第25話 勝者は多くを語らない、ただ多くを喰らうのみ

『「興味があるのはただ強さのみ。

      俺は、ただ俺よりも強い奴と戦いたい。」

                           孤高の勇者の語り』


『さーて!皆さんガツガツと食べておりますが、既に4杯目5杯目へとおかわりをしている者もいますね!!』


一方、消えたジョーカーがいた裏路地から舞台を大食い大会会場へと戻すと、そこではカキコの威勢のいい実況の声が『拡声石』に乗って響いていた。


『・・・・ん?おっと!?まさか、まさかのこんな序盤にして早くもリタイアしている者がいるぞ!?彼女はいったい何をしに来たのか!?』


「え!?」


そのカキコの声に驚き辺りを見渡すトトマ。まだまだ大食い大会は始まったばかりである。こんな早くにリタイアするぐらいなら何故出場したのかとトトマ疑問に思い、見渡すとその敗退者は意外や意外、彼のすぐ傍にいた。


「ミラ!?」


見ると、ミラは綺麗に箸を置き、天を仰いで沈黙していた。まだ完食したのは1杯だけであったが、彼女の胃はすでに限界を迎えており、彼女の記録は1杯だけとなった。


「だ、大丈夫だよ、兄ちゃん!俺ならまだまだいける!!」


唖然とするトトマの横でカレルは必死にガツガツと”犇丼”を喰らっていく。流石トトマたちの中では一番若いだけあってか、カレルにはまだまだ余裕があった。


『えー・・・、さて、気を取り直しまして、ここで本大会の有力選手たちの紹介に移りたいと思います。まずはこの方、マンプクン選手率いる”大食漢”チーム!それでは、ホイップさん彼の特徴をどうぞ!』


『はい、マンプクン選手たちはですね、百㎏以下のチームメンバーはいない重量増し増しのチームですね。彼らは美味いものを食べにこの魔階島に来たそうで、いつかはダンジョン内全てのモンスターを食べ尽くしたいそうですよ』


『色んな意味で大きな夢ですね。是非叶えて欲しいですが、健康管理には気を付けてくださいね。では続きましてはこのチーム!ボマー選手率いる”ミート・ミート”チーム!』


『えー、ボマー選手たちは、肉を肉で喰うという生活を毎日送って日々己の胃を鍛えているいるそうです。しかも、食事の前にはダンジョンで必ず運動することによりあの肉体を維持しているとか。ちなみに、前回の大会の敗因は魚だったからだそうです』


『なるほど、肉大好きなチームなんですね。でも良い子はちゃんとバランスを考えて食べようね。そして、最後にご紹介しますのはやっぱりこの人!無敗の王者にして、無敗の勇者!?シン選手!!』


『皆さんもご存知の通り、シン選手はあの7番目の勇者としても有名な大食い大会無敗の王者ですね。多くは語らず、多くを喰らう。彼の能力同様、彼の胃袋にも限界はないのでしょうか?』


『さぁ、そうこうしているうちに制限時間の半分を過ぎましたが、各チームの状況はどうなっていますかね!』


「・・・」


目の前の無くならない肉をひたすらに食べ続けるトトマであったが、その速さは格段に落ちていた。もぐもぐと咀嚼するだけの時間が増え、飲み込んだとしてもなかなか箸は次へと進まない。オッサンは既に諦め、カレルも奮闘しているものの、その顔は辛そうであった。


また、周りのチームの状況を初めの頃に比べて大分変化してきており、和気藹々と話していた者も話す元気を無くし、箸を動かす元気すらもなくなりつつある状況であった。


『さーて、これは、これは!ここにきて参加者一同、明らかに食べるペースが落ちています!!先程まではおかわり、おかわりの連続でしたが、今ではおかわりの声も聞こえない。そんなことだと調理係が退屈してしまうぞ。おっと!?ここで、おかわりだ!!おかわりの手を上げたのはやはりこの男、シン選手だ!!』


驚くことに幾多の参加者たちが箸を休める最中、開始時と同じ速度を保ちながらシンだけは黙々と”犇丼”を食べ続けていた。決してその食べる速さは速くないが、しかし遅くもない。一定の速度を保ち続ける強靭な精神と胃袋で、たった一人で他のチームを圧倒している。


『え~、ホイップさん、シン選手のこの食べっぷりはいかがですか?』


『流石と言わざるを得ません!それに見てください彼が食べ終わった後の丼を、ご飯粒どころかたれすら付いていません!!』


『え!?あー、本当ですね!お残しは禁止とは言いましたが、まさかあそこまで綺麗に食べてしまうとは、これには調理係の皆さんもニッコリです』


『食べるということに感謝している動きですよ、あれは。彼は心身ともに王者なのだと痛感させられます』


『う~ん、素晴らしい!これは、もうシン選手の優勝は間違いないか!・・・ん?いやちょっと待ってください!!ここにきてまた一人手が上がりました!あの選手は・・・』


そんな会場が盛り上がる中、遂にお腹が限界を迎えたトトマとカレル。その彼らの傍らで手を上げおかわりを所望する女性は、モイモイであった。彼女はまだまだやる気満々といった様子で元気良くその手を天高く挙げている。


「も、モイモイさん?む、無理しなくていいんだよ?」


「え?☆無理してないよ☆・・・ありがとう☆」


トトマの心配を他所に、おかわりを持ってきてくれた係員にお礼を言うとモイモイは再びぱくぱくと食べ始める。トトマたちは自分のことでいっぱいで注視していなかったが、モイモイの食べっぷりは異常であった。なんと、あのシンに追いつくのではないかという勢いである。


『え~、ここで情報が入りました。ただ今入ってきた情報によりますと、彼女はマジカル☆モイモイ選手ですね。しかも、今回初出場だそうです!』


『そんなモイモイさんですが、なんとあの3番目の勇者であるバルフォニアさんの妹さんでもあるんです。私も以前お会いしたことがあります!』


『え!?そうなんですか、ホイップさん!?これは驚きです。魔術の化物の妹様も同じく化物なのか!?・・・そして、ここで残り時間あとわずかとなりましたが、現時点での各チームが食べた丼の数が判明いたしました。なんと!現時点での一位はシン選手、その数何と50杯!そして、驚きの二位はマジカル☆モイモイ選手48杯!接戦です!あり得ません、まさかの接戦です!!』


「す、凄い・・・」


現時点で箸の勢いが止まらないのはこの二人他数人だけである。だが、この二人は競うというよりも、むしろこの場を楽しんでいるようであった。モイモイとシンは食べることに感謝し楽しみながら”犇丼”を食らい続けている。


しかし、そんなモイモイの姿に、普段ぽやっとしてよく分からない彼女に隠された意外な一面を垣間見ることができ、トトマは嬉しくもあった。この大会はモイモイの誘いで出場し、その中で今までに見たことのない彼女を見せてくれたのである。なんだか、モイモイが仲間として一歩近づき、自分をさらけ出してくれた気がして、トトマは嬉しさと共にやる気もこみ上げてきた。


(諦めたら・・・いけないよね!)


『や?やや!?これはどうしたことでしょう!?食べるのを止めたはずの選手たちが続々とおかわりをしていきます。どうして彼らはここにきて更に食べ続けるのでしょうか!?』


圧倒的な力の差を見せつけるシン。しかし、それに食らいつくモイモイ。そんな両名の戦いを見て参加した挑戦者たちの心が揺さぶられたのかもしれないし、挑戦者特有のお馬鹿な心に火が付いたのかもしれない。


王者に一歩でも、いや一杯でも近づくために、皆必死で追い込みをかけていく。


「いいか!一杯でも多く食べるんだ!まだ勝敗が決したわけではない!!」


「「「おう!」」」


「お前たち!優勝賞品のギルド食券一年分は私たちのもんだよ!気合い入れな!!」


「「へい!姉さん!!」」


各チーム、各テーブルが次々に賑やかになっていき、残りあとわずかにして、大会全体が序盤での盛り上がりを上回る勢いであった。


「カレル、オッサン、ミラ、僕たちも食べよう!」


「うん!わかったよ、兄ちゃん!」


「あと一杯、いや二杯ぐらい頑張りますか~」


「わ、私も食べます!」


そして、トトマたちも食べ続けた。他の挑戦者たちも食べ続けた。勝ちたい気持ちを持った者もいたが、それよりも大半はこの瞬間を最後まで楽しみたいという一心であった。食べれることに、お腹いっぱいになる幸せに喜びながら皆が皆口いっぱいに頬張って食べ尽くした。


しかし、そんな時間にも終わりは来る。


その無茶で無謀な大食らいの参加者の中から勝者が選ばれるのである。


『5、4、3、2、1・・・終了ーーーーーーーー!!!!』


『皆さん、お疲れ様でした!!これより計測に入りますので、今しばらくお待ちください』


カキコの合図により長いようで短かった激闘は終幕を迎えた。途中までは圧倒的であったシンであったが、最後の最後で皆が追い上げた。その勝敗は誰にも分からない。


『ただ今計測が終わり、結果が出ました!!』


食後、皆がそれぞれの席にて今回の激闘を振り返りお互いを称え合う中、カキコの声が響き、辺りはしんと静まり返る。


『優勝者は・・・シン選手!!食べた数は驚きの77杯です!!』


その言葉に会場は盛り上がり、参加者たちのほとんどはガックシと項垂れた。さすがは王者、さすがは「孤高の勇者」であった。シンは仲間などいなくともやはり最強なのだとトトマは感心した。だが、トトマは決してそんなシンのことを羨ましくは思わなかった。例え、孤高で強くなくとも、今のトトマには頼りになる仲間たちがいる。その仲間たちがいるからこそ、トトマは今ここにいて、この喜びを味わえているのだから。


最近のダンジョンに挑むだけの日々。戦いだけの日々。


何かに焦る気持ちに、苦悶する心。


そんな感情を晴らしてくれたのはこの仲間たちだ。


そして、このパートナーたちがいてくれたからこそ、ここにいられるのだ。


トトマは先に進むことができる。まだ見ぬダンジョンの先へ、トトマたちは進むことができるのだ。この素晴らしい仲間と共に。


「皆、それにモイモイさん。今日は惜しかったけど、楽しかった。本当にありがとう!!」


「お力になれずにすいません・・・」


「そんなことはないぜ、姉ちゃん!!優勝よりも皆で頑張ったことが大事だよ、きっと」


「優勝よりも友情ってな~」


「おじさん良いこと言うね」


「お、おじさん・・・」


はははと陽気に笑う中、モイモイは一人静かに空を見上げている。


「モイモイさん」


「ん☆」


「今日はありがとうございました。それに、モイモイさんの意外な一面も見れて本当に良かった」


「そうだよ!モイモイ姉ちゃんもすげぇな!俺感動しちゃった!!」


「本当に凄かったですモイモイさん。あ、でも後で念のために医務室に行きましょうね」


「あはは☆ありがとうね、皆☆」


モイモイはトトマたちの言葉にニコッと微笑むと、次の瞬間横に座っていたミラの方へとふらっと倒れ込む。


「きゃっ!?モ、モイモイさん!?」


「おいおい!?大丈夫かい!?」


ぐだっともたれ掛かるモイモイを支えつつもミラはその意識を確認すると、ほっと胸を撫で下ろした。


「だ、大丈夫です。息はしています。食べ疲れ・・・でしょうか?」


「全く・・・食べて死んだんじゃ女神様も驚きだろうが・・・。よし、俺が医務室に運ぶから手伝ってくれ。・・・よっと、って重!?こいつ重いぞ!?」


「ちょ、ちょっと!?それは女性に失礼ですよ!」


流石にミラの力ではどうしようもなかったので、オッサンが必死にモイモイを背負うとミラとカレルを連れて医務室まで運んでいく。トトマもその後に続こうとするが不意に後ろから誰かに呼び止められた。


「おい」


「え?・・・うわぁ!?シ、シンさん!?」


トトマの後ろに立っていたのはあの大食い無敗の男にして、7番目の勇者シンであった。


遠目ではよく分からなかったが、近くで見るとその迫力は凄まじいもので、他の勇者にはない覇気すら感じられた。そんな彼が「勇者のスキル」の中で秀でた能力は「限界突破」。元々「勇者のスキル」のレベル上限は高いが、彼にだけはそのレベル上限が存在せず、また成長の早さは他の勇者よりも早い。


つまり、鍛えれば鍛える程に強くなる勇者であり、あのロイス以上に早くダンジョン攻略最前線にたどり着いた勇者でもある。


「あいつは大丈夫か?」


「え、えぇ、モイモイさんはちょっと疲れたみたいなので、今は僕のパートナーたちが医務室へ連れて行っています」


「そうか」


多くを語らずにそれだけを言うと、シンは徐に何か紙束を取り出し、すっとそれをトトマへと差し出す。


「あ、あの~、これは?」


「優勝賞品の食券だ。俺には必要ない。あの女に渡せ」


「え!?」


トトマはその紙束をよく見ると確かにギルドの食券の束であった。しかも、一人分ではなくパートナーの分までもがありそうで、それがあれば一年間トトマたちは食費に困らなくなる。金欠に悩まされているトトマにとっては非常にありがたい申し出であったが、ぐっと堪えると彼はシンを真っすぐ見つめ返す。


「・・・いえ、ご厚意はありがたいですが、それは結構です」


「ん?これが目当てで参加したんだろ?」


そんな怪訝そうな顔をして首を傾げるシンに対して、トトマは笑顔ではっきりと答えた。


「欲しくないかどうかと言えば、その・・・欲しいのですが、でも今回は仲間の団結ができたのでそれだけで十分です!」


「仲間・・・?」


シンの不思議そうな顔を見るに、トトマの言葉の真意は伝わっていないようであったが、彼は構わずに話を続ける。


「はい!なので、その食券はシンさんが貰ってください。でも、今度はこちらが勝って正式にいただきますので、次回もよろしくお願いします!」


「・・・く、あははは!」


そのトトマの言葉と屈託のない笑顔にシンは冷たい表情をゆがませると、天を仰いで笑った。


「ど、どうしましたか!?僕、何か変なこと言いましたか!?」


「い、いや・・・、ただこの俺に挑む者など久しくいなくてな。だからお前の言葉が阿呆らしくてな」


くくくっと腹を抱えて笑うシンにトトマは急に顔がかっと赤くなり恥ずかしくなった。先程は勢いで言ってしまったが、よく考えて見るとあのトトマの言葉は最強無敗の男に宣戦布告したようなものである。


「あ、いや、これはその!?」


「あー・・・、久しぶりに面白い奴に会えた。・・・お前、名前は?」


「え!?ト、トトマです・・・」


「トトマ、そうか・・・トトマか。よし覚えた!」


そう言うとシンは手にした食券をぐしゃりと雑にしまうと、くるっとトトマに背を向けて歩き出す。


「じゃあな、トトマ。次回は期待してるぜ」


「は、はい!シンさん、またどこかで!!」


「ん」


そう背中で語るとシンはすたすたと消え去っていった。


なにやら不味い人に標的にされたような気もしたが、トトマは少し嬉しい気持ちであった。


トトマが普通にダンジョンに挑むだけではおそらくシンには出会うことはなかったであろう。もし、トトマがシンに出会えたとしても、その時は彼からそこら辺にいる有象無象な挑戦者の一人としてしか見られなかったであろう。


だが、今回のモイモイの思い付きのおかげで、新たな出会いをし、トトマの人脈はまた一つ広がった。それはもしかしたら無駄な人脈かもしれないが、あの孤独感を味わったトトマにとってはかけがえのない大切な一つである。


その無駄のような一つ一つの出会いがトトマの勇者としての行く末を大きく左右することになろうとは、勿論、彼には知る由もない。


ただ、神のみぞ知ることである。

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