第13話 アイドル勇者ただいま見参!!

『「歌って踊れる皆の勇者、ホイップちゃん!!皆!応援よろしくね!」

                        勇気づける勇者の語り』


「・・・」


「勇者のスキル」を持つ者たちに与えられた十二の能力の内の一つ「魔の素質」の能力に秀でた、魔法を極めし勇者バルフォニアに魔法の教えを乞うため、トトマは一人彼から与えられた難題に立ち向かっていた。


バルフォニアの指定では、トトマが魔法を彼から学ぶ条件として、トトマは一人で、かつ誰にも見られずに封筒の中にあった紙に書かれた物を彼の所まで届けなけらばならなかった。


だがしかし、その紙に書かれていたものはトトマの想像を絶するものであり、早くも無事に達成できるかどうか分からないという暗雲が立ち込め始めていた。


周りを警戒して慎重に歩くトトマが向かう場所は、凶暴なモンスターたちが犇めくダンジョンの奥深く。


ではなく。


魔階島のとある大型書店「蔓屋ツルヤ」であった。


人間の歴史において本という存在は極めて重要であり、また挑戦者にとってもその本とは極めて重要な存在である。なぜなら、ダンジョン攻略に関する情報が掲載された本が数多く出版されているからだ。ダンジョン攻略とは長年に亘って挑み続けた数々の挑戦者たちの功績が積み重なっているからこそ成り立つものであり、一朝一夕で成せるものではない。


そこで重要になるのが先駆者たる挑戦者たちが書き残した本たちである。


各階層について詳しくまとめた本や、モンスターに関してまとめた本、中には貴重な資源や宝箱の出現予想などについて書かれた本など多数存在し、それらは総じてダンジョン攻略用の本、通称『攻略本』と呼ばれている。


しかし、今回のトトマの目的はその『攻略本』ではない。


トトマの目的であるその本は書店の中の目立つ場所に大々的に展示されており、その姿は明らかに異彩を放っていた。彼は恐る恐るその目的の本を手に取り、じっくりと確認する。こんな本のどこが魔法に関係するのかは魔法初心者のトトマには全く見当がつかなかった。だが、バルフォニアから受け取った封筒の中にある紙と照らし合わせてもその本のタイトルに間違いはない。


トトマの手にあるこの本こそがバルフォニアから指定された本であり、彼の魔法習得への鍵でもあった。


(・・・で、でも、バルフォニアさんは何でこんな本を?)


様々な疑問は残るものの、指定された本はこれで間違いはない。そう確信したトトマは後ろを振り向き、急ぎ会計へ向かおうとするが、そこには一人の女性がドンッと胸を張り立っていた。


「そこの貴方!もしかして、その本を買うのかしら?」


「え!?」


トトマの後ろに立っていた女性は鮮やかな朱色の長い髪をなびかせると、突然そう質問してきた。ビシッと決めた立ち姿、完璧に調整されたスタイルの良い肉付き、そして怪しげなサングラスに帽子。


彼女とは初対面であるはずのトトマであったが、しかし何故かその姿にどこか見覚えがあるような気がした。それも昔のことではない、つい最近彼女に似た人物をトトマはどこかで見かけたような気がしてやまない。


「発売日に真っ先にその本を手に取るとは・・・貴方、なかなかやるわね!」


謎の女性に褒められた(?)トトマは、ぼやっと思い出してきた記憶を頼りに口を開く。


「あ、貴女は・・・」


「ふふっ!そう私は!」


そのトトマの様子に目の前の女性はニコッと微笑み、彼の答えを待ち構える。


「・・・誰でしたっけ?」


「ズコー!?」


だが、まさかのトトマの言葉にその女性は盛大に足を滑らせた。


「す、すいません!?どこかでお会いしたような気はするんですが・・・、どうしても思い出せなくて」


「お、思い出せないって、貴方ね・・・!それ冗談のつもり!?」


よたよたと立ち上がったその女性は呆れた様子でトトマに食ってかかると、彼の持つ一冊の本をビシッと指差す。


「貴方の持っている本はいったい何なのかしら!?」


「え!?こ、この本ですか!?この本は・・・」


トトマが大事そうに手にするその本の名は『マカコレ』。


それは、言わずと知れた魔階島観光協会発行の大人気”模写集”雑誌である。その中には数々の女性挑戦者の模写が掲載されており、時には水着を着用した際どい姿なども本物顔負けな程に鮮明に模写されている。専属の「執筆のスキル」を持つプロが、本物同然に女性挑戦者の色々なポージングを余すことなく模写しているので、男性挑戦者の間で人気絶大の逸品である。


だが、トトマの沽券に関わるので追加で説明しておくと、彼自身このような雑誌を買うような性格ではなく、そしてこのような雑誌を買える程の勇気など持ち合わせてはいなかった。


今回は仕方なく、そう魔法のためにバルフォニアからの依頼をこなすために仕方なくトトマはこの『マカコレ』を初めて手にしたのである。


「あ!?」


そして、その手にした雑誌の表紙を見て驚きの声を上げるトトマ。


そんな彼の表情を見て、ほっと少し安堵する女性。


「も、もしかして!?編集者さんですか!」


「何でそうなるーーーーーーーーーー!?」


立ち直った彼女であったが、あまりのトトマの鈍感さぶりに再び盛大に転げた。だが遂に我慢の限界を迎えたのか、彼女は徐に身に着けたサングラスと帽子を取り去ると、ぐいっとその素顔をトトマに見せつける。


「ホイップちゃんよ!ホイップちゃん!!アイドル勇者のホイップちゃん!!貴方はどこまで馬鹿なのかしら!?」


その目と鼻の先にある整った可愛らしい顔を見て驚いたトトマは瞬時に手にした雑誌の表紙に書かれたその顔とホイップの顔を見比べるが、その顔は瓜二つであった。


というか本人であった。


「えぇ!?嘘!?本物!?」


何度も何度もトトマが見比べても『マカコレ』の表紙を飾る美女と、トトマの目の前に立ち頬をぷくっと膨らませて怒る美女は同じ美女であり、正真正銘の魔階島屈指のアイドル勇者、ホイップ・F・クリーム本人であった。


そんな彼女は、12人の勇者の1人にして、8番目の勇者。


勇者として「瘴気遮断」に優れ、通称「偶像の勇者」と呼ばれているが「ホイップちゃん」の呼び名の方が思い当たる人は多いだろう。そんな彼女は勇者としてよりも魔階島を盛り上げるアイドルとしての方が有名でもある。


また、ギルドで毎月行われる彼女のライブは物凄い人気を誇っており、魔階島の挑戦者だけでなく、ユウダイナ大陸からも彼女の歌と踊りを観るために多くの人が集まる程である。


しかも、最近の彼女の活動としては、この『マカコレ』にもあるようにモデルとしても活躍しており、更なるファンを集めている。だが、ダンジョン攻略に関しては然程力を入れておらず、時折話題作りのためにダンジョン挑んではいるが基本的にはダンジョン外で過ごすことの方が多い。


そんな魔階島屈指のアイドル勇者がトトマの目の前でこけたり、滑ったり、怒ったりしていたのである。


「貴方ね・・・!その本を握りしめて、私が分からないとかどういうつもりかしら!?普通の人なら『嘘!?生ホイップちゃん!?感激!』とか『サインください!』とかすぐ言うもんよ、普通!!」


「な、なんか・・・すいません」


キーキー怒るホイップに圧倒され、思わずトトマは謝罪してしまった。


「はぁ・・・、まぁ本物を前にして緊張したのは分かるけど、私はファンの要望に応えるアイドルだからね。記念にサインをしてあげるわ、ほらそれを貸しなさい」


手をくいくいとさせトトマの持っている雑誌を寄こすように催促するホイップであったが、一方で彼はぐっと思い悩んだ。ここでサインを書かれてしまったら誰にも気づかれずに手に入れるというバルフォニアから提示された条件に反してしまうのではないか、と。


ここでホイップからサインなど貰ってしまったらバルフォニアに言い訳の仕様がない。そう考えたトトマの行動は一つしかなかった。


「い、いえ!?いいです!結構ですー!!」


「な!?」


トトマはそれだけを言い残すと早々とその場を立ち去った。ホイップの好意には感謝するが、彼にも魔法を教わるという大事な使命と仲間への約束がある。その固い意思の前には、たとえ相手がどんなに可愛げなアイドルとはいえここで諦めるわけにはいかない。その一心で彼は会計に雑誌を持って行き、さっさと購入すると、一目散にバルフォニアの待つ魔術協会へと向かった。


「な・・・な・・・な!?はぁーーー!?」


しかし、取り残されたホイップはそのトトマの対応に驚き、そして怒りに震えていた。自分が魔階島を誇るアイドルということに驕っていたわけではないが、自分のことを知らないと言われ、挙句の果てには自分のサインまでをも断ったトトマに彼女は怒り心頭であった。


「ふぅ・・・、何とかなったかな」


そんなホイップの怒りも露知らず、しばらく走った後にトトマは後方を見て誰にも後をつけられていないのかを確認するとほっと胸を撫で下ろした。


(あの人・・・確かホイップさん?には悪いことをしたかな・・・。いやいや、これも魔法を教えてもらうためなんだ。そうだ、これも試練の一環なのかもしれない)


頭の中にもやもやとした気持ちがあったが、それらを振り切って肯定的に思い返すとトトマは再び歩き出す。だが、そんな彼の耳に聞き覚えのある声が遠くから響いた。つい先程聞いたことのあるその声は次第に近づき、またその声の主は物凄い勢いでトトマ目掛けて走ってくる。


「ちょっと!!そこの貴方止まりなさいよ!!私の好意を無下にするとはいい度胸ねッ!!!!」


「うえぇッ!?」


そのアイドルらしからぬ剣幕に押され、トトマも思わず逃げるように走り出す。


「ちょ!?なに逃げてんのよ!?」


「ひぃぃぃ!?ごめんなさい!!」


トトマの後に続いて走るホイップであったが、彼の思った以上に彼女の走りは速く、また持久力も大したものであった。


「こちとら、体力重視の仕事をしてるのよ!!これくらいどうってことないわ!!『舞い踊れ、歌い騒げ、可憐なる踊り手の席を、風をもって作り出せ』『演舞跳躍ホイップ・ステップ・ジャンプ』!!」


高速で詠唱を終え、そう叫んだ瞬間、ホイップは宙を蹴り空高く華麗に舞い上がる。そして、ポンポンと宙を蹴り続け軽やかに宙を舞うと、最後には見事に空中でくるりと一回転してトトマの行く手に着地してみせた。


「う、嘘!?」


「私から逃げようたってそうはいかないんだから!!」


(し、仕方がない!!!)


急に宙から舞い降りてきたホイップに先回りされたトトマは、仕方なく魔術師協会へと続く道へと逃げ込んだ。彼はホイップを撒いてから魔術師協会に行くつもりであったが、逃げきれないと分かった今は無事に辿り着く方が優先である。


「あ!?こら、待ちなさいって!!どこ行くのよ!!」


だが、トトマに負けじとホイップもその後に続く。


「ど、どうして追いかけるんですか!?」


必死に走りながらもトトマは声を上げてホイップに問い掛ける。


「そっちこそ、どうして逃げるのよ!?ありがたく私にサインされなさいよ!!」


ぐんぐんとその距離を詰めながらも威勢よく答えるホイップ。


そんな二人の不思議な追いかけっこだったが、目的地の魔術師協会が見え始め、その終わりはすぐそこまで迫っていた。ここまで来たからには、何としても無事に雑誌を届けなければならないと決意したトトマは、魔術師協会の建物に入ると一目散にバルフォニアの待つ部屋へと向かう。


「バ、バルフォニアさん!!も、持ってきました!!」


「おや?☆トトマ君、おかえりー☆」


あまりに急いでいたためにノックもせずに扉を開け放ってしまったトトマであったが、そんなことはお構いなく部屋ではバルフォニアとモイモイが呑気にのんびりとお茶を飲んで待っていた。


「思ったよりも遅かったが・・・、まぁいいだろう。それで例の物は?」


「こ、これです」


ぜぇぜぇと息を整えながらも雑誌の入った紙袋をトトマが差し出すと、バルフォニアは「ふむ」とだけ言って紙袋を受け取り、その中身は取り出さずにすっと開け口から中身だけをちらりと確認する。


「・・・あ、あってましたか?」


トトマは、今になってもしかしたら見当違いの物を買ってしまったのではないかと懸念し、そう尋ねたが、バルフォニアは顔色一つ変えずに答えた。


「・・・いや、これでいい、よくやってくれた」


「ほ、本当ですか!?・・・ではこれで」


「あぁ、魔法を教える話だが私が引き受けよう。・・・ところでトトマ君、どうして君はそんなに疲れているんだ?」


「そ、それは・・・」


トトマは例の件を言おうか言うまいか悩んだが、残念ながらその答えが彼の判断よりも早く開け放たれたままの扉から姿を現した。


「み、見つけたわよ・・・、この無礼者ッ!!」


「げぇッ!?」


肩で息をするホイップはバルフォニアの部屋に現れたまさかの訪問者であったが、その状況で我先に驚いたのはまさかのその訪問者自身であった。


「え!?嘘!?あ、貴方はもしかしてバルフォニアさん!?というかここってバルフォニアさんの研究室!?」


まさかの展開に口がぽかんと開いたままのトトマであったが、そんな彼のことはお構いなしにホイップはつかつかとバルフォニアへ近づくと、トトマをドンッと強引に押し退けてバルフォニアをキラキラとした目で見上げる。


「い、いかにも、私が『魔術の勇者』バルフォニアです。そういう貴女は確か・・・、ホイップさんですよね?」


「キャー!私のことをご存知だなんて光栄です!!あら、それなのに私ったらこんな姿で恥ずかしい・・・」


トトマには一切見せなかった乙女な姿を見せるホイップに対し、バルフォニアは何やら慌てた様子で笑う。


「はっはっは、魔法を極める身としては色々なことへの知識を深めないといけないですからね。当然のことです」


「はぁ~・・・、なんて聡明なお考え」


バルフォニアの発言にきゅんと胸をときめかせるホイップであったが、そんな目の前の光景はトトマにとってはもう何が何やらといった状況であった。そんな中、床に倒れるトトマの隣にモイモイが駆けつけると、ちょこんとしゃがみ込む。


「モ、モイモイさん、これはどういうことなんです?」


「んー?☆まぁ、お兄ちゃんは魔法を使う人なら誰でも知っているほどの有名人だからね☆ホイップちゃんもそのファンなのかもね☆」


「な、なるほど」


「その逆もしかり☆」


「な、なるほど?」


モイモイの言い残した言葉の意味はあまり理解はできなかったが、とりあえず理解できたことにしてトトマは立ち上がる。


「ところで、どうして貴方みたいな人がバルフォニアさんの所に?」


そんなふとしたホイップの質問にトトマは正直にバルフォニアの持つ紙袋を指差した。


「僕はバルフォニアさんからこの雑誌を買ってくるように言われたんですよ」


「え!?バルフォニアさんが私の載っている雑誌を!?」


まさかの展開に、驚きと喜びの顔をして再びバルフォニアの方へとキラキラとした眼差しをホイップは向けた。だが、そんな彼女の笑顔にたじろぎつつもバルフォニアは斜め上の天井を見ながら困ったように答える。


「あー・・・えっとこれは・・・そう!これは魔法を覚えるための基礎訓練だったんですよ。詳しくは言えませんが、3枚の封筒を提示し、ここまで持ってくるまでに魔法の基礎となることが様々隠されていたんです」


魔法を詳しくは知らないトトマにとっては何やら雲をつかむような解説であったが、でもあのバルフォニアが言うのだから間違いはないだろうと彼はそう納得することにした。


一方でモイモイは何も言わず、ただひたすらにその光景をニヨニヨと楽しく見守っている。


「なるほど!それで偶然にも私の載っているこの雑誌を買うことになったのですね。それなのに私ってば無理やりサインしてあげるなんて言ってしまって、あぁ!恥ずかしい!!」


「サ、サイン!?ホイップちゃんの!?」


すると、突然バルフォニアは「サイン」という言葉に大きく反応した。そんな彼に目を丸くして驚くトトマとホイップであったが、バルフォニアは咳ばらいをすると慌てた様子で扉の方へと歩み寄る。


「ト、トトマ君!とりあえず基礎訓練は合格だ。じゃ、じゃあ、時間があまりないのでこれからすぐに魔法講座を始めるぞ。な、なんでしたらホイップさんも良ければ一緒にどうですか?」


「え!?良いんですか!?わぁ!バルフォニアさん直々の講座なんて感激!」


バルフォニアの誘いに喜ぶとホイップは嬉しそうに彼に続いて部屋を出る。トトマも後に続いて部屋を出ようとするがそこでモイモイがぼそっと嬉しそうに呟いた。


「全く・・・素直じゃないな、お兄ちゃんは」


「ん?何か言いましたかモイモイさん?」


「いや☆なーんでも☆ほらほら早く行こう☆」


モイモイの言葉が気にはなったが、バルフォニアから魔法の基礎を教えてもらえるということが無事決まったので、トトマは嬉しい気持ちを抑え、急ぎモイモイと共にバルフォニアの待つ魔法練習場へと向かった。


本格的に始まる魔法の講座とは一体いかなるものなのか、それは神のみぞ知る。

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