第56話 『魔獣の勇者』vs『王国の勇者』後編
『「たとえ絶望の淵に立たされたとしても、勇者は決して諦めない。
いや…、ただ諦めることができない定めなのかもしれない。」
この世に生まれた最初の勇者の言葉』
「…私の勝ちだな、トトマ」
そう勝利を宣言し、ロイスの直剣は確実にトトマの体を深々と貫いた。ロイスの能力「
『き…き…!…決まったぁっ!!これは確実に決まりました!!まさに光と闇の戦いとも言えるこの凄まじき勇者同士の戦いを制したのは「王国の勇者」ことロイス・アルバーン選手だ!!!』
そして、その胸を貫かれ地に伏せたトトマを確認した後、カキコは『拡声石』を掴んで大いに叫んだ。勝敗の判定に関してはどちらかが場外に出るか、若しくはどちらかが死亡した時に出されるものであり、この場から消えていなければ場外に出てもいないトトマはまだ負けてはいない。だが、その姿は明らかに続行できるような姿ではなく、もはやその命の灯火は今にも消え掛かっていることは誰の眼から見ても明白であった。
しかし、それでもトトマは立ち上がった。
「……」
まるで今まで寝てもいたかのようにふらりと気怠げに立ち上がると、トトマは自分の両手を見つめ大きく息を吸い、それから天を仰いで怪しく微笑んだ
「久しい空だ…。あぁ、良い空じゃねえか」
何がどうなってトトマが立ち上がれたのか見当も付かなかったが、再び立ち上がった戦友を見てロイスは嬉しさのあまり微笑んだが、その目の前に立ち空を見上げるトトマへと一歩近づいた瞬間、ロイスは言い知れぬ恐怖を感じた。
「ト…トトマ…?」
いつも温厚そうな表情をし、誰に対しても優しく礼儀を尽くし、スライムも殺せないような心優しいあのトトマからは到底想像が付かない程の“殺気”とも呼べる圧が彼からは漂っており、ロイスはそれ以上トトマへと近づくことはできなかった。
『これは驚きだっ!!?まさかのまさか!!トトマ選手が立ち上がった!!!毎度毎度、驚かせてくれるトトマ選手ですが!今回もまた我々を楽しませてくれるようだ!!!』
「…ああん?何だか、うるせぇな」
一方で、何も知らない、否知るわけもないカキコは闘技場を見下ろす実況席から興奮した声を上げ、その声に観客席もワッと盛り上がる。だが、それを受けて数百年ぶりに目に見えるもの、鼻を通るもの、肌に感じるもの、耳に聞こえるもの全てを感じ、喜びに浸っていたトトマの姿となった魔王はその幸福を邪魔する雑音に腹を立てた。
そして、徐に魔王は手にした
「「「………」」」
「おっと、思った以上に力が落ちてるな。まぁ、雑魚程度ならこれで充分だろうが…ん?」
その暴挙に闘技場に居た皆が凍りつく中、魔王はこんなものではなかったと言いたげに悪態をつきながらも粉砕した実況席を見上げたが、そこには一人の老人が、一人の勇者が立っていた。魔王の放った斬撃は確かに実況席を破壊したものの、そこにいた人々には届かなかったのだ。誰もが魔王の行動に対応できない中、一人その危険を眼で察したムサシは即座に刀を引き抜いてその斬撃を叩き切ったのである。それにより衝撃は2つに分かれ、それらは実況席を破壊したもののそこにいた人々には届かなかったのだ。
「早く皆を避難させいッ!!」
「で、ですが…!?」
「命惜しくば早せいッ!!」
「わ、分かりました!!?」
普段の温厚な顔つきからは考えられないムサシの剣幕に押され、言われるがままにカキコとその場にいた者たちは『拡声石』を使い観客たちを闘技場の外へと逃げるように促す。
「ムサシ様!!ご無事ですか!!」
「爺!今のは一体何なんだ!?」
一方で、危険を感知して逃げ惑う人々をかき分けて、ムサシのパートナーであるナオトラとジュウベエがすぐさまムサシの後方へと駆けつけた。だが、そのパートナーたちに一瞥もせずに、ムサシは下に見える魔王をじっと見下ろしながらも背中で彼らに逃げる人々に危険が及ばぬようにと指示を出す。
「了解しました」
「おいおいちょっと待てって、爺さんはどうするんだよ!?」
「儂は…トトマを止める」
そう言い残し、ムサシはトンと壊れた実況席を踏み台にして闘技場へと飛び込んだ。普通の人であれば間違いなく即死する高さにあるにもかかわらず、ムサシは階段を2段飛ばしで降りるような軽い具合で闘技台へと舞い降りる。
「くははッ!!飛んで火にいる夏の虫ってやつかい!!!」
しかし、そんなムサシに対して悠々と構えるだけの魔王ではない。今度は明確にムサシを狙って剣を振り上げ、先程よりも勢いも速さも大きさも一段の上がった斬撃を降下するムサシへと飛ばす。
(むう…。先程は本気ではなかった…というわけじゃな。じゃがっ!!)
「『壱天抜刀・荒波』」
腰に下ろした2本の刀の内、その1本に手を掛けるとマナを込めた一撃で一瞬にしてそのトトマの攻撃を切り裂いた。そして、そのままふわりとムサシは闘技台へと降りるとロイスを背に、抜刀の構えでトトマと対峙する。
「へぇー、やるじゃねぇか爺さん!大した腕だ!…いや、この場合は“眼”かな?」
「…ロイス、まだ戦えるか?」
何もかもお見通しと言わんばかりに微笑む魔王に構わずに、彼への警戒を保ったままにムサシはロイスへと声を掛けた。その問いにロイスも問題ないと言いたいところではあったが、息荒く、また「
「だ、大丈夫…です。少し疲れた程度です」
「連戦で申し訳ないが、少々手を借りるやもしれん」
「はは…、ムサシ様が弱気だと滅入りますね」
「すまんの」
「いえいえ」
ほんの数秒の会話の後、ロイスは大きく息を吐いて気を落ち着けると再び直剣をギュッと握りしめて魔王と化したトトマと対峙する。一方で、魔王はというと勇者二人を前にしても相変わらずに余裕の表情を見せていた。
「爺さんの勇者に、手負いの勇者か…。ふん、お前ら二人程度でこの俺が止められるとでも?」
「いえ、お二方だけではありません」
「ッ!!?」
しかし、どこからともなく聞こえたその声と、同時に首元に冷たいものを感じ取ると魔王は急いで身を逸らしその奇襲を躱した。だが、奇襲者はそれだけで攻撃の手を止めることはなく、即座に手にした槍を体を使って大きく回すとその勢いを槍先に乗せて魔王の心臓目掛けて槍を突きだす。
「くくくっ!!おいおい、随分と攻撃的な修道女だな!!まぁ、そういうのも嫌いじゃないけどな!!」
しかし、洗練された動きから放たれた一撃は魔王の心臓を貫くことはなく、驚くことに彼の左手でいとも簡単に掴み取られてしまった。
「…六法十二律『波』」
「ぐおっ!?無詠唱の奇法かよ!たく…厄介だな、これだから勇者ってやつは嫌いだ」
十字の槍先をした槍を持つ聖女にして勇者の奇法を間近で受け、魔王はゴロゴロと転がったがひょいと起き上がって新たに参戦した勇者を睨んだ。その視線の先にいた勇者は『奇跡の勇者』、アルカロ・カエール。その両目を何故か黒い布で覆い目を隠す、カエール教の誇る
「アルカロか!助かった、ロイスの手当てをしてくれ!!」
「はい、ムサシ様。それではロイス様、失礼いたします。六法十二律『治』」
アルカロはそっと跪き、ロイスの体に触れて言葉を紡ぐと瞬く間にロイスの表面に負った軽い傷は跡もなく消え去った。言葉や文字を紡いでマナを動かし様々な奇跡を起こす奇法であるが、これはその奇法の中でも上位の技「無詠唱」である。奇法とは様々な姿があるが、その本質は『六法十二律』と呼ばれ大きく12個の技に分けられる。それらの詠唱を無視し即座に奇跡を起こす技は誰にでもできるものではないが、「勇者のスキル」の「女神の加護」に優れたアルカロには不可能ではなかった。
「これで3人…か」
「勇者は…まだいるだろうがッ!トトマッ!!!」
「ぐっ!?」
すると、少し顔をしかめたトトマの頭上から今度は『友愛の勇者』ダンが槍を手にして飛び掛かる。
「どうしたっていうんだ!正気に戻れ!!トトマッ!!」
「ええい!うるさい!!邪魔だッ!!」
腕力だけでダンの一撃を押し返すが、ひらりと後ろに回ったダンに代わりまた新たな勇者が魔王の下へと駆けつける。『薔薇の勇者』ココアは腰に付けた4本の剣を抜き去ると、2本の手でその4本を巧みに使いこなし一人で4人分の剣戟を魔王へと浴びせる。
「すまないな、トトマ!理由は分からないが、大人しくしてもらう!!」
「このっ!!ちょろちょろと多くて面倒だな、おい!!!」
普段のトトマであればココアの剣戟などたとえ剣一本であっても捌けないであろうが、今の魔王がその体の主導権を握るトトマはその全てに対応し、4本の剣が織りなす剣戟をたった1つの剣で防ぎきっていた。とはいえ、多少の無理があるのかその顔からは余裕は消え去っており、苛立った様子の魔王は大きく剣を横に振って全ての剣を弾き飛ばす。
「今だ!!アリスちゃん!!!」
「ッ!?」
「ごめんなさい!!トトマさん!!!」
剣を大きく横に振り、体が開いてしまった魔王のその一瞬の隙を付いてココアと入れ替わりで黒い塊が魔王へと突撃した。回避不能、防御不能な鋼鉄の巨弾に弾き飛ばされ、魔王はそのまま誰もいなくなった観客席まで吹き飛ぶと、大きな土煙を上げてそこに減り込み動かなくなった。
「たく、一体どうしたってんだよ!?あれは…あれはトトマなんだよな!?」
誰に聞くわけでもなく、ダンは慌てたような心配したようなそんな様子で口を開いたが、それに答えられる者はまた誰もいなかった。
「儂の眼にはトトマのようにも見えるし、そうでないものにも…見える」
「そうでないもの?」
「黒くて深く、底が見えない…。まるで凶悪なモンスター共と相対しているかのような気分になる」
「モ、モンスターって…何を馬鹿な…!?」
すると、一斉に集まった6人の勇者たちが騒めく中、その騒めきをかき消すかのような大きな音を立てて魔王が居る場所から黒い影が溢れ出した。それはざわざわと蠢いた後、大きな塊になると今度はそこから巨大な手が出現し瞬く間に勇者たちへと襲い掛かる。
「くっ!?各自散開!!」
危険を察知してムサシの声に合わせて、皆はその場から一斉に離れたが次の瞬間には彼らが居た場所は粉々に吹き飛んでいた。
「くそっ!!これでもトトマはまだ止まらねぇのかよ!!」
散り散りになった後、ダンは黒い巨大な腕の出所を睨みつけるように見つめたがそこにはトトマの姿があった。だが、体のほとんどを漆黒の闇で覆い、最早トトマと呼ぶには、人と呼ぶにはあまりにも恐ろしくて凶悪なものへと変化したそれは悠々と勇者たちを見下ろしている。
「やれやれ、勇者6人でこの程度か…。まだあいつの方が強かった。まぁ、いいか、俺の復活の肩慣らしとしてはお前ら程度が丁度いい!!」
「ココアッ!!一気に決めるぞ、俺に合わせろ!!!」
「あぁ、分かった!!」
何やら豹変したトトマには構わず、何やらこのままでは不味いと感じたダンとココアは一斉に魔王へと駆け寄ると互いの武器を振るう。一撃目が駄目でも二撃目があり、それが駄目でも三撃目がある。勇者の中でも一番に連携が取れる二人はそう考えたが、その考えは虚しく打ち砕かれ、彼らは一撃すら魔王に当てることはできなかった。
「速い…が、ただそれだけだ」
「がっ!!?」
「ぐあぁっ!!?」
魔王が軽く両手を上げるとダンとココアの真下から黒い影が出現し、その影は両者の体のあらゆるもの場所を貫いて彼らをその場へと固定した。
「まずは2人、次は…」
「あああああぁぁぁぁぁッ!!!!!」
気配からその接近を感じ取ると、魔王は素早く顔を上げて真上から強襲するアリスを見つめた。対するアリスはその鋼鉄の鎧の重さと手にした大剣の重さ、それに加えて「万人力」で筋力を最大にまで引き上げた両腕で大剣を振り下ろすことで闘技場そのものを粉砕する勢いで魔王へと大剣を振り下ろした。
まさしく空から落ちる隕石のような一撃を、だがトトマは片手で受け止めた。
「そ、そんな!!?私の渾身の一撃を片手で…なんて!?」
「ただの馬鹿力…。あまりにも短絡的だな」
見た目はトトマだからとアリスは多少ぶれてはしまったものの、彼女の渾身の一撃は今の魔王となったトトマには通用しなかった。そして、勢いがなくなったアリスが地上へと降りる前に魔王は右手に持った
「ぐっ!!……がはぁっ!!?」
「これで…3人目、残るは3人…か。おいおいこんなもんじゃ準備運動にすらならないぞ」
魔王は怪しく、でも嬉しそうに笑うとその首を刎ねるために音もなく奇襲をかけたムサシの一撃を
「どうした爺さん?奇襲とは弱気だな」
「…お主、いったい何者じゃ?」
「あん?」
「トトマの面をしておるが、お主はトトマではないッ!!」
「おっと!」
急所を狙い、目にも止まらぬ速さでムサシは二度斬りつけるが魔王はそれを軽く避けて距離を取る。また、ムサシの言葉は単純な疑問なのか、それとも時間稼ぎなのかなんてどうでもよかったが気分が良いトトマ、もといトトマの中に潜む魔王はトトマを借りてその問いに答える。
「俺か?俺はお前らにも分かりやすく自己紹介するなら魔王だよ!!」
「「「!?」」」
その思わぬ言葉に皆が息を呑むが、ムサシはすぐに険しい顔に戻る。
「何を馬鹿な!そんな世迷言を信じられるか!!」
「たく、どうしてどいつもこいつも信じてくれないのかな~…。あ!ならよ、この中の誰か殺してみようか?」
「な…何!?」
その無邪気すぎる笑顔にムサシは凍り付くが、トトマの顔をした魔王は話を続ける。
「だってほら、お前らは神に守られて幾つもの奇跡があるだろ?その内の一つ『生き返り』ってあるけどさ、俺が殺して生き返らなかったら魔王ってことで分かりやすいだろう?」
「戯けたことを!!」
「いや、別に戯けてはないけどさ…。まぁいいや、どうせそろそろあの3人の内の誰かが死ぬぜ」
そう言いニヤリと笑う魔王を見てムサシはハッと目の前に広がる不可思議な光景を見つめた。ダンもココアもアリスも、皆致命傷を負ったにもかかわらずその肉体はまだ“生命の女神イキ・カエール”の下へと行かずにその場に止まっていたのである。
「どうしてじゃ…?」
「どうしてって…、おいおい爺さん!お前ら勇者はモンスターを殺す力があるんだろ?」
「それが何と関係がある!」
「だからよ…、自分たちだけが特別だと思うんじゃねぇよ。勇者にモンスターや俺を殺す力があるなら、その逆もあるに決まてんだろうが!!」
魔王はそう怒りに任せて叫ぶと
「やるな爺さん、そのレベルでもう少し若ければさぞかし強かったんだろうな」
「ぐっ…!」
まるで決め手が見つからず、しかも先程の魔王の話がムサシを刻一刻と焦らせていた。仮に魔王の話が本当であったとすればダンたちの命が危うく、そちらも早く何とかしなければならない状況がより一層ムサシの老体に鞭打った。
「さてと、まぁいいじゃないか爺さん。生き物は死んだら元には戻らない。そんな摂理を捻じ曲げてまで人に一時の幸福を見せた神が悪いんだからよ。あんな勇者たちは放って置いて、俺との殺し合いを楽しもうぜ」
すると、禍々しい力が溢れるトトマの体からより一層の力が溢れ出した。まだまだ力を温存しているとも言いたげに力を増していく魔王を見て、ムサシにも若干の焦りが見え始める。
「『
「ん?」
だが、そこに魔王の後方から「
「ぐああぁッ!!?な、なんだそれは!!?」
「貴様に語る言葉はないッ!!お前が魔王だろうがなんだろうが関係ない!トトマを返してもらおうか!!」
瞬時にしてロイスの攻撃が脅威になることを悟った魔王は大きく身を翻し距離を取る。その隙を付いてダンやココア、アリスの下へアルカロが急ぎ、彼らを治療していく。
「ちぃッ!!その力!!まさかクロスフォードと同じ力か!!?」
「はああぁぁぁッ!!」
“悪”を切り裂き“魔”を滅する力で武装されたロイスの直剣はいともたやすく魔王の闇を切り伏せて、ロイスは魔王へと大きく踏み込んでからその直剣を魔王へと振るう。過去の記憶からか、ロイスの攻撃にクロスフォードの面影を感じる魔王は防戦一方となるが、その体に突如として横から斬撃が放たれる。
「『弐天抜刀・破魔』!!」
「くそッ!?この爺が!!」
一瞬の隙。魔王が見せたその焦りに対し、ムサシも微力ながらも「魔邪撃滅」の力で応戦する。入れ替わり立ち替わり、とめどなく連撃を繰り出すロイスとムサシ。ロイスの攻撃を受けては重症になる。とはいえ、ムサシの攻撃は確実に急所を狙ってくるので対応を誤ればロイス以上に脅威となる。二つの脅威に押され、魔王は
「いくぞッ!!ロイス、これで終いじゃ!!!『七天抜刀・破魔』!!」
「『
そして、最後。一瞬の隙を突いて魔王の後方へと回ったムサシと挟撃する形でロイスは魔王の体を「魔邪撃滅」の力で斬り裂いた。それにより苦しみの声を上げる魔王。完全に勝負あったかと思われたが、魔王は流れ出る血を振りまきながらも怒りの声を上げた。
「くそがッ!!ああ!もう面倒くせぇッ!!遊びは終わりだッ!!!!!」
魔王から溢れ出る闇は一層濃く強くなり、それらを纏った一撃で魔王は辺りにいた者たちを全て薙ぎ払った。どうやら魔王は弱っているようではあったが、弱った獣程恐ろしものはなく、今の魔王は先程よりも凶暴性を増していた。
「大体感覚は取り戻した!あとはこのお礼にお前たちを切り刻んでやるッ!!」
そう怒り交じり叫ぶと、魔王は最も彼を怒らせた相手、ロイスを睨みつけ彼を闇で作り上げた腕で持ち上げるとその体を自らへと近づけた。
「ぐぁっ!?は、放せッ!!」
「うるせぇな!クロスフォードと同じような力を使いやがって!!てめぇはすぐには殺さないからな!!」
「あああああああぁぁぁっ!!!??」
すると情け容赦なく魔王は剣を振るい、直剣を手にしたロイスの右腕を肘の辺りから乱雑に切り落とした。ロイスの絶叫が響き渡り、彼の血が地面を赤黒く濡らし、その光景を目の当たりにした手負いの勇者たちは恐怖と絶望に飲み込まれていく。
「くははっ!!勇者っていうのは案外丈夫だな!!…なら、今度はその生意気な目ん玉を潰してやる、よッ!!!」
「ぐああああああああああああッ!!!!???」
「いいぞ!!!いい叫び声だッ!!!もっとだ!もっと泣き叫べ!!くはははははっ!!!最高だ!!最高だぜ!!!」
右腕から血を流し、右目からは血の涙を流してそれでも何もできないロイスに対し、一方的に痛みつけることに快感を覚えていた魔王であったが幾ら勇者とはいえそろそろ反応が鈍くなってきたロイスにすぐに興味が薄れてきた。
「ふん…。そろそろ飽きてきたな。こいつは殺してもう終わりにして、せっかく自由な体を手に入れたんだ、今度は女を犯しながら殺すとするか。せっかく数人も丈夫な女がいるんだし、それぞれ違う場所を斬り下ろしてから犯してみるか。くははっ!!一番長く持つ奴は誰かな!!」
そう下卑た笑いを見せた後、魔王は片手に瀕死になったロイスを、もう片方の手に
(あぁ……トト…マ…)
命が燃え尽きそうになった最中、ロイスはふとトトマのことを思いだした。すると、どうしてか胸が苦しくなり、また瞳からはするりと涙が零れた。
「やめろぉぉぉぉぉぉッ!!!??」
勇者たちが次々と蹂躙されるのを何もできないまま見せられて、果ては親友とも呼べる勇者までもが殺されるその瞬間にトトマは涙ながらに叫んでいた。だが、今の彼に成す術はない。力を欲し闇に手を染め、危険と分かりつつも目先の強さに縋ってしまった愚か者。今のトトマは勇者でなければ挑戦者ですらない、ただの無力な存在でしかなかった。ただ泣き叫ぶことしかできず、こんなはずではなかったと後悔し、この絶望的な状況をどうにかしてほしいと祈るしかなかった。
しかし、その祈りは誰にも届かない。
延々と続く暗闇の中、最早自分の姿がその闇に溶け体の輪郭すらも朧げになった姿ではたとえ勇者であったとしても成す術はない。自分が招いた最悪の結果を史上最悪の特等席で見させられ続けるしか他にない。
ただそれでもと、トトマは叫び続けた。
誰でもいい、この叫びが届くなら。誰でもいい、この願いを叶えてくれるのなら。誰でもいい、この悪夢を止めてくれ。トトマはひたすらにがむしゃらに暴れて咆えた。
人の願いを聞き、その者を助ける者が勇者であれば、勇者の願いを聞き、その勇者を助ける者は何であろうか。
その答えは暗黒と化したトトマの魂の中、叫ぶトトマの前に立っていた。
「……」
どこにでもいるような姿には特に大した特徴があるわけでもなく、道ですれ違ったとしても真っ先に忘れそうな少し仏頂面をした青年が一人、トトマの前に立っている。そして、その彼が無言のままに手にした剣を振るうとトトマを拘束していた鎖は解け、自身でも忘れかけていた体の感覚がどんどんと蘇っていき、気が付けば辺りの風景は白と黒が入り乱れる混沌と化していた。
「…立て、勇者」
鎖から解放された後、苦しそうに咳き込むトトマを見下ろしながら、トトマを助けた青年はそう告げた。
「き、君は…!?」
「…俺の名は」
そして、その青年は無表情のままに己が名前をトトマへと告げた。その名を聞いてトトマは一度その名を疑い、そして驚きのあまりに言葉を失った。
その名は“クロスフォード・アルバーン”。
この世に彼を知らぬ者など一人もいない。魔王を滅ぼすために立ち上がった、最初にして最強の勇者がそこに居た。魔王と共に目覚めた初代勇者、なぜ今ここにかの英雄がいるのか、それは神々ですらも知る由はない。
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