第32話 漆黒を纏う邪悪な竜

『「モンスターと人間が心通わせるのは大して難しくはないんですよ。

   だって、彼らも同じ心、同じ魂を持つ生き物なんですから。」

                         詠み人知らず』


ダンジョン 第三十一階層


ココアを始めとする六人の勇者たちが激闘を繰り広げる一方、時は同じく、所変わって、第四十五階層よりも上層の第三十一階層では、相も変わらずに穏やかな時間だけがただただ過ぎていた。


そんな中、トトマたち勇者一同は、『鋼鉄の勇者』アリスのパートナーであるシャーリーの用意した様々なお菓子を口にし、ダンジョンの警護をしに来たというよりはむしろ遠足に来たといった雰囲気になっていた。


「うーん、やっぱり『調理のスキル』があると便利ですね」


トトマはサクサクとクッキーを味わいながらそう呟いた。


一見戦闘とは関係ないように思えるスキルであったとしても、ダンジョンを攻略するという点からすれば有能なスキルは多い。特に、ダンジョン攻略の上で番人討伐が回避不能な勇者たちにとっては逆に戦闘に関するスキルよりも重宝することが多い。


中でも、「調理のスキル」の能力『料理』は作った料理の持続的なステータス上昇効果や回復効果を高めることができる。また、調理器具さえあればダンジョン内で自給自足ができるので、ダンジョン内に長期滞在も可能になる。もちろん、「調理のスキル」がないからといって料理が作れないわけではないが、下に行くにつれて未知の空間が広がるダンジョンにおいては、自給自足の面も兼ねて料理における咄嗟の応用などが必要になることも多い。


そう言った点からも、改めて「調理のスキル」を見直したトトマであったが、その様な人物の当てがあるわけでもなく、同時に自分に付けられたあの呼び名を思い出すと「調理のスキル」を持ったパートナーなど夢のまた夢なのだと落胆した。


「何だかいい匂いですね」


すると、シャーリーの作ったお菓子の匂いに釣られたのか、休息しているトトマたちの所へ見知らぬ挑戦者がふらっと現れると楽し気にそう言った。


表情が読み取れない細い目に、何やら目の下にある黒子が色っぽい、ふと見ると女性の様にも見えるその男は、彼の目同様に細い剣を腰に付けていた。


「どうも、こんにち・・・わぁっ!?」


しかし、それだけでは普通の挑戦者であったが、驚くことに彼の後ろにはモンスターが浮遊していた。


彼の肩に気怠げに手を回し、ふわりと浮かぶそのモンスターはヴァンパイアである。見た目は女性のような姿をしているが、その実は普通のモンスターであり、ダンジョン内で挑戦者を騙しては挑戦者の持つ武器防具や道具などを盗んだり、魔力を吸収したりする厄介なモンスターだ。また、そのヴァンパイアの強個体ともなればその姿を消すこともでき、静かに挑戦者に近づいては突然姿を現して驚かすといった悪戯をするものも稀にいるので注意が必要である。


そして、トトマはそんな宙に浮くヴァンパイアとパッと目が合ってしまったのだ。


『あら?バニー、あの子私が視えてるみたいよ』


「え、本当に!?」


驚いた表情でトトマを見るバニーにトトマは大きく頷いて答えた。確かに、トトマの周りにいる者は誰一人としてそのヴァンパイアには気が付いていない様子である。


「あちゃ~、不味ったな。・・・どうしようか」


『どうする?面倒なことになる前に逃げるも手よ』


「確かに~」


バニーもまさかヴァンパイアの姿を視える者がいるとは思わず、ばつが悪そうな顔をすると苦笑いをしながら一歩また一歩と逃げるようにゆっくり遠ざかる。


「あ!?ちょっと待って!!」


そんな彼にトトマは聞きたいことがあって、ふと呼び止めてしまった。目の前にいるバニーは、どうやら彼と一緒にいるヴァンパイアと意思疎通ができているようであり、トトマ以外にもモンスターと意思疎通ができる挑戦者など今まで会ったことがなかったので、トトマは彼に詳しく事情を聴きたかったのである。


「トトマ様?どちらへ?」


「ちょっとあの人と話をしてくる!」


「はぁ・・・、いってらっしゃいませ」


心配するミラを置き、トトマはバニーとリリーを連れ、念のためにと皆から距離を取る。そして、他の勇者たちから少し離れた場所、あまり人目の無い場所に着くと一息つき、トトマはバニーに自己紹介した。


「えーっと、僕の名前はトトマ。急な話で驚くかもしれないけど、僕は勇者の一人で、実は僕にも君みたいなモンスターの仲間がいるんだ」


「本当に!?それは奇遇だな!!あぁ、ごめん。私はバニー。それでこっちが」


『リリーよ、よろしく~』


「リリーさんか、よろしく」


そう自然にリリーと挨拶を交わすトトマを見て改めて驚いた様子のバニーであったが、ふととあることを思い出して、トトマへと尋ねる。


「あれ?もしかして、君が『魔獣の勇者』さん?」


「う・・・まぁ、そうとも言われています」


自分でその呼び名を認めるのも癪であったが、でもそのおかげで自分がモンスターと意思疎通ができるという証明にもなると考え、トトマは苦い心持ちで答えた。


「そうか!へー、君があのー・・・」


一瞬パッとバニーの表情が明るくなったが、じろじろとトトマの姿を見るとまた怪訝そうに眉をひそめた。


『何だか・・・、噂と違うわね』


バニーがおそらく口に出したかったことをズバッとリリーが言うと、トトマはカレルとのやり取りを思い出した。トトマの知らない所で広まる『魔獣の勇者』像は本物とは似ても似つかない、まさしく怪物的な見た目をしているらしいのだ。


トトマはそんな誤解を解くべく、簡単に「天性の感」と『交渉』について説明すると、今度は何故バニーとリリムが意思疎通ができ、また何故一緒にいるのかを尋ねた。


「そうだね、簡単に言えば『ゲッシュ』だよ」


トトマの抱いたその疑問に、バニーは詳しい説明を省いてさくっと回答した。


『ゲッシュ』とは、”契約の女神ナカ・ヨーク”の下で行われる最上級の誓いのことであり、それを行った両名はパートナー契約以上の恩恵を互いに受けることとなる。ただし、パートナー契約と比べてこの『ゲッシュ』には幾つかの盟約が附属する。

1点目は、お互いに不利益な規則を設ける必要があることだ。例えば、互いの心臓や記憶、体の一部などを交換することである。それが、その者にとって大事なものであればあるほど、不利益であればあるほど『ゲッシュ』は強化される。

2点目は、どちらか消滅しないと『ゲッシュ』は破棄できないということだ。もちろん、”生命の女神イキ・カエール”による復活は無効であり、この世界から存在が消えることでのみ契約は破棄できる。


トトマは当たり前であるがこの『ゲッシュ』に関しての知識はあったが、その契約の経験はない。ミラやモイモイ、オッサン、カレル、スラキチ、コクリュウと行っているのはただのパートナー契約のみだ。


だがしかし、そんなトトマであっても、バニーの回答には一点だけ腑に落ちない点があった。


「でも、『ゲッシュ』にしてもパートナー契約にしても、双方の共通理解が必要ですよね?バニーさんの場合、どうやってモンスターであるリリーさんと契約したんですか?」


トトマが腑に落ちなかったのは、どうしてモンスターであるリリーが『ゲッシュ』を理解していたのかである。普通は、『ゲッシュ』もパートナー契約もモンスターの側にその理解がないために、たとえ挑戦者が契約書を書いてそれをモンスターに渡したところで契約が成立しないのである。その点で言えば、トトマは『交渉』を通してスラキチなり、コクリュウなりと説明を行い、理解してもらった上で契約をしたところ上手くいったという次第であった。


だが、バニーはリリーと契約した後に、リリーとだけ意思疎通ができるようになった。となれば、順序がおかしいのだ。つまり、トトマのように契約前にモンスターと意思疎通して契約を理解させた上で行わないと、パートナー契約にしろ『ゲッシュ』にしろ上手くいかないはずなのである。


「それは・・・」


トトマの質問にバニーは何かを言いかけたが、一旦考え直すと怪しく微笑んだ。


「今のところは秘密、ということで」


「えぇ・・・!?」


くすっと笑うバニーは何かを知っている様子であった。何か重要なことを知った上で敢えてトトマに教えてくれなかったのである。


その時、


ゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!!!!!!


「うわぁ!?」


突然、第三十一階層中に地鳴りのようなけたたましい音が響き渡ると、同時にドンッと強い衝撃が地面から伝わってきた。


「な、なんだ!?なんだ!?」


「おい、大丈夫か!?」


まさかの事態に、すっかり休憩状態で油断しきっていた挑戦者たちは皆跳び起きた。

一斉に武器を構え、警戒態勢に入るが揺れはその一度きりで音と振動はピタリと止んだ。


「び、びっくりしたね、バニーさん・・・って、あれ?」


トトマも他の挑戦者同様に驚いて警戒態勢に入っていたが、気が付くとバニーとリリーの姿が忽然と消えていた。キョロキョロと辺りを見渡しても二人の姿はなく、代わりにこちらへと駆け寄るミラとオッサンの姿が見えた。


「トトマ様!大丈夫ですか?」


「うん、ミラとオッサンも大丈夫かい?」


「こっちは大丈夫でしたが・・・今のは何でしょう?」


ドンッ!!!


トトマたちが合流し安心したのも束の間、続いて先ほどよりも強い衝撃が響くと、トトマたちの前方で警戒する挑戦者たちのいる地面が割れ、下から何か黒い影が飛び出してきた。


「な、なんだあれ!?」


当然現れた”それ”にトトマたちは驚愕しつつも目を凝らし、”それ”が何なのかを確認する。


そのトトマたちの視線の先、地面を割って急に現れたのは、ワイバーンであった。


赤い鱗に大きな翼が特徴のワイバーンは、言わば小型のドラゴンである。だが、小型と言えども”ドラゴンと比べて”という話であり、その大きさは優に挑戦者たちよりも大きい。普段はダンジョンの第四十一階層よりも下の階層に生息するモンスターであり、ワイバーンは割と凶暴な性格をしているためにあまり接近しない方が良いとも言われている。


しかし、問題なのはそのワイバーンではなかった。


そのワイバーンが”死体”だったことが問題なのであった。


つまり、凶暴で獰猛なワイバーンを無残にも殺した何かがいるのだ。しかも、その傷は挑戦者による傷でないことは容易に想像され、噛み傷、切り傷、などの生々しい傷が体中に刻まれており、その真新しい傷からはワイバーンの血がどくどくと流れている。


そして、その死体となったワイバーンに続き、メキメキと地面を裂き、遂に”それ”の全長が明らかになった瞬間、その場にいた者は、挑戦者、勇者含めて全員が凍り付いた。


”それ”は到底こんな場所に現れるはずのないモンスターであった。


挑戦者の鎧を紙のように切り裂ける鋭い爪。一切の武器を通さない頑丈な鱗。周りのものを吹き飛ばす程の風を巻き起こす巨大な翼。一振りで挑戦者たちを薙ぎ倒す尻尾。


それらを一まとめにした体は、その場に居合わせた挑戦者に恐怖と絶望を叩きこむ。


邪悪。


まさにそう呼ぶべき、邪悪を身に纏ったかのようなその漆黒の姿。


それは、まさしく、


「ドラゴンだぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!??」


ドラゴンであった。


トトマたちの目の前に、地面を突き破って漆黒のドラゴン、不吉の象徴とも呼ばれる「黒竜」が姿を現したのであった。


この漆黒のドラゴンの出現は、ドラゴンの意思か、はたまた誰かの陰謀か、それは神々すら知らない。

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