第34話 決死の一撃

『「戦うのは好きではない。周りの人が傷つくから戦いは嫌いである。

  でも、誰かが僕の仲間を傷つけるというのなら、その時は喜んで戦おう。」

                           薬師の勇者の語り』


「くそッ!!どうすれば!!」


トトマたち、勇者たちの姿を見てやる気を取り戻した挑戦者たちと共に、トトマは何度も何度も手にした剣で黒竜を斬りつける。また、そんな彼は黒竜の木よりも太い足に攻撃を加えながらも必死に考えた。この状況を打破できる何かを見つけ出すために黒竜を見て、周りを見て、彼は考える。


だが、そんな都合の良い案などあるわけがなかった。


繰り広げられる戦闘はもはや一方的なただの蹂躙へとなりつつあった。黒竜にその気がないのか、狙ったように考えて攻撃をすることはないが、ただ暴れるだけで次から次へと挑戦者たちの体力は削れ、やがては死んでいく。


「・・・やるしかない・・・か」


その悲惨な状況を見つめ、トトマと同様にこの状況を打破する案を考えていたブラックは苦い顔をすると、ふとそう呟いた。


これは彼にとって苦肉の策である。


成功しても、失敗しても自分に、パートナーたちに多大な被害が出る策である。


だが、そうと分かっていながらも、この黒竜を撃退できる可能性はもはや何もない。また、あれやこれやと出し惜しみしている暇もない。そう覚悟を決めたブラックはポーチからとある丸薬を取り出すと、パートナーたちに聞こえるように叫ぶ。


「皆!!『狂鬼薬』を使う!!後は任せたッ!!!」


「「!?」」


リンファもサイスもその言葉に目を見開いて驚き、ムッコロに至ってはすぐさま身を翻してブラックの下へと駆けつける。


「だめ、危険」


ムッコロはそれしか言わなかったが、彼女の瞳からはブラックのことを心配してることが大いに伝わってきた。ブラックはその彼女の優しさを胸に感じつつも、彼女の髪を優しく撫でる。


「ムッコロ、これしかないんだ。もうこの方法でしか皆を救えない。・・・いや、この方法でも皆を救えるかどうかは分からないか」


そう自分で自問自答する余裕を見せるブラックに対し、ムッコロは何も言わずにただ彼の体にそっと触れる。


「私、頑張る、だから、だめ」


「ムッコロ・・・」


ブラックは久しぶりにムッコロの口から前向きな言葉が聞けて驚くと同時に愛おしくも思い、俄然やる気が湧いてきた。


「ありがとう、ムッコロ」


「なら」


「・・・いや、だからこそ、僕はやるよ」


ブラックは深く息を吐くと、決意を胸に黒竜を見つめる。


「戦うのは痛いし辛いしで嫌いだけど、皆が傷つくのはもっと嫌なんだ。女神様でも体は治せても、心までは治せないからね」


そう言うと、ブラックはムッコロへと微笑みかけ、そしてその手に握りしめた丸薬を口の中へと放り込む。


「ムッコロ、行ってくるね」


できる限り心配させまいと、ブラックは笑顔でムッコロに挨拶を済ませ、一方で彼女は辛さと悲しさの混じった顔で彼を見送ることしかできなかった。


黒竜へと歩みながら、ゆっくりとムッコロから距離を離すブラック。その顔にはいつものような温厚で優しい彼はおらず、今の彼の表情はまさに勇者であった。


仲間を守るため、その身を犠牲にして戦う勇者がその本気の姿を現す。


「ぐッ!!?」


その時、飲み込んだ丸薬が効果を発揮し始めたのか、ブラックの中でドクンと胸が張り裂けんばかりに波打ち、全身の血がぐんぐんと血管の中を暴れまわる。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


意思とは裏腹に手や足が震え、筋肉が徐々に盛り上がっていく。


そして、その丸薬の成分が全身に行き渡り、ブラックの脳を浸食する頃にはもう意識と呼べるものはなく、あるのはただひたすらの本能のみ。


戦うという本能のみがブラックを支配していた。


「アアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!」


そして、突如ブラックは黒竜にも負けない咆哮を轟かせると大地を蹴り飛ばし、その黒竜の頭上まで一瞬にして跳び上がる。誰もが彼を驚きの表情で見守る中、彼は振り絞った己が拳を黒竜の頭へと叩き込んだ。


「堕ちろッ!!!!!この黒蜥蜴がッ!!!!!!!!」


ドォッゴン!!!!!!


普通の拳であれば意味のない一撃であったが、今のブラックの拳は普通ではない。秘薬の力で極限にまで筋力とマナを高めたブラックから放たれる一撃はもはや想像を絶するものと化している。彼の極限にまで高められたその一撃に、無敵を誇るはずの黒竜の頭はガクンと揺れ、易々と地面へと叩き付けられる。


最後には、周りに盛大な音を立てながらも黒竜の頭は地面へとめり込む。


「な!?」


その一瞬に起きたまさかの光景に黒竜はおろか挑戦者たちも驚愕したが、それだけでブラックの攻撃は終わらない。


「まだまだッ!!!!!!!!」


ブラックは落下する力に合わせ自らを回転させると、地面に落ちた黒竜の首元を目掛けて渾身の力で踵を叩きつけた。その衝撃でバカンッと地面がひび割れ、その際に生じた風圧が挑戦者たちを大きく揺らす。


目の前で繰り広げられる人間を超越した動きを見せるブラックに誰もが啞然とし動けないでいる中、彼は続けざまに起き上がろうとしている黒竜の顎を蹴り上げる。


「オオオオオオオオオォォォォォォォ!!!!!」


まるでボールを蹴り上げるかのようにブラックが蹴り込むと、黒竜の顎もボールのように軽々と浮かび上がり、つられてその巨体が強制的に起き上がる。そこに間髪入れずにブラックは跳び上がると、空中でくるりと体を回転させて黒竜の分厚い胸に渾身の蹴りを打ち込み、今度はその衝撃で黒竜は仰向けに大きく倒れ込む。


「死ねぇぇぇぇぇッ!!!!!!!!」


最後に、ブラックは再び落下する力と自身の筋力を掛け合わせ、全身の、渾身の力を全て込めてその拳を黒竜の胸、心臓目掛けて振り下ろした。そして、急降下する隕石のような渾身の一撃に黒竜の全身がズンッと地面へとめり込み、ブラックの拳の威力を物語った。


そして、黒竜はピクリとも動かない。


一瞬の静寂が皆を包む。


「お・・・おおおおぉぉぉ!!!やったぞ!!」


「すげぇ・・・すげぇよ!!!」


(・・・やったか!!)


ざわざわと騒ぐ挑戦者たちの中、黒竜の胸へと拳を叩き込みながら、薬の効果が切れかけ冷静さを取り戻しつつあったブラックはそう願った。これが今の自分に出せる最強にして最大の攻撃である。これで無理であったとすれば・・・本当にもう後がない。


ドクン


しかし、ブラックのその願いに反して、彼の拳を通して聞こえたのは黒竜の鼓動であった。


ドクン


黒竜の心臓がまだ動いているということは、


「う、嘘だろ・・・」


黒竜はまだ生きているということだ。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!』


ブラックの全身全霊の決死の一撃をその身に受けた黒竜はより凶暴性を増すと、胸の上にいるブラックを握りしめ、果汁を絞るが如くその身を握り潰す。


(すまない・・・トトマ君、皆)


消えかける意識の中ブラックはトトマたちへ謝ると息絶え、同時にブラックのパートナーたちもダンジョンから消え去った。


「・・・」


ブラックの奥の手により黒竜は叩きのめされ、一時は希望を見た挑戦者たちであったが、その希望ですらこの黒竜を倒せないのかと再び絶望へと叩き込まれた。しかも、その絶望から二度と起き上がることのできない程に実力の差を見せつけられた挑戦者たちにとって、残された手段は一つしかなかった。


「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


それは逃げることだ。


もう黒竜を倒す術はないと悟った挑戦者たちに残されたのはただこの場から逃げる去ることだけである。自分たちが倒さずとも誰が強い人が倒すであろう。ならば無駄に死ぬことはない、無駄に死んでお金を失う必要はない。皆がそう思い、そう願い、一目散に逃げだした。


(ふふふ・・・面白い)


その哀れな様子を見てロゼリアは微笑んだ。


女神によって死から逃れることのできる挑戦者ではあるが、それが逆に意志の弱さにもつながっているのである。死んでも何とかするといった、まさに決死の覚悟は挑戦者にはないのだ。何よりも自分の命が大事、そう考える挑戦者に無謀な行動はできないのだということを悟り、ロゼリアは改めて人間の弱さを知った。


「さて、練習は終わりだ。・・・黒竜!!次に行くぞ!!!」


ロゼリアは現状に満足すると黒竜へと声を駆ける。だが、その声が届かない程に今の黒竜は暴走しており、手が付けられない状態であった。


「ちッ!・・・まだ慣れていないのか・・・ん?」


そう悪態をつき黒竜を睨むロゼリアであったが、そんな彼女の近くに何やら人影が見えた。


「何だ・・・またお前か」


そこに立っていたのはオッサンであった。皆が黒竜と戦う中、オッサンはそのことには気に掛けず、一人でまたロゼリアの下へと戻っていたのである。


「・・・」


「はぁ・・・何度言えば分かる」


じっと見つめるオッサンに呆れながらロゼリアは話しかける。


「お願いだ、ロゼリア。正気に戻ってくれ!!」


オッサンは必死の思いで眼前のロゼリアへと語り掛ける。そのロゼリアの声も、髪も、肉付きも、仕草さえもオッサンの覚えているロゼリア本人であった。偽者のはずがない、見間違えるはずがない。ずっと手が届かない場所にいたやっとロゼリアに手が届くのである。言えなかった思いを、謝りたかった思いを伝えらる。そう信じ、オッサンはロゼリアへと手を伸ばす。


「だから、お前のことは知らないと言っているッ!!」


ロゼリアは叫び、怒りの表情でその差し伸べられたオッサンの腕を斬りつけた。


「な、なんで・・・どうして!!」


斬られた腕をかばい倒れ込むオッサン。その姿にロゼリアは言い知れぬ怒りを感じた。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!』


しかし、それと同時に、暴れていたはずの黒竜がオッサンの方へとバッと身を翻すとドタバタと彼目掛けて走り始めた。


「・・・くっ!!オッサン!!」


黒竜の行く先を茫然と眺めていたトトマであったが、その先にいるオッサンとロゼリアに気が付くと彼もダッと駆け出した。今更駆け出したところで、何もできないことは分かり切ったことだった。今更何をしたところで、この黒竜を止める力は自分にないことぐらい分かり切ったことである。


でも、走らずにはいられない。


彼は仲間に危険が迫っているのに何もせずにいられるような勇者ではない。

いや、そんな勇者にはなりたくないと思い、トトマ叫び、走るのだ。


諦めない限り、何かあると信じて。


諦めない限り、上手くいくと信じて。


たとえ死んでも、たとえ魅力のない能力でも、たとえパートナー契約を断られても、何度も何度も諦めずにダンジョンに挑み続けたトトマに身に付いたのは”諦めない”往生際の悪さである。


そして、天はそんな者の味方をするのだ。


そんな往生際の悪い、諦めの悪い、でも必死で前向きな勇者に神々すは幸運を与えるのである。


「『無双火焔乱舞スサノオ』!!!!☆」


突如鳴り響いた声と共に、オッサンへと迫る黒竜の横っ腹を無数の爆発が襲いかかる。その聞き覚えのある声に歓喜し、トトマは振り返るとそこには二人の仲間が立っていた。


「『愛と正義の魔装戦士』改め、『愛と正義と希望の魔装銃士』マジカル☆モイモイさん、ただ今見参☆」


「同じく!『愛と正義と怒りの剛腕機工士』カレル・チャベク、ここに推参!!」


「モイモイさん、カレル!!」


「正義は遅れてやってくるのだ☆」


「遅れてごめん、兄ちゃん」


遅れてやってきたトトマの頼もしいパートナーたちは新たな装備に身を包み、邪悪な竜に襲われる皆を救うために颯爽と現れた。


やはり、天は神々は挑戦者を、トトマを見捨てなかったのである。

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