第14話 トトマの魔法
『「この世に蔓延る悪を嫌い☆神に代わって悪を打つ!☆
愛と正義の魔装戦士☆マジカル☆モイモイただ今見参!☆」
愛と正義の魔装戦士の口上』
「うわぁ!?広いですね!!」
トトマは魔術師協会の屋内にある魔法練習場の豪勢な天井を見上げ、その高さと広さに感嘆した。
トトマたち一同が改めて集合したその魔法練習場は、今の時間帯では誰も利用していないのかがらんとした場所であった。だが、そこら中に誰かしらが魔法を使用した跡が生々しくも残っており、ここを利用する者たちの日々の努力が窺えた。
「よし!では、まずトトマ君はこちらに、モイモイとホイップさんは少し離れて見ていてください」
「はーい!」
「あいよー☆」
バルフォニアはぐいっと腕まくりをしながら、練習場中央に位置する練習舞台へとトトマを呼んだ。そんなバルフォニアは魔法を極めた勇者とはいえ、その腕にはダンジョン攻略に相応しい程の逞しく丈夫でしなやかな理想的な筋肉が付いている。魔法を使うからと言って、その者に体力がないというわけではない。むしろ、ダンジョンを攻略しながらも魔法を使えるということは、その者は相当な体力の持ち主であるのだ。
その挑戦者としても、勇者としても、貫禄のあるバルフォニアの姿に、ホイップはニコニコと笑い、モイモイはニヤニヤと微笑んでいた。
「よ、よろしくお願いします!!」
そんな貫禄を滲み出しているバルフォニアを前にしたことでトトマは改めて緊張してしまったのか、ガチガチと強張った状態で深くお辞儀をする。
「まぁまぁ、トトマ君、落ち着いて。まずはちょっとした講義からいこうか」
「は、はい!!」
だがそのトトマ様子に、ふっと鼻で笑うとバルフォニアは優しく問い掛ける。
「ではまず、”魔法”とは何か、分かるかなトトマ君?」
開口早々いきなり何やら漠然とした質問であったが、トトマ気負うことなく自分の知っている限りの知識を披露する。
「えっと、体内に貯蔵されたマナを原料として、詠唱による形づくりによってそのマナを・・・」
教科書に載っていそうな堅苦しい説明を始めるトトマをくすっとバルフォニアは笑うと、すっと手を上げそのトトマの説明を一旦中断させる。
「な、何かおかしかったですか!?」
「あー、いやいや、そこまで具体的でなくていいんだ。もっと単純に魔法とは何かを考えてみてくれ」
「た、単純に・・・?」
そう言われ困惑するトトマであったが、だがバルフォニアに言われた通り単純に魔法という物をもう一度考え直してみる。
(魔法、魔法・・・。何もないとこから火を起こしたり、水を出したり、風を発生させたり、土や金属を操ったりする・・・う~ん)
そして、しばらく悩んだ結果、トトマは純粋に初めて魔法を見た時に彼がふと思ったことを声に出してみることにした。
「ふ、不思議現象です・・・かね?」
その最後の方では言っているトトマ自身も自信を無くしたのか疑問形になって答える。そして、そんな彼の発言を聞くと周りは一瞬しんと静まり返り、そうかと思うと、次の瞬間にはバルフォニアを初めホイップやモイモイまでもが一斉に大きな声で笑った。
「や、やっぱり変ですよね!!?」
トトマは一同の笑いを受け、顔を赤くしながら恥ずかしそうに訂正しようとしたが、バルフォニアはそんな彼を気遣う。
「あ~、いや、ごめんごめん。馬鹿にしたつもりではなかったんだ。うん、確かに不思議現象だな」
笑顔でうんうんと頷くとバルフォニアは改めて口を開く。
「まぁ、不思議現象ではあるが、もっと根本的な話。魔法とはね、学問なんだよ」
「・・・学問?」
残念ながらその言葉はトトマにとってはしっくりとくるものではなかった。また、バルフォニアもトトマが今の説明で納得するわけないと踏んで、微笑みながら話を続ける。
「確かに、魔法は『魔法のスキル』もしくは『魔装のスキル』所持者がレベルを上げることで習得する一種の技みたいなものだが、レベル上げて覚えてそれで終わりってわけではない」
「そ、そうなんですか・・・」
「そう、魔法は覚えてからが本番なんだ。自分の体に馴染むようにその型を変え、より強力にするためには、時には自ら考え、時には他者から教えを乞い、そうやって磨いていくからこそ魔法とは学問なんだよ」
「確かに」
今度のバルフォニアの説明は、まだまだ魔法初心者のトトマにも理解ができた。理解したというよりかは、トトマにとっては「しっくりとくる」といった感じである。
魔法とは、「魔法のスキル」、「魔装のスキル」保持者がレベルを上げていくことによって徐々に身に着け覚えていくものであるが、そこに同じ形は一つとしてなく、それぞれ人によって違うのである。
魔法は基本的には火、水、土、風、闇、光の6属性の内から1つを発現することがほとんどであるが、人によっては2種、3種と発現する者もいる。その場合、例えば火を初めに発現すれば、土の属性と闇もしくは光の属性が発現しやすい。その理由としては、まず火、水、土、風の”四大元素”はそれぞれ力の関係が存在し、「水は火を遮り、火は風を遮り、風は土を遮り、土は水を遮る」とされている。簡単に言えば「火は水に弱く、風に強い」といった具合で、そうなると火を最初に発現した者は火に関係のない土を発現しやすいということになる。また、他の属性も然りである。次に、闇と光の”二外元素”であるが、これは2つしかないのでどちらかしか発現しない。
つまり、先程述べたように、例えば火を初めに発現すれば、土の属性と闇もしくは光の属性が発現しやすい、ということになる。ただし、これは一般論であって例外も少なからず存在する。ここにいるバルフォニアは四大元素と二外元素の全てを扱えるし、人によっては力関係にある属性を習得する者もいる。
そして、重要なのは、魔法は属性を習得するだけでは終わらないということだ。
属性は同じでも人によって使える魔法の
では、どこでその魔法の型の差別化がなされるのかと言うと、それは魔法の型と使用者との相性である。火の玉を作るのが得意な者もいれば、火の剣を作るのが得意な者もいる。前者をA、後者をBとして説明すると、Aは火の剣や火の玉を作ることができるが、火の剣に関してはBに劣る。その逆も然りであり、AもBも自分の型を伸ばした方が他者よりも強力な魔法を使えるということになる。もちろん、利便性の観点から慣れない型でも魔法を使う者も多いが、やはり最高の魔法となれば自分の型に合わせた方が強いのである。
そこで重要になるのが、バルフォニアの言う「自ら考え、他者に教えを乞う」というつまりは学問ということになる。何百年と積み重ねられてきた魔法の研究を利用して、自分に合った魔法を見つけ出し活用するのである。勿論、それは容易なことではないが、ダンジョンへ挑む以上はそのような多少の苦労も必要だと言える。
「そして、学問であると同時に、魔法は武術でもある!!」
「え?えぇ!?」
ざっとした説明でトトマが理解したような顔を見せると、バルフォニアは意地悪そうな顔をしてそう宣言した。先程は学問と言っておきながら、今度は武術と言い出したバルフォニアの言葉に翻弄され、またもやトトマの頭はぐるぐると回り出した。
「そ、それは・・・どういう・・・」
自分では理解の使用もないことなので、トトマはあっさりと白旗を上げてバルフォニアに問うと、彼は得意げに語り出す。
「確かに魔法は学問だ。問うて、学びて、自らの知とする行為だ。”血は肉となり、やがて智になる”。あぁ、ごめん、これは私の師の言葉だ」
改めて、おっほんと一つ咳ばらいをするとバルフォニアは再び話を元に戻す。
「だけど、魔法は学ぶだけでは意味がない。実戦で使って初めて意味を成す。つまり、頭だけでなく、体に魔法を覚えさせるんだ。それに戦いの中で自身の魔法の課題を見つけることもあるので、更なる上達にも繋がる」
「なるほど・・・だから、武術なんですね」
「その通り!」
素直で呑み込みの良いトトマに感心すると、バルフォニアは胸を張った。
「よし!では次だ、トトマ君魔法は何から生成されるかな?」
「それは、マナです」
先程自分で言った答えだったので、トトマは自信を持って元気よく答えると、バルフォニアもニッコリと満足げに微笑む。
「そうだね。ありていに言うとマナとは魔法だけでなく万物の力の源だ。それは生き物の体の中や大地や空気の中にも含まれている。ちなみにモンスターの中にも含まれているという話だが・・・、今は関係ないな。そして、魔法で使用するのは自分の体に蓄えたマナだけだ。そこに、奇法との違いがあるわけだが、今は置いておこう。それで、その体内貯蔵マナは無論無限に使えるわけでもないし、人によってその蓄積限界値は異なる」
ふむふむとその説明を真剣に聞くトトマの様子に、少し満足げな表情でバルフォニアは話を続ける。
「だから魔法とは体に蓄積された体内マナを消費して使うわけだが、そこで重要になるのが『詠唱』だ」
長い長い前置きが終わりを告げ、いよいよ本格的な魔法の指導が始まる予感がし、トトマはごくりと喉を鳴らして身構える。
「『詠唱』・・・」
「そもそもマナ本体には属性なんてものはない、人の中だろうが空気の中だろうがマナはマナだ。そのマナを加工する手段が『詠唱』、その結果として発動するものが、つまり魔法というわけだ」
そう言うと、バルフォニアは少し体を慣らして何やら準備に取り掛かる。
「ではここで一つ実践してみるからよく見て、そしてよく聴いてくれ。『開け扉、指し示せ理、照らして温める仄かな火となれ』『
バルフォニアは自身の人差し指をトトマの目の前まで持っていき、魔法を一つ詠唱するとその指先からポッと小さな火が生まれた。
「おぉ!!」
それは魔法としては初歩中の初歩ではあったが、場の雰囲気の所為かトトマは予想以上に喜び、ホイップも離れたところで小さく歓声も上げ、拍手をしていた。
「じゃあ、次はトトマ君の番だ。先程の私の詠唱を思い出してやってみるんだ」
「は、はい!」
シュッと魔法の火を消したバルフォニアに対して、トトマも同じように指先を立て、そこに意識を集中させて詠唱を試みる。
「『開け扉、指し示せ理、照らして温める仄かな火となれ』『
トトマは一字一句間違えることなく詠唱を行ってみせたが、彼の指先からは何も生じなかった。試しにもう一度、もう一度と唱えてみても、彼の指先からは火どころか火の粉すら生まれてこない。
バルフォニアはその様子をただ黙って見守るだけであったが、その表情は何やら思うことがあるのかニヤニヤとしていた。
「あ、あれ!?」
何度も集中してやってみても上手くいかず、半ば自分には才能がないのではと不安になりかけたトトマ。そんな彼の表情を読み取ると少し離れた所に控えていたモイモイが少し強い口調で怒鳴りつける。
「お兄ちゃん!☆トトマ君に意地悪しないでよ!☆」
「え・・・い、意地悪?」
突然大声を上げたモイモイに驚き、そしてその内容を理解できなかったトトマはポカンとした表情で頬を膨らませるモイモイと意地悪そうに笑うバルフォニアの二人を見比べる。
「あはははは、いや~、すまないねトトマ君。これは、まぁ恒例行事みたいなものでね。うん、実はその詠唱では何百年経っても魔法は使えないんだ」
「えええぇぇぇ!?」
バルフォニアの言うことが確かであるならば、本格的な魔法の指導が始まって早々にトトマは嘘を教えられたということになる。
「いやいや、意地悪をしてすまない。初めて魔法を使う人に対する冗談みたいなものさ。でも身を持って経験した方が分かりやすいと思ってね」
そう軽く謝るとバルフォニアはポケットに入れていたチョークを取り出し、徐に床にがりがりと書き始める。その行動に「大丈夫なんですか?」と心配するトトマを宥めつつもバルフォニアは詠唱の仕組みについて語る。
簡単に説明すると、『詠唱』とはマナへの呼びかけなのである。自分の体内にあるマナに対して呼びかけを行い、魔法として形を返還させるのが魔法なのだ。魔法を使う者が「火を出したいんだけど、お願い」と言って、「あいよ」と体の中にあるマナがその声に応じて形を変えるのである。
その過程において重要なのは”自分の言葉”である。自分のマナに対して、自分で呼びかける言葉が必要であり、それを『
また、高等な技術になるが、実は『詠唱』とは声や音だけでなく、文字や踊りという方法を用いても発動が可能である。要は、自分の体内のマナにどうやって伝えるのかというのが重要になるので、何も声に出す必要はない。それに、ダンジョンにおける戦闘では何が起こるのかは分からないので、声以外にも『詠唱』する方法を所持していた方が有利である。だが、実際に声以外で『詠唱』するとなると非常に難解であり、才能がない限りそれこそ勉強と鍛錬を何年、何十年も積む必要がある。
そのことを理解していたバルフォニアは声での詠唱だけをトトマへと書き示した。
「ということは・・・僕には僕の『始動鍵』が必要ということですか?」
「その通り、話が早くて助かるよ」
文字や絵交じりに説明したバルフォニアはニッコリと答え、それに続けて彼は『始動鍵』の組み立て方の説明を始めた。
まず、詠唱における『始動鍵』とはバルフォニアの例で言うなら『開け扉、指し示せ理』の部分にあたる。ここの言葉は何でもいいということはなく、自分が意識するマナに関する言葉を述べなければならない。次に、『照らして温める仄かな火となれ』の部分は詠唱の”壱奏”にあたる部分なのでここは言い換える必要はない。また、詠唱は更に”弐奏”、”参奏”、”四奏”、”伍奏”と続けることができる。言葉を重ねるごとにマナはより具体的に加工され、行く行くは強靭な魔法へと変化する。ただし、その分消費されるマナの量も大きくなる上に、詠唱による隙も生じるので時と場合によってその詠唱を使い分けないといけない。
しかし、この自分の『始動鍵』の適切な言葉を見つけ出し並べるということは、実はかなり至難の技である。魔術師協会に入会したての者はまずはこの『始動鍵』を確立させることから始めるが、人によっては一年近くもかかることのある大変な作業でもあった。
「・・・」
バルフォニアの一頻りの丁寧な説明に、だが一方でトトマは愕然とし同時に言葉を失ってしまった。
バルフォニアのように特別な才があるわけでもなく、モンスターと会話できるという一風変わった勇者になったものの、依然としてパッとしない自分ではいつになったらその『始動鍵』が見つけることができるのであろうか。
そんな不安がトトマの頭の中で渦巻いていた。
「ちょ、ちょっと考えさせて・・・ください」
「ん?あぁ、頑張りたまえ。何かあったらすぐに相談してくれて構わない」
見るからに元気がなくなってしまったトトマにバルフォニアはそれ以上掛ける言葉もなく、というよりかここから先はどうしても彼自身の課題であり、他者がどうこうしたところで『始動鍵』は見つからない。ここがトトマの正念場だということは、今まで数多くの魔法使いに講義を行ったバルフォニアだからこそ理解できることであり、理解できるが故に彼はトトマを見守ることに決めた。
そんな思いを胸にバルフォニアはトトマを見送ると、その入れ代わりに飛びつくようにしてホイップが駆け寄って来た。
「バルフォニアさん!次、次は私に指導して下さい!!今、ステージでも使えるような魔法を考えているんですが・・・」
わいわいと話しを始める二人を遠目に眺めつつも、トトマは一人色々と口に出してみては自分の『始動鍵』を探し出す。だが、どんな言葉を並べてもトトマ自身がしっくりとくるものは見つからず、魔法は未だに発動しなかった。
(やっぱり・・・僕には)
そんな暗雲立ち込める中、トトマの肩をポンと優しく叩いたのは彼のパートナーでもあり、魔装師でもあるモイモイであった。そして、そんな彼女は落ち込んだ様子のトトマの隣に立つといつものように優しく微笑んだ。
「モ、モイモイさん」
「頑張ってるかい?☆トトマ君☆」
「・・・魔法って意外と難しいんですね。もっとさっくりとできるものだとばかり思っていました」
モイモイを心配させないようにとトトマは笑って見せたが、その顔が本当に笑顔にできていたかどうかは彼自身にも分からなかった。
「それに、もしかしたら僕には・・・」
「大丈夫ー☆私はトトマ君ならすぐにできると思うよ☆」
トトマの口から出そうになった弱音をかき消してモイモイは曇りない笑顔でそう言った。おそらく、その言葉はトトマの性格を理解した上での励ましだったのであろうが、残念ながら今のトトマにとってはその言葉は励ましには聞こえない。
「な、何を根拠にそんなこと・・・」
トトマ自身、”これ”と呼べる根拠、確信が欲しかったのである。
それは、魔法に関することだけでなく、突き詰めればトトマのスキルに関してでもあった。ここにいるバルフォニアもそうであるが、他の勇者の活躍はトトマにとっては頼もしいことでもあり、同時に羨ましいことであった。おそらく、トトマがただの挑戦者であったのなら、他の勇者の活躍を素直に感激し喜び、受け入れていたのだと思う。だが、トトマは彼らと同じ「勇者のスキル」を持った一人の勇者なのである。彼らと同じ勇者なのだと、彼らと同じ勇者なのにと、他者からではなく、何よりも自分自身でそう問い続け自分を追い込んできた。
そんなトトマの胸に秘めた、モヤモヤと霞みがかったその思いを払拭できるのは何かしらの確信であった。
トトマ自身の勇者としての何かしら秀でた才が見つかれば、今の自分から脱却できるかもしれないと、彼は一人考え続け、そして未だに彼はその答えには辿り着けていなかった。
そんな悩みを一人抱えるトトマに対して、モイモイはあっけらかんとした表情で軽く答える。
「根拠?☆うーん・・・、感かな?☆」
「か、感・・・て、モイモイさん。それは根拠ではないですよ」
「そうかな?☆感も重要だと思うよ☆それに・・・」
「え?うわぁ!?」
モイモイはそう言うと、急にトトマの顔を掴んでぐっと自分の顔に近づけた。鼻と鼻が当たりそうになり、トトマはふわりといい香りを感じ、そんな目と鼻の先のモイモイの顔に一瞬恥じらいだトトマであったが、しかしその彼女の表情を見て驚くと同時に冷やりと恐怖を感じ、息を吞む。
「モ、モイモイ・・・さん?」
いつもの飄々とした掴みどころのない笑顔はそこにはなく、そこに見えたのは冷たく真剣な表情の今までに見たことのないモイモイであった。
「貴方は”天性の感”を持つ勇者でしょうが、そんな貴方が”感”を信じないでどうするの?」
その言葉はゾッと冷たく、励ましというよりは脅しにも近かったが、でもその言葉にはしっかりとしたモイモイの思いが込められていた。今までトトマと共にダンジョンへと挑んできたモイモイだからこそ分かる、そしてトトマだからこそ分からない何かを彼女は伝えようとしたのである。
「私は・・・貴方が羨ましいよ」
「え?」
最後に聞こえるかどうかの微かな声でそう言うと、未だに茫然とするトトマを放って置きモイモイはパッと手を放すといつものほやんとした表情に戻る。
「そいじゃあーね☆トトマ君☆応援してるよー☆」
それだけを言い残すと、モイモイもバルフォニア目掛けて走って行き、「お兄ちゃん!!☆」と叫んで彼に飛び掛かった。
「な、なんだったんだ・・・?」
しばらくして、ようやく正気を取り戻したトトマはモイモイの豹変に驚きつつも彼女が残した言葉について一人考える。彼女はどうしてあんなことを言ったのか、彼女の言う根拠とは何なのかトトマは一人思い悩み、とりあえず頭の中で彼女の言った言葉を繰り返す。
(天性の感・・・、天性の感・・・)
「勇者のスキル」の中の1つの能力でもある「天性の感」とは、勇者の感覚を研ぎ澄ましてダンジョン内の危険を察知する能力と言われている。しかし、その「天性の感」を伸ばしたトトマにはそれ以外の能力を身に着けていた。それは、モンスターの言葉を理解できるようになったことである。また、それは言葉を理解できるというよりも、気持ちを理解できると言い換えた方がしっくりときた。具体的な形のないものを目や耳、鼻や肌でそして心でトトマは感じ取り、同時にそれらを相手に伝え返すことができているのだ。
そして、それはマナと呼べる存在にも言えることであった。
トトマの中に存在するマナを感じ、そのマナに伝える。
そう、これは「天性の感」の応用である。
「・・・そうか」
トトマはハッと何かを察すると、深く息を吐き、目を閉じ意識を集中する。ごちゃごちゃと魔法やマナについて頭で考えるのを止め、自身の感に全てを委ねる。
無いものはない、秀でていないものは今更突然に秀でることはない。ならば、今持っているものを、自分にしかない”それ”を活用するしかない。
(モンスターの言葉は僕が勉強して理解できるようになったわけじゃない。なんとなく話ができるようになったんだ。なら、考えたところでマナや魔法は理解なんてできない。感じるんだ。僕の能力で・・・魔法をマナを感じ取るんだ!)
そして、トトマはもう一度指を立て意識を集中させ、頭ではなく胸に、その彼の心の中に思い描いた通りの言葉を口にする。
「『魔よ、来たれ、照らして温める仄かな火となれ』『火遊(プチファイヤ)』」
詠唱を終え、恐る恐る目を開けると、そこには小さくもゆらゆらとした火がトトマの指先で遊ぶように燃えていた。それは、マナがトトマの呼びかけに応え、その姿を変えたということである。
「で、できた・・・できた!!!!」
思わずトトマの口から出た言葉に、バルフォニアたちも驚いたようにそちらを見る。そして、その先には指先から小さいながらもしっかりと火の魔法を発動しているトトマの姿があった。
しかし、生まれて初めてできた魔法に喜びつつも、トトマは自分の指先で燃えるその火を燃やし続ける方法が分からず、次第に彼の魔法は儚く消えてしまった。
「トトマ君!!☆」
「むぎゃ!?」
そんな感動の余韻に浸る間もなく、トトマの下へモイモイは駆け寄るとぎゅっと彼を抱きしめ押し倒し、その柔らかい胸を彼の顔に押し付けながらも、まるで自分のことのように大いに喜んだ。
「凄いよ!☆やっぱりトトマ君は凄い勇者だよ!!☆」
「ぐ、ぐるじいでず!?」
トトマは嬉しさ2割恥ずかしさ8割の気持ちでぎゅっと抱きしめるモイモイの背中をポンポンと叩く。
「モ、モイモイさん!?む、胸が、胸が!!?」
「おっと☆これは失礼☆」
胸の中でぽよぽよと踠くトトマの頭をパッと放すと、でもモイモイは嬉しそうに笑いながら少し距離を置いた。
「いやはや、これは驚いた!まさかこの短時間で『始動鍵』を会得するとはね」
「ふ~ん、まぁ・・・少しはやるんじゃない」
後から駆けつけたバルフォニアも正直に感想を告げ、トトマを称賛する。その隣でホイップも悔しそうな顔をしつつもトトマを認めている様子であった。
「バルフォニアさん、それにホイップさんもありがとうございました。なんだか・・・魔法について少しだけですが分かったような気がします」
「それにしても、どうやったらそんなに早く『始動鍵』を見つけられたんだ?後学のために教えてくれないか?」
「その・・・何となくなんですが、マナを感じたんです。モイモイさんの言う通り、自分に流れるマナを感じて、それに呼びかけるような言葉を探したら、何か自然とできたんです」
「なるほど・・・感じるか。私とは真逆なんだな・・・興味深い」
うんうんと頷くとバルフォニアは未だに床に尻を付くトトマを起こす。先程とは打って変わっていい表情になったトトマ。そんな彼を見て、バルフォニアは一つの助言を与える。
「トトマ君、こちらもいい勉強になった。まさか教える方が何かを教わるとはね。まぁ、それも一つの学問だな。そこで礼として何だが、君を困らせている番人に有効な魔法をいくつか伝授しよう」
「い、いいんですか!?」
「あぁ、いつも面倒な妹の世話をしてもらっているお礼も兼ねてな」
「ひどいなー☆」
「あ、あの!!私も良いですか!!」
「も、勿論ホイップさんもどうぞどうぞ」
「やったー!」
かくして、トトマは魔法の基礎を習得し、おまけでホイップも魔法についての理解を深めることに成功し、トトマたちは番人攻略への道をまた一歩進めたのであった。
「じゃ、じゃあ、早速!!」
魔法を習得したことで喜び活き急ぐトトマであったが、そんな彼に対してバルフォニアはぴっと指を立てる。
「だが、教えるのは私じゃない」
「えぇ!?じゃあ、誰が!?」
そう言われ狼狽するトトマにバルフォニアはふっと笑うと、次に魔法練習場の入口をまたもやぴっと指差した。その指の先を辿っていくと、そこには少し肌の黒い、短い銀髪が光るすらっと背の高い、眼鏡を掛けた男が一人、腕を組み、涼しい顔で壁に寄りかかっていた。
「彼がトトマ君の特別講師だ」
トトマは魔法を習得したとはいえ、まだまだその入口に立ったばかり。
そんな初心者丸出しのトトマに、今度は戦えるような魔法を伝授するために次なる講師が現れた。
彼の名はブレイズ。
この魔術師協会の研究者にして講師、そしてバルフォニアのパートナーでもあり、魔術師協会の誇る「
「火柱」の異名も持つ火の魔法を極めた男である。
果たして、そんな彼がいかなる人物なのか、それは神々のみぞ知る。
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