第15話 炎の男はクールに燃える

『「炎も年がら年中燃えているわけではない。

    燃やす時だけ一気に燃える。それが私の炎。」

                       「四柱」の一柱「火柱」の言葉』


「やぁ!皆!!俺の名前はブレイズ!!よろしくな!!」


そんな風に、焦げた肌の色に似あうピカリと光り輝く健康的な白い歯を見せ、キラッと笑う印象のある見た目をしたブレイズであった。だが、そんな理想とは裏腹に、彼は深くため息をつくと疲れた体を引きずりながらよぼよぼとバルフォニアの下へとやってきた。


「バルフォニアさん・・・何ですか、私凄く忙しいんですけど・・・」


眼鏡の奥の瞳をショボショボとさせ、元気なく話すブレイズの姿はまるで消えかけた蝋燭の火の様で、とても魔術師協会の誇る「火柱」、最強の火の魔法使いには見えなかった。


「やぁ!ブレイズ!!時間通りで何よりだ!!」


だがしかし、そんなブレイズの様子を全く気にすることなくバルフォニアは両手を広げて彼を迎えると、依然として戸惑うトトマたちに彼を紹介する。


「彼の名はブレイズ、頼れる私のパートナーの一人さ」


「・・・」


特に挨拶もせずに、ブレイズはじとっとその場にいる顔ぶれを見渡す。その顔は不服そうな表情であり、彼自身どうして自分がこんな所に呼び出されたのかすら分かっていない様子であった。


「それで・・・私は何をすればいいんですか?」


「ん?この彼に魔法を教えてやってくれ」


「はいぃ?」


そう言うとバルフォニアはトトマを紹介し、紹介されたトトマは礼儀正しく深々とお辞儀をする。だが、そうしてもなおブレイズは納得いかない様子で頭を掻いている。


「えっと~、おたくはどなた?」


「トトマです。一応これでも勇者です」


トトマはできる限りにこやかに挨拶をすると、そんな彼に興味を持ったのかブレイズの顔色がパッと変わった。


「へぇ~君が”あの”トトマ君か、ふ~ん・・・」


すると、ブレイズはじろじろとトトマのことを見定めるかのように隈なく眺め始めた。そんなブレイズを横目に、彼のことが何やら心配になったモイモイはつつっとバルフォニアの横へと移動する。


「ちょいと、ちょいと☆お兄ちゃん☆」


「どうした?」


「あの人大丈夫かい?☆」


「ブレイズのことか?なら、心配いらない」


「なんでさ?☆」


訝しげに尋ねるモイモイをちらりとだけ見てバルフォニアはふっと笑う。


「あいつは大の勇者マニアだからな」


「勇者マニア~?☆」


魔階島において、勇者という存在はちょっとした有名人であった。元々「勇者のスキル」自体が希少で有名ある上に、ダンジョンを攻略する上では自ずとその勇者たちの活躍が目に写り耳に入ってくる。


魔階島観光協会としても、魔階島に訪れる観光客や挑戦者を増やすためにも、そんな勇者たちを盛り上げることもある。その一環が魔階島観光協会が発行する雑誌でもあるし、「偶像の勇者」ホイップのライブ活動などもそれに当たる。それに、「勇者」という響きだけでも多くの人にはかっこよく聞こえ、ほとんどの挑戦者たちが当の勇者たちの苦労も知らないで、「勇者」に惹かれ、憧れるのだ。


また、「勇者は男の夢!」と憧れ、魔階島を目指したブレイズは今ではその念願の勇者たちの一人とパートナー契約を果たすことができたが、それでも彼の勇者愛は止まることなく、今でも12人のそれぞれの勇者のことを調べ尽くそうとしているのであった。


そんなブレイズの性格を知った上で、バルフォニアはトトマの特別顧問として彼を選んだのである。


たとえ忙しくとも、ブレイズなら相手が勇者となれば目の色を変えて喜んで特別顧問を引き受けてくれるだろうし、トトマはまだ有名になる前の勇者である。そんな勇者と交流できるとなれば、勇者好きとしてはたまらないものがあるだろうとバルフォニアは踏んだのだ。


勿論、トトマの特別講師がブレイズでないといけない他の理由もあったが、そのことについてはバルフォニアは黙っておいた。


ひそひそと話すバルフォニアとモイモイがそのような話をしているとは露知らず、トトマは自分をじろじろと見定めるように見つめるブレイズに緊張しつつも話しかける。


「あ、あの!もしかして、ご迷惑でしたか?」


「ん?迷惑?」


急に声を上げたトトマに一瞬不思議そうに驚いたブレイズであったが、眼鏡をくいっと掛け直すとにこやかに言う。


「とんでもない、とんでもない!勇者様の力になれるなら、なんでもするさ!!」


「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!!あ!僕のことはトトマでお願いします!」


「了解、12番目の勇者のトトマ君」


そのブレイズの言葉にほっと一安心するトトマ。そんな彼らの様子を見てバルフォニアは得意げに「ほらな」と言い、モイモイは「ふーん☆」と少しつまらなさそうに返した。


「ま、バルフォニアさんが私を選んだ理由も何となく分かったしね・・・」


「え?」


「あぁ、いーの、いーの、こっちの話。さぁ、始めますか」


そう言うとブレイズは早速練習の準備に取り掛かる。トトマも彼の後を追い、少しバルフォニアたちから距離を取った場所に移動すると、何やら準備を終えたブレイズと対峙する。


「・・・ねぇ?☆お兄ちゃん☆」


「ん?」


そんなトトマたちが練習に入る様子を見届けると、モイモイは何かを思ったのか横に立つバルフォニアへと語り掛ける。


「どうした?」


「私の練習にもちょっと付き合ってよ☆」


「う・・・」


モイモイの付加魔法の能力を知るバルフォニアは一瞬躊躇ったが、お願いをする彼女の真剣なまなざしを見ると兄として嫌とは言えなかった。


「はぁ・・・、分かった分かった。ホイップさんの魔法を見る合間にお前の練習に付き合ってやる」


諦めてため息をつくとバルフォニアはモイモイの練習に付き合うことを承諾し、こうして、トトマとブレイズ、モイモイ・ホイップとバルフォニアという組み合わせに分かれて、それぞれが魔法の練習を始めることになった。


無論、まだ初心者も初心者であるトトマがいきなり魔法を使った実戦というわけにはいかず、ブレイズは戦いにおける魔法の説明から始める。


「バルフォニアさんからは魔法の基礎を学んだんだよね?」


「はい、一通り」


「よし、なら私からはより実戦的な話に踏み込んで説明をしよう」


「お願いします!!」


トトマのやる気のある元気良い挨拶と共に、ブレイズによる実戦に特化した魔法講義が始まる。


人間は皆体内にマナを蓄えることができることは既に説明済みであるが、そのマナを利用するにはそれぞれのスキルが必要になる。「勇者のスキル」などの例外を除けば、魔法を使うなら「魔法のスキル」、奇法を使うなら「祝福のスキル」と言った具合である。そして、魔法や奇法はそれぞれが一括りのように思われるかもしれないが、それらは通称であり、使う人によって多種多様に異なる。


例えば、同じレベルの魔法使い同士が『始動鍵アクセス』の後に同じ詠唱を「参奏」まで行ったとする。だが、その結果として発動する魔法は同じ威力ではなく、必ずどちらかの方が打ち勝つだろう。これは魔法を使う人の『モード』による違いであり、スキルに関係なく人にはそれぞれが得意とするこの『型』が存在する。『型』は生まれた時からその人に合った形が存在しており、それ以外の『型』を習得・変更するのは困難であり、それこそバルフォニアのような天才にしかできないことである。


というわけで、まずはこの『型』を見つけ出すのが実戦的な魔法を使うための第一歩になるわけだが、自分に合った『型』を見つけ出すことも『始動鍵』と同様に困難な作業である。


以上の『型』の簡単な説明を聞いて、トトマの顔は再びさっと青ざめ、その額からはたらりと一粒の汗が流れた。果たして『始動鍵』に続き、この『型』までも「天性の感」で何とかなるのであろうかと彼の頭には不安が渦巻いていた。


そんなトトマのあわあわと狼狽える様子を見て、彼の心境を察したブレイズは、だがふっと微笑んだ。彼のその顔は何やら思うことがあるといった顔である。


「まぁ、確かに自分に合った『型』を探すのは大変だろうが、たぶんトトマ君ならすぐに見つかるさ」


「そ、そうですかね・・・」


「別にお世辞で言っているわけではないよ。これにはちゃんとした根拠がある」


そう言うとブレイズは徐に腰に付けていた剣を抜くと目の前で構え、近くにある練習用の木人形へと体を向ける。


「ではまず私がお手本を見せるから、トトマ君はよく見て、そしてよく聴くんだ」


「は、はい!」


トトマはその根拠とやらを確認するためにもブレイズの様子をしっかりと目で確認し、その詠唱を耳で聴き取る姿勢に入る。


「『思うは未来、願うは今、暗き闇夜を切り裂け、赤く染め轟々と燃やせ』『火焔剣フレイム・ソード』」


ブレイズは詠唱しマナを剣へと流し込む。そして、彼の手にした剣が仄かに赤めくと、次の瞬間、振り上げた剣から炎の斬撃が放たれ、少し離れた位置にある木人形を易々と燃やし尽くした。


ふぅと短く息を吐きながら、ピッと手にした剣を一度掃ってから鞘へ戻すと、ブレイズは次にトトマが彼と同じことをするようにと指示する。


「で、できますかね?」


「大丈夫、大丈夫。私とバルフォニアさんを信じなさい」


(・・・ん?何で今バルフォニアさんの名前が?)


未だに自分の『型』に関して理解していないトトマではあるが、やれと言われたらやる他ない。短くため息をつくと、彼は持っていた剣を抜き、意識を集中させてブレイズの行った通りに詠唱を始める。


「『魔よ、来たれ、暗き闇夜を切り裂け、赤く染め轟々と燃やせ』『火焔剣フレイム・ソード』!!」


見様見真似の魔法であったが、しかし驚くことにトトマの魔法は見事に発動し、しかもブレイズの魔法よりも強力な炎の斬撃が木人形を飲み込んでいった。


「う、嘘ぉッ!?」


ポカンと口を開け、目の前の光景が自分のやったこととは思えずにトトマは佇んでいたが、逆にブレイズは思った通りと胸を張った。


「いやー、おめでとう、おめでとう!凄いじゃないか!!」


パチパチと拍手をして近づくブレイズ。そんな彼を見てトトマは驚いた様子で尋ねる。


「ど、どうしてできたんですか!?あ、いや、自分でやっといて何なんですが、よく分からなくて!?」


「まぁまぁ、落ち着いて、とりあえず深呼吸」


言われた通りに深呼吸をして息を整える素直なトトマに対して、今度は先程とは異なった指示をブレイズが出す。


「では、トトマ君、今度は君の技を見せてくれ」


「え!?わ、技ですか?」


「そう、何でもいい。何でもいいが・・・、そうだな、トトマ君の一番に得意とする技がいいかな」


魔法の次は技をやってみせるように言われ、いまいち事情が把握できないトトマであった。だが、技であるのなら失敗することもないので、彼はふんと気合を入れ直すと剣にマナを集中させる。


「『ブレイブ・スラッシュ』!!」


これはトトマが初めて身に着けた剣技であり、今まで何度もモンスター相手に使ってきた。そして、その彼の技は燃える木人形に綺麗に止めを刺し、いとも簡単にその胴体を切り裂いた。


(いいね・・・、生勇者!!)


そんな勇者の技が目の前で見れてワクワクと嬉しくなったブレイズであったが、そのことは彼の心にある勇者ファイルに仕舞っておいてすぐに本題に移る。


「トトマ君。今の技こそが魔法の『型』に繋がるんだよ」


「え!?そうなんですか!?」


ブレイズはそう話を切り出すと、先程彼自身の言った根拠の正体と『型』についての詳しい説明を始める。


戦闘系のスキルを持つ者が『型』を見つけ出すことは実は難しい。それは他に手がかりとなるものがなく、色々と試行錯誤をして、勉強と実戦を繰り返すことで自分の『型』に気が付くからである。一方で、「勇者のスキル」は魔法の他にも「戦闘のスキル」や「隠密のスキル」のような技が存在し、実はその技こそが『型』を発見する手がかりとなることが多いのだ。魔法は技に、技は魔法に引かれ『型』をなすので、どちらかが発言すれば自ずと『型』は決まるのである。


それが、ブレイズがトトマならすぐに『型』を見つけ出すことができると言った根拠であり、同時にバルフォニアはそれを見越した上で、トトマと似た『剣の型』を持つブレイズをトトマの講師として呼んでいたのだ。


「おぉ、なるほど!!」


今度のブレイズの『型』に関する説明は、身を持って体験したトトマにはしっかりと理解できた。確かにそう言われてみれば魔法を発動させる瞬間と技を発動させる瞬間に似た感覚を感じたし、『剣の型』はトトマにとっても形を想像しやすいものでもあった。


「マナをどのように形作るのは『詠唱』の役目だけど、その形の素はトトマ君の中にある『型』なんだ。長い間使ってきた武器がその剣だったからこそ、『剣の型』がトトマ君には合っているということだね」


最後に、これからは『剣の型』を意識して自己流の『詠唱』を考えればいいと付け足すとブレイズは満足げに笑い、一先ず説明を終えた。


自分だけの『始動鍵』と『型』を見つけたのであれば、後は個人の努力次第である。時には自分で考え、時には人から教えを乞い、実戦の中で魔法を磨いていくことでトトマの魔法が完成するわけだ。


勿論、それには「魔の素質」の能力を上げないといけないことはトトマにも百も承知であったが、そんなことはさておき今の彼はただ自分に芽生えた新しい力に素直に喜んでいた。


「ちなみに」


ブレイズはそう言うと、どうして先程のトトマの魔法がより強力なものになったのかの理由をトトマに教え始める。


何故まだまだ未熟であるはずのトトマの魔法がブレイズよりも強力なものになったのか、その理由は属性武器のおかげである。トトマは以前に「鋼鉄の勇者」アリスから火の属性武器をもらったが、この火の属性武器「フレイム・ブレイド」がトトマの火の魔法を強化したのだ。そもそも属性武器はその中にマナを貯蔵しているので、そのマナが魔法や技に呼応すると威力が増す仕組みになっている。だからこそ、そう言う意味でも属性武器は挑戦者の間で重宝されているのでもある。


ただし、属性武器は何も全てにおいて有利に働くわけではない。例えば、トトマが火の属性武器で水の魔法を使用したとすれば、火の属性武器が水の魔法を阻害し、その威力が格段に下がってしまうのは言うまでもない。つまりは、自分の属性に合わせて属性武器を選ぶ必要があり、合わない場合は無理に使うよりかは人に譲るか、売って金に換えた方が良いのである。


ちなみにここだけの話、元々火の属性武器を持っていたアリスの得意とする属性は水であるが、そのこととトトマが火の属性武器をもらったことの関係は分からない。


また、「四大元素」である火、水、土、風、「二外元素」である光、闇のそれぞれの属性武器は数多存在すれど、その中でも究極の力を発揮する属性武器が1つだけそれぞれの属性ごとに存在するらしい。それらは「六柱神オリンピア」と総称され合計6種存在するらしいが、聞く者は多く目にした者はおらず、ダンジョンに挑む挑戦者を増やすための虚偽の情報であるとの専らの噂である。


「そうか、この武器のおかげなんだ」


そんなこんなで自分の魔法が強化された理由をブレイズから聞くと、トトマは「フレイム・ブレイド」を掲げで改めてこの剣を譲ってくれたアリスへと感謝した。


「おそらく、トトマ君に相性が良いのは”火”だ。あとは”土”、”闇”か”光”のどちらかが発現するかもしれないが、トトマ君ならまぁ”光”だろうね」


トトマの無邪気な笑顔を見て確信するとブレイズはそう言った。


「”光”か・・・分かりました、これからも頑張っていきます」


トトマもその光という響きがどこか勇者ぽく、少し嬉しい気持ちになる。


「まぁ、ほどほどにね。それと、何か困ったらいつでも言ってくれ。私も一勇者のパートナーとしてできる限りは協力するからさ」


今度こそ、そのこんがりと焦げた肌に映える純白な歯を見せキラリと笑うブレイズは、やはり熱い男であった。情熱的に燃え盛る炎というわけではなく、彼の炎は冷ややかに燃える炎であったが、その炎は確かにトトマの心を燃え立たせたのだった。


だが、そんな中、ふとトトマたちの下へバルフォニアの鋭い声が響いた。


「モイモイ、もう・・・諦めた方が良い」


その声は先程までの優しい声ではなく、慰めるような、そして言い聞かせるような声であった。


そんなバルフォニアの声に釣られてモイモイの方に目を向けるトトマであったが、彼の目に写ったのは肩で激しく息をしながら座り込み、辛そうに項垂れるモイモイの姿であった。ホイップに支えられながらも必死に立とうとする彼女の姿は、トトマが今までに見たことのないほどに健気であり、同時に痛々しくも感じた。


「モイモイさんッ!?」


すぐさま、トトマはモイモイの名を叫ぶと急いで彼女の下へと駆け出し、ブレイズもその様子が心配になりトトマの後へ続く。


「や、やぁ~☆トトマ君・・・☆そっちの練習は上手くいったかな?☆」


すぐさまホイップに代わりトトマがモイモイを抱き支えると、彼女は心配かけまいと弱々しく笑った。だが、彼女のこんなにも弱りはてた姿を見たことのなかったトトマは焦りながらもバルフォニアとホイップへと事情を伺った。


「・・・無茶して『型』を変えようとしたんだ」


不安がるトトマに対して、バルフォニアは頭を掻きながらため息交じりにそう答えた。


「『型』を・・・変える?」


「『型』はそう簡単に変えられるものじゃない。無理して短期間で変えようとすれば体に異常が起こる。それこそ、才の無い者にはな・・・」


トトマやブレイズに『剣の型』があるように、モイモイにも彼女の『型』がある。そして、それはトトマも知っての通りの付加魔法が爆発する原因にもなっているもので、通常の魔法ならまだしも付加魔法においては欠点の大きいものだった。


「でも、どうしてそんなことを・・・」


バルフォニアの話を聞き、トトマは不思議そうにモイモイへと問い掛ける。確かに彼自身モイモイの爆発する付加魔法には悩まされてはいたが、彼女の付加魔法はトトマパーティの攻撃の要にもなっており、無理してまで変えてほしいとまでは思ってもいなかった。


「えへへ☆私もお兄ちゃんみたいにできるかなって☆」


「はぁ~・・・あのな、モイモイ。俺の『型』は特別なんだ。お前と一緒にするんじゃない」


そうバルフォニアが言う通りで、「魔の素質」に秀でた「魔術の勇者」である彼には複数の『型』が存在している。もちろん、複数の『型』を持つ挑戦者は少なくはないが皆天才とも呼べるクラスの人物たちである。彼らも一朝一夕で複数の『型』を会得したわけではなく、やはり勉学と修練を重ねた努力の結果によるものだ。


もしかすると、モイモイもそんなバルフォニアを始めとする天才たちに惹かれたのかもしれない。だが、何故急にそんなことを思い始めたのかは今のトトマには理解できないことであった。


「モイモイさん、無茶は禁物ですよ。僕はモイモイさんのこんな姿見たくはないです。普段の元気の良い姿の方が僕は好きなんですから」


(・・・好き・・・か)


勿論、トトマの言う「好き」は恋愛感情の籠ったものではないことはモイモイにも分かりきったことであった。でも、誰にも、その言葉は、そこにたとえどんな意味が含まれていようとも、またそうでなかろうともモイモイには嬉しかった。


ただ、嬉しくも悔しかった。


「・・・分かったよ☆もうしな~い☆」


すると、パッと笑顔に戻るとモイモイはいつものように飄々とした調子に戻った。そこにあるのはいつものモイモイの姿であった。だが、その姿が本当の彼女の姿であるとは限らない。


「でも、これでトトマ君が爆死しても私知らないよん☆」


「ば、爆死って・・・、故意に狙わないでくださいよ」


「あはは☆どうしよっかな☆」


いつもの調子を取り戻したモイモイを見て、バルフォニアはやれやれと肩をすくめた。トトマも何故彼女が急にこんなことをしようとしたのかが気になっていたものの、彼女の笑顔を見ているとそれがどうでもよく感じ、無理に追求するのを諦めた。


だが、ここでトトマはその理由を追求し、可能であれば解決しておいた方が良かったのかもしれない。


そう、この先に起こる彼女の悲劇を考えれば。


その悲劇とは、神のみぞ知る。

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