第16話 魔獣の勇者、爆誕

『「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!!

     我ら泣く子も黙る『参頭狼ケルベロス』!!」

                     阿呆な三人組の口上』


「おーほっほっほ!ご苦労だったね!坊やたち!!」


「だが、そのお宝の中身は!」


「おいらたち『参頭狼ケルベロス』がいただくぜよ!」


ダンジョンのどこからともなく颯爽と現れたその三人組はビシッとポーズを決めると、トトマたちの前に立ちはだかる。


ダンジョンにおいて、他人の見つけた宝箱の中身を狙う盗賊は珍しくはないが、自ら名乗る盗賊というのは珍しい。


さて、何故こんな珍妙かつ奇天烈な三人組にトトマたちが絡まれているのかと言うと、話は少し巻き戻る。


『兄貴!お疲れさんでした!!今日も良い戦いぶりで!!』


「スラキチも援護ありがとうね」


「魔術の勇者」バルフォニアとそのパートナー「火柱」のブレイズたちから魔法の基礎を学習したトトマは、次なる第三の番人攻略に向けてダンジョンでレベル上げに勤しんでいた。ブレイズの教え通り実戦において魔法を使わないと身に付かないということもあり、トトマは仲間と共にダンジョンの第二十一階層から第三十階層を中心にモンスターとの戦いを繰り広げていた。


そのダンジョンの第二十一階層から第三十階層までは、それより上の階層とはまた風景ががらりと変わり、言うなればまるでユウダイナ大地に存在する”森”のようであった。しかも、どうやらここら辺の階層内の明るさは外の明るさと比例するらしく、外が昼なら中は明るく、外が夜なら中は暗いといった有様であった。


また、各一階層毎の広さや高さも格段に増え、ダンジョン攻略も一段と難しいものとなっていた。しかし、これぐらいはまだ序の口であり、下準備を十分に済ませれば第二十一階層から第三十階層までは半日もかければ突破することができる。だが、より深い階層になるにつれてその一階層毎の広さや高さもぐんと増え、一日を掛けて一階層を突破することにもなりかねない。


「まさかトトマ君も魔法を使い始めるとはかなり成長したね」


「そ、そうですかね?」


「そうそう。それに、魔法だけでなくモンスターも駆使するとは考えたね」


「いやいや~、スラキチには少し手伝ってもらっているだけですよ。仲間みたいなものです」


「ははは、モンスターすらも仲間にしていく。それがトトマ君なりの勇者の戦い方なんだね」


そうトトマの横で笑顔を見せるのは、「薬師の勇者」ブラック・ジャクソンである。勇者たちは自分たちのパートナーとだけでダンジョン攻略をしている印象が強いが、実際の所は協力してダンジョンに挑む者の方が多い。もちろん毎回というわけではないが、とはいえ同じ日に同じ階層で出会えば喧嘩することなく仲良くダンジョンに挑むことがほとんどである。


「でもたまに野生のモンスターと間違えて蹴りそうになるネ。気を付けた方がいいヨ」


スラキチをじっと見ながらそう忠告するのは、ブラックのパートナーであるリンファ。彼女は「祝福のスキル」を持つ者であるが、ミラの様なカエール教の聖職者ではない。ユウダイナ大陸の東にあるアズマにて発祥したとされる独自の奇法を受け継ぐ彼女の技は時に「功夫クンフー」と呼ばれ、支援もできるが戦闘にも大いに役立つ。


ところで、スラキチの声が聞こえ、またスラキチに声が届くのは今の所トトマとそのパートナーたちだけである。ということは、偶然にもダンジョンで遭遇した他の挑戦者から見ればそれは異様な光景であるし、下手すればスラキチが襲われる心配もある。


「だ、大丈夫ですよ!?リンファさん、スラちゃんはいつもは私が抱えていますから!!ほら!」


そんなリンファの心配を解消するかのようにミラはスラキチをぐいっと抱きかかえると、ぬいぐるみのように腕にぎゅっと抱きぽよんぽよんとその感触を楽しむ。


『姉御は優しいな~』


「えへへ~」


嬉しそうな声を出すスラキチに、嬉しそうに微笑むミラであったが、そんな一匹と一人の様子をリンファは訝しげに眺める。


「・・・スライムを絞め殺そうとしているようにしか見えないネ」


「ちょっと!?リンファさん酷いですよ!?」


「ん~、それにしてもこのぷにぷにスライム。肉饅頭みたいで美味しそうネ」


「もう、スラちゃんは食べ物じゃないんですからね!」


『た、食べ物!?』


じゅるりと舌なめずりをしながら、スラキチをつんつんと突きその感触を楽しむリンファ。そんな冗談を真に受けて慌てながらも見守るミラ。和やかな雰囲気を醸し出すトトマパーティとブラックパーティであるが、そんな彼らの目的はレベル上げの他にもう一つあった。


それはとある薬草の採取である。


ダンジョン内には大陸や魔階島の地表には存在しない珍しい物が多い。生息するモンスター、生えている植物、採れる鉱物など色々な物がダンジョン外では見られないような進化を遂げている。顔が二つある牛もいれば、空を滑空する蛙もいるし、鉄鉱石よりも加工しやすく丈夫で軽い金属になる鉱物もある。植物の中には人を一瞬で殺すほどの猛毒になるものから、病に効く薬になるものもあり、ダンジョン内で発見された薬草が外では治療不可能とまで言われた病気を治す特効薬になった例もたくさんあるのだ。


だが、今回トトマたちが探している薬草はそのよう珍しいものではなく、ありふれた薬草である。マナの吸収を活性化させ、瞬時に体内のマナ量を回復させる『エーテル』と呼ばれる薬の材料を彼らは探しに来たのである。勿論、トトマにとっては次の番人との戦いにおいて必要なものであり、ブラックにとっても『エーテル』の作り置きができることからもこの探索は嬉しい誘いであった。


そんな『エーテル』の材料を求めつつも、レベル上げに勤しむトトマたちであったが、不意にトトマはダンジョン内にしか存在しないもう一つの珍しい物を発見した。


「あ!?もしかして・・・やっぱり、宝箱だ!」


「おや、これは珍しい!」


ダンジョン内にしかない貴重な存在の一つであり、多くの挑戦者の狙いでもある存在。それがこの”宝箱”である。ダンジョンの至る所に出現し、一見ダンジョンには溶け込んでいないようにも見えるその宝箱の中には武器や防具が眠っている可能性が高い。トトマの持つ火の属性武器「フレイム・ブレイド」もその一つであり、並みの職人では作ることのできない貴重な武器・防具であるからこそ、その価値は極めて高い。なので、宝箱から見つけたその武器・防具を自分で愛用する挑戦者もいるが、ほとんどの場合は諸事情によって売買され、見つけた本人は多額の報酬を得るのである。


地道にギルドからのクエストを熟して生計を立てる挑戦者もいるが、やはり一攫千金を狙う挑戦者としてはこの宝箱こそがダンジョンに挑む大きな目的であるのだ。


「確かに『変動期』が最近あったからね、まだ誰も見つけていなかったのかな?」


思いもよらぬその宝箱に喜ぶ一同であったが、それに飛びつく者はなく、皆遠目から慎重に眺めているだけであった。


「わーい、宝箱だー!!」


と無邪気に近寄り、目先の欲にとらわれ考えもなしにそれを開けるような初心者挑戦者あるあるをする者はもうここにはいない。もし、そんなことをしたのであれば気が付いた時には魔階島のカエール教の神殿で目覚めることになるだろう。


つまり、このダンジョンに不自然なまでに置かれているこの宝箱は、そういう形のモンスターなのである。


何のために宝箱に擬態しているのかは不明であるが、その口を無理やりにこじ開けようとする愚かな挑戦者には、その宝箱はガバッと大きな口を開けた後にがぶがぶと喰い殺してしまう。ちなみに、この宝箱の形をしたモンスターは開ける者なら何でも噛みつくので、時折オークやゴブリン、スケルトンなどの死体が傍に無残に落ちている時もあるそうだ。


「それでは、どうしましょうか?」


というわけで、トトマは振り返り皆に意見を求める。


宝箱を開けて、中に隠された物を取り出す方法は幾つかある。


一つ目は、暴力的に開けること。つまりは、このモンスターと戦って中身を奪うのである。ただし、中の物を破損させる可能性と宝箱が逃げる可能性がある。


二つ目は、道具やスキルを使って平和的に開けること。相手はモンスターである以上、状態異常なども通用する。効果の高い睡眠薬や奇法を駆使すれば、一時的に宝箱を無力化できるので、その隙に中身を奪い去るのである。


三つ目は、正攻法ではないが、誰かが犠牲になることである。まさしく決死の覚悟で噛まれながらも中の物を取り出して、後は仲間に託すのだ。だが、生き返るのには莫大なお金がかかるので、下手をすると中身の価値と照らし合わせて損をすることもある。でも、みすみす珍しい宝箱を見逃すことを考えれば、確かにそれも宝箱を空ける手段と言えば手段の一つと言える。


以上が大体の対策方法であったが、ミラはそれほど強力な睡眠効果のある奇法をまだ覚えていない上に、彼女の奇法は相手を殴って発動させるので、その時点で宝箱の無力化には向いていない。一方で、リンファは睡眠効果のある奇法を習得してはいたが、果たしてそれがこの宝箱に通用するかどうかと言われれば怪しいレベルであった。


「では、僭越ながらここは僕が行こうかな。トトマ君たちは念のために離れてね」


そこで、すっと前に出たのはブラックであった。彼は、皆に宝箱から離れるように指示を出すと、腰に付けたポーチから小袋を取り出し、ぽいっと宝箱に向けて投げつけた。


すると、ぼふっと宝箱の手前で投げた小袋は破裂し、その中に詰め込まれていた青黒い粉が辺り一面に散布される。少し離れたトトマたちの位置まで薬特有のにおいが伝わるほどのそれは『睡眠薬』であった。それも市販の薬ではなく、ブラック自らが調合した特別な『睡眠薬』だと思われ、距離を置いた上で口や鼻を手で覆っているにも関わらず、多少の眠気がトトマたちを襲った。


だが、その強力な効果のおかげで宝箱は自らだらんと口を開き、その中身を露わにしている。


「ちょっと失礼しますね~」


もちろん聞こえているはずもないが、ブラックはそう断ってから宝箱の中身を頂戴し、その光景を離れて見守っていたトトマたちの下へと無事に戻ってくる。


「ブラックさん・・・薬の方は大丈夫なんですか?」


「ん?あぁ、大丈夫大丈夫。効果は一時的なものだから離れれば安心だよ」


「あ、いや、その~ブラックさん自身が・・・という意味なんですが」


「あぁ、僕はほらこの通り」


口や鼻を覆うトトマたちの目の前でブラックはわざとらしく深呼吸をして見せる。普通の人間であればバタンと倒れてもおかしくはないのだが、「勇者のスキル」における「健康身体」の能力に優れる彼にとっては、このような状態異常に関しては全く問題ないのである。


そうして、そそくさと空っぽになった宝箱から距離を置くと、ブラックは宝箱に入っていた物を皆に見せる。キラリと刃が翡翠色に輝くそれは、なんと風の属性を持つ短剣であった。元々軽い短剣が風の属性が付いたことにより一層軽さを増した上に、刃のある部分以上に斬れる範囲が広くなった使い勝手の良い属性武器だ。それは使っても良いし、売ってもかなりの値段になる品物である。


「・・・これは、ブラックさんがもらってください」


だが、トトマはブラックから手渡された短剣の使い心地を確かめると、少し悩んだがそれを彼に返した。


「いやいや、別にいいよ。それを見つけたのはトトマ君じゃないか。トトマ君が使えばいいさ」


「でも、今日はブラックさんに『エーテル』の作り方と材料集めまで手伝ってもらってますし、それにこの前も『耐性薬』をいただいたので、そのお礼です」


少々戸惑うブラックではあったが、トトマの意思を感じとると、ありがたくその貴重な属性武器をもらうことにし、すっと手を伸ばす。


だがまさにその時、ここにいる4人と1匹以外の声が突如として響いた。


「おーほっほっほ!ご苦労だったね!坊やたち!!」


「だが、そのお宝の中身は!」


「おいらたち『参頭狼(ケルベロス)』がいただくぜよ!」


突如として現れ、何故か名乗りを上げる盗賊たちに驚きつつも即座にトトマたちは戦闘態勢に入る。


「いやー、宝箱を開けれる挑戦者で良かったですね、姉さん」


「本当、本当俺たちのスキルじゃどうにもならなかったので困ってたぜよ」


「おだまり!!一々そういうことを言うんじゃないよ!ほら、行きな、お前たち!!」


「「あいさー!!」」


有無を言わさず、武器を構える二人の男と一人の女。だが、真っ先に動いたのはスラキチであった。念のためにと先ほどミラから装着してもらった自慢の兜を着込むと、もの凄い勢いで飛び出す。


『くらえやッ!!!漢の魂、完全入魂、『スライム弾丸ブレイク』!!!』


「ごばぁッ!?」


「パ、パライーー!?」


突然飛び出した鉄に身を包んだスラキチを止めることができずに、丸っとした体系のパライとか言う男はゴロゴロと吹き飛ばされていく。


『兄貴に手を出そうなんて百年早い、まずは俺っちを倒してみな!!』


そんなスラキチに注意を取られているうちに、もう一人の細い体形の男の下へリンファが一瞬にして踏み込む。


「リンファ!手加減ですよ!!」


「分かってるヨ、『功夫十二撃:牛拳』!」


「ぶへらぁッ!?」


スラキチに続き、細男の懐に入り込んだリンファは彼が攻撃をする隙も与えずに、マナを籠めた右手と左手の親指でその男の細い体を打ち抜いた。実際にその細男の体に穴が開いたわけではなかったが、まるで体に穴が開くかのような一撃により彼はその場に卒倒する。


「な、ななな!?パライ!?ニューン!?お、お前たちしっかりしないか!!」


残された女は一瞬にしてやられた対照的な体型をした二人に声をかけるが、パライもニューンもうんうん唸るだけで一向に立ち上がる気配はない。だが、女はキッとトトマたちを睨むとお返しとばかりにすぐさま詠唱を始める。


「ちぃッ!『唸れ混沌、狂い咲け闇夜、引き裂き乱れ、仇なす者をいたぶる鞭となれ』」


「『魔よ、来たれ、勇気の刃を、この手に託せ』」


その女の反応を見てブラックは一瞬身構えたが、その横ですぐさま同じように詠唱を始めたトトマに気が付くと自分はミラを守ることに専念し、後のことはトトマに任せる。ただ、ブラックは念のためにと腰のポーチに手を伸ばし、もしもの場合の用意はしていた。


「『血飛沫荊(ブラッディ・ローズ)』!!」


「『勇炎飛翔斬(フレイム・ブレイブ)』!!」


女の方が一足早く詠唱を終え魔法を発動させると、彼女の周り地面からボコボコと荊が出現し、それらは一斉にトトマたち目掛けて襲い掛かる。だが、その魔法に臆することなくトトマは剣を振り同時に魔法を発動させる。ブレイズ直伝のトトマの戦闘形態に特化した魔法であり、それは単なる空を裂いて飛翔する炎の刃ではあるが、彼の属性武器の力も得て絶大な威力を発揮した。


あの日あの後、ブレイズから教わったのは『モード』ともう一つは詠唱の”奏で方”だった。詠唱はただの文字の羅列ではなく、一奏ごとに意味を与えなければならない。結果として生じる魔法の形を意識して、それに合わせて文字の並べることでマナを誘導する。


また、魔法とは常に磨き続けなければならない物であり、最高の形は誰にも分からない。少しの文字の変化でも、結果として生じる魔法の形は変わり、効力も当然変化する。自分の求める最高の形を目指して魔法を使う者は日夜研究を続けるのである。


トトマは以上のことをブレイズとそれからバルフォニアからも教わっていた。


その時は言葉では理解が難しかった魔法であるが、トトマはダンジョンで実戦を重ねるごとに自分の中のマナを感じ、詠唱するごとに理想した形へと近づいていった。


そして、今発動させた魔法は今のトトマの納得のいく形であり、彼の思い通りに火の斬撃は相手の魔法を切り裂いて飛翔する。


「な、なぁんだってぇッ!?」


自分の魔法が無残にも焼き切り裂かれ、更に自分目掛けて飛翔する炎の刃に恐怖し、女は最後の手段として両手で前を覆い隠す。


だが、その炎の刃は彼女に届く前に何者かによって打ち消された。


「へ、へへ!姉さんには手だしさせないっすよ」


「ま、先ずは、俺たちが先だぜよ」


「パライ・・・それにニューンも、お前たち・・・!」


スラキチとリンファの攻撃に先程まで悶絶していたパライとニューンであったが、女の危機を察知すると身を挺してトトマの魔法から彼女を庇った。幸いにも、まだ未熟なトトマの魔法であったことと、女の魔法によって多少威力が落ちていたということもあり二人は無事であったが、体中焦げつき、頭の上の髪の毛は爆発していた。


「・・・お前たち、まだいけるね!!」


「「おう!!」」


まだまだと意気込む三人であったが、その瞬間後ろから冷やりとした声が響く。


「そこまでだ、盗賊ども。僕たちも勇者だ、そのまま去るなら見逃す。だが、まだやるというなら次に目が覚めるのはダンジョンの外だ」


「「「な、なにぃ!?」」」


先程まで遠く前方にいたはずのブラックだったが、何をしたのかは分からないがこの一瞬の間で彼は三人の後ろに回り込んでいたのである。それも、手にした剣は女の背中を捉えており、もし彼らが抵抗したとしても彼女だけは刺し殺せる構えであった。


そんなブラックの姿をゆっくりと振り返ると、三人組は額にたらりと汗を流す。


「ゆ、勇者!?こいつら親分と同じの勇者なのか!?ということは・・・もしかして・・・もしかすると」


次にパライは即座にトトマの方を見つめわなわなと震える。トトマはその目線にぱちくりとした純粋な眼差しを返すが、次の瞬間パライは大声を上げて狼狽し始めた。


「あ、姉さん!?こいつ『魔獣の勇者』ですよ!?」


「「な、なんだってーーーー!?」」


「ま、魔獣・・・!?」


その言葉に同じく驚き、何を言われているのか全く分からないトトマであったが、そんな彼を他所に怯えた様子でパライたちはひそひそと話し出す。


「『魔獣の勇者』って言えば、もしかしてモンスターを操るっていうあの極悪非道の勇者かい?」


「モンスターの大軍を引き連れてダンジョン内を歩き回るって噂だぜよ」


「それに、気に食わない挑戦者はモンスターに襲わせて事故を装うとの噂とかも」


三人はもう一度トトマの方をちらりと見る。その彼の様子は頭を抱えため息をつき、こちらをギロリと睨んでいるような顔に見え、またその傍には噂通りのモンスターまでをも引き連れている。


(ま、魔獣・・・僕にそんな名前が付いていたなんて・・・)


一方で、トトマは酷く落ち込んでいた。


確かに思い返せば、モンスターを引き連れてダンジョンを攻略してきたことは事実であり、番人攻略の際は大軍を引き連れたことをあった。それは身から出た錆なのかもしれないが、勇者として明るい印象を持っていたトトマにとっては”魔獣”という暗く悪い言葉はかなり心にくるものがあった。


『あ、兄貴!?大丈夫か!?』


「あ、あぁ、だ、大丈夫・・・だよ?」


頭がくらっときたが今は戦闘中、トトマはキッと盗賊たちのほうを何とか見るが、その眼差しに盗賊たちは完全に戦意を失いつつあった。


「あああ、姉さん!?こっち睨んでますぜ、絶対俺たちを殺す気ですぜ!?」


「あのスライムを口に突っ込む気ぜよ!?」


「・・・お、お前たち!?狼狽えるんじゃないよ!!こ、こうなったら・・・あれをやるよ!」


「「あ、あれですか!?合点承知!!」」


すると何やら話し合った後、三人組はすっと立ち上がった。すっかり存在を忘れられかけつつあったブラックであったがハッと意識を取り戻すと、念のためにと剣を構え、同時にトトマたちもさっと身構える。


「「「必殺・『逃走玉』!!!」」」


すると、三人は同時に腰のポーチから何やら取り出すと即ざにそれらを地面へと叩きつけた。ボンッという音を立て、次の瞬間には辺り一面が一瞬にしてモクモクとした濃い煙に覆われる。


「うわぁッ!?」


トトマたちは迫りくるその煙に驚き、咄嗟に顔を腕で覆い隠す。


「ゴホッ・・・ゴホッ!?」


「だ、大丈夫?ミラ?」


「な・・・ゴホッ、なんとか大丈夫です~!」


「むー、めちゃくちゃ煙いネ、前が見えないヨ」


しばらくその煙と格闘していると、次第に煙は薄くなり周りの様子が確認できるようにまでなった。だがしかし、その頃にはあの三人組の姿は何処にもなく、すっかり消え失せてしまっていた。


「いやー、とんだ災難だったね、大丈夫かい?」


「は、はい」


「リンファも大丈夫かな?」


「アイヤー、目が気持ち悪いネ」


「はは、後で目薬をあげるよ。それにしても・・・面倒な相手だったね」


薄れてきた煙の向こうからブラックはトトマたちに歩み寄ると皆を心配して語り掛ける。突然襲われた上に、突然逃げ出す珍妙な盗賊たちであったが、トトマたちには大した被害は出なかった。


ただし、トトマだけは心に被害を受けた。


「ト、トトマ様・・・あの~、お、お気になさらず」


「あ、ありがとうね、ミラ」


肩を落とすトトマにそっとミラは寄り添うと、無駄を承知でトトマを励ました。


『兄貴!”魔獣”だなんて悪でカッコイイですぜ!!』


「あ・・・ありがとう」


スラキチもぽよんぽよんと近寄ると、決して励ましにはならない言葉でトトマを励ました。


「それにしても・・・彼らは」


一方で、ブラックは顎に手を当て、一人うーんと先程の盗賊たちのことを気にしていた。彼らが咄嗟に言った言葉がどうも気になっていたのである。


(『親分』に『勇者』・・・か)


「どうかしたアルカ?お腹でも空いたカ?」


その様子に少々心配になったリンファが尋ねてきたが、特段気にしないといけないことでもなく、また確固たる確証もなかったためにブラックは彼女に笑顔を見せると「何でもないよ」と言葉を付けたした。


その後、無事『エーテル』を入手したトトマたちであったが、「魔獣の勇者」という異名はあの「参頭狼ケルベロス」の出まかせではなく本当に挑戦者の間で言われていたという事実をギルドで知り、トトマは一人落ち込んだ。


晴れて二つ名を付けられたことで、ようやく12人の勇者の仲間入りを果たしたトトマであったが、彼の新しい異名の所為でより一層今までとは別の意味でパートナーが集まらなくなったことは言うまでもない。


そんな名誉なようで不名誉な「魔獣の勇者」という異名を名付けた者は一体誰なのか、それは神々ですら知る由もない。

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