第46話 『鋼鉄の勇者』vs『薔薇の勇者』 前編
『「こ、心は“鋼”!!その肉体は”鉄”!!
わ、我こそが鋼鉄の勇者、アリス・F・スカーレット!!」
誰かに言わされた鋼鉄の勇者の口上』
「ト、トトマさん!」
「はい」
「も、もし私がココアさんに勝てたら、是非とも一緒にごはんにゃらまだしも・・・」
「はい?」
「あーもー!!はい、カット!カット!!止め止め!!」
魔階島最強決定戦の第一回戦が全て無事に終わり、早くも勝ち進んだ者たちによる第二回戦が行われる最中、その順番待ちをする選手控室にて『鋼鉄の勇者』ことアリス・F・スカーレットは何やら彼女のパートナーたちと揉めていた。
「もー、練習から緊張してどうするのよ!相手は本物のトトマさんじゃないのよ、シャーリーなんだから!」
「ご、ごめんなさい・・・」
「まぁまぁ」
何やら言い揉めるアリスたちであったが、そんな彼女はその「万人力」から放たれる高速かつ鋼鉄の一撃によって、第一回戦をまさしく“一撃”で勝利を収めたのであった。その雄姿に多くの観客が盛り上がり、また彼女の第二回戦への期待がぐんと高まったのである。
しかし、喜んだのも束の間、何とその次の対戦相手は同じ勇者の、しかも彼女よりも遥かに格上の『薔薇の勇者』ことココア・C・レイトであった。ダンジョン攻略最前線に立ち、しかもアリスと同じ攻撃に特化した勇者でもあり、そこに勝ち目はないに等しかった。
なので、元々引っ込み思案で恥ずかしがり屋なのに、その上強敵と戦うという緊張からアリスはすっかりと戦意喪失してしまい、もはや戦う前から負けを認め一人シクシクとパートナーたちへと泣きついたのである。
そこで、そんな由々しき事態を解決するべく、アリスの良き友であり良きパートナーであるミミとシャーリーが立ち上がったのだった。
恐怖を打ち勝つもの、それは即ち”愛”をモットーに、ミミはこの戦いにアリスが勝ったら彼女とトトマとで食事に行こう(ついでにいい感じの仲になろう)という目標を彼女自身に立てさせ、愛というか恋の力で戦いの恐怖を忘れさせようと躍起になっていた。
断じて、ミミが個人的にアリスとトトマが恋仲になれば面白いなとお節介を焼いたわけではない。彼女は純粋に彼女の勇者の力になりたかっただけ・・・だと思いたい。
「いい?『トトマさん、もし私がココアさんに勝てたら、是非とも一緒にご飯を食べに行きませんか?』はい、復唱!!」
「ト、トトマさん・・・もし私が、そのココアさんに勝てたら、ぜ、是非とも一緒にご飯を食べに行きませんか?」
最後の方はやや小声であったが、アリスにしては頑張った方であった。シャーリーもその様子を横からにこやかに見つめ、うんうんとその成長を喜んでいる。
「よし、では最後に大きな声で!」
「えぇ!?」
「はい、せーのっ!」
「トトマさん!!」
「はい?」
「「「どわぁ!!?」」」
すると、アリスたちの幻聴でも、幻覚でもなく、控室の扉からお目当てのトトマ本人がひょっこりと現れ、そのまさかの事態にアリスたちは驚き慄き、跳び上がりながらも心臓が飛び出るほどに大きな声を上げた。。
「ど、どうかしましたか?第二回戦の前でしたので挨拶でもしようかとアリスさんの控室を探してたら、急に皆さんの声がしたもので・・・つい。お邪魔でしたか?」
瞬きをパチクリとさせながら口を大きく開ける女子3人に、トトマは何やら不味いことをしてしまったのではないかと考え、一時退散しようとする。しかし、これはむしろ好機だと一瞬にして考え付いたミミは、即座にトトマの腕を引き、彼を控室へと招き入れる。
「いやいや、トトマさん!いいタイミングで来てくれました!!」
「そ、そうですか?」
そうは言われたものの、トトマの眼にはミミとシャーリーの両名は歓迎しているように見えたが、一方でアリスはというといつものずんぐりむっくりとした黒い鎧の中で「フシュー、フシュー」と息を荒くしている。
「・・・アリスさん、大丈夫ですか?やっぱり緊張してるんですか?」
「あー、まぁ緊張と言えば緊張ですか・・・ね?」
「そうですよね、相手はあのココアさんですからね。不安になるのも分かります」
同じくあまり戦いを好まないトトマは、今のアリスの気持ちを手に取るように分かると言いたげに、その腕を組みながらうんうんと頷きアリスの不安を感じ取った。だが、そんなトトマであってもアリスの抱く本当の感情までも読み取れるような察しの良い男ではない。
しかし、この状況は千載一遇の好機ではないかと1人悟ったミミは、ニヤリと口角が上がるのを抑えてできる限り自然体でトトマへと語り掛ける。
「ですよね~、トトマさん!相手が『薔薇の勇者』様ともなればそれはそれは緊張で不安で、もういっぱいいっぱいですよね~」
「アリスさんもお強いとは思いますが、ココアさんも十分に強いですからね。緊張して当然です」
「?」
何やら会話を始めたミミとトトマの一方で、恥ずかしさから鎧に引きこもったアリスであったが、その会話をきょとんとした表情で耳をすませながらも見守る。
「だとすれば、そんな強敵と戦うとなれば、やっぱりご褒美があれば良いとは思いませんか?」
「ご褒美?・・・まぁ、確かに何かあれば一層頑張れなくもないですが・・・、でもご褒美ってなんですかね?」
ミミの思惑通りに餌に食いついてきたトトマに対し、ミミは我慢できずにムフフと怪しく笑いながらも話を続ける。
「そう言えば、うちのアリスは戦いの不安から長いこと食事が喉を通っていないんです!なので、トトマさんどこか美味しいお店とか知りませんか?できればアリスの好きな甘いものを食べれるお店が良いんですが。そうすればこの娘も頑張れると思うんです!!」
勿論そのような事実はあるわけはないが、敢えてアリスのためと言い、敢えて善意としてお店を紹介してほしいという体でミミは話を広げ、それに対して人の良いトトマはそこに隠されたものも知らずに健気に頭を悩ませる。
一方で、その様子にあわあわと狼狽するアリスであったが、そんな彼女を他所にトトマの頭には一つのお店の候補が思い浮かんだ。
「そう言えば前にブラックさんからいいお店を聞いたことがあるんです。最近できたお店らしくて、中々種類も豊富だとか」
「ほうほう。あーでも、名前を聞いても私たちには場所が分からないかもな~」
「それなら、僕が案内しましょうか?」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、ミミは食らいついたトトマという名の獲物を逃がさぬよう、即座にその言葉に飛びつく。
「本当ですか!わー、助かるなー!これならアリスもやる気が出るよね!!」
「え!?で、でも、トトマさんにご迷わ・・・」
ゴイン!!
ここにきてまでまだ尻込みをするアリスに対し、その両側からパートナーたちによる鉄肘が撃たれ、けたたましい音が控室に鳴り響く。
(ここまできて何を尻込みしてるか!!)
(で、でも、トトマさんは行きたくないかも・・・)
(お馬鹿ッ!!そもそも一緒に行きたくない人が試合前に応援にわざわざ来るものか!)
(そうだよ、アリスちゃん。女は度胸が大事よ)
(お!シャーリー良いこと言うね)
(えへへ)
突然こそこそと話し始めた目の前の女性3名にトトマは驚きつつも、その成り行きを1人静かに見守った。そして、しばらく女性だけで話し合いがなされた結果、アリスだけがずいっとトトマの前にその大きな鎧姿のままで歩み寄る。
「ト、トトマさん!本当にご迷惑ではありませんか?」
「迷惑?そんなことないですよ、僕とアリスさんは友達じゃないですか。友達のためならこの程度どうってこともないですよ」
何の疑いも屈託もなく無垢に微笑むトトマに少し罪悪感を抱きつつも、でも今までに自分を覆っていた不安が一気に消え去ったアリスは顔を隠すその兜は外して、その晴れ晴れとした心境でもう一度、今度は彼女の方からトトマへとお願いをする。
「そ、それではトトマさん!この戦いに勝ったら、わ、私たちとお食事に行きましょう!!」
「はい、喜んで」
優しく笑うトトマに、顔を真っ赤にして笑うアリス。そして、その彼女の後ろで彼女の“私たち”という言葉に引っ掛かりはあったものの、ここが妥協点だと諦めるとミミもシャーリーもお互いに顔を見つめ合って仕方ないといった表情で微笑んだ。
こうして戦闘意欲を取り戻したアリスであったが、しかしそんな彼女の前に立ちはだかる『薔薇の勇者』はどのモンスター以上に強敵であることは言うまでもない。
果たして、アリスはココアに勝つことはできるのか。そして、トトマ(+アリスのパートナーたち)との約束は果たせるのか。
それは、神のみぞ知る。
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