第53話 飲めや騒げや、踊れや踊れ

『「今日も失敗、明日も失敗。

    それでも挫けない、それが私の良い所です!」

              おっちょこちょい侍は今日も励む』


『いやーー!!勇者様お久しぶり!!』


 ハッと目を覚ましたトトマの目に最初に映ってきたのは彼のよく知る女神様の笑顔であった。その神々しい見た目とは裏腹に、お金を出さないと人を救わないという守銭奴な女神がトトマの顔を覗き込むようにして満面の笑みを浮かべている。


「僕は・・・、そうか死んだんですよね」


 トトマはそう呟くように言うと体中の痛みが消えているのに気が付きペタペタと自分の体を触って怪我を確認するが、その体は元の綺麗な状態にまで回復していた。


『そうそう、勇者様の受けた怪我はサービスで治しといたから!でも凄かったわよ。内臓はぐちゃぐちゃ!骨はバキバキ!!まー、よくあの体で戦っていられましたね』


 そう自慢げに話す女神を余所に、ふとトトマはあの戦いのことを思い出し、自分の傍らに置いてあったあの不気味な剣、“深淵纏衣之魂喰ソウルイーター”を拾い上げるが今は彼?は静かに眠っているように何も反応を示さない。


(あれは一体・・・何だったんだろう?)


 あの時、トトマはストームとの戦いの中で確かに人ならざる何者かと出会い、そしてその彼から想像以上の力を授かった。その後の戦いはうろ覚えではあったが、あのストームと互角、もしくはそれ以上に渡り合い、しかも自分が思う以上に体は自由に動かすことができた。今までは戦うことは極力避けて通りたいとトトマは考えてきたが、だがもしあの力がこれから先ずっと使えるのであればと思うと、今はもっと戦ってもっと自分の力を試したいと思い、そう思う度に胸の中では何かがどくどくと蠢くようであった。


『ちょっとッ!勇者様!!私の話聞いてますか?』


「おぉっ!?ごめんなさい!!」


 そんな時、すっかりとその存在を忘れていた“生命の女神イキ・カエール”がずいとトトマの顔を覗き込むと、トトマはまるでいけないこと隠すように“深淵纏衣之魂喰ソウルイーター”をしまい、一方ですっかりとご立腹な女神様と向き合う。


『もぉ!せっかく女神様がありがたーいお話をしているというのに、それを無視するなんて不敬ですよ!不敬!!』


「す、すいません・・・」


『それとも何か悩み事ですか?それなら私に話してみてください!最近は人生相談もできる女神になろうかと日夜勉強中なのです!』


 ふんすと鼻息荒く自慢げに胸を張る女神に、わざわざ死んでまで人生相談だなんて矛盾していると言うか無意味と言うかと思いつつもトトマはここの風景と似たあの風景、あの影のような人間のいた場所を思い出した。


「あの、僕ついさっきここと同じような場所に行ったんです。それでその時にそこにいた人?から“魂”がどうとか現実とは隔絶した場所だとか言われてんですけど、あの場所はこの“生き返りの間”と同じような場所だったんでしょうか?」


『・・・それって人生相談?』


「・・・違い・・・ますね」


 せっかく相談を受ける準備万端であった女神は期待が外れて落胆した様子であったが、気を取り直すとそのトトマのひょんな質問に付き合う。


『えっと・・・、それで勇者様はいつどこでどうしてここと同じ場所に行ったんです?』


「はい、試合の最中でした。死ぬかもって思ったその瞬間にはあの場所にいて、そしたらそこにいた黒い影みたいな人は“ここは僕の魂の中だ”って言われたんです」


『あら?なんだ、答えが出てるじゃないですか。そう言われたのならそこは勇者様の魂の中だったんでしょうよ』


「えぇ!?」


 深刻な表情で疑問を投げ掛けたトトマの一方で、女神は随分とさっぱりと言い方を変えると興味なさげにそう答えた。


「いやいや!?だって魂ですよ?」


『えー、何を不思議がるんです?昔のどこかの偉い人は言ってましたよ。人間は“魂”と“肉体”があってそれらは互いに惹かれ合うって。確かその接着剤は“精神”だそうですよ』


「でも!・・・そんなのってあり得るんですか?」


『あら?勇者様は変なことを聞くんですね。「あり得ない」ってこと事態があり得ないんじゃないですか?』


「『あり得ない』こと事態があり得ない?」


 鸚鵡返しで尋ねたトトマに対し、一方で女神は緩やかに、または悪戯っぽく微笑むとすいっと宙を漂いトトマへと近づく。


『そうですよ。現に勇者様はその魂の中?とやらを体験したわけだし、そもそもあり得ないもの、つまりは存在しえないものが果たして想像・認識できるのでしょうか?』


「ん?んん?」


『つまり、勇者様が認識できるってことは世界には存在し得るということです。その確率がどうであれ、世界のどこかにはそれはあるのですよ、きっと』


 そのあまりにも漠然としすぎた話にトトマの頭の中はすっかりと混乱していた。まるでこの世界の真相を探るようで、でもその回答は誰も知らないので分かったとしても誰も正解なのか不正解なのかが分からない、そんな状況にトトマは陥ってしまっていた。


『なーんて、女神様風に説明してみましたがいかがでしたか?女神ぽかったですか?改めて尊敬しちゃいましたか?ねぇ?』


 しかし、次の瞬間には女神はあっけらかんとした表情に早変わりしており、ふよふよと宙に漂いながらもにっこりとトトマを見上げてそう言った。


『まぁ、真実がどうであれ勇者様が強くなった!それだけでいいんじゃないです?“魂”だとかなんだとかそんなこと知らなくても人間生きていけますって!!』


「そう・・・ですかね」


『そうそう。だから安心してお行きなさい。神は人間を見捨てませんから・・・』


 そう優しく言うと女神はふわりとその両腕でトトマを包み込んで抱きしめた。幼い頃に感じたあの母親に抱かれるような安心感と共にトトマはゆっくりと目を閉じ、そして彼は復活を果たした。


 その後、トトマのいなくなったその白い空間にはただ一人“生命の女神イキ・カエール”だけがポツンと残り、彼女は天を仰いで安らかに微笑んだ。


『人間は無知の方が可愛いらしいものですよ、トトマ』


 その悲し気な声は無論トトマにも他の誰にも届かない。


------------------------------


「というわけで!!俺とトトマの第三回戦の出場を祝いまして、乾杯!!」


「「「かんぱーいっ!!」」」


 魔階島最強決定戦の一日目の夜、その大会に出場したそれぞれの挑戦者たちが傷を癒し、勝ち進んだ者たちが明日への戦いに備える中、ここ『オール・メーン』では飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎが起こっていた。


 その騒がしい音頭を取るのは今大会の第一回戦と第二回戦を余裕で勝ち抜いた『友愛の勇者』ことダンであり、彼は見え麗しい乙女しかいない彼のパートナーたちに囲まれながらも楽し気にぐいぐいと酒を呷り、しかもその騒ぎを聞いて集まってきた見ず知らずの者たちまでにも酒や食事を振舞っていた。


「どんどん飲めよ!歌えよ!騒げよ!!今夜はぜーんぶ、俺の奢りだからな!!!」


「「「いえーい!!」」」


 本来はトトマとダンの両勇者たちの健闘を祝うための祝賀会であり、他にも数名の勇者たちが呼ばれてはいたものの開始早々ダンの粋な計らい?によってただのお祭り騒ぎに豹変しており、そのもう一人の主役であるはずのトトマは酒場の端っこの方で彼のパートナーと他数名の勇者に囲まれて控えめに飲み食いしていた。


「おめでとう!トトマ!!いやー、大健闘だったな!」


「それにあの黒い技!あんな切り札があるだなんて知らなかったよ、流石トトマ兄ちゃん!」


「あはは・・・、あ、ありがとうね」


 トトマの豹変ぶりにすっかり喜んでいるオッサンとカレルであったが、そんな彼らにトトマは何だか申し訳なさそうに笑った。というのも、結局トトマ自身あの力とそれを可能にした“深淵纏衣之魂喰ソウルイーター”について何一つ分かっておらず、強くなったという結果だけを受け入れていたので、その謎と後ろめたさから素直には喜べていなかった。


「それで、この剣なんだけど誰か詳しく分かる人はいる?」


「ん?どれどれ?」


 トトマはストームとの戦い以来うんともすんとも言わないし、こちらからの呼びかけにも答えない深淵纏衣之魂喰ソウルイーターをオッサンへと渡すが、彼もまたその正体については分からないようであった。


「へぇ、その剣がトトマ君の強さの秘密なのかい?」


「秘密・・・というか、でも確かにこの剣のおかげであの不思議な力が使えたんです」


「ふむ・・・」


 すぐ近くの席にいた『薬師の勇者』ブラックもその話に加わるが、それでもその剣の正体を知る者はこの場にはいなかった。するとそんな中、ふらっと陽気なダンが酒を持って現れた。


「おーい!トトマ!!飲んでるか?」


「の、飲んでますよ。ダンさん」


「おぉ、そうかそうか。・・・ん?なんだ?皆でそんな剣を眺めて何してるんだ?」


「そうだ、ダンさんはこの剣について何か知りませんか?名前は多分『深淵纏衣之魂喰ソウルイーター』って言うんだと思うんですが」


「あん?剣に名前があるのか?」


「えっと、彼がそう言ったんです。その剣が自分は『深淵纏衣之魂喰ソウルイーター』って呼ばれてるって」


「ふーん、彼が言ったね・・・。おいおい、ってことはモンスターか?」


「さ、さぁ?」


 とりあえず、ダンはしばらくその不気味な刀身をした剣を眺め、その後一気に酒を呷って飲み干すと急に大きな声を上げてとある人を呼んだ。その酔った声に「はいはい」と答え、至って冷静に駆け付けたのはダンのパートナーでもある女性二人であった。


 一人は子どもかと思えるほどの低身長だが、こう見えてダンのパートナーの中では一番に年上のキリ・ナイであり、彼女とはトトマは面識があった。だがもう一人、そのキリについてきた打って変わって高身長な女性とはトトマは面識がなかった。おそらく彼女もダンのパートナーであろうが、彼女は長く黒い髪をまるで馬の尻尾の様に後ろで一つに纏め、あまり魔階島では見かけない特徴的な衣装を身に纏っている。


「えっと、その方は?」


「お?トトマはカエデと会うのは初めてだったか?」


 そのカエデと呼ばれる、ユウダイナ大陸の東に位置するアズマに伝わる服装を着る彼女を見てダンは彼女をトトマに軽く紹介した。


「初めてトトマさん、自分カエデと申します」


「はい、初めて。僕はトトマです、よろしくお願いします」


「カエデは見ての通りアズマ出身の侍で、俺のパーティの攻撃担当だな。それと・・」


 ダンがカエデの紹介と、彼女の特徴というか注意点とも呼べる点を説明しようとするが、その時丁度トトマと握手をし終えた後のカエデの手が近くにあった食器に触れた。すると、その食器は押されるようにテーブルの上を少し移動し、近くにあったまた別の食器を押した。そして、その衝撃は食器を押し、人を押し、最後に全く関係のない所にいたただ酒を飲んで楽しんでいた人々まで伝達すると、それを見守っていたトトマたちの前でその人々は大いに崩れ何が何やらといった様子でもみくちゃになってしまった。


「まぁ・・・、“歩く災難”と言った感じか?」


「あわわわわ!?ご、ごめんなさい!!」


「あ、あはははは・・・」


 その大惨事を目の当たりにして乾いた笑いをするトトマであったが、そんな彼らの横で一人『深淵纏衣之魂喰ソウルイーター』を眺めていたキリはその正体に信じられないといった驚愕した様子であった。


「それでどうだ、キリ?何か分かったか?」


「確証はなくおそらくですが、これはとんでもないものですな・・・」


「「「とんでもないもの?」」」


 「商売のスキル」を持ち、その眼でダンジョンで採れるありとあらゆるものを鑑定できるキリの言葉に、その近くにいた者たちの視線が彼女とその剣に向いた。


「時にトトやん。この剣を何処で手に入れたんですかな?」


「えっと・・・」


 そのキリの質問に対してギクッと焦ったトトマは、見ず知らずの名前だけしか知らない謎の少女から貰ったなんて言っても信じてもらえるはずもないので、とりあえず「ダンジョンで見つけた」とだけ答えキリに話を続けさせる。


「ふむふむ、ダンジョンでですな。・・・そうですな、となるとやはりこれは十中八九かの『六柱神オリンピア』の一本ですな」


「「「『六柱神オリンピア』!!?」」」


 そのまさかの単語に『オール・メーン』が揺れる程にその場にいた者たちは驚き慄き、一度静まり返った後に皆はゆっくりとその不気味な剣へと目を向けた。


「『六柱神オリンピア』って、あの?」


「そうですな」


「最強の属性武器って言われる、あの?」


「おそらくですな」


「「「・・・」」」


 『六柱神オリンピア』と言う名はダンジョンに挑む挑戦者であれば自ずと耳に入ってくる幻の武器のことである。ダンジョンでごくまれに入手できる属性武器の中でも最上級の強さと不思議な性能を誇ると言われ、誰しもがその『六柱神オリンピア』を狙っている。また、『六柱神オリンピア』は全部で6種あると言われそれぞれが火、風、土、水、光、闇の属性武器であり、その値打ちは計り知れないものになるらしい。とはいえ、噂ばかりが行き交うだけでその姿を本当に見た者は数少なく、その見たと言う者も果たして嘘か本当か分からないので結局はギルドが挑戦者たちを躍起にさせるために流した嘘ではないかと噂されていた。


 だが、その伝説級の『六柱神オリンピア』の一本が今ここに、とある宿のとある酒場のこんな汚いテーブルの上に無造作に置かれているのであった。


「で、でも確証はないわけですし・・・、ねぇキリさん?」


「そうですな・・・、できれば私と同じレベルの『商売のスキル』を持つ他の挑戦者による確認か、もしくは『鬼面の勇者』様の「鑑識眼」による確認がほしいところではありますな」


「そ、そうだよな!あははは、な、何だか驚いちまったぜ!!」


 一瞬皆はしんと静まり返ったが、あまりにも現実離れしているために皆はもう笑うしかなく、それでもちらりちらりと『深淵纏衣之魂喰ソウルイーター』に視線を向けていた。


「それに、確か私が昔読んだとある古い本にあった『六柱神オリンピア』の記述には『深淵纏衣之魂喰ソウルイーター』と呼ばれる魔剣があると書いてありましたな。となれば、トトやんが聞いた名前とも一致することからも、やっぱりこれは本物かもしれませんな」


「ん?魔剣ってどういうことですか?」


「曰く、『深淵纏衣之魂喰ソウルイーター』は命を蝕む魔の剣らしく、その属性は闇らしいですな」


「闇・・・」


 そう言われてから目の前の剣を見ると、確かにどこか不気味でしかもあのトトマを包み込んだあの黒いものは確かに属性で言えば闇に一番近いものであった。


 確かな情報は手に入らなかったものの、トトマはその『深淵纏衣之魂喰ソウルイーター』を手にするとその刀身を光に当てもう一度その獣の顔の様な紋章を眺めた。たとえこの剣が属性武器最強と謳われる『六柱神オリンピア』の一本であったとしてもそうでなかったとしても、あの力は本物であった。そう考えるとこれから戦っていくためにはトトマはこの剣を手放すわけにはいかないし、というよりかはむしろ彼はこの怪しげな剣にどんどんと魅了されているようでもあった。おそらくは自分の魂の中で出会ったあの黒い影のような男に、この不気味な剣、それらが与えたであろう今までの自分とはまるで違う圧倒的な力、それらを思い出してトトマはゆっくりと『深淵纏衣之魂喰ソウルイーター』を自分の下へと戻した。


「あ!そう言えば、明日の第三回戦ってトトマ君はロイス君と当たるよね?」


 皆が『六柱神オリンピア』の話題で浮かれる中、ふとブラックがトトマに話し掛けた。


「そうです。ようやくロイスと戦えます」


 そして、そのブラックの質問に意気込むトトマであったが、ブラックが気に掛けているのはのことであった。


「となれば、もしトトマ君が勝って、それでダンさんも勝っていた場合は明日の第四回戦ではトトマ君とダンさんが戦うことになるんじゃないの?」


「あ・・・」


 ロイスと戦うことばかりを気にしていたトトマだが、今ようやくここまできて彼はその恐ろしい現実に気が付いた。当たり前だが、勝てばそのまま次に進むことになる。となれば、まだまだ勇者は他にも勝ち進んでおり、下手したらロイスとの戦い以降は対戦相手が全て勇者であるということもおかしくない状況であった。


 その事実に気が付きぎこちなくダンに視線を向けたトトマに対して、ダンはただニンマリと笑って返した。


「楽しみにしてるぜ~、トトマ!その『六柱神オリンピア』であろう剣の実力を俺にも見せてくれよな」


「あ、あはははは・・・、善処します」


 トトマは自分の置かれた立場を再認識し、これからは本当に強者しかいない大会を戦い抜くのかと思うと肩を落とすしかなかった。だが、ふとそんな彼の肩にぽんと優しく手が置かれる。


「あとで、緊張に効く薬をあげますから」


「ありがとうございます・・・ブラックさん」


 『深淵纏衣之魂喰ソウルイーター』という新たな力を手に入れ喜ぶトトマであったが、それも束の間。これまでにトトマを注視していなかった者たちが次々と新しい力を手にしたトトマに目を付けるようになり、トトマは改めて自分の置かれたその境遇に落胆するのであった。


 そして、夜は明け魔階島最強決定戦の二日目が始まる。この日で最強を目指す挑戦者たちは16人までその数を絞られる。果たして、その中にトトマがいるのかどうか、それは神のみぞ知る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る