第2話
森スタート。異世界モノのド定番の森スタートですよ皆さん!
「え? ……いやいやいや……え? えぇ?」
粗末な布のシャツとズボンに腰袋一つの初期装備スタイルに衣替えさせられ、未だに学生時代から変わらぬ幼さを残し、女々しさと雄々しさの介在する没個性顔だけはそのままに、見知らぬ場所へ見知らぬ格好で放り出された社会の荒波に放り出されて早二年のキノハル氏(24)。
現在、無職で人生という密林を絶賛迷子中であった我が身では御座いますが、物理的に迷子になるとは夢にも思いませんでした。
此処は何処だ(困惑)。
まさか本当に異世界という訳でもあるまい。
きっと『NTG』はニートを発見、鹵獲するトラップで、正規スタート版『NTG』を起動すると催眠作用のある電子ドラックで眠らせてニート更正施設へ護送するようになってたんだ。
そんな訳ない。
フルダイブ型VRとかそれこそフィクションだし、SFな妄想が現実味を帯びない以上は普通に夢オチだろ。楽しみすぎて昨日は八時間しか眠れなかったし。
頰を抓ればしっかり痛いが、夢現つな時にはその時だけ痛みを感じていた様に感じるものだ、目を覚ませしたら俺は今度こそ『NTG』をやるんだ。
……とか、これってもしかして現実逃避になってたりしやがります? こんな謎森に一人置き去りにされてるのが現実で、夢オチなんていう都合のいい現実は無いんだって、運命様はそう仰られるのですか?
「ふざけろ、世界」
「『NTG』の世界へようこそーっ!」
突如視界いっぱいにちっちゃい少女のドアップ。
しかもなんか飛んでる。セクシーな格好で羽とかついてる。めっちゃフェアリー。これは妖精で確定やろ。
「え?」
「え?」
訳がわからない、という感情をふんだんに盛り付けた顔を傾げた俺に対し、妖精もまた首を傾げて返した。
「Take2!」
妖精は指を二本立ててそう宣言すると咳払いをしてからもう一度、満面の笑みを浮かべて目一杯顔を近づけこう言った。
「『NTG』の世界へようこそーっ!」
「イエーイ!」
正直この状況でふざけたTake3はいらないので、出来るだけノリを合わせるつもりでそう返せば、妖精は「へーい!」とハイタッチを求めてきたので人差し指でそれに応じる。
「うんうん、キノハル様は分かってるね! 人間、訳がわからなくてもテンションは上げてかなきゃ!」
人はそれを空元気と言う。
「物分かりの良いキノハル様に簡潔に説明すると、正式サービスを開始した『NTG』をプレイして頂き誠にありがとうございますって言う事で、現在キノハル様が置かれている状況は『NTG』の通常仕様なのですっ!」
「えっと?」
「つまり! キノハル様的に言うところの、ロープレ的ゲーム風異世界への進出は夢でも幻でもなく、お亡くなりになれば普通にお亡くなりになるノンフィクションな現実なのだ!」
っていう夢をみてるんだ。
……いや、夢であっても夢の中の世界観に沿った方が円滑に進むだろうし、否定はそれこそ夢で死んでからでも出来る。
目の前の出来事を受け入れる柔軟性を持つんだ。
「じゃあここは『NTG』だと」
「そうだよ! やったね!」
「……ちなみにログアウトとかって」
「やだなーキノハル様。現実にログアウトなんて実装されてる訳ないよー。漫画の読みすぎー」
現状が既にコミックブック的なんですがそれは。
やっぱりそんな甘く無いか。もしかしたらって思っただけだしちょっとしか期待してなかったからショックはそれほどでも無い。
「俺はこれからどうすれば良い? 目的は?」
「βテスト版『NTG』ではどうしてた?」
「どうって……」
ネトゲだからレベリングして、ストーリーを見てたけど……。
え、まさか連れてきただけ的な? 何か意図がある訳でも無く?
妖精が言うところのβテスト版『NTG』には所謂、魔王的立ち位置のラスボスは存在せず、NPCからは『プレイヤー』と呼ばれていて立ち位置的には傭兵に近いものだった。そして所謂ストーリークエストに際しては国家間の闘争が主であったように思う。
……まさか、国同士の戦争に与して勝利を収めろとでも?
「好きにして良いんだよ。それがネトゲってものでしょ?」
妖精はそう言うが、それは悪行も許容すると言うことに他ならない。
ゲームであるから許される悪役ロールプレイも、もしここが現実でないのなら決して許されざる蛮行であるとこの妖精からの言葉から読み取れる人間がどれ程いるだろう。
この世界はゲームだと言われて、大凡これまで縛られてきた法が適応されなくなっても尚自分を律し続けられる人間がどれほどいるだろう。
性悪説を唱えるつもりはないが、性善説を信じる気にもなれない。
少なくとも僕は、僕自身は、やっていいからと悪行に手を染める事は無くとも、仮に絶対許せない事が目の前で起こったとしたのなら、殺人を躊躇できる気がしない。
刑務所にぶち込まれる事がなく、社会的弱者にならない。
それは自己正義の主張を暴力で許されるという事に他ならず、牢にぶち込まれるだけという理不尽を許容する必要が無いという事だ。
人は獣らしく、成すべきことを成せる。
「操作説明は腰袋の中に取説があるからそれを確認してね。それでも分からない事はヘルプコールでサポートフェアリーたるあたしが馳せ参じるから!」
どうやらロクに説明もないままプロローグは終わるらしい。
正直まだ色々理解が及んでいないが、彼女から得られるものは無いだろう
ここが現実だと言うのなら、僕は当たり前に腹が減るし、眠くもなるだろう。こんな森の中であんまりのんびりしてはいられまい。
「それじゃあキノハル様、新しい生涯が良い人生になるといいね!」
公式サイトの『もうやめられない』という煽りは面白すぎてやめられない止まらない的な比喩ではなく、マジで物理的にそうだという説明だったのだろうなー。
とか、光とともに目の前から姿を消す小さい少女を見ながらそんな事を思い出しいていた。
◆
さて、じゃあ気持ちを切り替えて行こう。
じゃないとファンタジーモンスターにもぐもぐされちゃうぞ。
さっきから聞いたこともない様な動物の鳴き声が彼方此方から聞こえてくるし……。
取り敢えず腰袋を弄ると、本当にあったよ取扱説明書。一体何の取説なのか。
パラパラと斜め読みしてみると、大雑把に言えばβテスト版で出来たことを現実でどうやるかといった類のものだった。
ステータスとか見れるのな。
Name:キノハル Job:モンク Level:1
HP(体力値):100
STR(筋力値):35
INT(魔力値):30
VIT(耐久値):5
AGI(敏捷値):30
LUK(幸運値):99
Skill:〈強撃〉〈気功〉
初期数値は基本的にゲームと一緒で、LUKが新たに追加されている。
数値的には謎にぶっちぎっているけれど、ぶっちゃけなにに作用する数値か分らん。幸運値って基本的にフワフワし過ぎててゲームによりけり過ぎる。
状態異常にかかりにくくなるとかが一番あるかな? 因みに99とか滅茶苦茶上限数値っぽいけど全然上限じゃない。最終的に五桁とか普通に行くから。初期数値なんてあてにならん。
というか意味不明なLUKよりも問題は……。
「あ、安定のクソッタレ耐久値……!」
こんなことになるなら絶対選ばない職業ナンバー1は間違いなくモンクだ。滅茶苦茶文句を言いたい。
だって死にやすい。超死にやすい。特に初期は。
だって唯一の一桁だぜ? 何だ五って。
しかもβテスト版じゃ慣れたものだった神回避を現実で実際にやらなきゃならないってそれどんな無理ゲーだ。ここ最近運動なんて踊ってみたの練習位のもんだぞ。
これはやばい。
βテスト版でもそうだったけど、初エンカウント前に最低限の装備を整えないとまずい。
尚、現在地は森である。
いやこれ試合終了だろ。βテスト版も一応森スタートだったけどそれは操作説明を兼ねていたからでレベリング前には最低限調達する余裕があったぞ。
それにこんな恐ろしげな森でもなかった。どこやねんここ。
いや、ここが『NTG』の世界であるならば迷子の心配は不要か?
取扱説明書の目次に戻って探すのは、ロールプレイングゲームならほぼ確実にあり、勿論『NTG』にも備わっていた『マップ機能』だ。
現実に有ったら万能過ぎて値段が付けられないであろう、一部例外を除いた全世界何処でも完璧な地図表示されて、索敵機能まで付いてる謎マップ。
有って欲しい、というかこのままだとモンスターと遭遇してすぐにもぐもぐエンドだ。それは嫌過ぎるのでどうか有ってくれ! と上から順にチェックしていく。
「有った! よかった有った!」
視界を遮る系の機能は最初、非有効化されていてマップもその一つであるらしい。
すぐに有効化してみると、視界の端に見慣れたフィールドマップが表示されてどう行けば森を出れるだとか、一発でわかるようになった。
後ついでにこの森の名前も判明、『神仙の修行場』。なんとゲーム時と同様のスタート地点でした。……実物はこんなに広大な森だったんですね。ゲームの時はあっという間に抜けられる小さい森だったきがするんだけど。
あれ? じゃあもしかしてこの森に居たら俺と同じくモンクを選んだプレイヤーと会えるんじゃね? こんな非常事態に巻き込まれたんなら同じ立場の人と協力するのが一番だろうし、もしβテストをやらずに初めてよく知らない人がランダムでモンクになってたらモンスターに突撃して即お陀仏しそうだ。
これは本来の不親切なチュートリアルに代わり、モンクの先輩たる俺が導くべきだろう、うん。
……べ、別に森の中で一人ぼっちなのが寂しい訳じゃ無いんだからね!
さて、そうなるとここの『NTG』内最弱のモンスターを相手に練習して多少は戦い慣れとかなきゃなるまい。
ここのモンスターは消しゴム並みの耐久値しか持ち合わせて無いモンクに合わせて低い攻撃力のモンスターしか出ない……筈、多分、きっと、βテストだとそうだったし恐らくそう。
なので、一匹だけ逸れてるような奴を探して戦ってみようと思います。
索敵はある程度近づかないと反応ないし、取り敢えず歩こうかな。
『神仙の修行場』。ここは修行場とは名ばかりの人の手が全く入っていない森で帝国領の神聖指定区域に指定されている、森を破壊すると牢へぶち込まれるという設定の森でここへの入場を許されるのは俺のようなモンク見習いだとか、協会関係者だけである。
ここでの行いは全て神の目に留まり、悪行を成した者には天罰が下るが、偉業を成せば加護を得られるという逸話から仙人や聖人の修行場とされていた。
ただ、βテスト中に加護とかそんなクエストは存在しなかったのでただの伝承だと思われる。
状況が飲み込めなくて、訳が分からないのは何一つ変わってないけれど、行動すると決めて動き出してみればちょっとワクワクしている俺がいる。
まあ冒険は男の浪漫で、まだどうしようもない絶望に遭遇してないからかも知れないけれど、弱音は無しにして前を向いて歩こう。
見ない事にするのは、僕の得意分野だしね。
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