第21話 人形を連れた少年

『「俺は必ず親父を見つけ出す。

     そんで、あの馬鹿を殴ってやらなきゃ気が済まない!!」

                        機械少年の憤り』


「ふぅー、これで全部かな?」


ダンジョンの第二十八階層の降り口、番人攻略のための経路を確保するために、トトマたちはモンスターを退けながら先へ先へとに進んでいた。


『転送石』では、ダンジョン内の番人の間にしか移動することができないので、番人に挑む際は必然的に一つ前の番人の間から始まることとなる。それにおいて重要なのは当日の経路の確立である。ダンジョン内の形が変化する『変動期』を境にして、番人の間への経路を事前に確立させることにより、できるかぎり無傷で、万全な状態で番人に挑むことができるのだ。


「余裕☆余裕~☆」


「こちらも大丈夫です」


自分たちのレベルも上がったことと、スラキチやコクリュウというモンスターたちの助力もあるので、第二十一階層から第三十階層の間でトトマたちはもう苦戦することがほとんどなくなった。最初の番人であれほど苦労していたことが嘘のようであるが、これも仲間の成長のおかげだとトトマは改めて仲間に対して心の中で感謝する。


「た、助けてぇッーーーーーーーー!!??」


しかし、そんな順調にダンジョンを進むトトマ一行であったが、不意にどこからか助けを呼ぶ叫びが響いた。


その声に真っ先に動いたのはコクリュウであった。コクリュウやスラキチはトトマとそのパートナーの言葉しか理解することができないが、音としては他の人の声を理解できる。なので、コクリュウはその叫び声に含まれた恐怖を感じ取ると、即座に助けに向かったのである。


「皆、行こうッ!」


そんな一人飛び出したコクリュウに続いて、トトマたちも一斉に声のした方向へ向かう。すると、深い茂みを超えた先で一人の少年が何かを背に庇いながらもモンスターに囲まれていた。そのモンスターたちは、人間の子どものような大きさだが、手には挑戦者から奪ったであろうボロボロな剣や槍、先の尖った木の棒などを持っている。尖った耳に尖った鼻、意地悪そうな顔つきのアン・シーリーコートの中でもゴブリンと呼ばれるモンスターである。


ゴブリンが一匹でいるところを不用意に狙ってはいけないということは、ダンジョンについて書かれた本『攻略本』にも載っている、ダンジョン攻略の基礎中の基礎である。一見無防備に見えるようであるが、その周りには複数のゴブリンたちが息を潜めて隠れていることが多い。つまり、相手が一匹だと油断して襲い掛かる挑戦者を、逆にゴブリンたちは囲んで襲うのである。ゴブリンは好戦的な面もあるが、一方で勝ち目がないと分かると一目散に逃げだすという臆病な面もあり、冷静に対処さえすれば恐れることはない。


「モイモイさんは援護!オッサンはモイモイさんを守って!ミラは僕と一緒にあの子の救助!!」


「「「了解!」」」


即座に発したトトマの指示に従って、一斉に各自行動を始める。


『ぎゃあ!?なんだこいつら!?』


『この悪戯妖精どもがッ!!』


少年を囲んですっかり油断しきっていたゴブリンたち目掛けて、コクリュウは自慢のハルバードを横に一振りし、倒すまではいかないがその個々をバラバラに散らす。


「『ブレイブ・スラッシュ』!!」


『ぎゃああああ!!?』


そんなコクリュウが作り出した隙に乗じて、トトマは邪魔するゴブリンたちを蹴散らして進み、ミラが怯える少年の所まで行けるようにと道を切り開く。まさかの奇襲を受け怯むゴブリンたちであったが態勢を取り直すと、今度は仕返しとばかりに一斉に持っていた武器をミラや少年に向かって力任せに投げつけてくる。


「きゃあ!?」


『無駄だッ!!』


だが、ゴブリンたちの投擲攻撃に対してコクリュウはミラたちの前に立ちはだかると、元から大きいその体の上に、更に手を広げて大きくすると身を挺してミラたちを庇った。もし相手が普通の挑戦者であれば、ゴブリンたちの投擲攻撃はかなり有効な手段であったかもしれない。しかし、全身鋼鉄以上に固くて丈夫で貴重な金属で作られたコクリュウの体はそんな攻撃程度では傷一つ付くことなく、投げられた武器は無残にも跳ね返り次々に地面へと落ちていく。


「コ、コクリュウさん、ありがとう!」


『いえ、礼は不要。某の役目は皆の槍であり、そして盾であること!』


「かっこいい台詞だね、オッサン聞いてるかい?」


「ほどほどに~」


そんなトトマの注意にも似た発言にへへっと笑うオッサンの後方にて、長い詠唱を終えたモイモイは、密集して狼狽えるゴブリンたちの頭上目掛けて、握りしめた複数の小石を放り投げる。


「『小粒流星群プチメテオ』!!」


モイモイによって火の付加魔法のついたその小石たちはバラバラとゴブリンたちの頭上へと次々に降り注ぎ、それらが彼らの頭や体に触れたとたんパチパチと小爆発を発生させる。


『な、なんだ!?いたい!?いたいぞ!これ!』


その爆発の雨霰にワーワーギャアギャアとゴブリンたちは騒ぎだすと、一匹また一匹と茂みの奥へと逃げていった。別に殲滅する必要もなかったので、ゴブリンたちを追撃しようとするコクリュウを制止させると、少年たちの治癒を始めているミラの下へと向かう。


「君、大丈夫だったかい?」


「だ、大丈夫だ!その・・・ありがとう」


ミラの奇法のおかげもあり、少年は気は少し動転しているものの目立った外傷は無くどうやら無事な様子だった。


「それで、後ろの人は・・・ん?」


続いて、少年の後ろで横たわる女性の姿を見てトトマはどこか違和感を感じた。目を閉じ力なく横たわるその姿は普通の女性にも見えるが、何故かスラキチやコクリュウたちのようなモンスターに似た気配をトトマは感じた。


「・・・この人は?」


「あ!?そ、そいつは・・・」


焦る少年を他所に、トトマは横たわる女性に触れてみる。ひんやりとしたその肌はまるで死体の様で、生きている様子は全く感じ取ることができない。だが、「天性の感」の能力を持つトトマには仄かにではあるが彼女からマナを感じ取れた。


「えっと・・・この人は一体どういう・・・」


「あ、あの・・・そいつは・・・何と言うか」


トトマの質問に少年がしどろもどろしているうちに、他の皆もぞろぞろと少年とその女性の周りに集まり出す。誰もが不思議にその二人を見つめる中、少年は観念して口を開いた。


「じ、実は・・・そいつ”自律人形ドール”なんです」


「「「”自律人形”?」」」


聞きなれないその言葉にトトマたちは頭を傾げて同じ言葉を繰り返すが、一方で一人モイモイだけは驚いたような、また関心したような表情でその自律人形へと近づく。


「自律人形って言うと、魔科学によって作り出すあの自律人形かな?☆」


「え!?モイモイさん知ってるんですか?」


「ちょーっとね☆昔からお兄ちゃんから聞いたことがあったような、なかったような☆」


体内の貯蔵マナを利用して、火や風を起こすことは”魔法”である。一方で、大気中のマナを操り、傷を癒したり、悪しき物を除去するのが”奇法”である。


だがそれらとは違ってマナという力を使って物を動かすことを追求したのが”魔科学”と言われるものだ。魔法や奇法には少なからずスキルが必要であるが、魔科学にはそのスキルを必要とせず、ありていに言えば誰にでも使えるのだ。ただし、魔法や奇法以上に絶え間ない探求心と、マナを理解する学習能力が必要とされる上に、莫大な研究費用がかかるだけで大した成果を得られないことからも、魔科学は一昔前に廃れた技術でもあった。


「うーんとね☆確か自律人形って、マナがあれば自動で動くんだよね?☆」


まさかのモイモイの知識に少年も、トトマたちも目を丸くした。


「お、お姉ちゃん、魔科学を知ってるの!?」


「いやいや知ってるだけで、理解はできてないよ☆」


その答えは果たして謙遜なのか本心なのかは分からなかったが、モイモイはハハッと笑ってみせる。


「ということは・・・えーっと、ごめん、君の名前を教えてもらってもいいかな?」


「俺はカレル!カレル・チャベクって言います」


「カレル君か、僕はトトマ。それでカレル君、君がこの自律人形を作ったの?」


「あ・・・いや、こいつは・・・俺の親父が作ったんです」


トトマの質問にばつが悪い顔をするとカレルはそっと下を向いてしまった。その姿を見て、何か聞いてはいけないことを尋ねてしまった気がしたトトマは慌てて話題を変える。


「そ、そうなんだ!それでカレル君はこの自律人形とどうしてこんな場所に?」


「あ!そうだった!俺『魔獣の勇者』って人を探しているんだ!兄ちゃんたち何か知らない?」


「ま・・・」


カレルの純粋無垢な顔から発せられた驚くべき言葉にトトマは絶句してしまった。前に『参頭狼(ケルベロス)』とか言う変てこな三人組にその名を聞いて以来、トトマはギルドで会う人会う人からその名で恐れられていた。元からギルドで肩身が狭かったトトマは、その呼び名の所為でまた一層肩身が狭くなったのだ。


そして、その言葉を聞いてはわわと慌てるミラ、ニヤニヤと笑うモイモイとオッサン。そんな彼らにカレルはきょとんとした顔をしている。


「それで、その『魔獣の勇者』に会ってどうするんだ?」


嘆き落ち込むトトマの代わりに、オッサンは善意ではなくその様子を面白がってカレルへとそう問い掛ける。


「俺を『魔獣の勇者』の仲間に入れてもらうんだ!だから、この辺で『魔獣の勇者』を見なかった?」


「仲間!?ど、どうして?」


「どうしてって・・・それは兄ちゃんたちには言えないよ」


よっぽどの事情があるのか、カレルは黙ってしまって決してその理由を話そうとはしなかった。まさかこの少年が自分を探しているとは思いもしなかったトトマは何と答えるべきか頭を悩ませる。


「だそうだけど☆どうするのかな~?☆トトマ君☆いや『魔獣の勇者』様☆」


いつも以上に生き生きとした顔でそう問い掛けるモイモイに対して、トトマはその顔を恨めしそうにキッと睨む。だが、当の本人であるモイモイは嬉しそうな顔をしている。


「え!?兄ちゃんが『魔獣の勇者』なの!?」


「ま、まぁ・・・ね」


「魔獣の勇者」と自分で認めたくはなかったが、だがここで認めないと話がややこしくなるので、トトマは元気なくそう答えた。しかし、その返答にカレルはニヤッと笑みを浮かべると、次に声を上げて笑い始める。


「ぷ、あはははは!!兄ちゃん、冗談が下手だね!!」


「あ、あれ?」


「兄ちゃんは知らないんだろうけど、『魔獣の勇者』ていうのは目つきの鋭い筋骨隆々な化物みたいなでっかい男で、黒い鎧を着ている上に、爆発攻撃を使うんだ。しかもモンスターの大軍を引き連れているんだよ!」


「は、はぁ」


「魔獣の勇者」という汚名にも近い呼び名を気に入っているわけでもなかったが、そのような笑われたトトマは何処か腑に落ちない気持ちであった。それに、カレルの話は色々と混ざっており、少なくともトトマとコクリュウとモイモイがごっちゃになって一つになっているようでもあった。


「こういうのは何だけど、兄ちゃんは弱そうだもん!『魔獣の勇者』のような強い挑戦者には見えないよ!!」


「あ」


先程から小声でカレルの言葉を翻訳しスラキチに伝えていたミラであったが、その言葉を翻訳した後に彼女は後悔した。だが、後悔してももう遅い。ミラの腕に抱かれていたスラキチはもがもが暴れると彼女の腕からカレル目掛けて勢いよく飛び出した。


『この野郎!!兄貴を馬鹿にしやがってッ!!!』


「だ、だめッ!?スラちゃん!?」


「え・・・もがぁッ!?」


腹を抱えて笑うカレルに驚く暇も与えずに、スラキチはその顔にビタッと張り付くと彼を後ろへと押し倒す。


『兄貴は強い男だッ!それを弱そうとは、生意気なッ!』


「もごぉ!?もがぁ!?」


「あらら☆」


「凄い兄貴愛だな・・・」


「なに呑気に眺めているんですかッ!?二人も止めてくださいよッ!」


やっとのことでコクリュウの力を借りつつもスラキチをカレルから引き離すと、まだゲホゲホとえずく彼の背中を摩りながらトトマは優しく話しかける。


「ご、ごめんね!大丈夫?」


「ゲホッエホッ!?い、今のはスライム!?」


「あぁ、僕の仲間でスラキチって言うんだけど、たまにああやって熱くなるんだ」


「で、でも・・・兄ちゃんが『魔獣の勇者』なわけ・・・」


それでもなお納得がいかないカレルであったが、そんな彼に対して困ったものだと思ったのかコクリュウは不意にしゃがむと、その竜のような顔を彼に向ける。そんなコクリュウに何事かとトトマは不思議がったが、突然なこともあり何も口出しはしなかった。


「ゲホッ・・・ん?なに?」


『少年よ、これを見よ』


まだまだふらつくカレルの前に座ると、コクリュウは徐にその兜をぽいっと外した。本来人が中にいればあるはずの所に、あるものがなく、リビングメイルである体はがらんとした空洞になっている。


「!?」


『どうだ?少年よ』


コクリュウはその中身を見せ問い掛けるが、カレルはその光景にバタンと卒倒した。


「ちょ!?何やってんの!?コクリュウ!?」


『い、いや!某の体を見ればモンスターであると納得するかと・・・』


「それでカレル君を気絶させてどうするのさ!?」


見事に、魔獣の勇者とその仲間たちは助けた少年を気絶させてしまったのであった。


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「・・・ん・・・ん?」


しばらくした後、カレルはむくりと体を起こすとそこはダンジョンの外であった。どこかは分からないが、誰かの部屋の中、誰かのベッドの上で彼は横たわっていたのだ。


「あ、良かった~、目を覚ましたね」


カレルはまだ朦朧とした意識のまま横を見ると、そこには心配そうな顔をしたトトマがいた。他にもミラやモイモイ、オッサンも後ろで控えていた。


「ここ・・・は?」


「ここはもうダンジョンの外だよ。気を失っちゃったから、僕たちの宿まで連れてきたんだ」


「そっか・・・あ!?フランは!?」


ぼーっとした様子であったが、カレルはあの衝撃的な光景を思い出して覚醒すると、誰かの名前を叫んで辺りを見渡す。


「フラン?その自律人形のことかな?それならちゃんと一緒に連れて来たよ」


先程カレルと一緒にいた自律人形のことかと思ったトトマは、力なく椅子に座るフランを指差しそう答えた。その姿を見てほっと安堵するカレルの様子を見て、ミラは嬉しそうにニコッとほほ笑む。


「フランちゃんのことがよっぽど大事なんですね」


「ち、違うよ!?ただ・・・あのままだったら回収するのが面倒だと思っただけさ!!」


「ふふっ、でもちゃんと回収に行くんですね」


「あ!?いや、そ、それは・・・!?」


何とか言い逃れしようとするが、顔を真っ赤にしてカレルはもごもごと狼狽える。その様子から元気が戻ったことを安心するとトトマは自分のステータスをカレルへと見せた。


「最初からこうすればよかったね、ほら、これで僕が勇者であることがわかるでしょ」


「え、あ・・・本当だ!?」


カレルの目にはしっかりとトトマの名前と「勇者のスキル」の文字が写った。ということは「勇者のスキル」を持ち、モンスターを従えるこの男こそ噂とは違ったものの、彼の探した『魔獣の勇者』本人であったのだ。


「ということは、兄ちゃんが本物の『魔獣の勇者』!!」


「う、うん」


もやもやとする感情を押し殺してトトマは笑顔で答えると、カレルはバッと体を起こし、続いてトトマに対して深々と頭を下げる。


「『魔獣の勇者』さん!俺を仲間にしてくれ!じゃなかった、してください!!」


話がようやく元に戻ったのは良いものの、しかし未だに彼の動機がいまいち把握できていないトトマであった。


「カ、カレル君!?一旦落ち着いて、どうして僕の仲間になりたかったの?」


「それは・・・」


カレルはぐっと黙り込んでしまった。その姿は言いたくないというわけではなく、言いにくいことだと感じたトトマは急かすことなく、黙って彼が言い出すのを待った。


「親父を・・・親父を探すためだ」


「お父さんを?確か・・・あのフランを作ったていう?」


「そうだ、あの親父を見つけ出して・・・」


カレルは何処を見るわけでもなく顔をキッと上げると、ぎゅっと拳を握りしめ、怒りの顔で叫んだ。


「ぶん殴ってやるんだッ!!」


怒りに満ちたカレルの表情であったが、その瞳が少し潤んでいたことをトトマは見逃さなかった。


「おいおい~、そいつは穏やかじゃないな」


話を黙って聞いていたオッサンであったが、そのカレルの言葉にさすがに反応した。


「あの自律人形を作ってくれたんだろ?どうしてそんなことをするんだ?」


気楽な様子で語り掛けるオッサンであったが、そんな彼に対してカレルは怒りに任せて声を上げる。


「親父はッ!あいつは母さんと俺を置いて出て行ったんだッ!その所為で、その所為で母さんは死んだッ!!だから、俺はあいつを探し出してぶん殴るッ!!母さんの分まであの馬鹿野郎をぶん殴ってやるんだッ!!」


「・・・」


その胸の内を語り肩で息をするカレルをトトマはじっと見つめていた。そして、すっと目を閉じると意識を集中させ「天性の感」を働かせる。すると、カレルから感じるものは怒りだけではなく、周りは激しい怒りによって覆われているが、その奥には寂しさのような何かを感じ取った。


「カ、カレル君、それ・・・」


「カレル君、じゃあなんで僕の仲間になろうと?他の勇者ではなくてどうして僕を選んだのかな?」


何かを伝えようとしたミラの前にすっと手をかざして遮ると、トトマはカレルを見つめて真剣にそう尋ねた。


「そ、それは・・・仲間を探してるって聞いたし、それに傍若無人って噂だったから俺の目的を聞いても同意してくれるかな・・・って」


確かに、実の親を殴る目的の少年をパートナーにする勇者はいないだろうし、この少年のようにあまり実力のなさそうな若者をパートナーにする勇者や挑戦者はまずいないであろう。パートナーは慈善活動で契約するものではない、互いに共通理解し、互いに利益があるからこそ契約するのである。それは契約破棄され、何度も断られ続けたトトマには痛いほど分かっていたことでもあった。


でも、だからこそ、断られた時の苦しみや悲しみも分かっている。カレルのお願いを断れば彼がどう思い、どう悲しむのかはトトマには手に取るように分かった。


「お、お願いだよ、『魔獣の勇者』さん!!」


そんな潤んだ瞳をして懇願するカレルを見て、トトマは決心すると口を開いた。


「駄目だ」


「え・・・」


トトマはカレルをじっと見つめると強く否定した。つまり、彼の願いをトトマは断ったのだ。


「ト、トトマ様!それはあまりにも」


そんなトトマらしかぬ言動に驚き、バッと立ち上がろうとしたミラであったが、そのの肩をポンと叩いて彼女を制止させると、モイモイは静かに首を横に振った。


「ミラちゃん☆ここはトトマ君に任せて☆」


「モ、モイモイさん・・・でも」


「大丈夫☆大丈夫☆トトマ君は私たちの勇者なんだから☆」


「・・・」


そんなミラの心配を理解しつつも、トトマは黙ってカレルだけを見つめる。彼がどう言い返すのかをトトマは待っていた。


そして、カレルは泣き出しそうな、悔しそうな苦い顔をトトマへと向ける。


「だ、駄目って・・・それは俺が弱いからですか。何にも役に立たない子どもだからですか!!俺はこれから強くなります!!言われれば何でもやります!!だから・・・だから!!」


「・・・」


そのカレルの嘆きのような言葉の数々にトトマは悲し気な表情でただ首を横に振る。


「じゃあ・・・じゃあ何でッ!?」


「君の目的が復讐だからだよ」


「な!?」


驚いた唖然とする表情を見せるカレルに対して、トトマは淡々と話を続ける。


「カレル君とお父さんとの間に何があったのかは分からないし、それがカレル君の言う通りなのだとしたら、確かに悲しいことだと思う。でも僕は君の復讐を手伝うことはできない。というよりは君の人生をそんな辛いものにはしたくないんだ」


「つ・・・辛い?」


トトマの言葉の意味を上手く理解できないカレルはそれ以上言い返すことができなかった。それに、彼自身父親に復讐することを辛いとは感じていなかったのだ。


「そ、そんなことはない!!親父を殴って、謝らせて、俺たちにしたことを後悔させることの何が辛いって言うんだ!!」


「じゃあ!!」


叫ぶカレルに対して、トトマも負けじと叫んでそう言った。そんな珍しい姿を見せるトトマに彼のパートナーたちは驚き、またカレルも同様に言葉を失う。


「もし、カレル君の父親が見つからなかったらどうする?」


「え・・・」


「何年も、それこそ何十年も探して見つからなかったとしたら。ずっとずっと、恨んで憎んで苦しんで、それで見つけた時にはその父親が死んでいたとしたら。君の長年ため込んだ感情はどうなる?どこに吐き出すんだ?」


トトマは悲しい表情でカレルを諭すように語り掛ける。


「く、苦しく何てない!!親父がいなくなって、母さんが死んで!!あの日から数年間ずっと復讐してやろうと思ったけど、苦しいことなんて一度もない!!もしあの馬鹿が死んでたら死んでたで、それなら笑ってやるさッ!!」


「ッ!!」


すると、その言葉に、そしてその姿に我慢できなくなったミラは叫ぶカレルへ駆け寄ると、その小さい体をぎゅっと抱きしめた。小さなミラの腕が回る程に小さいその体をミラは強く優しく抱きしめた。


「な!?お、お姉ちゃん!?いきなり、どうしたの!?」


「もういいんです!もういいんですよ、カレル君!!」


「もういいって、な、何を言って・・・」


ミラに抱きしめられながらも困惑するカレルにトトマは優しく問い掛ける。


「カレル君、苦しくないなら、悲しくないなら・・・、その涙はどうして流れているんだ?」


「え?・・・涙?あ、あれ・・・」


カレルはその瞬間ポロポロと泣いている自分に気が付いた。そっとその頬に手を当て確かめると、確かに温かい涙がとめどなく流れていたのである。


「あ、あれ・・・おかしいな、おかしいな」


瞼をこすっても、涙は一向に止まらない。むしろ、ぎゅっと優しく抱きしめられたミラの温かさに、その彼女から流れる優しい涙に、彼ももっと涙が溢れてくる。


「カレル君、僕は君に復讐だけを考えて、悲しんで、そうやって泣き続けるだけの人生を歩んでほしくない。人生には楽しいことがたくさんあるんだ。それなのに、それを知らずに悲しみや苦しみしかない、辛い人生を君に送ってほしくはないんだ」


「お、俺は・・・俺は」


カレルは父親と母親に愛されて育った普通の少年であった。だが、突如として父親がいなくなったことをきっかけにその生活が変わってしまった。父親がいなくなって、母親が病気で死んで、その所為で彼は父親を憎んだが、本当の気持ちはそんな怒りではなかった。その怒りに包まれたそれは、見ないように考えないように蓋をしていたその感情は、悲しみだったのである。


カレルは本当は悲しかったのだ。


愛する父親と母親の二人が一遍に自分の前から消え去り、その事実にただ悲しいと思っていたのである。だが、悲しむだけでは彼のまだ若い心は押しつぶされて壊れてしまう。だから、彼はそれを怒りで押し固めた。その悲しみに押しつぶされぬように、彼は内から燃え上がるような怒りで自分の心を守ろうとしただけなのだ。


そして、その怒りは形を変え、今は復讐となって彼の心を支配してしまったのであった。


しかし、そんな涙を流すカレルの姿を見て、復讐だけを考え自分の本当の感情を殺していないことを察すると、トトマは空いた彼の右手を優しく包んだ。


「カレル君、一緒にお父さんを探そう。探して本当のことを聞いてみよう。だから、泣いてもいいんだよ。僕たちはもう仲間なんだから。弱いところも補えるのが仲間なんだよ」


「あ・・・あ・・・あ」


その後、カレルは思いの限り泣いた。


自分が今どんな顔をしているのかなど考えずに、ただ塞ぎこんでいたその純粋な気持ちに任せて泣いた。


今まで泣けなかった所為で溜まった涙を全て流し、今まで言えなかったことを全て吐き出した。


大好きだった母親、同じく大好きだった父親へ向けた、今まで誰も聞いてくれなかった言葉たちを吐き出し、それを仲間であるトトマたちは受け止めた。


そんなカレルの様子を見て、トトマはその小さな手をぎゅっと握ると彼をパートナーにすることを決心し、同時に彼の父親を必ず見つけ出すことを誓ったのであった。


そして、この一人の少年がもたらしたその父親を巡る物語が、この世界の根底、果ては真理に辿り着く物語になろうとは、今のトトマには知る由もない。


その結末は、ただ神のみぞ知る。

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