第54話 『魔獣の勇者』vs『王国の勇者』前編

『「人は誰しも心のどこかに疚しい部分がある。

   それはたとえ勇者であろうとも必ず誰にも言えない“闇”がある」

                     王国の勇者は正義を全うする』


「…ふぅ」


 魔階島最強決定戦二日目。闘技場には溢れんばかりの熱気と活気が満ち、どの戦いもピリピリと観る者の肌を震わせるものばかりであった。そんな中、トトマは一人闘技場へと続く廊下を一歩一歩と歩いていた。ふと気が付けば今すぐにでも逃げ帰りたくなるような緊張がトトマの歩調を狂わせ、ただ歩いているだけなのに彼の体力はどんどんと消耗しているような気がした。


 トトマが魔階島に来たばかりの頃、その頃の彼がこのような晴れ舞台を果たして想像できたであろうか。まさしく天と地ほどに実力の離れた相手と戦える日が来ようとは果たして想像できたであろうか。これも神々の導きなのか悪戯なのか、何にせよトトマは今から最大の強敵と対峙することとなる。その彼との戦いを望んでいたわけではないが、しかしその彼と並び立つことは幾度となく望んできたことである。


 その背中を追いかけるだけでなく、できればその横に立ち時に競って時に助け合い、自分の前に常に立っているその“勇者”に認められたいと思いトトマはこんな大会にまで参加したのだ。ならば、逃げることはあり得ない。諦めることもあり得ない。たとえ結果がどうであろうともこの一戦はトトマを大きく成長させるに違いないのだから。


『続きまして!!前回の戦いでは想定外の隠し大技を見せてくれたこの勇者の登場です!!「魔獣の勇者」ことトトマ選手!!!』


 そのカキコの声に導かれるようにトトマは深淵纏衣之魂喰ソウルイーターを腰に装着して闘技場へと続く階段を一段一段と昇っていく。すでに会場中には盛り上がる観客たちの声援が鳴り響いていたが、トトマの耳はその騒音には気にも掛けず、また彼の目は闘技場の上で待っていた“勇者”しか眼中になかった。


 その勇者こそ、『王国の勇者』ことロイス・アルバーン。彼は数ある「勇者のスキル」の能力の内「魔邪撃滅」に優れた、『薔薇の勇者』や『孤高の勇者』、『魔術の勇者』と同じ戦闘に特化した勇者である。中でもロイスは対モンスターに特化した勇者としても知られるが、その能力は何もモンスターにしか通用しないわけではなく人に対しても有効であり、その強さは無類でもあった。


「トトマ、どうやらお互いに約束を守れたようだね」


「うん」


 白銀の鎧に身を包んだロイスはその太陽の光の様に光り輝く髪をなびかせながらそう言うと、爽やかにその右手をトトマへと差し出し、トトマもその右手を握り返す。そこには悪意もなければ敵意もない。ただ純粋に共に戦えることを喜ぶとトトマとロイスは互いの今までの戦いを労い、そして今からの戦いへの熱意を込めた。


「そう言えば第二回戦を見させてもらったよ。あのストームさんを圧倒するなんてとんでもない武器だね、それは」


 すると、ロイスは嬉しそうな表情のままトトマの腰にあるその禍々しく不気味な刀身をした片刃の剣を指差す。


「これは深淵纏衣之魂喰ソウルイーターって言うんだけど、キリさんの話によるとおそらくだけどどうやらあの六柱神オリンピアの内の一本らしいんだ」


「へぇ!六柱神オリンピア!!それは凄い!!私もダンジョンに挑み始めて数年経つが未だに六柱神オリンピアには巡り会えないな」


「へへ…」


「…でも、その剣の力を過信しすぎない方がいいよ」


「え!?」


 素直に初めて見る六柱神オリンピアに感心した一方で、ロイスはすぐにいつもの真剣な表情に戻るとトトマにそう忠告した。それは敵としての僻みではなく、一人の友人としての助言のような口調であった。


「それは…どういう意味?」


「うーん、そうだな…。この場合は過信と言うよりも“依存”と言った方がいいかな?大いなる力は大いなる代償を伴うことが多いと聞くしね。ほら“魔具”とかはそのいい例だろ?」


 ロイスの口から出た言葉“魔具”とはダンジョンから発見されることのある不思議な力を宿した装備品の類のことを指す。それは属性を身に宿した“属性武器”にも似ているがその能力は様々で、またその形も武器だけではなく主に装飾品や防具などが多い。だが、そのほとんどは軽度なステータス上昇程度であり、一般的には“属性武器”と比べると即戦力にならないということであまり重要視はされない。ただ、“魔具”の中には装備するだけで体が宙に浮く靴や自動で相手を追う鎖、手元に必ず帰ってくる小刀、強烈な光を放つ指輪などがごくまれにあるそうで、挑戦者の中にはそのような珍しい“魔具”を探し求める者もおり、またギルドのクエストなどでも随時“魔具”の収集は“属性武器”の収集に並ぶほどに依頼されている。


 ただし、その不思議な力を持つ“魔具”であるが、何もいい事ばかりではなく難点も存在する。それは所謂“呪い”とも言われるもので、装着者に様々な悪影響を及ぼすこともあるという。時にステータスを著しく減退させたり、日の光を浴びると致死の傷を負ったり、体の成長を止めたりするらしく治すには高度の奇法が必要となる上に治せば“魔具”はほとんどの確率で壊れその力を失ってしまう。そのような“魔具”の力と呪いの因果関係は未だに分かってはいないが、大きな力にはそれ相応の負荷、代償が伴うということなのかもしれない。


 そう忠告されてトトマは腰にぶら下がったままの深淵纏衣之魂喰ソウルイーターに視線を向けた。今の所、深淵纏衣之魂喰ソウルイーターを使ったストームとの戦いの際はトトマには呪いと呼べるような負荷は掛からなかった。だが、あの魂の場所と言われた謎の空間にあの謎の黒い影。「天性の感」の『交渉』によりモンスターとの意思疎通が当たり前となっていたトトマはあの場所もあの影も何故か不振がることなく素直に受け入れてしまっていた。だが、そのおかげで強大な力を得たのも真実であり、その力が無ければ目の前にいるロイスには到底敵うはずもない。


「…うん、分かったよ。注意する」


「ならよし!さぁ、そろそろ戦おうか!!」


 トトマはその内に秘めた思いを隠してロイスに笑顔を見せると、ロイスはロイスでそのトトマの笑顔を信じて屈託のない笑顔を見せてから遠ざかった。と思ったが、再びロイスは振り向くとトトマの耳元でとあることを囁き何やら内密にトトマへと提案した。


「えっ!?…で、でも、それっていいのかな?」


「いいさ、いいさ!どうせお祭りなんだしさ、多少は派手な方が良いだろ!」


「わ、分かったよ…でも、ははっ!ロイスがそんなこと言うなんて何だか意外だな」


「そうかな?」


「うん。でもいい意味で意外だから大丈夫」


「まぁ、私も私でトトマとこうして戦えて楽しいんだよ」


「…え?今何て?」


「なーんでもない!ほら、早く準備しないとな!皆様が私たちを待っているよ」


 ロイスもまたトトマと同じく内に秘めた思いを仕舞い隠すと、今度こそトトマと距離を置いて対峙する。バッとマントを翻し、腰に付けた直剣を抜き放つとそれを両手で構える。同じくトトマも深淵纏衣之魂喰ソウルイーターを手にすると、一方でトトマはそれを片手で構え、もう片方の手はその刀身に優しく添えた。


『それでは!!これより第三回戦、「魔獣の勇者」対「王国の勇者」の試合を始めます!!!それでは…始めッ!!!』


 いつも通りの説明をした後、実況席に座るカキコのその合図で遂にトトマとロイスの因縁の戦いの幕が開けた。空に放たれた魔法がドンドンと大きな音を立て、その音が空に消え掛かったそのタイミングで事前に打ち合わせた両者は互いに剣を振った。片方は剣を振り下ろしながらもう片方は剣を振り上げながら、互いに極めたその“勇者にのみ与えられた”技を放つ。


「『破魔・ティオ』ッ!!」

「『破魔・コウジン』ッ!!」


 それはダンジョンで勇者を待ち受ける番人たちに止めを刺せる技であり、またかつて存在したとされる全ての攻撃を無効化したとされる最強の生物“魔王”にも有効な技でもある、全ての勇者に与えられたそのモンスターを屠る力をトトマとロイスは互いに打ち付けた。そして、その衝突の生み出した衝撃で闘技場の空気は振動し、更にその衝撃は観客席にいた者たちにも遅れて伝わったが、一瞬の静寂の後、観客席はその見栄えする技にドッと歓声を上げた。


『これは驚きです!!まさに勇者同士の激突といった息の合った開始の一撃に、観客席も大いに盛り上がっております!!』


 その盛り上がりをカキコが助長させる中、その声と熱気を感じてトトマとロイスは互いに見つめ合いニヤリと微笑んだ。まさに作戦通りといった表情の二人であったが、しかしこれはただの前座。会場を盛り上げるための演出に過ぎず、ここからが本当の戦いの始まりである。


「『ブレイブ・スラッシュ』!!」


 まず先手を打ったのはトトマであった。地面を蹴って加速すると勢いそのままにマナを込めたソウルを振りかぶる。しかし、ロイスはその一撃を冷静に直剣で防ぐとそのまま強く弾き、すぐさま直剣を頭上へと掲げた後に振り下ろす。


「くっ!!」


 それを躱せないトトマではなかったが、彼が後退したその軌跡を追うようにして今度はロイスの直剣の先がトトマの頭を目掛けて迷いなく追いかける。


「『ブレイブ・スラッシュ・クロス』!!」


 即座に二撃を放つその技を応用して、トトマは一撃目でロイスの直剣を弾くと二撃目で攻撃に転じる。だが、それでもロイスには一太刀も入れることは叶わず、ロイスはトトマに密着してくるりと回る。そして、そのまま互いに肩を付けて踊るようにぐるりと回った後、トトマもロイスも離れ際に剣を振り下ろすがその斬撃は互いの斬撃で無効化された。


 まさに接戦といった様子で互いに有効な攻撃が充てられない中、それでもトトマもロイスも楽しいという表情を隠しきれないようで口角が上がった表情で時に離れて時に近づいて戦いに専念していた。


『あっ!惜しいぃ!!…おっ!決まっ…らない!!うわぁ、もう両者共本当に接戦ですね!!ムサシさん!!』


『うむうむ、ロイスもトトマも基本がしっかりとできておる』


 闘技場の上で今の所はほぼ五分五分の戦いを繰り広げるトトマたちを見ながら、カキコはハラハラした心境でその戦いを見つめ、一方で横に座るムサシは可愛い孫の成長を見るが如く悠長に構えていた。


『二人共、剣技では互角。となればあとは両者が隠し持つものが勝敗を分けるであろうな』


『…と言いますと?』


『知っての通りトトマにはあの黒い剣がある。一方でロイスはまだ対戦相手を警戒してかまともに技を見せておらん。さて、どちらが先に動くかじゃが…ん?』


 そのムサシの解説に誘われてか、先に動いたのはロイスの方であった。ロイスは一度直剣を鞘に仕舞うと、その状態で直剣をいつでも抜けるように低く構える。


(あれは抜刀?それとも居合?)


 そのロイスの構えはムサシの得意とするユウダイナ大陸のアズマに伝わる剣技にも似て異様な気配を放っており、トトマはそれに警戒して少し距離を置いてロイスの動きを注視する。


「トトマ!!これからは私は本気を出す!!だから君も本気を出してほしい!!」


「…本気」


 勿論、ロイスの今の今までが本気でなかったことぐらいはトトマには分かっていたが、その“本気”という言葉にトトマはぞわりと身震いした。それは恐怖であったかもしれないし、喜びでもあったかもしれないが、ロイスにとってトトマが本気を出せねばならない相手に変わった事実にトトマは胸高鳴ると、体を大きく開いて深淵纏衣之魂喰ソウルイーターを構えるとあの時の意識を思い出す。


 目をそっと閉じ、体の内から溢れ出るような黒い濁流に身を任せてトトマはカッと目を見開くと同時に突き出した深淵纏衣之魂喰ソウルイーターへと呼び掛ける。


「解き放てッ!『深淵纏衣アビス』!」


 すると、その声に呼び起されたかのようにあの深淵纏衣之魂喰ソウルイーターの不気味な生き物のような刀身は目を覚まし口を開くと、そこから湧き出た漆黒の物体が剣とそれを握るトトマの右腕を呑み込んで一つに同化する。


「ははっ!!それがトトマの本気か!!うん、傍で見るのとでは恐ろしさが違うね」


 第二回戦の時、トトマとストームの試合でその深淵纏衣之魂喰ソウルイーターの力を見ていたものの、実際に目の前でその深淵のように怪しい暗闇を見ると恐ろしく、また引きずり込まれそうでもあった。並の挑戦者であれば震えあがり身動きも取りづらくなるようなその深淵を前にして、だがロイスは一層やる気に満ちた笑顔を見せると彼もお返しと言わんばかりに一度仕舞った直剣を抜き放つ。


「『導け勝利を《ビクテム》』!!」


 ロイスの手にした直剣の刃が鞘から現れたその瞬間、辺りは一面の眩く、でも優しい光に包まれた。その技がただの強い光による目潰しではないことは容易に想像でき、燦々と太陽の様に輝くその刀身を見てトトマはぐっと身構える。


『こ、これは一体どういうことか!?今闘技場の上でまさに昼と夜が混ざり合っているかのような、そんな驚くべき光景が広がっております!!』


「そ、それは…!?」


「どうだい?凄いだろ、これが私の「魔邪撃滅」を鍛えた技『光明ホーリー』さ!」


 ロイスは見せびらかすようにしてその光り輝く直剣を軽く振ってみせた。特にそこから何かが放たれるわけでもなかったが、トトマはその光を見ているとどうしてか落ち着かず、また気のせいか手かそれとも深淵纏衣之魂喰ソウルイーターがかは分からないがその光を受けてカタカタと震えていた。


「トトマにはその黒い剣の技をある程度見せてもらったからね。平等になるように私の剣も少し紹介しておこう。結果から言えば、この技は私の持つ武器を“悪を断つ武器”に変えることだ」


「悪を…断つ…」


「そう、だから光るのはおまけみたいなものでね。真の力は人やモンスター、生きとし生けるものに潜む“悪”を滅する力なんだよ。この世に完全な清き心を持った聖者がいればその者にはこの剣はただの剣でしかない。でも人は誰しも負の面を持ち、モンスターであればなおさらだ」


 淡々と自分の力を披露するロイスはただ単に自分の技を自慢したいからではなく、といった自信の表れでもあるようだった。また、トトマはその光を見つめている内に徐々に体のあちこちから汗が滲み出し、気が付けば背中はべったりと嫌な汗で湿っていた。


「さぁ、トトマ…。君の中に“悪”はあるかな?あれば恐れるといい、なければ臆せず挑めばいい」


「…ッ!?」


 そして、ロイスの握る“悪”を滅する武器となった直剣の先がトトマへと向けられ、トトマは反射的に身構えた。知識でもなく経験でもなくただ直感で、自ら秀でた「天性の感」により言い知れる危険を察知するとトトマは深淵纏衣之魂喰ソウルイーターを強く握りしめた。


 果たして勝つのは悪を滅する“光”かそれとも万物を深淵へと誘う“闇”か、それは神のみぞ知る。

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