第58話 第5章エピローグ -何も変わらない魔階島の日々-
「あぁ、女神イキ・カエール様…」
何もない、真っ白な世界がただただ無限に広がるその場所にて、その場所に溶け込むような純白清楚な衣装に身を包んだアルカロはただ一人静かに祈っていた。
『あら?アルカロじゃない、今日はどうかしたのかしら?』
すると、そこに一人の女神が降臨した。“生命の女神イキ・カエール”この世に存在す全ての人の命を救済する奇跡を持つ神がアルカロの前へと姿を現したのだ。
「今日はこの度起きました事件に関しまして、カエール様のお言葉をいただきたく参じました」
『へぇー、なに?その事件って?』
「はい、魔階島で行われました、我ら人間の催しにて魔王の復活…が確認されました」
『…魔王の復活?それは確かなの?』
「いえ、申し訳ありません。断言して魔王の復活とは言えないのですが、その者の発言によるとその者は魔王であるらしく、また数人の勇者が彼の者と刃を交えましたが確かに伝承通りの恐ろしき力でした」
『ふ~ん…、でも私の所に人の魂が来てないってことは、その事件で誰も死んではいないのでしょう?』
「はい、その魔王名乗る者に苦戦いたしましたが、我々が対処いたしましたので」
『ならいいんじゃない?まぁ、もし本物の魔王に殺されたのであればその魂はここには来ないのでしょうけどね…』
「…それはどういう意味でしょうか?」
『人が知ることではないわ。分を弁えなさい』
「はっ、申し訳ありません」
誰からも頭を下げられるアルカロが逆に深々と頭を下げる中、その聖女と謳われる彼女を見下ろしながら、少し不機嫌そうな声を出した女神は宙に浮かべた体の姿勢を変えて話を続けさせる。
『それで、話はそれだけ?』
「いえ、その魔王の点でもう一つ。その事件を起こした者が一人おりまして、その者は勇者なのですがいかがいたしましょうか?何も起こらなかったとはいえ、それは結果論。もしかすれば多くの命が失われていたかもしれません」
『そうね…、その勇者の名は?』
「トトマという最年少の勇者です」
『トトマ…、へぇー…トトマねぇ…ふふふ』
「…」
その名を聞いて女神は少し上機嫌な顔をしたが、頭を下げているアルカロにはその表情は伝わらず、たとえ耳で入った情報から女神が機嫌よくなったことを知ったとしてもアルカロはただひたすらに顔を下げたままで女神の言葉を待った。
『…いいでしょう。それでは神の判決を言い渡します』
そして、“生命の女神イキ・カエール”はアルカロに言葉を伝えた。アルカロはその言葉に意思も見せることなく、ただ「承知いたしました」とだけ告げて彼女は“生き返りの間”から姿を消した。
『…く…くく、あはははは!!流石トトマだわ!あー、可笑しい!本当にお騒がせな勇者様ね、あの子は。本当、期待通りだわ』
アルカロが去った後、女神は器用に宙に浮いたままの状態で腹を抱えて笑った。勿論、その笑い声が神以外に届くことはない。
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「ん……、ここ…は…?」
長い長い眠りからふと目が覚めたトトマが眼にしたものは白い天井であった。彼は穏やかな風が吹き込むとある清潔にして簡素な部屋にて深い眠りから目覚めた。
「おはよう、トトマ」
「ロ…ロイス?…ぐっ!?」
「おっと!あまり急に動かない方がいいよ」
すぐ近くで聞こえたロイスの声に、トトマは起き上がろうと試みるが次の瞬間には全身が激しい痛みに襲われて彼はベッドから一人で起き上がることもできずに、咄嗟に手を貸してくれたロイスの助けによって何とかベッドにて座る形で上体を起こしてロイスと対面した。
「ロイス…!?その顔は…もしかして…」
「ん?あぁ、名誉の負傷ってやつさ」
トトマの青ざめた表情を見てその心意を悟ったロイスは、右目に付けた眼帯に指を触れながらも軽く微笑んだ。また、ロイスの右腕にも包帯が巻かれてあり、それは間違いなく魔王が、トトマの体を乗っ取った魔王が付けた傷でもあった。そして、それらを見た瞬間にトトマの眼からは大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ご、ごめん…!!ぼ、僕が…っ!!僕の所為でっ!!」
「あー、そう泣くなってトトマ。別に治らないってわけじゃないし、ただ奇法でも治すのに時間が掛かっているだけさ」
「で、でも…僕がっ!!僕が…っ!!皆を傷付けてしまった…っ!!」
目が覚めた途端、次にボロボロと泣き始めたトトマを見て、やはり心優しい少年だと、今までのトトマが無事に帰って来てくれたことに安堵すると、ロイスは自分で涙も拭けないトトマの涙とついでに鼻から出る液体も拭いてあげた。
「うわーん!!ごめんね、ロイス!!鼻水まで拭いてもらって!!!」
「い、いいって…」
もう何から何まで泣きたいトトマはとりあえず泣き続け、やっと気持ちが落ち着いた段階でロイスはトトマが寝ている間に起こったことを簡単に説明した。
トトマが魔王に体を乗っ取られてから既に3日経っており、その間にトトマは何度も傷から血を出してはその都度アルカロやミラ、その他「祝福のスキル」を持つ者たちが交代でトトマを治療し続けた。また、魔階島最強決定戦は勿論のこと中止。魔王云々もあるが第三回戦まで残った勇者は挙って負傷してしまったし、そもそも闘技場は勇者たちが暴れた所為で半崩壊状態であり修理が間に合わずに続行も不可能であった。とはいえ、流石と言うか何と言うか魔階島自体はもう通常の状態に戻っており、あの魔王の事件がまるでなかったかのような平穏で活気に満ちた生活を皆送っている。
だが、あの事件の当事者であり、その被害の中心にいるトトマは無関係ではいられなかった。
まず、『
次に、トトマ自身に関することである。あれがおそらくは事故であったとはいえ、それを皆が皆「はいそうですか、それは大変でしたね」と許してくれるわけもなく、トトマには何かしらの罰を与えるべく聖導会とギルドが今もなお議論を続けているそうで、その結果と“生命の女神イキ・カエール”の言葉を賜ったアルカロからの決断を待つことなっていた。
「ははっ…これで僕も犯罪者か…」
その話を聞いて自虐的にガックシと落ち込むトトマに対し、ロイスはポンポンとその肩を叩いて励ます。
「大丈夫だよ、トトマ」
「ロ、ロイス…」
「もし罪を負って投獄されても場所は王城の中だろうから、それなら私が毎日会いに行ってあげるさ」
「ロイスぅ~…」
軽い冗談のつもりで言ったつもりが、トトマの目と鼻からはまたしても液体が溢れ出しそうになっていた。
「あはは、冗談、冗談!」
「う…うぅ…冗談に聞こえないよぉ…」
泣くトトマに笑うロイス。二人の勇者の穏やかな時間がただただ過ぎていたが、そこに病室の扉を開けてぞろぞろと人が入ってきた。
「ロイス様、ありがとうございました。もう交代いたし……ます…よ」
扉を開けて真っ先に入ってきた少女はその疲れた顔でトトマの見守りを変わってくれたロイスへとお礼を言うが、目を覚まして上体を起こしているトトマを見て大きく目を見開き、そして駆け出した。
「あぁ!!トトマ様!!!良かった、本当に良かった…!!」
「ミラ…、ごめんね心配掛けて…」
「本当です!!もうどれだけ私たちが心配したことか!!ずっと目を覚まさないからっ!!もしかしたらこのままずっと目を覚まさないじゃないかって…!!思って…っ!!わ、私は…私はっ!!」
ドンと胸に飛び込んできたミラにトトマはその小さな体をギュッと抱きしめることはできなかったが、自分を抱きしめてくれるミラに少し顔を傾けその感謝の気持ちを伝えた。そして、二人は顔を見合わせ後、やっぱり涙が込み上げてきて二人して顔をくしゃくしゃにしてわんわんと泣いた。
「あぁん、ミラはなみじゅがでてるよ~!!」
「トトマしゃまもでふ~!!」
幼い子どもの様に「あーん」「びえーん」と泣き続ける二人を見ながら、その遠巻きにいたオッサンとカレルはほっと胸を撫で下ろした。だが、その二人もやっぱり何だか居ても立ってもいられなくなり、最後はやっぱり皆でトトマに飛びついて盛大に泣いていた。
「あはは、いいパートナーだ」
そして、その一方でトトマたちの泣き虫団子状態を傍から見てロイスは楽しそうに微笑んでいた。
そのしばらく後、もう一生分の涙を流したのではなかろうかというほどに泣いたトトマたちは逆に何だか疲れてしまい、ロイスも含めて皆で細々と盛り上がっていると、そこにまた他の者たちがやってきた。
「おやおや、何やら盛り上がっているようじゃの」
そう言い穏やかな笑顔で入ってきたのはムサシであり、それに続いてぞろぞろと入ってきたのはまずはギルドの運営者たちであった。その中にはギルドの最高責任者であるゼウスの姿もあり、立派な髭を蓄え挑戦者顔負けの屈強な体をした彼はおそらく今回の事件に関するトトマの処遇を言い渡すためにここまで来たと考えられる。また、聖導会の服装をした者たちも数人おり、その者たちの先頭にはアルカロが立っていた。
軽く挨拶を済ませた後、他の者たちは少し距離を置きゼウスとムサシ、そしてアルカロの3名がベッドの上から動けないトトマの横に立つ。
「それではトトマ様、今回の事件に関することについてお話させていただきます」
「は、はい…」
「まずは、こちらの剣に関してですが、これは十中八九我々が『
その発言に対し、それについて聞かされていなかったその場にいた者たちはざわざわと騒いだが、トトマの問題はそれではなかった。その剣をどうするのか、それがトトマの気になる点であった。
「こちらに関しては我々の方で様々話し合った結果…トトマ様にお戻しいたします」
「え!?い、いいんですか!?」
「はい、確かにこの魔剣が今回の事件の引き金になったことは間違いないのでしょうが、しかし発見者はトトマ様であり、また『
「そう…なんですか?」
「ふむ、それに関しては儂から説明しようかの」
「トトマよ、これはな“マナを喰らう”剣なんじゃよ」
「マナを喰らう?」
「左様。この剣の能力はマナを喰らい、そのマナを放出することなんじゃ。ココアに少し手伝ってもらってな、彼女が持つ『武器万能』でこの剣の力を引き出して使ってみてくれたがやはり見立て通りの武器じゃった」
「…だからあの時に魔法が吸収できたんですか?」
「そうじゃな。魔法も奇法もマナを基に作り出す技じゃからこの剣の前ではほぼ無意味というわけじゃな。まぁ、どこまで無効化できるのかは使い手によるじゃろうがな」
ほっほっほと軽快に笑うとムサシは
「…ついでに言うとじゃな」
「は、はい!」
「それは“マナを喰らう”剣なんじゃが、結局それだけなんじゃよ」
「それだけ…とは?」
「じゃから、その剣には所有者を乗っ取る力もなければ何かを封じ込めるような力も見当たらない…ということじゃ。ならばその剣はあまり害はない、ということになるの。まぁ、珍しい武器を手に入れて万々歳とでも思っておくのじゃな」
「ば、万々歳…ですか」
「かっかっか!!」
すると、トトマの不安が眼に見えて分かるムサシはそう言うと安心させるかのようなそんな優しい笑顔を見せた。
(そうなのか…。でも、だとしたらどうしてあんなことに…?)
自分では感じることはできても理解はできないトトマは
とはいえ、あそこにいた彼らが本当に伝説上の魔王と初代勇者だったという確証もない以上、弊害がないのであれば挑戦者としては貴重な
「…続いて、トトマ様の処遇に関する話ですが」
すると、今度はそうゼウスが話を切り出し、その場にいた者たちはピリッと緊張し、またトトマは誰よりも緊張した。
「様々なことを鑑み、またあの場に居合わせた勇者様たちからもお話を伺い、最終的にはここにいらっしゃるアルカロ様にも“生命の女神イキ・カエール”様の下へ行ってもらい女神様からのお言葉もいただいてきてまいりました」
「……」
“生命の女神イキ・カエール”
その名を聞いてトトマの頭の中にはあの守銭奴の女神様が浮かび上がった。いつも何か気だるげで、トトマのことをよく揶揄い、トトマが死ぬと生き生きとした笑顔で彼を罵る女神様。そんな彼女のことだから「う~ん、有罪♪」と面白半分で言いそうだと冷や汗をかきつつ、トトマはアルカロの言葉を待つ。
「トトマさん、今回の件に関しまして“生命の女神イキ・カエール”様は『不問とする』とのことでした。よって、我々は女神様のご意思を尊重し、またあれが魔王であった確証もなく、被害も軽度だったことからもトトマさんには責任を負わせないことに決定しました」
「…え?」
その話を受けて、トトマを含めてほとんどの者がポカンとした顔をして「一切の責任はない」という決断に騒めいた。
「何かご不満でもありましたか?」
「あ、いえ…、その、ありがとう…ございます」
「御心の広い女神様に感謝いたしましょう」
「それでは以上となります。まだ完治するまでにお時間掛かるとは思いますが、お早い回復を祈っております。また何かダンジョン攻略に際しまして何か我々にできることがありましたらいつでもギルドを頼ってください。それでは」
そう言い残して、ギルド長であるゼウスは連れてきた部下を引き連れて忙しいのかそそくさと病室を退室した。
「それでは、私たちも行きましょうか」
続いて、アルカロはそう丁寧に言うとふわりと身を翻して自身のパートナーたちを連れて歩き出す。しかし退室する直前、病室の隅で事の成り行きをはらはらと見守っていたトトマのパートナーたちを見かけ、その中にいた一際小さな少年を見つけるとふと足を止めた。
「どうかなさいましたか?アルカロ様」
「…ハーブ、あの少年をこちらに呼んでください」
「え?あ、あの子をですか?分かりました…」
凛とした背筋でパートナーであるにハーブにそう命じると、命じられたハーブはすぐさまカレルを連れ出しアルカロの下へと連れて行き、しばらくやり取りをした後にカレルは呆然とした表情でオッサンとミラの下へと帰ってきた。
「お、おい!?大丈夫か?」
「何かご無礼でもあったのでしょうか?」
聖導会でも屈指の偉い人に呼ばれ、オッサンもミラも慌てた様子でカレルを迎えるが、一方でカレルはよく分からんといった表情でアルカロから貰ったものをミラたちに見せる。
「…お菓子貰った」
「「お菓子…?」」
その可愛い装飾の付いた小さな袋には、確かに幾つかの色鮮やかな焼き菓子が入ってた。だが、何故それをカレルがアルカロから貰えたのかは全くの不明であり、その張本人はというともう病室からは出て行ってしまったので真相は謎のままだった。
「ま、まぁ!俺ももう子どもじゃないしな!お菓子なんて貰ってもあんまり嬉しくないけどな!!」
「あ、美味い!これ!!」
「本当ですね、アルカロ様の手作りでしょうか?」
「料理もできる聖女様か~、いいな!」
「っておい!勝手に食うなよ!!?俺のお菓子!!」
トトマとロイス、それに焼き菓子を奪い合うカレルとオッサンとミラしかいなくなった病室にてぎーぎーぎゃあぎゃあと盛り上がる中、トトマの傍にいたロイスは徐に立ち上がった。
「それじゃあ、私もそろそろ行こうかな」
「あ!ロイス!!ちょっと待って!!」
だが、立ち去ろうとするロイスにトトマは声を掛け、その足を止めさせる。
「ん?どうかしたか?」
「その…あの魔王のことなんだけど」
「それはもう終わった話だろ。皆もああ言ってたことだし…」
「そうじゃないんだ!それだけじゃ…ないんだ…」
「どういうことだ?」
誰かに言ったとして、その話が信用できるかと言われればおそらく不可能であったが、魔王のこと、そして初代勇者のことを思い切って話して伝えた。最初、その不可思議な話に呆れた顔を見せたロイスであったが、話が進むにつれてその顔は険しくなり最後の方では彼も顎に手を当てて真剣に考えているようだった。
「…どう、かな?あの時会ったのはやっぱり初代勇者様だったのかな?魔王が本物なら初代勇者様も本物だろうし、それにあの人はこの剣を捨てろって言ったんだ。あと、ダンジョンを封鎖しろって」
「もし…もし、トトマの言うことが本当だとして。それに
「そっか、初代勇者様の血を継ぐロイスなら何か分かるかもって思ったんだけど…」
「確かに初代勇者様、クロスフォード・アルバーンは私の先祖に当たる方だが、とはいえ私が彼について知っていることは普通の人と変わらない程度だよ」
「そ、そうなの?」
「彼は全く自分のことを晒さずに女神様の下へ向かわれたからね。でも、確かにトトマが出会ったっていう初代勇者様と私たちの知る初代勇者様とでは少しだけ似通った部分があるね」
「え!?嘘!?どんなところ?」
「見た目…については分からないけど、一番に似通ったと思ったのは“ダンジョンの進入を禁じている”ところかな。知っての通り、ダンジョンは初代勇者様が生きておられた時は立ち入りを禁じられていたんだ」
「それは…聞いたことあるかも。確か、当時はまだ上層部に危険なモンスターがいたり瘴気が濃かったりしたからとか言われてるよね」
「その点で言えば、言動が一致しているということでトトマが会った人が初代勇者様だったかもしれないと言えるかもね」
「そっか…」
確実にとまではいかないにしろ、だがトトマが
トトマにダンジョンを封鎖するほどの権力や能力がないにしろ、この
「でも…、それでも私はその剣を手放す必要はないと思うけどね」
「だ、だけど!この剣の所為であんなことになったわけだし…」
「トトマ気を悪くしないでほしいのだけど、その剣を放棄することは無責任なんじゃないかな?」
「無責任?」
別にロイスから優しい言葉を掛けられることを期待していたわけではなかったが、だがその言葉にトトマの胸はチクリと痛んだ。
「だってそうだろ?その剣がただ怪しげな剣だから放棄するのならまだしも、トトマはその剣の力と恐ろしさを知った上で捨てようとしているんだよ?闘技場での戦いでトトマが責任を感じるのであれば、私はその剣はトトマがしっかりと管理するべきだと思う」
「……」
その話を受け、トトマはただ黙るしかなかった。しかし、それは正論であり、ここで
そして、一度落ち着いて考え、頭に冷静さを取り戻すとトトマは決意のある眼をして助言をくれたロイスに感謝を述べる。
「ありがとう、ロイス。ロイスの言う通りだ、ここで
「それでこそトトマだ。まぁ、その話を聞いてしまった以上、私も他人ではいられないからね。何かあったらまた頼ってくれ」
「あと…、今回は本当に色々と迷惑を掛けた、ごめん」
「……」
最後に出た言葉を聞き、やれやれといった様子でロイスはトトマの傍に戻ると、身動き一つすらできないトトマのおでこに軽く手刀を下す。
「あいたっ!!?」
「……」
「い、痛い!?あいたっ!?痛い痛い!!?」
そのまま無言のまま、ロイスは何度も何も抵抗できないトトマのおでこに向かって手刀を当て続ける。
「まったく…、何度も謝るな!私は気にしていないって言ってるだろ」
「ご、ごめん…」
「また謝る」
「あいたっ!?」
最後にビシッとトトマのおでこに手刀を当て、ロイスは呆れた様子で腰に手を当てた。
「そうだな…、じゃあまた勝負しないか、トトマ」
「勝負?」
「あぁ、今度はどっちが先にダンジョンの最奥に行けるかどうか、それでどうだ」
「えぇ!?そ、それって僕がすごく不利じゃない!?」
「何言ってんだ!こっちは誰かさんの所為で怪我したんだ、それぐらいの差は大したことないだろ」
「ぐ…!」
「別に諦めてもいいんだぞ?」
「わ、分かったよ!先にダンジョンの最奥に行った方が勝ち、それで勝負しよう!!」
「男に二言はないか?」
「ない!!」
「よし、決まりだな!」
嬉しそうな顔をしてロイスは約束と言わんばかりに右手をトトマへと差し出す。差し出された手にトトマも右手を差し出したかったが、しかし傷付いたトトマはまだ右腕一本さえも動かせなかった。
「やれやれ、締まらない奴だな」
「ははは…。ご、ごめん…」
「……」
すると、体が全く動かせないトトマを一度見て、まだお菓子の取り合いをしているトトマのパートナーたちを見て、もう一度トトマの顔を見つめると何やら考えたロイスはさっとトトマの顔に近づいてその唇に自分の唇を合わせた。
「…………………へ?」
「……」
その時間はわずか一瞬、一瞬すぎて何が起こったのか分からなかったが、トトマは唇に温かいものが触れた感触だけはあった。
「……じゃあな」
それだけを言い残し、ロイスはその表情も見せずにさっと病室から消えた。一方で、トトマは茫然とした顔でその背中を目で追ったが、次の瞬間そんな彼目掛けてカレルが飛び込んできた。
「トトマ兄ちゃん!!オッサンが俺のお菓子を取るんだ!!!」
「はっはっは!若造にダンジョンの弱肉強食の世界を教えてやっただけさ」
「もう、あまりトトマ様の周りで騒がないで…って、トトマ様?いかがされましたか?顔が赤いですが…」
「え!?あ…いや!?その!!?」
「本当だ!?兄ちゃん熱でもあるのか?」
「へぇ~、勇者でも風邪を引くんだな」
「やはりまだ戦いの後遺症が出ているのでしょうか!?あぁ、心配です!!どうしましょう!?どうしましょう!?と、とにかく奇法ができる方を呼ばなくては!」
「いやいや!?落ち着きなって!それってミラ姉ちゃんじゃん!!」
トトマを案じて賑やかに騒ぐパートナーたちの一方で、トトマはというとまだ消えない唇の感触をぼんやりと感じているのであった。
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挑戦者がまだ足を踏み入れていないダンジョンの奥深くにて、明かり一つない常闇の中、2人の男と1人の少女がそこに居た。
「いやはや、とんだ災難でしたね。ああいうことは事前に言ってもらわないと困りますよ」
「あら?私たちは仲間ってわけじゃないでしょ?ふふふ、それにこれでお兄ちゃんはまた一つ強くなったわ」
「それはいいとして、大会の方は良かったのか?結局中止になったようだが」
「あぁ、あのお遊戯はもういいんですよ。“候補者”の大体の目星は付けましたから」
「そうね…。本当はお兄ちゃんに“王”になってほしかったけど、彼女がいるからね」
「そういうわけです。今後は“候補者”の方は彼女でいきましょう」
「漸く、我々の作戦も前進ってわけだな。長かった」
「それでは次は“彼ら”の出番ですね」
「う~ん、彼らだけで本当に大丈夫なの?あの人…じゃなかったあのモンスターたちちょっと弱そうだけれども」
「いえいえ、今回は彼らがダンジョンでひと悶着起こしてくれたおかげで邪魔な『ガーディアンズ』、特に【白金帯】をダンジョンへと押し留めてくれていたわけですし、彼らの能力も侮れません。それに今回は貴方の作品もありますしね」
「うへぇ~、私あのごちゃまぜなやつ嫌い」
「ふん、何を言う?あれこそが究極のモンスターの姿、まさに生命の神秘。考え得る限りで最強最悪の生物兵器」
「でも、大丈夫なの?あれが動きだしたら、まーた彼が邪魔しに来るんじゃないの?無類のドラゴン好き、もといドラゴン嫌いだしさ」
「それはご安心ください。彼は前回暴れた罰として厳重に隔離していますので」
「大変よね~、あの能力は。まぁ、私たちも似たようなものだけど」
「もし彼が怒った時はそれはそれで対処しましょうか。それでは、次なる計画を始めましょう。まずは我ら12人の“同胞”を目覚めさせ…」
「“王”となる者をダンジョンの奥へと導いて…」
「…そして最後は、忌まわしき神々共をこの島に引きずり堕とす」
ダンジョンの深淵にて怪しき者たちが動き出す。
そんな彼らの存在を知るのは神のみである。
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次章予告!
打倒『王国の勇者』を掲げ、何やら正体不明の怪しげな武器を引っ提げて勝負を挑む勇者。途中で魔王が復活したり、かと思えば初代勇者も現れたりなんかして色々とあったけど、結局は何とか丸く収まって一安心。
しかし、そんな新たな力を得た勇者の前にまたしても新たな敵が現れる。彼女たちの名は『
しかも、その魔女の中には勇者の見覚えのある仲間の姿も…。
果たして、勇者はどうやって魔女たちに対抗するのか?
そして、勇者はかつての仲間を取り戻せるのか?
次章「勇者、ダンジョンを去る」
乞うご期待!
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