第33話 邪竜vs四人の勇者

『「この姿を見て、泣き、喚き、そして、絶望しろ。

    だが慈悲はない。我らはただ暴れ、ただ殺戮を続けるのみ。」

                    漆黒の竜を連れた挑戦者の猛り』


「・・・な、なんだこれは?」


ダンジョン 第四十五階層


パートナーであるラテの情報を聞いたココアは急ぎドラゴンの下へと向かったが、目の前に広がっていたのは信じがたい光景であった。


たとえ最前線で活動する挑戦者を集めたとはいえ、ここまでの状況になるとはココアも想像がつかなかった。


相手はドラゴンである。


挑戦者に恐怖と絶望を与えるあのドラゴンだ。


その中でも、炎を操る火竜レッドドラゴンと呼ばれるその個体は、信じがたいことに、


瀕死状態であった。


そのドラゴンの様子に驚くココアとそのパートナーたち、それに他の場所で戦っていた挑戦者たち。


だが、現に目の前で瀕死になった火竜を捕獲するため、おそらく奴を瀕死まで追い込んだのであろう挑戦者たちがせっせと作業を行っている。


「何故・・・こんなことに」


ココアは自分でないとドラゴンを瀕死まで追い込むことができないなどと驕るわけでもないが、この火竜の有様には疑問を抱いた。


(他の勇者が手伝いに来たのか?いや、作戦に変更があれば本部から連絡があるはず。なら、ここにいる挑戦者たちだけで瀕死まで追い込んだのか?それにしても、何かがおかしい)


一人頭を悩ませるココアの下に、突然紺色と白色の修道服を来た少女が舞い降りた。


「ココア様!急ぎ本部までお戻りください!!他の勇者様たちもお戻りなられます」


「・・・あ、あぁ。了解した、ありがとう」


本部にて待機するアルカロのパートナーであるハーブがここに来たということはドラゴン捕獲作戦全体で何らかの動きがあったということである。ココアは火竜に関する疑問を抱いたまま、ハーブの指示に従うとここはパートナーたちに任せて、彼女自信は本部へと急いだ。


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「嘘だろ・・・」


時は少し遡り、場所はダンジョン第三十一階層。


ドラゴンとは無縁の「もしかしたら何かあった時には対応よろしく」程度で集められた四人の勇者たちと挑戦者たちの前に、突如としてドラゴンが出現した。


しかも、それはただのドラゴンではなく、全身漆黒の鱗で覆われた不吉なドラゴン、黒竜ブラックドラゴンである。


その到底太刀打ちできない強敵を前に、挑戦者たちはピクリとも動けずに凍り付いていた。また、皆思考も完全に停止しており、目の前の光景が夢なのか現実なのかすら分からなかった。


だが、黒竜の前で立ち尽くす挑戦者の一人ががぶりと噛みつかれ、悲痛な叫びと共にバリバリと喰い殺されるのを目の当たりにした瞬間、第三十一階層中に挑戦者たちの悲鳴がこだました。


「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!????」


蜘蛛の子を散らすように、黒竜の周辺にいた挑戦者たちは四方八方へと逃げ惑い、同時にその絶叫によりトトマたちは現実へと引き戻された。


これは夢などではない。


現実に黒竜がこの階層に現れ、そして暴れまわっている。


つい先程までは、お茶したり、寝転んだり、お菓子を食べたりして穏やかであった空気は一転し、今この階層はまさにこの世の終わりと化していた。


「トトマ君ッ!!」


「ブ、ブラックさん・・・」


突如聞こえたブラックの声にビクッと震えつつもトトマは駆け寄るブラックやアリス、ホイップたちを茫然と眺める。


「あ、あれは本物のドラゴンですよね・・・」


「残念だが、本物のドラゴンで、しかもおそらくその中でも一番に最悪の個体だ」


ブラックは目の前の光景を疑うトトマにそう言い渡すと、額に冷や汗を流しながら更に言葉を続ける。


「そして、もっと最悪のことに、あれを止められるのは僕たちしかいないということだ」


「・・・あ」


どうやって逃げるべきかと考えていたトトマであったが、ブラックの言葉に大事なことを思い出した。下の階層で現在行われている五頭のドラゴン捕獲作戦が成功するまで、トトマたちは下層から上がってくるモンスターを止めなければならないのだ。そのためにトトマたちは招集されたのでる。


その相手がたとえ黒竜であったとしても。


「で、でも!どうやって!?相手は黒竜ですよ!?しかも、ステータスが全く見えないんですよ!!」


勇者であるトトマたちには「鑑識眼」が備わっており、その目で大抵のモンスターのステータスを確認することができる。だが、それにも例外があり、モンスターによってはステータスが見えないこともある。その大きな理由の一つが、モンスターの方が勇者よりも格上、つまりはレベルが高いことが挙げられる。つまりは、この黒竜はトトマたちよりも遥かにレベルが高く、遥かに強いモンスターであるという証明にもなる。


そんな狼狽するトトマの肩にぽんと宥めるように手を置くと、ブラックは横目で黒竜を睨みつつ、ここに集まった四人の勇者とそのパートナーたちに深刻な顔で告げた。


「・・・あの黒竜を撃退するには、僕たち四人の勇者の力を合わせるしかない。それ以外に方法はない」


「・・・」


そう宣言したブラックに皆再び言葉を失った。


それはここにいる皆が察していたことではあったが、実際に言葉にされると納得し難い事実である。だが、あの黒竜がここより上の階層に上がりでもしたら、それこそ奴を止められるような挑戦者はもういないであろう。他の勇者たちとレベルの高い挑戦者たちは下の階層で今も五頭のドラゴンたちと戦っているはずである。となれば、トトマたちがあの黒竜の進行を阻止できる唯一の砦なのだ。


「・・・や、やりましょう。僕たちで!」


沈んでいく空気をかき消すように、トトマは声を上げて皆を鼓舞する。


黒竜と戦いたくないのは皆同じである。だが、勇者である自分が逃げるわけにはいかない。そして、その自分の姿を見て他の者が感化されると信じ、トトマはない勇気を振り絞ったのだ。


「そ、そうですね、やりましょう!トトマさん!!」


「そうね、皆私たちを待ってるわよね!ファンを待たせるのは一流のアイドルのすることじゃないわ!!」


トトマの言葉に勇気をもらった勇者たちは次々とやる気を出し、それに合わせて各パートナーたちもやる気を出し始めた。


勿論、それは真の勇気ではなく、偽りの勇気であったがそれでも今の彼らには無いよりはましであった。


「まとまって戦うのは不利だ。各自散開して黒竜をかく乱させながら戦おう!!」


「「「はい!!」」」


ブラックの指示に合わせて、四人の勇者たちを中心にそのパートナーたちはそれぞれ分かれて戦うことになったが、一人その話も聞かず、ただ目の前の光景を眺め茫然と立ち尽くす男がいた。


「・・・オッサン?どうしたの?」


ブラックが即席で考案した作戦を皆に共有する中、一人黒竜を眺めるオッサンのことが気になりトトマは彼に話しかけた。だが、オッサンはそのトトマの言葉を聞いている様子はなく、彼はまるで死んだ人を見たかのような表情でただ一点だけを見つめている。


「う・・・嘘・・・だろ・・・」


「オッサン?・・・オッサン!?」


うわ言の様に呟きながら一人ふらりと歩き出したオッサンに驚くと、トトマは彼を止めようと手を伸ばす。だが、オッサンはそんなトトマの手を無意識に振りほどくと今度は黒竜目掛けて走り出した。


「ちょ、おい!?オッサン!!待って!!」


まだブラックが作戦を説明している最中であったが、一人駆け出したオッサンに続いてトトマも彼を追いかけるように駆け出した。


「な!?トトマ君!?・・・くそッ!!作戦開始だッ!」


ブラックは突然黒竜へと駆け出した二人に驚愕したが、機を逃してはならないと考え、作戦の実行を宣言した。そして、それに合わせて各勇者たちと各パートナーたちは一斉に黒竜へと向かう。


「オッサン!止まれ!!一体どうしたんだよ!?」


トトマは走りながら前を行くオッサンへと呼びかける。一人で黒竜へ近づくなんて無謀にも程がある。トトマはオッサンを止める為に何度も名を叫ぶが、その声は一向に彼の耳には届かない。


しかしその時、ふとオッサンの駆ける方向、黒竜のすぐ傍に誰か挑戦者らしき人物が立っているのがトトマの目に写った。


(お、女の人!?)


それは、女性の挑戦者であった。


しかも、驚くことにその女性の挑戦者は黒竜へと何かを話しかけるようにその側に立っていたのだ。


「ロゼリアァァァァァ!!!!!!」


その女性と黒竜へに接近すると、オッサンは彼女の名を叫んだ。


それは人違いなどでは決してない。


あの日以来、あの惨劇以来、オッサンは彼女のことを一度も忘れたことはない。あの日、彼女が死んで以来、彼自身の夢に度々現れては彼を苦しめる彼女が、今オッサンの目の前に黒竜と共に現れたのである。酒が見せる幻覚でも、酒が切れたから見る幻覚でもない。正真正銘、あの日あの時死んだままの姿をして、ロゼリアはそこに立っていた。


「・・・ん?」


そのオッサンの嬉しさと苦しさを合わせたような叫びに気が付いたのか、ロゼリアは彼の方をちらりと見る。その黒い瞳と自分の瞳とが合い、オッサンはその女性がロゼリアだと確信した。


「ロ、ロゼリア・・・本当に、本当にお前なん・・・だな」


オッサンは、懐かしいその最愛の人の顔を見て胸が張り裂けそうになった。何で今死んだはずの彼女が目の前にいるのかなんてことはこの際どうでもいい。ただ今ここに彼女がいる。それだけで、オッサンにとってはとても幸福なことであったのだから。


「誰だ・・・お前は?」


しかし、ロゼリアから出た言葉は感動の再会を喜ぶものではなかった。冗談というわけでもなく、ただ純粋に初めて会うオッサンのことを怪訝そうに見つめていた。


「だ、誰って・・・?お、俺だよ、オジマンティエスだ!!」


「・・・はっ、知らんな、そんな奴」


無慈悲にもそう言うとロゼリアは持っていた黒い刀を振り上げた。


「じょ、冗談だよな、ロゼリア!?それとも俺のことをやっぱり怒っているのか!?なぁ!!」


「消えろ」


絶望に歪むオッサンに黒い刀が振り下ろされたその瞬間、寸での所で間に合ったトトマはその一撃を剣で受け止める。


「ぐッ!・・・オッサン!!しっかりしろッ!」


「ど、どうして・・・ロゼリア・・・」


ロゼリアの一撃を必死で受け止めたトトマの後ろで、彼の声も届かない程にオッサンは酷く混乱していた。


死んだと思っていたロゼリアは何故か生きていた。


しかも、その彼女は何故か黒竜と一緒にいた。


そして、その彼女は何故かオッサンのことを忘れていた。彼が一度だって忘れたことのない彼女は、既にオッサンのことを忘れていたのである。その事実に絶望し、もはや立つ気力すらオッサンには残されていなかった。


「邪魔だな・・・黒竜、やれッ!!」


一瞬でトトマたちから距離を空けたロゼリアがそう叫ぶと、今まで大人しくなっていた黒竜が急に動きだし、その剛腕でいともたやすくトトマとオッサンを吹き飛ばす。


「がぁッ!!?」


黒竜の生み出す凄まじい一撃に成す術なく、トトマたちは軽々と吹き飛ばされた。その後、トトマは何とか態勢を立て直したが、オッサンは力なく転がり回る。


「トトマ様!!?」


「ぼ、僕はいい、それよりもオッサンの回復を早く!!」


「は、はい!」


そんなトトマたちの下へ駆けつけたミラに指示を出すと、彼は起き上がり武器を構えると黒竜の追撃に備えた。黒竜は滅茶苦茶に足をばたつかせながらも、トトマたちの下へと突進している。今この状況で黒竜の攻撃を受ければ冗談ではなく無事ではすまない。トトマたちの全滅は避けられない。


だが、ここで仲間を見捨てることのできる程トトマは冷静でなく、かつ冷淡な男ではなかった。決死の覚悟を決めると、トトマは一人ミラとオッサンを庇うようにして立ち尽くす。


「このッ!!!トトマさんにッ・・・手を出すなッ!!!」


すると突然、トトマたちまであと少しと迫ったその黒竜の横っ腹にドンッと強い衝撃が加えられ、その巨体が左に大きく崩れる。黒竜に突撃した命知らずの黒い鉄の塊のような鎧を着たその勇者は、ずしりと巨大な剣を構え叫ぶ。


「わ、私が正面を担います!トトマさんは側面を!!」


「アリスさん!助かります!!」


自分の身長よりも遥かに巨大なその剣を扱うアリスが目の前に現れると、安心したトトマはそこを任せてその指示通りに黒竜の側面へと回る。だが、そんな馬鹿力のアリスの不意打ちを食らってもなお、黒竜はよろめいた程度で依然としてその覇気は衰えていない。


「隙を与えるなッ!畳み掛けろッ!!」


しかし、黒竜に立て直す隙を与えまいとブラックが叫ぶと、アリスに続いて彼のパートナーたちが次々に攻撃を仕掛けていく。


「”竜”には”龍”ネ!!『功夫十二撃:龍拳』!!!」


「ただの黒いドラゴン風情がッ!死ねやッ!!『ムーン・サイズ』!!」


「・・・『噛噛窮鼠』」


ブラックのパートナーたちは絶え間ぬ連携で次から次へと攻撃を畳み掛け、黒竜を追い込んでいく。だが、それでもなお黒竜は倒れる様子も、痛がる様子でさえも微塵に見せない。


そして、その攻撃のお返しとばかりに黒竜はその巨体を大きく回転させて周りの挑戦者たちを吹き飛ばすと、天に向かって大きくその口を開き、ダンジョン内が震える程の咆哮を放つ。


「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!!???」


その想像を絶する爆音にビリビリと振動する空気。それと同時に、その場にいた全ての挑戦者たちが耳を塞ぎ、身動き一つすら取れなくなる。


だが、その絶望の中、一人の勇者は手にした旗を大きく掲げ、挑戦者たちを苦しめる咆哮をかき消すが如く、叫ぶ。


「こっのぉぉぉぉ!!!『舞い踊れ、歌い騒げ、響け歌よ、轟け声よ、戦う武人に勇気を与えよ』『応援歌エール』!!!!!!」


その黒竜の咆哮が響く中、ホイップは必死に奇法を唱えると黒竜の発する咆哮を彼女の歌で無効化していく。これで、彼女が懸命に歌い踊る間だけは、彼女の周りにいる挑戦者たちに降りかかる全ての負荷バットステータスが無効化される。


「・・・助かった!!」


ホイップの奇法により黒竜の咆哮が無効化されたことで、勇者を始めとする挑戦者たちは次々に態勢を立て直すと、再び黒竜へと攻撃を仕掛けていく。最初は黒竜に挑むのはトトマたち勇者だけであったが、その勇姿を見た周りの挑戦者たちも自らを奮い立たせると次々に黒竜へと挑んでいく。


たとえ、その攻撃が効かなくとも、黒竜の注意を引くができればと挑戦者たちは己が命を懸けて、まさに決死の覚悟で力を振り絞る。


そんな挑戦者たちの無駄にも見える抵抗をロゼリアは一人遠くから見つめていた。


(・・・ほう、挑戦者たちも中々やるな)


その場にいた勇者たちや挑戦者たちはロゼリアの予想に反して奮闘していた。突然現れた黒竜という絶望に最初は臆していたが、今は皆が一丸となって戦っている。これも”生命の女神イキ・カエール”の加護がある故の決死の行動であるのかとロゼリアは思うと、腸が煮えくり返る程の怒りを覚えた。


(だが、所詮はただの人間)


そんなこみ上げた怒りを抑え、再び冷静さを取り戻すとロゼリアは黒竜へと立ち向かう哀れな挑戦者たちを眺めた。彼らがどれだけ奮闘したところで、黒竜に勝てる要素は何もないのである。


そして、そのロゼリアの予想通りに次々に挑戦者たちは命を落とし、地上の神殿へと消えていく。


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