第20話 ダンジョンに忍び寄る脅威

『「おらこんな湖は嫌だ。早く故郷にさ帰りてぇ。」

                        謎の魚型モンスターの嘆き』


「ム、ムンナギ!?」


物静かな場所にある透き通った湖の水辺にて、ダンジョンにのみ存在するという貴重の食材「伝説の七つ星」の一つ、幻の魚「ムンナギ」を追い求めるトトマたちの目の前に現れたそのモンスターは、確かに「ムンナギ」の噂通りの魚ではない見た目をしている。


『むんなぎ?おいらはただのサハギンのギンだ』


しかし、意外・・・ではなく、当然のことながら、そのモンスターはムンナギではなかった。まさしく、半分魚、半分人のその姿は、あまりこの階層では見かけないサハギンと呼ばれるモンスターであった。


『てか、おめぇら挑戦者でねぇか!?』


言葉が通じたので同じモンスターかと思い、安心してひょっこりと出てきたギンであったが、そんなギンを待ち構えていたのはずらりと並ぶ挑戦者たちであった。トトマたちを見たギンは慌てた様子で湖に引き返そうとするが、それをトトマは呼び止める。


「ちょ、ちょっと待って!?」


『ん?んん?おめぇらはおいらの言葉が分かるのか?』


「まぁ・・・僕だけだけどね」


トトマはちらりとインディとキティを見つつもギンにそう答えた。案の定インディたちはポカンとした顔をしている。


「ギンさん?にちょっと聞きたいことがあるんだ」


『聞きたいこと?なんだそりゃ?』


トトマたちに敵意がないことは伝わったのか、それとも話せる挑戦者に興味が湧いたのかは分からないが、ギンは湖の奥底に戻るのを止めてトトマの話に付き合い始めた。


「さっき言った『ムンナギ』って呼ばれている、魚ようなそうじゃないような珍しいモンスターって知ってる?」


自分で言っておいて随分と変なことを訊ねているなとトトマは思いながらも、水の中に住むモンスターであればこそ知っている情報があるかもしれないと考え、試しに質問を投げかけてみた。


しかし、当然のことながら、ギンは首を傾げた。


『むんなぎ・・・う~ん、聞いたことないし、おめぇさんの言うような変てこな奴は見たこともないねぇ』


「だよね・・・」


そんな二人だけで会話をする様子をずっと眺めていたインディであったが、居ても立っても居られずに、トトマの下へと飛び込むようにして駆け寄る。


「ト、トトマ君!?君はさっきから何をぶつぶつと言っているのかね?ま、まさかこのサハギンと話していたなどとは言わないだろうね?」


「その・・・まさかです」


「ば、馬鹿な・・・ありえない!?生物学的にありえない!?」


トトマはモンスターと会話できる能力のことは気味悪がられたら嫌だと思っていたので、インディたちには黙っていた。しかし、その事実が露見した今、インディは気味悪がると言うよりも、むしろ驚き、そして落ち込んでいる様子であった。


『おいおい、どうしたんだ、そのおやじさんは?』


「さ、さぁ・・・?」


インディの落ち込み具合はモンスターであるギンですら気遣うほどであり、心配に思いつつもインディが自分の能力に対してどう思ったのかが分からないトトマには話しかけようもなかった。


「トトマ君!!」


「は、はい!?」


すると、インディは何やら気持ちの整理が付いたのか、急にバッと顔を上げる。しかも、その表情は真剣そのものである。


「私は、長年モンスターに関して研究をしてきた」


何故かいきなりインディの自分語りから話が始まったが、トトマは大人しく話を聞く。


「何故私がモンスターに興味を持ったのかと言えば、その不思議な生態系に惹かれたからでもある。だがしかし、本当に根底にあったものは・・・あったものは、何だか分かるかね?トトマ君!!」


「い、いえ・・・」


「それは、会話だよ!!意思疎通!以心伝心!!私は同じ生き物であるモンスターと話をしてみたかったんだ。人とは違う見た目をすれども、同じ命を持つ者同士、何を思い、何を考えているのか!それを!!私は子どもの頃から疑問だったのだ・・・」


要するに、トトマの能力が羨ましいといった感じのことを数分にかけて述べた後、インディは再びキリッと真剣な面持ちになると、トトマに頭を下げる。


「ど、どうしたんですか!?インディさん!?」


「頼む!トトマ君!!君の力が本物であると言うなら、この私にこの彼の思いを伝えてはくれまいか!!」


それは研究者としてなのか、はたまた自分の夢を叶える為なのかは分からなかったが、そのインディの必死な思いはトトマにしっかりと届いた。なので、トトマもしっかりとそれに応える。


「分かりました。では、ギンさんに何を伝えたら良いですか?」


「そうだな・・・まずは、私の名前からだな」


こくりと頷くと、トトマは再びギンと向かい合う。


「あー、ギンさん。この人はインディさん、凄く有名な生物学者なんだ。あと、ちなみに僕はトトマよろしく」


『おうさ、よろすくな』


何気ない挨拶から始まった人間とモンスターとの異種間交流であったが、そんな変てこな様子をキティは手にした短槍を下げ、少しつまらなそうに眺めていた。


「なんだ~、ムンナギじゃないのか。それにトトマ君、何かモンスターと話ができるって言ってたけど本当かね?」


トトマの言うことをあっさりと受け入れたインディと違い、キティは未だに半信半疑であった。しかし、そんな彼女対しブルースはふっと笑う。


「お嬢ちゃん、あれは本当だにゃ。あの坊主、本当に会話ができてやがるにゃ」


「嘘~!?」


「あぁ、俺も一応モンスターだからにゃ、あのサハギンの言っていることは分かるにゃ。だが、確かに坊主はしっかりと言葉を返してやがるにゃ・・・」


「はぁ~、流石は勇者様って感じだね」


トトマの意外な能力に素直に感心するキティであったが、そんな彼女の横でブルースは荷物を下ろすといそいそと何かの準備を始める。


「ブルースにゃん、どうかしたの?」


「ん?いや、せっかく良い釣り場があるのでにゃ」


説明しながらもごそごそと作業を続けるブルース。キティが見守る中、徐々に出来上がっていったそれは釣り竿であった。トトマとインディがサハギンと話をしている間の時間を無駄にしないためにもと、ブルースは目の前に広がる湖で釣りをしようという魂胆であった。


「釣りでもして時間を潰そうかと思ってにゃ」


「ふ~ん、なら私も釣りしよっかな?」


どうせやることないしと考えたキティが何気なくそう言うと、その横からスッと釣り竿が差し出される。


「そう言うと思ってにゃ、準備しておいたにゃ」


「さっすが~!ブルースにゃん、ありがとね!」


ブルースはその小さい手で釣り竿をキティに渡すと、一人悠長に湖に歩き出す。また、キティも釣り竿を手に入れると、陽気な気分でブルースの後に続き、一人と一匹は仲良く寄り添って釣りを始めた。


一方、サハギンと話す勇者と学者の二人は、というかそのうちの一人は大いに盛り上がっており、もう当初の予定だった「ムンナギ」のことはとうに忘れ去り、今はダンジョン内のモンスターの生態の話で盛り上がっていた。


「ということはだ!やはり、モンスターにも住処があるんだな!!」


『あったり前よ!おいらの本当の住処はここより大分下の階層だべさ!!』


そうに賑やかに会話するサハギンのギンとインディであったが、その間でトトマは一所懸命に両者の言葉を翻訳していた。トトマ自身の疑問を問い掛ける余裕はなく、彼は話を訳し、その話の盛り上がりを聞くので一杯一杯であった。


「なら、どうしてギン君はこんなに上の階層まで来たのかね?というか、そもそも階層間の移動に問題はないのかね?」


『んん、階層の移動なら、ずいぶん楽になったもんだべ。おめぇさんたちが番人を倒してくれたお陰で上の階層に行きやすくなったべよ』


何気なくそう答えたギンであるが、トトマは自分でそのギンの言葉をそのまま伝えつつも、その回答にはインディ同様に疑問が残った。


ギンの話によると、彼はダンジョンの第二十七階層より下の階層から来たらしいが、その大きなきっかけになったのが番人がいなくなったことであったらしい。確かに、勇者が番人を倒さねば挑戦者がその先に進めないように、モンスターも番人がいるとその上の階層へと行けないというのはあり得ない話でもない。


だが、それが本当であるならば、何やら恐ろしい事実が浮かび上がってくる。


「でも、ギンの言うことが本当なら・・・僕たちがやっていることは危険を伴う行為なんではないでしょうか?」


ギンではなく、インディ相手にトトマはそう尋ねると、同じことを思っていたのかインディも少し悩んでから口を開く。


「ダンジョン攻略と言うのは危険が付き物だ。下の階層に行くにつれて貴重な素材も増えるわけだし、トトマ君、そこは悪い面もあれば良い面もあるさ。別に勇者の行動が悪いということにはならないよ」


インディはトトマの心配を察すると、不安げな表情をする彼の肩をぽんぽん優しく叩きながら諭した。だが、インディは何か他に思うことがあるのか口には出さなかったが、その顔には少しの曇りがあった。


「まぁ、話を戻そう。それでギン君はどうして上の階層に来たのかな?」


『そうだ!そうだ!!聞いてくんれよ!!』


気を取り直して、トトマがインディの言葉を訳すと、突然ギンは前のめりになりながらも話を続ける。


『そんれがよ!最近「荒らしモンスター」が増えだしたんだべ!!もう、そいつらのおかげでおいらの居たお気に入りの場所がもうめちゃくちゃにされたんだべさ!!』


「荒らしモンスター」という言葉はトトマたち挑戦者には聞き馴染みのない言葉だったので、思わず聞き返すと、ギンは怒り交じりに説明してくれた。


モンスターの中には同じ個体でも特別に力の強いものが出現することがある。それは、以前トトマたちがコクリュウやリビングメイルと協力して倒したスケルトンナイトなどで、挑戦者の間ではそれは強個体と呼ばれていた。しかしギンの話では、その強個体とは別の何かしらの意図を持ったモンスターが度々現れるようになったらしく、そんな奴らを「荒らしモンスター」と呼称しているそうなのだ。同じ個体同士で群れるのではなく、多種のモンスターたちが集まって何やら企んでいるらしく、そのモンスターたちによってその他の様々なモンスターが被害に遭っているそうだ。一番の被害は住み慣れた良い住処を明け渡すように脅されることであり、応じない場合は強制的に追い出されるのであった。そして、ギンもその被害者の一人であったらしく、仲間たちと住んでいた場所を追いやられて、仲間と散り散りになったギンは一人ここの湖に辿り着いたようだ。


ギンの語った以上の話はにわかにも信じ難いものであった。だが、涙ながらに語ったギンを見てそれが演技だとも思えなかったトトマたちは素直にギンの話を信じた。


『そういや~、あいつら何か言ってたべな。「じくす」がどうとか「けもの」がどうとか言ってたような?』


ギンは加えてそう補足説明してくれたが、更に話をややこしくさせるだけであった。だが、せっかくなのでと今のギンの話を訳そうとしたトトマであったが、そんな彼の目に何かが飛び込んでくるのがちらりと見えた。


『兄貴~~~~~!!!!』


「ぐもばぁッ!!??」


そんな聞き覚えのある声と同時に、トトマの横腹目掛けて何やらぽよぽよとしたものが突っ込んできた。


驚くギンとインディをさておいて、トトマに激突した何かはそのまま彼を横倒しにすると喜びの抱擁と言わんばかりに、べったりとその体を彼に纏わせた。


「スラキチ!?」


『兄貴、生きてて良かったよ~!!』


むぎゅ~とトトマの胸で潰れるのは少し懐かしのスラキチであった。


「トトマ様!?ご無事でしたか!!」


「やっほ~、トトマ君☆探した探した☆」


「勇者様ぁ~、大丈夫ですかぁ~」


『トトマ殿!心配いたしました!!』


スラキチに続き続々と現れたのは上の階層で強制的に別れたトトマのパートナーたちである。皆はトトマの無事に安堵し、またトトマもその皆の顔を見てほっと胸を撫で下ろした。


「皆、良かった!!無事だったんだね!!」


べったりと張り付くスラキチを引き剥がすと、トトマはミラたちを受け入れ喜んだ。そんな感動的な再開を果たしたトトマの横で、インディは一つ咳ばらいをする。


「ご、ごめんなさい!皆、こちら命の恩人のインディさん!!知っての通りあの有名な生物学者さん」


紹介をしてもらうとインディは帽子を脱いで挨拶をした。だが、その顔に驚いたのはオッサンだけであり、女二人、モンスター二匹は「へー」とだけ言った。


「それで、あちらが・・・ってあれ?キティさんは?」


インディに続いて、キティとブルースもトトマは紹介しようとしたが、先程までいたはずのキティは忽然とその姿を消していた。


「あれ?ブルースさん、キティさんはどちらに?」


「ん?にゃにゃ!?先程までそこにいたはずだが・・・」


「おやおや、また迷子かね・・・」


近くにいたはずのブルースでさえ気が付かないほどに、キティは突然にそして静かにその姿を消してしまったのだ。一方、いなくなったキティを探すトトマの傍らで、ミラやモイモイはケットシーであるブルースに興味津々であった。


「か、可愛いです・・・」


「持って帰っちゃう?☆」


「おいおい、お嬢ちゃんがた、あまり気安く触るんじゃにゃいにゃ」


あまり怖くない、むしろ可愛さ引き立つ口調でべたべたと触る二人を注意するブルースであったが、その横でスラキチは少しぷりぷりと嫉妬していた。


『俺っちも可愛いぞ~!こんちきしょ~!!』


『・・・お前はそれでいいのか?』


結局、その後トトマたちはキティを探し回ったが、ひょっこり現れることもなく彼女はその姿を晦ました。また、幻の魚「ムンナギ」に関する情報もなく、トトマのパートナーたちが見つかったということもあり、今回の「ムンナギ」捜索は一時中止となった。だが、インディは大して落ち込んだ様子はなく、寧ろギンと話せたことの方が大いに嬉しかった様で、トトマたちとの別れ際までずっと再び会ってトトマの能力について詳しく話を聞かせてくれるようにとお願いしていた。


トトマは念の為、というか大分期待を込めてブルースにパートナー契約をお願いしてみたが、あっさりと断られてしまった。


「そうかにゃしむにゃ。もし、坊主が『伝説のにゃにゃつ星』を探すと言うにゃら、ダンジョンの何処かできっとまた会えるにゃ」


ブルースはそうかっこよく決めると、颯爽とダンジョンの奥へと消えていった。トトマは少し残念ながらその背中を見送ったが、そんな彼よりも何故かミラやモイモイの方がブルースとの別れを至極悲しんでいた。


かくして、「ダンジョン穴」から始まり「荒らしモンスター」で終わったトトマと奇妙なものたちの珍道中であったが、そこで出会った彼らとは再びどこかでまた会えると、トトマには何故かそんな言い知れぬ予感があった。


しかし、この「天性の感」が引き寄せる出会いは、トトマに、そしてトトマの周りの人間に対して良い出会いになることもあれば、悪い出会いなることもあることを忘れてはいけない。


果たして、この出会いはどうなるのか。


それは神ですら知る由もない。

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