第18話 勇者と教授と賞金稼ぎと、一匹の料理人

『「犬は歩けば棒に当たる。

       猫は歩けば人を迷わす。」

                        詠み人知らず』


「ちょっと、ちょっと!?ひっどいな~、教授は。いやいや、今のは違うからね、私はただのしがない賞金稼ぎ」


彼女自身ことを「盗賊」と言って茶化すインディに対しそう弁明すると、キティは少し怯えた表情をするトトマへと軽くウィンクする。


彼女の言う「賞金稼ぎ」とは、一部の挑戦者を指し示す言葉であり、その賞金稼ぎたちの生業の大半はギルドからの依頼である。


そもそも、ギルドからの依頼、通称「クエスト」には大きく分けて2種類が存在する。


一つが「リクエスト」、もう一つが「バウンティ」である。


まず、リクエストとは依頼を達成する前に依頼主と引受人との間で契約を交わすクエストであり、つまり一対一で行われるクエストのことを意味する。なので、このリクエストは魔階島に来たての初心者の挑戦者に適したクエストと言えるだろう。クエスト期間は決まっているものの、その間に他の人にクエストを横取りされる心配もないので安心できるし、早く達成すればするほど報酬も上乗せされやすいという利点も兼ね備えている。それに、このリクエストの大半は素材調達が多いので比較的に安全でもある。


次に、バウンティとは依頼達成後に依頼主と引受人との間で契約を交わすクエストであり、つまり一人の依頼主に対して複数人の引受人が存在することになる。このバウンティは突発的に張り出されるクエストであり、あまり初心者の挑戦者には向いていないクエストと言える。他の多くの挑戦者たちと競い合うことになる上に、クエストの内容自体もモンスター退治や宝箱内の貴重な武器防具・道具の回収などと難しいものばかりである。だが、その分高額な報酬が支払われるので、正直に言って挑戦者としてはリクエストに比べてこちらの方が金になる。


つまり、キティの言う「賞金稼ぎ」というのはこのバウンティを生業とする挑戦者たちの通称なのであるが、そこには一つ問題が生じていた。


それは、彼ら賞金稼ぎの正当性である。リクエストの場合は先に依頼主と契約を結ぶのでクエスト自体の横取りをすることができない。一方で、バウンティの場合はクエスト達成後に依頼主と契約するので、それが横取りした物かどうかが問われない。だからこそ、他人の報酬を横取りするような盗賊と呼ばれる者たちが蔓延ってしまうのだ。トトマがつい最近出会った「参頭狼ケルベロス」とか言う三人組も恐らくはこの盗賊であり、バウンティの依頼達成のためにトトマたちから宝箱の中身を奪おうとしていたのである。というわけで、バウンティを生業にする挑戦者たちはこういう盗賊たちとの区別が難しいのだ。


勿論、ギルドとしても挑戦者に迷惑を掛けるような挑戦者たちを野晴らしにしておくわけにはいかず、そのことからもギルド公認の挑戦者を雇っている。そんな彼らは「ガーディアンズ」と呼ばれ、彼らはお金稼ぎではなく、ダンジョン内の平穏を維持するためにダンジョンへと挑んでいるのである。また、リクエストにはリクエストの、バウンティにはバウンティの利点があるので、どちらのクエストも日々依頼が殺到しているのも事実である。なので、ギルドは挑戦者を抑え込むのではなく、あらゆる所に目を置くことで監視し、ダンジョンと魔階島の平穏と安心を守り、より楽しく活発的なダンジョン生活を維持しようと心がけているのだった。


以上のような理由を把握した上で、インディは半分冗談、半分嫌がらせとしてキティのことを盗賊と言ったわけであり、またそんなことはトトマにも察しが付くことでもあった。


そして、「もう!」と膨れるキティをさて置いて、インディは今度はトトマへと話を振る。


「じゃあ、次は少年の自己紹介の番だ」


「あ、はい!えっと、僕は・・・」


一瞬、トトマの頭に「魔獣の勇者」という言葉が浮かんだが、自分からは言うまいと決め自己紹介を続ける。


「僕はトトマって言います。これでも、勇者やってます」


「ほう!勇者!!」


やはりというか当然のことながら、インディは「勇者」という言葉に食いつき、目の色を変えてトトマのことをじっと見つめた。また、キティも少し興味を持ったような表情をしたがインディ程ではなく、ちらりとトトマを見て、「ふ~ん」とだけ言った。


「して、どうしてその勇者君があんな所に一人でいたのかい?」


すると、インディは興味津々な様子でトトマがベアズリーたちの巣にいたことについて尋ねた。


「えっと、パートナーたちとダンジョン攻略してたら急に僕だけ落ちてしまって・・・。それで気か付いたらあの場所にいました」


「なるほど・・・『ダンジョン穴』か。それは良い体験をしたね」


(良い・・・体験?)


「災難だったね」と言われるのはまだ分かるが、「良い体験」だねと言われトトマは首を傾げた。そんな彼のことなど知らずに、インディは生き生きと語り続ける。


「いや~、私もダンジョン生活は長いが『ダンジョン穴』に遭遇したのは滅多にないな~。そもそも『ダンジョン穴』というのは・・・」


延々、長々と自分の知識を語るインディに対し、キティはやれやれといったような様子で話を流し、トトマも途中までは真剣に聞いていたが、あまりにも長すぎる話に徐々に退屈になってきた。


「イ、インディさんはダンジョンに詳しいんですね!!」


「ダンジョン穴」の話だったのが、何故か生物の身体構造の話にまで発展したので、話についていけなくなったトトマは今度はこちらから話し掛けた。


「ん?あぁ、ダンジョンは素晴らしい、まさに生物の進化が凝縮されている場所だよ!!」


そう言うと、インディはニッコリと笑ってトトマへと問い掛ける。


「時にトトマ君、モンスターはどうやって個体を増やすのかを知っているかい?」


「え!?それは・・・壁から出てくる・・・らしいですが」


インディから急に質問され少し戸惑うトトマであったが、緊張しながらもその質問に答える。その答えは挑戦者の間で噂されている迷信のようなものであったが、これ以外に詳しいことを知らなかったトトマはそう答えるしかなかった。


「確かにそう言われているが、ではトトマ君は実際にその光景を見たことはあるかい?」


「い、いや、ないです・・・」


「そうだよね、無論私もないがね!!アッハッハッハ!!」


何故か自信満々にそう言い大きく笑うとインディは話を続ける。


「普通、生き物には雄と雌の両方の個体がいて、その両者が交配することで子孫を残すことは知っているよね」


「ま、まぁ・・・はい」


勿論、トトマもそれくらいのことは知っていた。だが、それが知識として知っているだけで、実際にその知識を披露したことがあるのかどうなのかといえば・・・それは彼のみぞ知る。


「だが、モンスターは違う。ダンジョン内の生き物は交配をしない、というよりもそもそも生殖器と呼べる器官が存在しないんだ」


「・・・確かに」


トトマは思い当たるモンスターたちを思い浮かべるが、スラキチやコクリュウにインディの言うような器官は備わってはいなかったと記憶している。


「あれ?でもサキュバスとかピクシーとかってどうなんですか?一応見た目は女性・・・ぽいですが」


「お!良い所に気が付くね!そう、トトマ君の言う通りに見た目から雄や雌を思わせるモンスターはいるが、しかし残念ながら彼らが子を産むという事実は存在しない。私が仮定するに、おそらく彼らはダンジョン内にいる宝箱に擬態したモンスターと同じで、生きる上で何かしらの利便性があるのであのような形に進化したのではないかと思われるね」


宝箱モンスターとサキュバスやピクシーが一緒というのはトトマには違和感があったが、でも確かに言われてみれば人やモンスターを騙すという点においては彼らは同じであった。


「とはいえ、子を産まないが幼い個体を育てるモンスターはいるし、ほとんどのモンスターがその個体同士で集団で生活を営んでいる。そう言う点ではモンスターも外の生き物と同じであり、それ故に面白いんだ!」


インディの言う通り、トトマが先程出会い襲われたベアズリーも二匹いたし、スライムも、リビングメイルも、スケルトンも、その他多くの彼が今までで出会ってきたモンスターたちは確かに同じ個体同士集団で行動していた。


「何故、子は産まないのに子を育てるようなことをするのか、血の繋がりがないのにどうして集団で行動するのか、う~ん、モンスターには謎が多い・・・」


困ったというような顔ではなく、むしろワクワクと生き生きした顔でインディはそう言った。


「案外、昔は子どもを産み育てていたけど、今はその産む必要だけがなくなって、育てるという習慣だけが残ったとか・・・なんて」


トトマは冗談半分でそう言ったつもりであったが、その言葉にインディは目を丸くして驚き、同時にトトマに感心した。


「トトマ君!!」


「は、はい!?」


「いやー!君は凄い!というか鋭いね!!そうなんだよ!!実はそうなんだ!!」


「え、あ、あの~何が・・・」


「君の言った『昔は子どもを産み育てていたけど』だ!!実は古来の文献にはモンスターは子を生して育てていたという記述があるんだよ!!」


インディはふんすと鼻息荒く、モンスターについて記された文献と、そこから導いた彼の学説を唱え始めた。


先ず、古来から伝わる文献にはこう記されている。


『”創造の神ツ・クール”がこの世界を創造した際、初めに二つの種族を創造した。一つは人間、もう一つはモンスターである。神に似て創られた人間は創造する力を有し、反対に神に似つかぬモンスターは破壊する力を有していた。一方が創造し、もう一方が破壊することで神は世界の均衡を保とうとした。だが、モンスターの破壊の力は神の思った以上に強大で、次第に人間を圧倒し始めたモンスターたちは大陸の全てを支配するほどに繁栄した。云々』


ここから、”スキルの女神アタ・エール”の話に繋がるのであるが、今は重要ではないので省略する。そして、この創世歴初期の頃のモンスターたちには人間と同じで明確な雄と雌に分かれており、かつ子を産み育て、集落を作り、ゆくゆくは国にまで発展し、最終的には人間を退けて大陸を支配していたのだ。


だがしかし、そんな一時の間ユウダイナ大陸を支配したモンスターたちであったが、スキル、魔法、奇法、技を使えるようになった人間たちによって徐々に滅ぼされていき、最後の生き残りたちがこの魔階島に流れ着いたとされている。そして、幾百年の時を経て、戦力を蓄えたモンスターたちは”魔王”と呼ばれる存在を筆頭にして、再びユウダイナ大陸を取り戻すべく立ち上がったが、それは”勇者”によって阻止されたのだ。


次に、インディの学説であるが、モンスターたちが子を産まないように進化したのは、最初に魔階島に逃げ込んだ時期ではないかということであり、つまりはこのダンジョンと何らかの関係があるということだった。だが、そこに明確な証拠があるわけでもなく、彼の学説は未だに信用されるものではない。


だからこそ、インディは今のダンジョン内の生態を明らかにし自分の学説を証明するべく、こうしてダンジョンに挑んではモンスターの生態を日々研究しているのであった。


そのように長々と熱く語るインディに対して、トトマは割と真剣にその話を聞いていた。だが、その一方でキティは興味なさげにゴロンと横になって猫の様に丸くなっている。


「まぁ、今となっては彼の説もあながち間違いではなかったのだなって思うよ」


話が一区切りつくと、インディは不意にそうこぼした。


「彼?インディさん以外にも一緒に研究している人がいるんですか?」


トトマは大して興味があるわけではなかったが、でも不意に出た人物のことが気になったので、気軽に尋ねてみることにした。


「・・・昔の話さ、昔は私と彼とでダンジョン内を歩き回って色々と調査していたものだ」


そう話を切り出すとインディはしみじみと語り出す。


「彼の研究の専門は心理、専ら心や魂といったものを研究していてね。普段は私はそんな非現実的なものとは反りが合わないんだが、でもどうしてか彼の説には言い知れぬものがあってね、いつしか意気投合してしまったんだ」


「それで、その人は・・・今は」


トトマは嫌な予感がしたがここまで聞いといて最後まで聞かないわけにもいかず、その”彼”の今のことについてインディに尋ねた。


「正直に言って分からん!ある日、何やらダンジョンと魂の関係がどうのこうのって言って飛び出して行ってしまってね、それっきりだ。今では魔階島にいるのやら、それとも故郷のミンナミに帰ったのやら・・・」


やれやれといった表情でそう語ったインディであったが、少し寂し気な表情でもあった。インディと彼との間に何があったのかなんてトトマの知る由もないことであったが、その顔を見てトトマも少し寂しい気持ちになった。


だが、そんなしんみりとした空気の中、ズバッと話を切り出したのは、寝っ転がって気だるげな表情のキティであった。


「ねぇ~教授のどうでもいい話はさておきさ~」


「ど、どうでもいい・・・」


がっくりと肩を落とすインディに気にすることなくキティは続ける。


「お腹空いたんだけど、ご飯まだー!!」


そして、キティはそう叫んだ。しかし、その言葉はインディに発せられた言葉ではなく、当然トトマにも発せられた言葉でもなかった。また、その彼女の言葉を受け、トトマも段々とお腹が空いてきた。というか、どこからともなくほんのりと香る何やら香ばしくも甘い匂いがトトマの空腹を引き立てたのである。


「まぁまぁ、もうすぐ出来上がるさ」


子どもの様に駄々をこねるキティをあやすように言うインディであったが、トトマその光景を不思議に思った。何故なら、ここにいる誰も料理をしていないのに、どうしていい香りが立ち込めてきたのかと疑問になったからだ。


「あ、あの・・・出来上がるって何が?というか誰がですか?」


「ん?おっと、そう言えば最後の自己紹介を忘れていたようだね。彼が我々の最後の旅仲間、ブルース君だ!!」


トトマはそう言われ、インディの示した方を見るがそこには誰もいない。


(え、誰もいない・・・ん?)


しかし、トトマが徐々に視線を落としていくと何やらぴょこぴょことしたものが見え、どんどん視線を下げていくと、続いてキラリと光る瞳、小さい鼻の横にぴょんと伸びた髭、毛むくじゃらな体に、最後にはフリフリとした尻尾まで見える。


そこにいたのは人間ではなく、まさかの猫の姿に似た一匹のモンスターであった。


「俺のにゃは、ブルース。さすらいの料理人にゃ」


この料理人を名乗る猫型モンスターの正体はいかに、それは神のみぞ知る。

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