第26話 可憐な乙女に手を引かれ
『「嘘とは、人を騙し欺く、悪しき行為である。
だが、その嘘で傷つく人もいれば、また救われる人もいる。」
詠み人知らず』
「トトマさん!次、次はあちらに行ってみましょう!!」
「ちょ、ちょっと!?ロベルタさん!?待って、待って!!」
澄んだ蒼く輝く瞳に、太陽の光を受け一段と温かく光るその長い黄金色の髪を持つ女性に手を引かれ、トトマは魔階島で行われている謝肉祭を駆け回っていた。
話は少し前に戻るが、その少し前までのトトマの予定では、彼は一人で謝肉祭の出し物などを観て回るつもりであった。
そして、その更に前にはトトマのパートナーたちと観て回る予定であった。
だがしかし、
「き、気持ち悪いから行けないや☆ごめんね☆」と、とある腹痛を訴える女性に言われ、
「あ、あの!私はモイモイさんの看病をしないといけないので・・・あ!でも、トトマ様からのお誘いは本当に嬉しくて、行きたいとはすっごく思っているですが、あぁ!?でも・・・」と、とある聖職者の女性に言われ、
「あ~、勇者様もぉ~、一緒に飲みまふか~」と、とある酔っ払いの男性に言われ、
「兄ちゃんごめん!今日はどうしてもやらないといけないことがあるんだ!今は言えないけど、今度絶対に驚くもの見せてあげるから、今日は本当にごめん!」と、とある少年に言われた。
そんなこんなで、途方に暮れるトトマであったが、でもせっかくの魔階島挙げてのお祭りである。そう考え、心機一転すると彼は一人宿を飛び出したのだ。
そして、そんな飛び出した彼に、更に同じく飛び出してぶつかったのが、この可憐な金の髪を持つ乙女であった。
「あたぁッ!?」
「きゃッ!?」
後ろを気にしながら走っていたのか、その彼女の頭は見事にトトマの横顔にぶち当たり、トトマはゴロンとひっくり返って、一方で女性は後ろへとよろめいた。
「いたた・・・!!?」
「す、すみません!?大丈夫でしたか?」
「あ~、いえいえ、大丈夫、大丈夫です」
差し伸べられたその女性の手を握ると、トトマはぐいっと力強く起こされる。
「私、ちょっとよそ見をしていたもので」
「ぼ、僕もよそ見をしていましたから、あはは」
心配そうに見つめる彼女に対して、その手を握ったままトトマはハハッと笑って見せる。
(それにしても・・・凄い力だ)
幾らまだまだ未熟な勇者とはいえ、トトマもそれなりの男性としての体重を持っている。それにも関わらずに、目の前の金髪の女性は腕力だけで、そんなトトマを引っ張り起こしたのである。歳も同じくらいであろうし、もしかしたら彼女も挑戦者なのかもしれない。そう思い、トトマは口を開こうとしたが、先に驚いた様子で口を開いたのは女性の方であった。
「あ!?」
「え?」
その金髪の乙女の表情にトトマは首を傾げた。彼の記憶では、目の前にいる女性とは面識がないはずである。しかし、アリスの件もあるのでもしかしたらと思い、彼は記憶を辿る。だが、一向にその答えは出ないままであり、なので思い切って彼は彼女に尋ねてみることにした。
「あ、あのー・・・、どこかでお会いしましたか?」
「え!?あー、いやー、その人違では?おほほ」
「はぁ」
わざとらしく口元を手で覆い隠し、おまけに視線を逸らすその女性の姿は明らかに怪しさが漂っていた。しかし、トトマは構わずに自己紹介をする。
「えーっと、僕はトトマと言います。挑戦者で、勇者でもあります」
「私の名前はロ・・・ロベルタと申します」
「ロベルタさん、良い名前ですね」
彼女は一瞬躊躇ったが、ニコッと笑ってトトマへと挨拶を返した。その笑顔は美しく、また身なりも清楚できちんとしているし、その立ち姿からはどこか高貴な気配も感じられた。
「ロベルタさんは、もしかしてユウダイナ大陸から来られたんですか?」
「え!?・・・ええ、そうなの。実は私大陸から来たのですが、お父様がうるさくて一人でお祭りを観て回ることができなかったの。だから、逃げ出してきてしまいました」
「えぇ!?それは大丈夫なんですか?」
「まぁ・・・大丈夫ではないですわね。先程からお父様の部下の方々に追いかけられておりまして」
「なるほど、だから慌てて走ってたんですね」
「そうそう、だからトトマ・・・さんにぶつかってしまったのです」
「「あははははは!!」」
何やら衝突から始まった二人であったが、どこか和やかな雰囲気になると、ロベルタはにんまりと何やら悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ねぇ、トトマさん。もしよろしければ、一緒にお祭りを回ってくださらない?」
「え!?ぼ、僕が!?一緒に・・・ですか?」
「えぇ、私は見ての通り大陸育ち、この魔階島のことは良く知りませんし、それに貴方と一緒にいれば部下の方たちにも気付かれにくいでしょ?ね?」
「そ、そうかもしれませんが・・・」
急にトトマの顔がかっと赤くなると、彼はその返答に戸惑った。女性経験の豊富でないトトマにとって、今まででこのロベルタのように美しい人から言い寄られる経験など毛頭なかった。彼にとっては嬉し恥ずかしの葛藤であったが、その様子を見てロベルタは眉をひそめた。
「あいたたた!?トトマさんにぶつかった時の痛みが今になって、あいたたた」
「え、えぇぇ!?」
すると、ロベルタはその場にぱたりとわざとらしく倒れ込む。そして、チラッとトトマを見上げると、彼女はか弱い声で語り掛ける。
「あぁ、これではもう一人ではお祭りには行けない。せっかく楽しみにしておりましたのに、
「そ、それってもしかして僕の所為ですか?」
「他に誰が居まして?あいたたた、ぶつかった人がちゃんと責任を取ってくれればなー」
ヨヨヨと嘘泣きまで始めるロベルタに、トトマは戸惑いつつも覚悟を決める。
「・・・わ、分かりました!行きます、一緒に行かせてください!!」
「あら、本当?」
そのロベルタの芝居に頭を悩ませたトトマであったが、彼自身もどうせ一人でお祭りに行く身であるし、彼女と観て回っても罰はないだろうと観念した。
そして、その言葉を聞くやいなや、痛がっていたはずのロベルタはけろっとした表情で立ち上がると、トトマに向かってそっと手を差し出した。
「それでは、エスコートをお願いいたします」
「・・・あ」
トトマは何気なく彼女の手を握ろうとしたその瞬間、さっと手を引くと自分の掌をごしごしと服で拭きだした。その行為に最初はきょとんとしていたロベルタであったが、くすっと笑うとそのトトマの手を強引に握り、駆け出した。
「ちょ!?え!?」
「いいから、行きましょ!」
握りしめられたその手はほのかに温かく、また緊張からトトマは汗がどっと出てきたが、ロベルタはそんなことを気にした様子は全くなく、更にぎゅっとその手を強く握りしめ歩いていく。
その後、二人は謝肉祭へと赴いた。
魔階島はいつもお祭り騒ぎであるが、今日だけはいつも以上にそこら中がわいわいがやがやと活気にあふれ、更に肉を焼く香ばしい匂いや焼き菓子の甘い蜜のような匂いまでもが立ち込めている。そんな中をロベルタはトトマの手を引き、あれやこれやと見て回り、そのどれもが珍しいのか歩いては立ち止まり、また歩いてはすぐに立ち止まる。
そして、最初はそんな彼女に付いて歩くだけのトトマであったが、次第に彼自身の気持ちも昂り始め、気付いた時には彼女と二人仲良く並んで露店の続く道の中を歩くようにまでなっていた。
「見て見て!これ、綺麗ではありませんか?」
すると、黒く大きな布の上にキラキラと輝く様々な装身具が並べられた、まるで夜空に輝く星々を現したかのような露店の前で、ロベルタはふと止まるとちょこんと座り込んでそれらを眺め始めた。そんな彼女の横顔を見て、トトマも確かに綺麗だと思った。
「トトマさん?聞いてます?」
「え!?あ、うん!き、綺麗だよね!!」
パッとこちらを振り向いたロベルタの顔に一瞬焦ったが、トトマは顔を背けながらもそう答えた。
「本当に思ってます~?」
「お、思ってるよ!綺麗だな・・・て」
今度は恐る恐るロベルタの顔を見てトトマはそう言うと、彼女の空の様に蒼い瞳と彼の目が重なる。
トトマも男である以上、今までに誰かに心惹かれることがなかったわけではない。だが、何故かこの目の前にいるロベルタに感じる思いは、今までの心惹かれる思いとは少し別にも感じた。
ロベルタの瞳を見ると、綺麗だなと思い。彼女の髪を見ると、素敵だなと思い。彼女の唇を見ると、吸い込まれそうだと思い。
何やら、モヤモヤとよく分からない、決して悪い気持ちはないんだけど、でも何故か胸が痛む。そんな不可思議な気持ちをトトマは初めて抱き、同時にその言い知れぬ気持ちに彼は翻弄されていた。
「そ、そうですか。なら良いです」
「う、うん」
そんなロベルタもトトマと目が合って気まずくなったのか、少し恥ずかし気に目を逸らす。そんな初々しい二人を見てニマニマと微笑んでいたのはこの露店の店主である。
だがその店主、何やら毛がふさふさとしていて、背も小さい。
おまけに頬には長い髭までついて、よく見ると耳は顔の横ではなく上についている。
「いかかですかにゃ?恋人さんたちの今日の記念に一つ買っていかにゃいかにゃ?安くするにゃ」
”にゃにやら”、もとい何やら、にゃーにゃーうるさい店主であったが、その彼はケットシーであった。
勿論、このケットシーはダンジョンから来たモンスターの一種であるが、このように人間と話すことのできるモンスターにはダンジョンから出る許可が下りている。特に、ケットシーは人間とかなり友好的なモンスターであり、謝肉祭やその他お祭り事の度にこうやって外に出ては商売をしているのだ。
また、ケットシーのようなモンスターの扱う商品は、ダンジョンでは見つかりにくい貴重な物を使っていることが多く、ほとんどの物が不思議な力を持つとされる”魔具”である。なので、トトマたちの目の前に広がる装身具類も、そこら辺のお店で売られている物よりも特徴的でどことなく美しく、そして怪しい輝きを放っている。
「「恋人!?」」
一方で、ケットシーにそう言われ、しばらく思考が停止していた二人は声を上げ、二人して顔を見合わせ、最後には二人してぼっと頬を赤く染める。
気まずい空気であったが、しかし、トトマは勇気を振り絞って口を開く。
「ケットシーさん!僕、買います!!」
「お!いいにゃ、いいにゃ!!」
「ト、トトマさん!?」
「べ、別に、恋人とかそういうのとかじゃなくて!?なんていうか、今日はロベルタさんと一緒で楽しかったですし、そのお礼というか、記念というか・・・」
自分の抱いたその気持ちは未だにトトマには理解はできていなかった。だが、ロベルタとはもう会えないかもしれないと考えると、トトマは後悔しないように、今日だけは大胆になろうと心の中で決意したのだ。
「な、なるほど」
「ともかく!ロベルタさん、何か気に入ったものはありましたか?」
トトマはもう自身の顔が熱いのは気に掛けず、すっとロベルタの横で屈むと、彼女と同じ視線で目の前に広がる星々のように輝く装身具たちを眺める。そんなトトマにロベルタは少し躊躇ったが気持ちを落ち着けると、じっと装身具たちを真剣に見渡す。
すると、数多ある装身具の中、どうしてか一際心惹かれる物にロベルタはゆっくりと手を伸ばすと、それを優しく拾い上げる。
「・・・これ。これなんていかがでしょう?」
ロベルタが手にしたのは一つの指輪であった。それは装飾が何も付いていないただの銀色の指輪である。ここにある装身具の中ではあまり目立たない、言い換えれば地味な逸品であったが、何故か彼女はこれに強く魅かれたのだ。
「うん、いいんじゃないかな。ロベルタさんに似合いそうです」
「そ、そうですか?」
トトマの無垢な褒め言葉にロベルタは恥ずかしくも嬉しそうに微笑んだ。
(・・・え!?)
しかし、そんなロベルタの笑顔を見て、トトマの脳裏には不意にとある人物の顔が横切り、ぼんやりと彼女の笑顔に重なった。
確かに思い浮かんだその人物は美しい顔立ちの、女性と見紛う人物ではあるが、でも男性であり、目の前のロベルタは女性である。そう考え、トトマは慌ててその妄想を消し飛ばした。
(な、何で今、彼のことを思い出したんだ!?)
「お待たせにゃ!」
しばらくすると、そんなトトマの妄想などは知る由もないケットシーの店主が、ロベルタの選んだ指輪をネックレスにし、それをトトマへと手渡した。
「え!?僕ですか!?」
「何言ってるにゃ!こういうのは男性から渡すものですにゃ!」
「は、はぁ」
モンスターに叱られたトトマは言われるがままにそのネックレスを受け取ると、隣に座ってそんな彼を見るロベルタを恥ずかしながらも見つめ返す。見つめられたロベルタも一瞬恥ずかしそうな顔をしたが、すっと後ろを向くとその綺麗な金色の髪をかき上げ、トトマにうなじを見せる。
「・・・どうぞ」
それだけを言うと、ロベルタはトトマのことを待った。
「え!?・・・でも!?」
あまりの出来事に既にトトマの脳では処理できなくなり、あわあわと狼狽えるが、そんな彼に対してロベルタは強い口調で言った。
「ど・う・ぞ!!」
「は、はい!!」
ビクンと跳ねて背を正すと、トトマはたどたどしくロベルタの綺麗なうなじへと手を回し、ぶるぶると震える手でその首にネックレスを掛ける。
「で、できました」
心臓がばくばくと音を鳴らし、顔どころか耳まで真っ赤に染まったトトマであったが、やっとのことでロベルタへとネックレスを渡すことに成功した。
一方で、ロベルタは髪を降ろし、自分の首に下がる指輪をしばらく見つめた後、くるりと振り返るとトトマへとその姿を見せた。恥ずかしそうに、でもそれ以上に嬉しそうに微笑む彼女の笑顔はとても魅力的であり、トトマはその笑顔にぐっと引き寄せられる。
生まれて初めて感じたその気持ちをトトマは上手く理解することはできない。だが、目の前で微笑むこの可憐な女性をただこのままずっと見つめていたいという気持ちだけは今の彼にも理解できた。
「ど、どうです?」
「え!?あ、うん!き、綺麗だと・・・思います」
それは、最初にこの露店で言った言葉と同じ言葉であった。しかし、その思いは別のものに代わっており、純粋に、何の邪念もなく、ただ素直に彼女を綺麗だとトトマは思ったのであった。
「そうですか、ありがとう、”トトマ”」
嬉しさのあまりか、その笑顔からふと出た言葉は、二人の距離が少し近づいたようなそんな気がした。
「あれ?ロベルタさん・・・今、トトマって?」
「え!?あ、いや、これは・・・」
しどろもどろに慌てふためくロベルタを見て、トトマはくすっと笑いがこみ上げた。
「あはは!」
「もう、いいじゃないですか!別に呼び捨てにしても!!」
ロベルタは急に少し乱暴な口調になったが、トトマからすれば一層親しみが持て、彼女と一層距離が狭まったような気がしてとても嬉しかった。
「そうですね、いいと思います」
「ほら、もう行きますよ!」
「ちょ、待ってくださいよ!?ロベルタさん」
何やら怒ったのか、それとも恥ずかしくなったのかロベルタは一人だっと駆け出した。慌ててトトマも店主の小さなふさふさの手にお金を渡すと、すぐに彼は彼女の後を追った。
「毎度ありにゃ~、恋人さん」
そんなケットシーのお礼も聞かずに、トトマはロベルタの後を追いかけ、何とか追いついた時には、そこには周りには誰もいない、魔階島の城下町が展望できる静かな場所まで来ていた。
また、太陽は陰り始め、ぽつぽつと色づく町の灯りが仄かに揺らめくその姿は、美しくもどこか寂しい景色である。遠くの方から聞こえる謝肉祭を楽しむ人々の声は、その中にいた時はうるさく感じたが、ここに来て聞くとどこか優し気な音にも聞こえる。
「はぁ・・・はぁ・・・ロ、ロベルタさん、足・・・速い!?」
息を荒げるトトマがやっと辿り着いた時には、ロベルタは設けられた柵に手をかけ仄かな城下町の賑わいを一人静かに眺めていた。その背中は楽しそうというよりも、どこか悲しそうであり、この景色を惜しんでいるようにも感じられる。
「・・・ロベルタさん?」
その儚げな様子が気になってトトマもロベルタの横に立つが、彼女は遠い目をしてこの町と空、そして遠い海を眺めていた。
「トトマ・・・さん」
「もうトトマで良いですよ」
「・・・ありがとう、なら私もロベルタと呼んで」
その言葉にふっと笑い、胸元の指輪を光らせるとロベルタは偽るのを止めて口を開く。
「それで、トトマは挑戦者、それに確か勇者・・・でしたよね?」
「え?・・・そ、そうですね、僕は勇者です」
「なら、トトマはどうしてダンジョンに挑むの?」
「ど、どうして・・・って」
「ダンジョンは危険が多いと聞きます。それなのに、どうしてトトマはそんな危険な場所に行くの?」
不意にロベルタから投げかけられたその質問にトトマは少し驚いた。だが、ロベルタの横顔からは、それが単なる世間話の振りではないことは容易に理解できた。何故か彼女は、本当にトトマがダンジョンに挑む理由を知りたがっていたのだ。
謝肉祭やロベルタとのことで、ダンジョンのことなどさっぱりと忘れていたトトマであったが、彼女のためにももう一度自分の中の思いを、ダンジョンへの、勇者への思いを整理すると、慎重に口を開く。
「どうして・・・、それは家族のため、妹のためにかな」
「家族・・・とそれに妹さん?」
そのロベルタの質問に、トトマも目の前の柵に手を駆けると、遠く海の向こうを眺めながら答える。遠い向こう、ユウダイナ大陸に住む家族のことを思い出しながら。
「僕には父と母、それに妹が一人いるんだ。父さんも母さんも裕福ってわけではないから、僕がダンジョンで稼いで生活を楽にさせてあげたい」
「・・・妹さんは?」
「妹は・・・病気なんだ。よく分からない病気。生きているんだけど、なんだか生きていないようなそんな状態なんだ」
「そ、それは・・・聞いてしまって、ごめんなさい」
「いやいや!?別に謝ることじゃないよ。それに、その病気を治すための手がかりがこのダンジョンにあるかもしれないんだ。そして、僕にはダンジョンを進むスキルがある。それに頼もしい仲間もいる。だから、落ち込むことなんてないよ」
妹の話を聞いて、少し落ち込んだ様子を見せたロベルタに対し、トトマはそう笑って励ました。
「それに、僕自身もこのダンジョンの最果てがどうなっているのかが気になっているんだ。初代勇者クロスフォードしか見たことのないその場所に何があるのか、それを病気の治った妹に聞かせてあげようとも思っている」
「最・・・果て」
その言葉に何やら思うことがあるのか、ロベルタは一瞬浮かない顔をする。
「つまり、それがトトマのダンジョンに挑む目的なの?」
「んー・・・」
だが、トトマはしばし考えた。以前は確かにそれが目的であった。家族のため、妹のため、そして自分の好奇心のために彼はダンジョン攻略に励んでいた。だが、今となってそれとは別のもう一つの目的が彼の中に沸々と湧いていることに、彼自身薄々気が付き始めていた。
「それも、かな?」
「”も”?ということは他にもあるの?」
「その、最近は・・・何と言うか自分のためというか、仲間たちのためというか。何というか、そんな他の思いが強くなっているんだ」
そう言うと遠い海から目を離し、今度は近くで聳え立つ巨大な魔樹を眺めてトトマは話し出す。
「それで、この頃はどうして自分が『勇者のスキル』を授かったのか、そんなことを疑問に思うことがあるんだ。どうして僕なのかなって」
「・・・」
「ロベルタさんは知らないと思うけど、他の勇者たちの中には凄い人がいっぱいいるんだ。というか、皆凄い、凄くない人がいない。皆それぞれ思いがあって、それぞれが諦めずにダンジョンに挑んでいる。アリスさんも、ブラックさんも、バルフォニアさんも、シンさんも、ムサシさんも、アルカロさんも、ダンさんも、ココアさんも、皆それぞれに強い思いがある気がするんだ」
「そうなの・・・」
「その中でも、一番凄いのは何と言ってもロイスだよ。彼は本当に凄い。この魔階島にある王国の出身ってだけでも大変だろうに、それでいてなおダンジョンに挑んでいるんだ。彼には何か強い思いがあるんだってことが分かるし、同時に僕のことなんかは目に入っていないんだろうなっていうのも分かる」
「そ、そんなことはない!・・・と思うわ」
ロベルタは急にトトマのその言葉に強く否定した。だが、強く否定しすぎたのか、彼女は少し躊躇った。
「はは、ありがとうロベルタ。でも、だからこそ、悔しいんだ。昔は別に少しも悔しくなんかなかったんだけどね。でも今になって、どうしてか悔しく思うようになったんだ」
ぎゅっと拳を握りしめ、トトマは魔樹を見上げて、その下のダンジョンを感じて、彼は声を上げる。
「同じ勇者なのに、どうして彼と僕との間にはこんなにも差があるのかって思うようになって、同時に強くなりたいとも思うようになった。ダンジョンの奥を目指して、ロイスに追いついて、そしてロイスのように・・・、いや、ロイスよりも強くなりたいんだ!男として、勇者として!!」
「トトマ・・・」
トトマは全て言い切ったという清々しい顔でロベルタを見つめると、堂々と答えた。
「だから、今の僕の目的はロイスに追いつくほどに強くなること、以上!」
そんなトトマの様子をロベルタは意外そうな、でもどこか嬉しそうな目で見つめると、次の瞬間には盛大に笑い出した。
「あはははははは!!!!」
「や、やっぱり、変かな?」
自分の言ったことを少し後悔して、トトマはお腹を抱えて笑うロベルタに問い掛ける。
「あははは!!いや、変じゃない、すっごく良い目的だと思うわ、うん、本当に」
「本当に思ってる!?」
「あー、本当、本当よ」
一頻り笑うとロベルタはネックレスを揺らしながらトトマの方を向きなおす。そして、その可憐な顔からは先程までの憂いも迷いも無くなっていた。
「じゃあさ、トトマ、私との約束。そのロイスっていう人に追いつくぐらいに強くなること、彼に負けない立派な勇者になること、それをこの指輪に誓って」
「えぇ!?」
そう言うと、ロベルタは悪戯っぽく笑いながらも、首に掛けたネックレスの先、トトマが贈った銀色に輝く指輪を彼の目の前に掲げる。
「ど、どうして、そんなこと!?」
「『そんなこと』?へ-、トトマにとってはそんなことなんだ。ふーん」
ニヤニヤと笑うロベルタに、トトマは観念すると、同時に覚悟も決める。
「わ、分かったよ!分かりました!!約束、約束するよ!僕は必ずロイスに追いついてみせる!ロイスを超える強い勇者になる!!」
「この指輪に誓って?」
「その指輪に誓って!!」
それは、一人の男と一人の女の約束であった。
だが、そんな口約束とは何の効力も持たない。時が経てば、消えてなくなる、初めから無いに等しいそんな約束。
しかし、その指輪だけは二人の約束をしかと聞いた。しかと聞いて、その身を銀に光らせた。
「私も、うかうかしていられないな・・・」
ロベルタはここから見えるお城を眺めるとそう呟いた。勿論、トトマには聞こえぬように。
そして、トトマたちがそうこうしているうちに、辺りはすっかり暗くなり、魔階島は深い夜を迎え始めようとしていた。
「じゃあ、私はそろそろ帰ろうかな。お父様も皆も心配しているだろうし」
「あ!?」
そう言い残し、ぴょんと柵から離れるロベルタに対し、トトマは思わず声をかけてしまった。その理由は彼にも分からなかったが、何故か不意に彼の口から声が出たのである。
「ん?どうしたの、トトマ?」
「え!?いや、あの・・・こ、こんなことを言うのも変かもしれないけど」
どぎまぎしながらも何かを必死に伝えようとするトトマ。その様子を見てロベルタも何やら察したのか、彼女も少々顔が赤らむ。
「ま・・・また、会えるよね?」
だが、トトマの言葉にロベルタはニッと意地悪そうな顔をして笑う。
「また会いたい?」
「う・・・あ、会いたい!・・・かも」
トトマは何も考えずに、咄嗟に胸に思ったことを叫んだ。彼自身、この出会いと別れを特別に思っていたのかもしれない。
「そう・・・なら、また会えるわ。いづれ、何処かで」
それだけを言い残すととロベルタはくるりと可憐に回って駆け出した。
ロベルタは大陸から来たと言っていた。ここで別れてしまったらもうこの二人は二度と会えないかもしれない。
だが、根拠はないがトトマは彼女とまた再び何処かで会える、そんな気がした。だから、この別れは決して惜しくはなかった。逆にトトマは晴れ晴れとして気持ちで、ロベルタの背中を見送った。
一方で、ロベルタはまたトトマに会えることを確信していた。その時、彼女は彼女であるかどうかは定かではないが。
さて、以上は一人の男が一人の女と出会った、それだけの話。
それだけの話が世界にどうにかなるほどの変化をもたらすことなど到底在り得ない。
もし、そうなったとすればその二人の出会いはもはや”運命”とも言える。
では、この二人の出会いが果たしてその運命なのか、そうではないなのかと言えば、それは神ですら知る由もない。
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