第51話 『魔獣の勇者』vs「風柱」 中編

『「やれやれ何だか騒がしいぜ。

    俺の眠りを妨げる馬鹿はどこのどいつだ!」

               気だる気な剣はようやく目覚める』


『さぁ!!最強の挑戦者を決めるこの魔階島最強決定戦の第二回戦もいよいよ大詰め!着々と戦いが進む中、100人以上もいた挑戦者たちは段々とその数が減ってまいりましたが、会場の熱はどんどん上がっていっております!!』


 魔階島最強決定戦の第一日目、午前中に第一回戦が行われ100人以上いた参加者は半分に減り、午後にはその半分が更にまた半分にとその数を減らしていた。


 ある者は笑い、またある者は泣き、でも全力を出し尽くして戦っている挑戦者たちは負けても清々しい表情ではあった。


 そして今、そんな第二回戦の最後を締めくくる戦いに挑む勇者が一人闘技場へと足を運んでいく。彼の姿に観客席の反応もまちまちであったが大半がひそひそと噂立てる声であり、他の勇者に比べると応援や歓声の熱はあまりなかった。


『ではでは本日最後の戦いの選手紹介です!!第一回戦では意外?な戦術で勝利を掴んだこの男、「魔獣の勇者」ことトトマ選手!!』


 「まぁ、頑張れよ」ぐらいの声援に押され闘技場の真ん中に立つトトマは苦笑いで一応観客席へと手を振った。彼自身も第一回戦ではあんな卑怯紛いな手を使わずにもっと可憐でカッコいい方法で勝利を掴みたかったが、今の彼に四の五の言っている余裕はなくとにかく勝つことで精一杯であった。


『続きまして!そんな勇者に挑むのは、こちら!!吹き荒れる魔階島の嵐!!「四柱」の1人にして風を操る若き天才魔法使い!!「風柱」のストーム選手!!』


 トトマの時とは打って変わっての熱の入った紹介をするカキコであり、ストームの試合を第一回戦から観戦していた観客たちも彼の名に盛り上がる。


 そして、その湧き上がる歓声の中、ストームは階段を一歩一歩なんてまどろっこしいことはせず、宙に浮かんで跳び上がると一気にトトマの前へと降り立った。それは観に来た観客たちへのアピールなのか、それともトトマへの挑戦の表れなのか、どちらにせよストームは一気に観客たちの心を鷲掴みにした。


「やぁ!『魔獣の勇者』様!!俺が『風柱』のストーム!!今日はよろしく!!」


 荒れ狂う自分の髪も全く気にすることなく、ストームは闘技場へと降り立つとそこにいたトトマへと右手を差し出した。その自分とは正反対の元気に溢れてまた自信も溢れた、それでいて爽やかな姿のストームに既に押され気味のトトマであったが、彼の右手を握り返すとぎこちない笑顔で答える。


「よ、よろしくお願いします、ストームさん。僕のことは、そのトトマと呼んでください」


「あ、そう?じゃあ、トトマ!!正々堂々といこうぜ!!」


 ぶるんぶるんと力の限り手を揺さぶられ若干肩を痛めそうになりながらもトトマはストームなりの元気溢れる挨拶を受け入れる。


『では、試合に入る前に今回の解説者のご紹介です。今回お越しいただいたのは「魔術の勇者」ことバルフォニアさんでーす!!どうも、こんにちは!』


『はい、こんにちは』


「あ!バルフォニアさんだ!おーい!バルフォニアさーん!!」


『・・・はいはい』


 すると、バルフォニアと聞いてストームは右手をパッと離すと今度は頭上にある実況席に座るバルフォニアへと大きく手を振り始めた。そんな風のように自由で気ままなストームを前にしてトトマは彼の自信と度胸に驚くと同時に、彼が緊張していない程に自分は警戒されていないことを少し悔しがった。


(これが、僕とストームさんの違いなのか)


 トトマはここまで長く苦しんでここまで来た。一方で、ストームはまるで息をするがごとく、さも当たり前といった感じで第一回戦に勝ちそして第二回戦も勝つ気である。そんな彼を見ると一対戦相手としてトトマの中に何か黒く渦巻くものが動き始めたが、今の彼はその感情を知らないし、また制御することもできない。


『それでは、選手同士の挨拶も終わりましたところで、いよいよ試合開始とさせていただきます!時間無制限、武器防具自由!己が持てる全てを使って勝利してください!!それでは、試合・・・開始ッ!!!』


 カキコの合図で試合開始を告げる魔法が打ち上げられた瞬間、先に動いたのはやはりこの男ストームであった。


 ストームは一旦大きく後ろへと下がりトトマとの距離を取ると、すぐさま詠唱を唱え始める。


「『天開きて舞い降りて、地閉じて我思う、来たれ旋風、吹きすさぶ風の線、歯向かう者を切り伏せろ、蒼穹の静寂』『風断つウイング』!!」


(早い!?)


 いくら距離があるとはいえ、いくらトトマがストームの初動に少し躊躇ったとはいえ、ストームの詠唱は恐ろしい程に早かった。ほとんどの「魔法のスキル」を授かった者であれば、今の「四奏」の魔法であれば形を成すまでにそれ相応の時間が掛かる。だが、ストームは普通の人であれば「弐奏、参奏」の早さで詠唱を終えると、形成した空を断つ風の刃をトトマ目掛けて放った。


(それでも、避けられないことは、ないッ!!)


 その高速の風の魔法に対し、盾もなく奇法もないトトマは剣を片手に右へ左へ上へ下へと避けていく。風の刃と言えども広範囲に影響を及ぼすわけではない。ならばと、トトマはストームの手の動きに注意し、そこから発生する魔法にのみ意識を集中させていれば多少は当たれども致命傷にはならない。


『おっと!?これはいきなりストーム選手優勢の模様!!トトマ選手には成す術が無いか!?』


『いやいや、そうとも限らないですよ』


『そ、そうですか?一見トトマ選手が押されているようですが・・・』


 カキコはバルフォニアの発言に疑問を抱きつつも、もう一度ストームとトトマの戦いを確認する。だが、やはり彼女の眼にはトトマがひたすらに逃げ回っているようにしか見えない。


『確かに、トトマ君は防戦一方のように見えますが・・・、そろそろ彼も攻撃に出るはずです』


 そのバルフォニアの発言を待っていたわけではないが、丁度ストームに隙が生まれたのでトトマは大地を蹴って一気に距離を詰めると剣を握り直してマナを込める。


「『ブレイブ・スラッシュ』!!」


「おっと!?」


 大きく右へ左へとトトマが避けていたせいで、その直線距離が大分縮まっていたことに気付くのが遅れたストームはいつの間にかトトマの間合いまで彼に接近されていた。だが、接近されたからといって狼狽えるストームではなく、トトマの技を見切るとその攻撃をひらりと躱す。


「更に、二撃ッ!!『ブレイブ・スラッシュ・クロス』!!」


「危なっ!!?」


 やっとのことで接近したトトマであったが、残念なことに彼の技は空を切っただけで終わった。しかし、試合開始時に比べて大きく距離を縮めたトトマは離さんばかりにストームを追うと彼が魔法を唱える隙を与えぬままに攻撃を繰り返していく。


「ははっ、やるね!!流石は勇者様!!潜在的な力が他の人とは違う!!!」


「それはどうも、ありがとうございます!!」


 褒められつつも剣を振り、褒めつつも剣を避け、ストームもトトマも激しくぶつかり合っていくが勝機はトトマの方へと傾きつつあった。というのも、「魔法のスキル」は人にもモンスターにも有効な攻撃に特化したスキルである。人にもよるが彼らは属性と言う強みを生かして、他の人では起こし得ない奇跡で他者を圧倒する。それ故にダンジョン攻略においても「奇法のスキル」に並ぶほどの必須スキルと成りつつあった。


 しかし、そんな「魔法のスキル」に付きまとう問題は詠唱である。言葉にしても文字にしても踊りにしても魔法を使うには詠唱が必要で、強ければ強い程、具体的であれば具体的である程詠唱は複雑で困難で、そして何よりも長くなる。長年の研究によって詠唱も戦闘で使えるようにと随分と短縮化されてきたが、やはり一対一という場面においては他のスキルのような技の方が出が早く威力もある。


 つまり、「魔法のスキル」を授かった者たちは一対一において距離を詰められた場合、一旦大きく距離を取るか威力のない魔法で応戦するしかなくそれができない場合は勝つ目がほとんどないのである。


 ・・・ほとんどないのだが、しかし今トトマが感じるのはそんな勝機ではなく、むしろ自分がストームに接近したことで何故かさっきよりも自分が不利になっている気がして彼は焦っていた。


 そんなトトマの気持ちを察してか、防戦一方だったストームは不敵に笑うと詠唱を始める。


「『天開きて舞い降りて、地閉じて我思う』・・・」


「くっ!?させない!!『ブレイブ・スラッシュ』ッ!!」


 ストームが『始動鍵』を唱えた瞬間、トトマはそれ以上の続きを唱えさせないためにも技を繰り出すが、ストームはそれをぎりぎりで躱すと右手を大きく開く。


「・・・『風打ちて、奏で、嵐を、巻き起こせ』」


(み、短い!?)


 魔法の詠唱とはその発現の形を作るものであるからその詠唱は詳しくなくてはならないとトトマはバルフォニアやブレイズから以前教わったが、ストームの唱えた詠唱は恐ろしい程に短かった。


(でも、これなら魔法は・・・)


 ストームは魔法が打てない、もしくは打てたとしても大した威力ではない、と思ったトトマであったが、次に感じたのは内臓や骨を直接圧迫されたかと思うほどの強烈な痛みであった。


「『嵐狩人ストーム・ブリンガー』!!」


「がぁっ!?」


 次の瞬間にはトトマの世界はぐるりと回転し、渦巻き荒ぶり、全身の痛みを伴いながらも闘技場の端から端へと吹き飛ばされると血だらけの彼は無残にも転がり、最後にはその場から動かなくなった。


『こ、これは強烈!!?ストーム選手の魔法が無防備なトトマ選手に直接当たりましたが・・・トトマ選手は大丈夫なのでしょうか?まだ、死んではいないようですが・・・』


『・・・』


 勇者特有の能力「鑑識眼」である程度の人やモンスターの生命限界範囲である「体力」が見えるバルフォニアであったが、彼から見ても今のトトマは絶望的であった。最早トトマの体力は風前の灯火であり、しかも確実に重傷を負ったに違いないのでもうトトマの命は長くは持たない。


(し、死んで・・・ない?)


 観客席の誰もがしんと静まり返す中、トトマはまず息を吸い、指を動かし、足を動かし、まだ辛うじて生きていたのでボロボロで血だらけな状態で立ち上がる。まだ体は動く。全身からは痛みが押し寄せるが、幸いなことに全身が痛いせいでもうどこがどう痛いのかなんて今のトトマには理解できなかった。


『ト、トトマ選手立ち上がりました!?まだ立ち上がりました!!・・・がしかし・・・これは』


 最早どうして立っていられるのかを周りの者たちが信じられないと言った様子で見つめる中、トトマは試合を続けるために立ち上がりポーチから『回復剤』を取り出そうとする。しかし、あの衝撃で『回復剤』が無事なわけがなく、彼はそれでもひび割れて中身がこぼれ落ちた『回復剤』に残った少量の液体を掌に載せて口に含むと再び剣を握った。


「トトマ君、ここまでよくやったさ。俺から“短縮詠唱”を使わせただけでも見事だよ。だからもうここで棄権してくれ。無駄に死ぬ必要はない」


 流石のストームもそのトトマの姿に問答無用で魔法を打ち込む程に礼儀のない男ではなく、彼はトトマを案じて最早勝敗の決まったこの戦いを諦めるように説得した。


(な、何を・・・ストームさんは、何を言って・・・いるんだ?)


 そう説得されたが、トトマにはその意味が全く分からなかった。何故諦めないといけないのか、まだ死んでもいないのにどうして負けなのかがトトマには分からず、ただ彼はふらつく足で踏ん張り剣を構える。


「確かに・・・僕が、ストームさんに・・・勝つのは難しいかも・・・しれません」


 トトマは自分の血に塗れた剣を握り、ゆっくりと確実にストームへと語り掛ける。


「でも・・・いえ、だからこそ・・・僕は死ぬ気で・・・やらないといけないんです!!死ぬのが怖くて!この先には進めない!!」


「・・・分かったよ、トトマ。いい根性してるな、そういうの好きだよ。だから、先に謝っておく、すまないが


「・・・はい」


 ストームはトトマの覚悟を受け止めると、先程までの余裕のある顔を捨て全身全霊で詠唱を唱え始める。力の持つ「魔法のスキル」を授かった者が詠唱をすると、その最中に他の者にもその魔法を構成過程が見えると言うが、まさにストームの魔法はそれであり、彼が詠唱を増やす度に闘技場内に風が吹き荒れ彼を中心に渦巻いていく。


『不味い!?あの馬鹿!闘技場の障壁の厚さを高めてください!!』


『え、え?わ、分かりました!?』


 そのストームの様子を見て、彼のパートナーであるバルフォニアはこれからストームが発動させようとしている魔法の強さと被害を考え、『拡声石』に乗っていることも気にもせずに大声で指示を出した。その響いた声に観客席にも動揺が見え始める。


(あぁ・・・これで、終わりか)


 ざわめく観客席の様子を聞き、そのストームが詠唱する様子を見つめ、ただ剣を構えることしかできないトトマは自分の負けと、それに加えて自分の弱さを噛みしめていた。


 「勇者のスキル」を授かって、必死の思いでここまで戦ってきた。番人も4体倒したし、頼りないけどパートナーも増えた。日々成長しているとそう感じていた。でも、結局は上には上がいて、その更に遥か上にロイスや他の勇者たちがいるのだ。ただ「勇者のスキル」を授かっただけに過ぎない自分は到底他の勇者に追いつくことなどできないし、努力をしたところで無駄なのである。


 そう思う一方で、トトマは何度も勝ちたいと、強くなりたいと思ってきた。誰よりも強くなって、パートナーたちを自らが引っ張ってダンジョンに挑み、番人を倒してダンジョンの最奥へと辿り着き、果ては彼の妹は救われ彼は初代勇者クロスフォードのような英雄として扱われる。


 だからこそトトマは努力してきた。使えない能力でも「天性の感」と向き合って彼にしかできない方法でダンジョンを攻略してきた。そして、何度死んでも復活してたとえ体は死んでも心は死なずにここまでやってきた。死ぬ気で、必死に見えない終着点にもがきながら進んできた。


(あぁ、勝ちたい・・・。それでも勝ちたい!強くなりたい!何があっても僕は強くなりたい!!どうして僕はこんなにも弱いんだ!!)


 トトマは誰にも見えない悔し涙を流しつつも剣を強く握った。たとえ強く慣れるのなら何だって支払う覚悟がある彼であったが、そんな都合よく叶えてくれる者も人も神もいない。


 ただ、その覚悟を聞いていた“武器”はいた。


『ならその力、俺が与えてやろうか?』


 闘技場の固い地面を軽々と抉って荒れ狂いながらも押し寄せるその魔法を前に、トトマはふと聞き覚えのない声を耳にした。


 そして、その声の主は神々すらも知らない。

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