るだろうな」


 ……まああの妖精にされたような説明の後で全くレベルを上げない奴は居ないだろうからまあ大丈夫、だろう。そう思おう。

 どうせ僕には何もできないのだし。


「僕の修行が今日からじゃないのは気の乱れをどうにかするのが先だからって事ですか」

「そういう事だな。食事を摂ったらすぐにでも始めよう」

「あ、丁度魚焼けましたよ」


 ルシアはそう言って魚を俺と先生に手渡し、一緒に塩もくれた。

 ……え、今塩振るの?


「……いただきます」


 魚は異世界パワーで美味しいとかそんなことは無く、普通にはらわたが苦かったりちゃんと焼けてなかったりして、空腹じゃなかったら食べきることは難しい味がした。

 僕は次から絶対このガサツ女子達に任せず下ごしらえすると心に誓う、こんなん食事への冒涜や。

 キャンプ飯は外で食べるだけで美味しいと幻想を抱く全国のインドア派に謝れ。




 冒涜的な食事を終えると、僕は木に縛り付けられていた。

 訳が分からないよ。


「あのー……この状態は一体……」

「キノハルは今の状態で何ともないんだろう?」

「え? まぁ……」

「恐らくだが、キノハルは体への負担を度外視して今の異常な状態を正常だと認識するようにされている」

「え、えぇ。だから正常な状態に戻すんですよね?」

「そしてそれはつまり、常人の正常がキノハルにとっての異常だという事だ」


 ……あっ、なんか分かっちゃった。

 これはあれだ。痛みは無いけど虫歯だから歯医者に行って逆に痛くする的なアレの、洒落にならない奴だ。

 反射、という訳じゃないが僕の逃げようとする力が自然と強くなり、縛り付けている縄がギシギシと音を立てる。


「きょ、今日は日が優れないと思いませんか」

「思わないな、むしろ時間が経てば経つ程体に負担が掛かるから今日……いや、今以外に無いだろう」

「ほ、ほらルシア……先輩が指示待ちで待ちぼうけ食らってますし」

「ルシア、訓練を再開しておけ、此方が済み次第すぐ合流する」

「分かりました。……先輩?」


 いやだって超敬えっていうから……ちゃんやさんの敬称じゃ駄目かなって。

 でも様もなんか違うし、年下に用いてもおかしくないとしたら後は先輩かなって。大学や専門学校なら普通に年下の先輩とか有り得ちゃうわけだし。

 なんかしっくりくるよね、先輩……ルシア先輩。

 てか待って先輩置いてかないで。


「気の循環を正常な状態に戻すのはすぐに終わるだろうが、今のキノハルが感じているべき痛みに苛まれることになる。痛みが引くには結構時間が掛かるだろう」

「やっぱりこれは痛みで暴れない様にかぁ!」

「ルシアを見なきゃいけない以上、付きっ切りになる訳にもいかんのでな」

「たすけてぇぇぇ! そうまでして強くなりたくないよ! 普通にレベルを上げればいいじゃない!」

「どの道戦いと痛みは切り離せ無い。慣れろ」


 その後、数時間に渡って男の絶叫が『神仙の修行場』内に響き渡った。


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