第22話 第三十階層 “許されざる罪人の花嫁”戦
『「夢を見て、覚めてはまた同じ夢を見る。
なら、現実とは一体どちらにあるというのか。」
健気な聖職者の残した思い』
「皆、準備はいいかい?」
魔階島ダンジョン第三十階層、番人の間の扉の前、その黒い霧ヶがかかった扉を前にしてトトマは振り返るとパートナーたちに確認を取る。
「もちのろん☆」
「はい!」
「いつでもいいですぜ~」
各々返事をした後に、その後方にちょこんと立ち尽くすカレルを見つめる。
その体は小さく震え、カチコチと強張っているのが目に見えて分かる程であった。
「カレル」
「は、はい!?」
「緊張しなくていいからね、今回はオッサンの後ろにいるだけで大丈夫だから」
「わ、分かってまふ!!」
今回の番人討伐の作戦において物理主体のオッサンの出番はおそらくなく、そのため彼の主な仕事は初陣であるカレルの護衛であった。カレルはまだまだレベルが低い上に、番人と戦ったことのある経験など勿論無い。普通に考えれば、戦力にならないカレルはダンジョン外に置いてくるべきなのかもしれなかったが、彼の強い要望とトトマの判断でカレルを連れて行くことになったのだ。
そんなカレルの護衛を任されたオッサンであったが、彼はニヤリと笑いながらも、安心させるためか小さく震えるカレルの頭をぼんぼんと叩く。
「ま、安心しな。素面の内は守ってやるからよ」
「お、おう。任せたぞ」
『何だ何だ?ビビってんのか?』
すると、そんなカレルの様子を見て、スラキチは嬉しそうにぽよんぽよん跳ねる。
「う、うるさいぞ!?スライム!!これは・・・そう、武者震いだ!!」
『何を!?お前は兄貴の下の俺っちのさらに下なんだからな!言葉を慎めってんだ!!』
「何だと!?お前も今回役目なしだろうが!このスライム饅頭が!!」
トトマは急ににぎやかになったパーティに以前にはない温かみと喜びを噛みしめつつも、番人攻略に向けて気合を入れなおすと、彼はその黒い霧がかかった扉へと進む。
「じゃあ、行くよ!『開錠』!」
そして、トトマは手をかざすと、するっと黒い霧を抜けて番人の間の中に入り、パートナーたちも続々とその後に続く。
魔階島ダンジョン第三十階層番人 “許されざる罪人の花嫁”
「う、うわぁ・・・」
相変わらずふよふよと浮遊しているだけの番人であったが、その姿を見てカレルは驚嘆した。普通の挑戦者では見ることのできない番人の姿に言葉なく、彼はただただ見つめるだけであったが、その心中は恐怖ではなく、わくわくと少し興奮していた。
「・・・やっぱりあちらからは仕掛けてこないね」
一応念のために番人に対して警戒していたトトマたちであったが、やはりこの番人は襲ってくる気配はなく、同時に他の番人のように話しかけてくる気配もなかった。
「では、作戦通りに。モイモイさんと僕が魔法を中心に攻めて番人の体力を削ります。ミラは念のために奇法で障壁の準備。オッサンとカレルは更に後方で待機。スラキチとコクリュウは緊急事態の際に応戦、以上」
落ち着いた様子で指示を告げた後、トトマは一人番人の後方へぐるりと周ると、タイミングを合わせてモイモイと同時に詠唱を開始する。
「『魔よ、来たれ、天に輝く星々の、散り行く夢を集めて束ね、煌めき輝く剣を成し、我に仇なす敵を討て』」
「『謳えよ謳えよ、轟々と猛れ、その身に雷纏わせて、行く手を阻む愚者を蹴散らし、天の力を指し示せ、我は詠み人汝は武人、その武の御心我に示せ』」
握りしめた火の剣に全身のマナがどんどん蓄積されていくのを感じながら、自分の出せる全てを出し切ったところで、トトマはその剣を天に掲げて大声で叫ぶ。
「『
「『
浮遊する番人に向けて、トトマは光の属性を持つ魔法を放ち、モイモイも同じく光の属性を付与した短剣を投げつけた。すると、ダンジョンの天井から無数の光が差し込んだかと思えば、その一つ一つの光の線は見る見るうちに形を変え、神々しい剣へと姿を変えると番人目掛けて降り注ぐ。数多の光の大剣が番人を刺し、その体を宙に張り付けにすると、今度はモイモイの作り出した光の大矢が番人の間を揺らす程の轟音と共に番人のその体を一瞬で貫いた。
「・・・やったか!?」
一方で、先程の魔法で全身のマナが底を突き、トトマはその場にガクッと膝をついたが、なんとかその顔だけを上げて番人の様子を確認する。モイモイの放った光の大矢が番人を貫通して番人の間の天井までをも打ち砕いたために、もうもうと立ち込める土煙がその行方を隠しているが、トトマは確かな手応えを感じていた。
それに、この一連の流れで番人を倒すことができなくても、「薬師の勇者」ブラックから譲り受けた、体内のマナを回復させる貴重な道具『エーテル』がまだ残っている。なので、それらを服用すればトトマにはもう一度先程の魔法を使えるだけの余裕があった。
(念のために・・・)
トトマは横目で番人の方を見つつも、ポーチから『エーテル』を取り出すために手を伸ばす。だがその瞬間、突如として立ち込める土煙の中から今までに聞いたことのない何者かの絶叫が番人の間中に響き渡った。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!!!!!!!』
「な、なんだッ!?」
あまりのその音の大きさに思わず耳を塞ぎ、その場に釘付けになるトトマたち。そして、次の瞬間、立ち込める土煙の中から弱らせたはずの番人がトトマ目掛けて飛び出してきた。しかも、その姿以前のような大人しい花嫁のような姿ではなく、手にした杖をやたらと振り回す、まさに荒れ狂う”狂人”と化していた。
『アアアアアアアアアアァァァァァ!!!!!!!』
「ぐぅッ!?・・・がぁッ!?」
その番人の絶叫により苦しみつつも、危険を察したトトマは後ろへサッと下がった。だが、地面を抉るように杖を打ち付けた番人の攻撃によるその衝撃を受け、彼の体は紙のように無残にも吹き飛ばされる。
(し、しまった!?『エーテル』が!?)
何度か転げ回った後に、トトマは剣を突いて立ち上がるが、飲もうとしていた『エーテル』は先程の衝撃によって砕け散り、その中身をぶち撒けてしまっていた。そんな彼の失態を知ってか知らないでか、番人は手にした杖を大きく振りかぶると再び彼に対して追撃を仕掛ける。
「ま、不味い!?」
荒れ狂う番人の次の一撃は今のトトマにはとても避けられそうにない。だが、盾で受けきれる自信もなく、当たれば今の彼の体力では死は確定であった。しかし、何もせずにはいらず、彼は何とかなるという奇跡を信じ、手にしたその盾を構えて攻撃の衝撃に備える。
ガッッッキィン!!!!
番人の間中に金属同士を強く打ち付ける凄まじい音が響いたが、その音はトトマの盾から発した音ではなかった。それは、トトマに番人の攻撃が振り下ろされる寸での所で庇い立った、コクリュウの手にするハルバードがその一撃に耐えた音であった。
「コクリュウ!?」
『大丈夫かッ!トトマ殿!!』
「す、すまない!!助かった!!」
『なんの・・・これが某の役目なればッ!!!』
コクリュウはグッとハルバードに力を込めると、番人の一撃を無理やり強引に押し返した。
『兄貴ッ!!おおおぉぉぉぉぉ!!!「スライム・インパクト」ッ!』
そして、コクリュウが番人の体勢を崩した隙を突き、続けざまに、物凄い勢いで駆け寄ってきたスラキチが今度は捨て身の攻撃を番人へと仕掛ける。
ドッゴン!!!
物理的な攻撃が効かなかったはずの番人であったが、スラキチがぶつかった衝撃で鈍い音を立てながらも地面へ大きく倒れた。そして、幸運なことにそこに大きな隙が生まれた。その好機を見逃すことなく、トトマはコクリュウとスラキチと共に一旦態勢を整えるためにミラたちの下へと駆け出す。
「ありがとう、二人とも!本当に助かったよ!!」
『なんの此れしき』
『へへっ!兄貴のためならお安い御用ですよ!!』
「ト、トトマ様!?良かったご無事で・・・回復を致しますのでこちらに!」
「頼む、ミラ。悪いけど、オッサンとスラキチは交代、スラキチはカレルを守ってやってくれ。オッサンとコクリュウは迎撃準備。モイモイさん、『エーテル』は?」
「うい☆もう飲んだからさっきのもう一回いけるよ☆」
「申し訳ないけど、僕のは無くなってしまったからモイモイさんの一撃が頼りだ。皆でモイモイさんのために時間を稼いで、隙を作ろう!!さっきのをもう一回当てれば奴に勝てる!!」
「「了解!!!」」
トトマの指示を受けた後、オッサンとコクリュウは皆の前に並び立つ。オッサンはゴキッゴキッと首を鳴らすと手にした大盾を構え、コクリュウもハルバードを一振りすると片手でそれを構えなおす。そんな彼らの前で番人は悠長にもゆっくりと体勢を整えたかと思えば、先ほどよりも勢いを増してトトマたちへと襲い掛かる。
「コクリュウ、俺があいつの攻撃を防ぐからお前が迎撃担当だ!」
『承知した』
「行くぞッ!」
少しでも、トトマたちから距離を離すためにオッサンは番人に向かって駆け出すと、その襲い来る杖に対して手にした大盾を打ち付ける。
「『スクエア・シールド』!!」
番人のただの力任せな一撃をオッサンは大盾にマナを集中させて防ぎきる。だが、番人の攻撃はただの一撃だけではない。番人は、威力を抑えて手数で攻めるようにしたのか、何度も何度も杖を狂ったように振り回す。
『アアアアアアアアアアァァァァァ!!!!!!!』
「ぐッ!?随分とやんちゃになってまぁ!!」
余裕打って無駄口を叩いてみるオッサンであったが、番人の猛襲はビリビリと彼の体に響き渡り、どんどん彼の体力を消耗させていく。激しい攻撃の嵐に晒され、限界を感じ始めたオッサンであったが、そんな彼の耳に番人の叫びに負けないぐらいのトトマの声が響いた。
「オッサン、今行きます!!!」
「遅いですよ、勇者様ッ!!!俺が持ちこたえた分、思いっきりぶちかましてください!!!」
そのオッサンの叫びと同時に、ミラによる回復を受けたトトマは全力で駆け出す。すると、その姿に気が付いたコクリュウはすっとその身を屈め、自分の右手を地面の上に付けてトトマを受け入れる準備に入る。
『トトマ殿ッ!乗ってくださいッ!!』
「あぁ!助かるッ!!」
そんなコクリュウの動きの意味を察すると、トトマはコクリュウの掌に右脚を掛け、それと同時にコクリュウはその勢いのまま彼を天高く投げ飛ばす。そして、コクリュウ自身はハルバードを構えると、上空を跳ぶトトマに合わせて地面を這うように番人へと接近する。
だが、その動作に気が付いたのか番人はオッサンへの攻撃を止め、今度は天を走るトトマへと視線を向ける。そんなトトマは宙に浮いており、彼は番人の攻撃を避けることはできない。下手すれば死ぬかもしれない場面であったが、トトマは仲間を信じて剣を構える。
そう、彼女なら、モイモイならこのタイミングで仕掛けてくると信じて。
「『
そのトトマの信頼に応えるかのように、モイモイが作り出した高速の光の大矢は轟音と共に放たれる。そして、光の大矢は番人の杖を腕ごと吹き飛ばし、トトマへの降りかかる攻撃を見事に阻止した。それと同時に、コクリュウは地面を這わせるようにしてハルバードを振り上げると、腕を無くして叫ぶ番人へと更に追い打ちをかける。
『「竜撃・牙」!!』
ザンッと番人を勢い良く下から斬り上げ最後の隙を作り出すと、そんな仲間たちの意思を繋いで天高く飛翔したトトマは手にした剣に破邪の力を込め、力の限り振り下ろす。
「『破魔・ティオ』!!」
ザックリと番人の体へと食い込んだ破邪の力はそのままトトマが落ちる力も相まってずぶずぶとその体を斬り裂いていき、そして見事にその一撃は番人への致命の一撃となった。
『アアアアアア・・・ア・・・ァ・・・』
番人は悲痛な叫びと共に、何かを求めるがのごとくその手を伸ばす。だが、その伸ばされた手は何も掴むことなく、次第に番人はその場に崩れ落ち、その後はピクリとも動かなくなった。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「大丈夫ですかい?勇者様?」
「あぁ・・・ありがとう、オッサン・・・」
本当に全ての力を振り絞ったトトマはオッサンに支えながらも番人の最後を見届けた。だが、番人は途中で何やら叫びを発したものの、最後まで普通に話すことはなかった。話すモンスターと話さないモンスターの違いに困惑する思いはあったものの、トトマはオッサンに連れられて仲間の下へと歩み出す。
「え!?ミラ!?」
すると、そんな疲れ切った二人とすれ違うようにミラは駆け出すと、何故か消えゆく番人のそばに彼女はそっと膝間付いた。
「・・・」
しかし、特に何かをするわけでもなく、番人の傍らでミラは膝間付きその両手を胸の前で合わせ、ただただ祈るようにしているだけであった。その行為は聖職者である故か、それとも優しいミラ故か、それとも何かしらの他の理由がある故か、トトマには理解できなかった。だが、その理由を根掘り葉掘り訊くのはおかしなことである。
トトマはミラをパートナー、仲間だと信じている。それは相手のことを一から百まで知り尽くすことではなく、相手が何を隠していようが無条件で、なんとなく信頼できる関係だからこそ仲間なのだとトトマは思っている。
だからこそ、トトマは一人悲しく、まるで謝るかのように祈るミラの背中をただ見守るしかなかった。トトマたちに言えないということは、ミラなりの何か理由があるのだと信じて。
そして、ミラの抱くその理由が魔階島やダンジョンにまつわる真実に繋がることは、神もまた知っている。
------------------------------
次章予告
魔法を見事習得し、機工士少年(おまけ付き)の仲間も増えた勇者は、激闘の末に何とか第三の番人を倒すことに成功した勇者。
しかし、そんな強くなったかのように思えた勇者であったが、次なる第四の番人の前に成す術もなく、連戦連敗。
幾度の敗退、幾度の死、そして復活。
焦る勇者にパートナーの一人が提案した策とは・・・まさかの「食べる」こと!?
そして、ダンジョンから迫りくる不穏な気配。突如として現れた邪悪なドラゴン。暴かれるオジマンティエスの過去。
果たして、勇者はこの戦いの中で何を思い、何を感じるのか?
次章「勇者、目的を見出す」
乞うご期待!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます