第47話 『鋼鉄の勇者』vs『薔薇の勇者』 中編

『「私はまだまだ弱いのかもしれない。だが、それでいい。

   まだ弱いということは、まだ強くなる余地があるということなのだから。」

                       薔薇の勇者は一人思う』


『さーて、さてさて!!盛り上がって参りました魔階島最強決定戦の第二回戦!!ですが、この次の一戦はさらにさらに盛り上がること間違いなし!!今大会初の勇者同士の戦いだ!!』


『偶像の勇者』ホイップ・F・クリームによる公開ライブを設けた昼の休憩を挟んでの第二回戦。まずは“月”のグループの試合が順調に進む中、遂に今大会の目玉とも言える勇者同士の戦いが始まろうとしていた。


ただダンジョンに挑む毎日ではまず見ることができないであろう夢の対決を前に、観客たちの盛り上がりも最高潮へと達し、もう太陽の熱の所為で暑いのかそれとも自分たちの熱気で暑いのか分からなくなりながらも、皆が今か今かとその二人の勇者の登場を待っている。


『それでは、選手の紹介です。まずは「薔薇の勇者」ことココア・C・レイト選手!!』


カキコマリ・カキコの『拡声石』の声が響く中、ゆっくりと凛々しく、まるで荒野に咲く一輪の花のように美しくも力強い女性が闘技場へと歩みを進める。


彼女は魔階島の誇る12人の勇者の内6番目の勇者。「武器万能」に優れた攻撃特化型の勇者であり、その類稀な武器捌きでダンジョンで待ち構える番人とモンスターたちを圧倒してきた。また、今回は対人戦用に装いを変えたのか、いつもと少し違う動きやすそうな甲冑と腰に一本の剣を下げているだけである。


そんなココアが闘技場に立ち、優雅にその長髪をかき上げるや否や、今まで聞こえてきた男性の野太い声援をかき消すか如く、黄色い声が闘技場を埋め尽くす。その女性たちの声に少しはにかみつつも、観客席へとココアが軽く手を振るとその声は一層激しさを増した。


『この声援を聞けばもう言わずとも分かるとは思いますが、魔階島を誇る“美”と“力”を合わせ持つ最強の一角の勇者様です!!いやー、何ともお美しい!!』


「あはは・・・」


ココア自身、特段この状況を嬉しがる様子はなく、どうしてこんなにも皆が盛り上がっているのか分からないままであった。だが、とにかく皆が喜んでいるのは事実なので内面「早く試合が始まらないかな」と思いつつも、彼女は観客席へと愛想を振りまく。


そんな最中、ココアの美貌に闘技場が盛り上がる一方で、反対側に設けられた階段からはガツン、ガツンと大きく重たい金属音を鳴らしながらも一歩一歩を踏みしめながら黒い鋼鉄の鎧姿の勇者が入場する。


『そして!ここで、もう一人の勇者の登場だ!!』


その姿に今度は騒めき始めた観客席であるが、暴れ牛のようにフシュー、フシューと息荒くココアと対峙したのは『鋼鉄の勇者』ことアリス・F・スカーレットである。勿論、息荒くなっているのは緊張半分暑さ半分であり、ココアに対して敵意をむき出しにしているわけではない。むしろその逆で、大先輩であるココアと仲良くなりたいとアリス自身は思っているに違いないが、その見た目の厳つさから大柄の男がココアを前に興奮しているようにしか見えない。


『えーっと・・・、あまり情報がありませんが、その素顔もその実力もまだまだ未知数の「鋼鉄の勇者」様です!!第一回戦をご覧になった皆様はお分かりかと思いますが、その強力な一撃で立ちはだかる者を皆粉砕していきます!!』


(そ、そんなつもりはないのに!?)


カキコの紹介に一人の乙女として内心落ち込むアリスであったが、全身厳つい鎧で固めた彼女の声が届くわけもなく、彼女は一人悶々と悩むしかなかった。だが、そんな彼女に向けてココアは優しくその右手を差し出して微笑む。


「よろしく、アリスちゃん。トトマから大体の話は聞いてるよ」


「え!?」


アリスはココアのことは知っていても彼女とは面識があるわけもなく、その素顔も見せたこともなかった。だが、どうやらトトマ伝えに話だけは聞いていてくれたようで、ココアはそんな彼女の事情を考慮した上でその緊張をほぐすように語り掛けたのであった。


「ト、トトマさんはどんなことを言ってましたか?」


トトマの話題が出て少し嬉しくなったアリスは差し出された右手をそっと握りながらもココアにしか聞こえないように尋ねる。とはいえ、顔を覆い隠す兜の所為で、おそらく大きな声で話してもその声が届くのは目の前にいるココアくらいなものであるが。


「ん?あー・・・、力持ちで恥ずかしがり屋な女の子、とか?」


「そ、それだけ・・・ですか?」


「それぐらいかな」


特に期待していたわけではなかったが、しかしトトマの自分に対する興味の薄さにアリスは少し落ち込んだ。


「・・・大丈夫かい?」


「だ、大丈夫です・・・」


「まぁ、お互い正々堂々といこうじゃないか」


「は、はいっ!!」


そんな乙女の気持ちは全く分からないココアは爽やかにそう言うと再びアリスとの距離を置き開始の合図を待つ。しかし、その姿からは先程までの「優しいお姉さん」といたような雰囲気は消え去り、今はアリスと言う名の敵にどうやって勝つかだけを考えるまさしく歴戦の戦士の顔つきになっていた。


そのココアの表情に少し怯えつつも、しかしアリスはちらと観客席を、そこに座り彼女を応援してくれているミミやシャーリー、そしてトトマを見ると、あの約束を思い出して身を奮え立たせる。


負けられない思いは何もココアにだけあるわけではない。たとえそれが他人にとっては取るに足らないことであっても、アリスにとっては大事で、大切で、何よりも嬉しいことなのだ。だからこそ、彼女は巨大な盾を構えて巨大な剣を引き抜く。


全てはトトマとの楽しいお食事会のために。


そのために『鋼鉄の勇者』は『薔薇の勇者』へと挑むのである。


『それでは、両者準備も整った所で、毎度ながら規則の確認です。試合時間無制限、闘技場から落ちるか、降参するか、止めを刺されるかで負けとなります。武器は自由、道具、技、魔法、奇法の制限なし。全てを駆使して相手を倒してください。それでは、試合開始です。では・・・始めッ!!』


ドンッ!ドンッ!!


カキコの『拡声石』に乗せたその試合開始の合図と共に、魔法で花火が二回打ち上げられる。


「ッ!!」


「お!?」


だが、その音と同時に闘技場の地面を踏みつけ蹴りつけ、勢いをつけて猛進を仕掛けたのはアリスであった。その鋼鉄の鎧と盾を前面に押し出した、彼女の「万人力」を最大にまで駆使した圧倒的なまでの力で彼女はココアへと襲い掛かる。


その迫りくる鋼鉄の壁に一瞬驚いた様子のココアであったが、すぐにその表情が嬉しいものへと変わると、アリスの突進はどうしようにも防ぎようがないので、彼女の右手に握られた大剣を気にしつつもココアは大きく右側へと避ける。


「『剛・回転ぶった斬り』!!」


しかし、そのココアの動きを察知したアリスはすぐに大盾を地面へと叩きつけて自身の勢いを殺すと、その場で力任せにぐるりと回転し、回転した勢いのままに無理やりマナを込めた右手の大剣を振り回す。


普通の挑戦者であればそのアリスの一撃に成す術はなく、防げば盾ごと体は二つに裂け、また避けようとすればあまりにも速すぎるその斬撃に対処できずに、結局体は二つに裂けるに違いない。


だが、ココアはそうではなかった。


そのアリスの一撃すら考慮していたココアは襲い掛かる大剣の下を余裕で掻い潜ると、その渾身の一撃を見事に避けて見せた。しかもただ避けるだけでなく、同時にアリスの左足、その太ももと脚の間に設けられた関節部の鎧の隙間を狙って剣を振り攻撃も仕掛けていた。だが、思いのほかアリスの大剣の振りが速かったためにかココアの剣はアリスの左膝を切り裂くことはできず、ただなぞるだけで終わってしまった。


(ん、少し浅かったかな・・・)


(い、今の一撃に対処できるなんて!?流石は『薔薇の勇者』様・・・、でも負けられません!!)


その一瞬の攻防に理解が追い付かない観客たちは、目の前で繰り広げられる攻撃特化型の勇者同士の闘技場を抉るほどの激闘にただただ圧倒されるしかなかった。そんな観客と同様に唖然とその様子を眺めていたカキコであったが、自分の職務を思い出すと再び『拡声石』に乗せて実況を始める。


『と、とんでもないものが始まってしまいましたが!?この二人の戦いどう見ますか解説のダンビーノさん』


『いやはや、いきなり二人とも激しいですね。まぁ、私としても激しい女性は嫌いではないないですがね!』


『は、はぁ・・・?』


カキコの横に座り、嬉しそうに豪快に笑いながら解説にならない解説を続けるダンの一方で、闘技場のアリスとココアの戦いは更に激しさを増していた。


一見すれば、逃げ惑うココアに責め立てるアリスに見えるが、しかし両者の攻防はほぼ同じくらいであり、むしろ的確に一撃ずつ当てているという点においてココアの方が優先であった。


また、アリスの一撃一撃はその大剣の自体の重さと彼女の腕力により一撃粉砕の威力を誇るが、しかし当たらなければ意味はない。しかも、そのマナ消費と体力消費は見るからに激しく、今までに一撃必殺ばかりで長期戦など体験したことのないアリスは一方的に疲れていく。


「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・!!」


緊張からではなく、純粋に体力の消耗から息が荒くなり肩で息をし始めるアリスに対し、一方でココアはまだまだ余裕のある表情である。カウンター重視で攻めている彼女は無駄な体力もマナも使うことはないので、剣を片手に軽くステップを踏みながらもアリスとの距離を置いてただ彼女の動きだけを注視している。


(ど、どうすれば、どうすればココアさんの動きに追いつける。どうすれば!!)


ココアから攻めてくることはないにしても、だが彼女の動きを警戒しないわけにはいかずにアリスは大盾を構えたままココアを睨みつける。だが、大盾を構えるだけでも疲れは生じ、あまり長い時間を掛け過ぎてしまえば、どんどん不利になるのはアリスの方であった。


『おーっと、最初は激しい猛攻でしたが、徐々に勢いが落ちてきましたね』


『まぁね、あれだけの重たい装備を振り回しているからねー。体力の消耗も激しいでしょうに』


『となれば、有利なのはやはりココア選手でしょうか?』


『んー?そう判断するのも早計なんじゃない?』


その返答にカキコが不思議そうな顔をする隣で、ダンは実況席からココアとアリスの両名を見下ろしながらニヤリと笑う。


『どんな勇者にも得意不得意があるものさ』


そう付け足すとダンはココアをじっと見つめた。


そんなダンの言う通り、たとえ勇者と言えども必ず不得意な場面や分野が存在する。そして、長年の付き合いからココアの弱点を知る彼は口には出さなかったものの、そのことを少し心配していた。


長期戦が得意でないのは何もアリスだけとは限らず、その理由は何も勇者自身にあるとは限らない。


「どうした、もう終わりかい?アリスちゃん」


「ッ!?」


そんなダンの心配を他所に、ココアは汗をかいてはいるがまだまだ余裕な表情で、動きが鈍くなり始めたアリスを挑発した。そんな安い挑発に乗るような彼女ではなかったが、その様子を見るとココアは手にした剣を構えなおし、剣先をアリスへと向ける。


「なら、今度はこちらからいこうかな。『舞え、旋風』!!」


「ぐッ!!」


マナを込めた剣に左手を添えながらも突進を仕掛けるココアに対して、その技の特性を知らないアリスはただ大盾を構えるしかない。しかし、次の瞬間目の前にいたはずのココアの姿が消えたかと思うと、今度はアリスの背中から凄まじい衝撃が彼女を突き刺す。


「がぁはッ!?」


その鎧を貫いたかと思うほどの衝撃に肺の空気が押し出されたアリスは、すぐさまに振り向きざまにそこにいるであろうココアに大剣を振り回すが、その一撃は空を切り続けざまに四方から衝撃が走る。


「まだまだッ!!『舞い踊れ、疾風』!!」


今まで攻撃一方であったアリスは今度は防御に徹するしかなく、しかし眼で追えないココアの連撃を止める手段のないアリスは大盾と鎧の耐久度を信じてひたすらに耐えるしかない。


そして、ココアの猛撃が終わる頃には、そこには痛々しい無数の傷が付いた鎧を着ながら膝を付くアリスの姿があった。特注の鎧と大盾を持っていなければ今の猛撃で引き裂かれていたのはアリス本人であったに違いないが、それでも衝撃は彼女の体力を減らし、またそれ以上に彼女の心に多大なダメージを与えていた。


(ち、力の差があり過ぎる!?これが『薔薇の勇者』の実力)


アリスは何とかして膝を付いた状態のままその顔を上げて目の前の敵を睨むように見つめるが、その相手はまだまだ余裕のある表情で彼女を見下ろしていた。


これが、『薔薇の勇者』の真の実力であった。ココアが最初から本気を出せば、最初から全力を出していれば、たとえ『鋼鉄の勇者』と評されたアリスであっても一瞬で片が付いていたのである。それをしなかったのは勇者として先輩であるからか、それとも情け容赦だったのかはココアのみ知ることではあるが、しかし現実として今のアリスではそんなココアの本気には到底太刀打ちできないことは事実であることに変わりはない。


しかし、そんなココアが本気を出してくれたのだから、それだけでも誇らしいことである。自分のことを本気を出さないと倒せない相手と思うほどにココアの中ではアリスの評価は変わったのだから、その思いを胸にたとえ降参しても誰も文句を言いはしないだろう。


圧倒的な実力差の前にそう諦めかけたアリスであったが、そんな彼女の耳に届いたのは自分を懸命に応援するミミやシャーリーの声であった。


「諦めるな!!アリスッ!!!ココアさんをぶっ飛ばせッ!!」


「アリスちゃん!!頑張って!!貴女なら、私たちの勇者様なら勝てるわ!!!」


(ミミさん、シャーリーさん!・・・そうだ、諦めるのはまだ早い、諦めるにはまだ全力を尽くしていないッ!)


パートナーたちの声援に支えられるように傷ついた鎧と体を奮い立たせると、アリスはとある覚悟を決め再びココアと対峙する。


今のアリスに足りないものはまだまだたくさんある。戦いにしてもダンジョンにしてもパートナーにしても、まだまだ彼女は経験が浅い。そんな自分が長年のダンジョン攻略に挑み続けてきたココアのような勇者に簡単に勝てるはずがない。大きな何かを得るにはそれ相応の何かを捨てなければならない。成長とは、挑戦とはそう言うことである。彼女はそう決意すると、大きく息を吸いこんだ。大きく息を吸い、大いなる覚悟を決めた。


今こそが“殻を破る時”なのである。


「なかなか根性があるみたいだね、素晴らしい」


そのアリスの決意ある雄姿に敵ながら素直に褒めたたえるココアであったが、そんな彼女の目の前でアリスはというと、なんと手にした大剣と大盾を捨て去り、しかもそれだけでなく徐に鎧までをも脱ぎ始めた。


「な!?」


「「「おぉぉーーーーーーーーーーー!!??」」」


『な、なんと!!これは!!?』


『おほー!!』


そのアリスの取った行動に対する反応は人それぞれであったが、しかし彼女はそれでも両手両足に付けた装備を外し続け、最後には胸当てまでをも捨て去り放り投げ、それらはけたたましい音を鳴らしながらも闘技場へと散らばった。


そして、そこに現れたのは鍛え抜かれた全身の筋肉が汗で光り輝く、ココアにも負けない肉体美をしたインナーの女性であった。しかし、最後の抵抗なのか兜だけはそのままで、インナーに兜だけという何とも言えない見た目ではある。


全てはココアに勝つために、アリスは恥ずかしさから身に纏った自身の“殻”を捨て、今こそ真の実力で剣を振るう。


この戦いの結末は神のみぞ知る。

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