第11話 第二十階層 ”貪る食人草たちの狂乱”戦

『「私は人を刺し殺すことばかりをしてきました。

    なので、今更モンスターを刺し殺せと言われても、あぁ困ったわ。」

                      残虐な長槍使いの残した思い』


「皆、え~と・・・用意した『耐性薬』はしっかりと持ったね?」


「持ったよん☆」


「えっと・・・だ、大丈夫です」


「あぁ、大丈夫だ」


ダンジョン第二十階層、番人の間の扉の前にて。


黒い霧のかかったその扉の前で、いつも通りに番人攻略に向けて最後の確認を行うトトマ一同。


「『耐性薬』は数に注意して使って欲しいけど、緊急時には迷わずに飲んでね」


トトマは全員を気遣うように言ったが、その中でも一番に気になるのはいつもと少し様子が違うオッサンであった。


「ん?どうかしましたか、勇者様?」


すると、そのトトマの視線に気が付いたオッサンは不思議そうに尋ねる。


「いや、その最近酔ってないな・・・なんて」


「確かに、オッサンさんは最近お酒飲まないね☆」


「だ、大丈夫ですか?どこかお体の具合が悪いのですか?」


トトマに続き、そう心配し驚く一同にオッサンはおいおいと苦笑いを見せる。


「お酒を飲んでいない方が異常なのかい?俺は」


その言葉に確かにと納得したトトマたちは、改めて番人の間へと向きなおす。


「では・・・行きます!!『開錠』!!」


トトマは勇者の力を使ってその黒い霧をかき消すと、普段よりも格段に重たい体を引きずるように番人の間へと足を踏み入れた。


そんなトトマを先頭に、次から次へとパートナーたちも番人の間へと続く。


ダンジョン第二十階層番人 ”貪る食人草たちの狂乱”


『あら?また来たのね勇者君。さーて、今日はどうやって殺してあげましょうか・・・ってあらあら?今日は何だか・・・数が多いわね』


番人の間中央にて咲き誇る、血のように真っ赤に染まった禍々しい巨大な花から上半身を出す美麗な番人は、入ってきたトトマたちを見て驚いた。


勿論、以前に比べてトトマのパートナーの数が増えたことにも驚いたが、それとは別にその一人一人が一体誰だか分からない見た目をしていることに驚いたのである。


『ちょ、ちょっと!?なによ、なによ!?これじゃあ、どれが勇者君だか分からないじゃないのよ!!』


番人の目に写るのは二人の女性とそれを取り囲むたくさんの鎧たちだけである。つまり、これではどこにトトマがいるのかが番人には全く見当がつかない。


これが今回のトトマの作戦、「木を隠すなら森に、鎧を隠すならリビングメイル軍団に」である。


勇者がパートナーよりも先に死んでしまっては元も子もない。なので、トトマへの攻撃が集中しないようにと、トトマもオッサンもリビングメイルと同様に全身鎧を着こんで、その顔も兜で覆い隠し番人を撹乱させる作戦に出た。


この作戦の難点としては声を発することができないので指示が出せないことであるが、今回の各々の役割は至って単純であり、状況に応じてトトマが指示を出す必要はない。


なので、要するに後は各自が事前に打ち合わせた通りの役割を果たすだけである。


「『響け鐘よ、鳴り響け天の空に、浄化する風を音色に乗せて・・・』」


「『謳えよ謳えよ、轟々と猛れ、煌めく星々、天に散りばめて・・・』」


ミラとモイモイがそれぞれ詠唱を始めるとともに、トトマたちは一斉に番人目指してガシャガシャと金属音を鳴らして動き出す。ただ、二体の鎧だけがミラとモイモイの護衛のために彼女たちの所へと残り、後の鎧たちは番人目指して大きな荊を駆け上がる。


『行くぞッ!番人ッ!!』


そんな中、ガシャガシャと動く鎧たちの一方で、その一体だけ見た目も大きさも格段に違うコクリュウのみが、時間を稼ぐためにも単身で切り込み隊長として番人へと飛び掛かる。しかし、それに対して番人は特に焦る様子はなく、飛び込むコクリュウを冷静に見つめ返す。


『あら、お馬鹿さんが一人、これでもくらいなさいなッ!「睡眠粉塵」』


番人が自身の掌をふっと吹くと、大量のキラキラと輝く蒼色の花粉がコクリュウへと吹きつけられる。


『無様に落ちなさい』


その「睡眠粉塵」に含まれる花粉には強烈な睡眠効果があり、吸い込んだら最後、よっぽどの衝撃を与えられても起きることはない。それこそ、死ぬほどの衝撃を与えられなければその睡魔を打ち消すことができない。


しかし、それは呼吸をする生物限定の話である。


口も無ければ鼻も無いリビングメイルであるコクリュウにとって睡眠などの状態異常は無意味であり、したり顔をする番人に向かってコクリュウは叫ぶ。


『甘いッ!「黒竜牙・滅」!!』


『うっそぉ!?』


その「睡眠粉塵」の中からコクリュウは勢いよく飛び出すと、勢いそのままに振りかぶったハルバードを渾身の力で振り下ろす。当たれば番人でも無事では済まないその一撃を、番人はすんでの所で周りの荊をかき集めて防ぎきるとニヤリと笑う。


『あらあら、どうして私の花粉が効かないのかしら?』


『ふん、答える義理は・・・ないッ!』


コクリュウはそう叫ぶと力任せに纏わりつく荊を振り払うと、一旦番人との距離を置く。そうこうしている内に、鎧たちは一歩一歩と番人へと近づいていた。番人の間中央で咲き誇る巨大なその花の中から身動きができない番人にとっては、多数で囲まれるということは分が悪い。


そう考えが及んだのか、番人は右手をかざして大声で叫ぶ。


『食人草たちよ!!その人間共を蹴散らしなさいッ!!』


その番人の声に導かれ、番人の間中に蔓延る荊から次々と食人草たちが現れる。彼らは『ギィギィ』と鳴き声を出しながら、大きな口の尖った歯を打ち鳴らし、各々鎧たちへ向かっていく。しかし、そんな食人草ごときに簡単にやられる鎧たちではなく、手にした剣と盾で次々と食人草を斬り裂いてはズンズンと進んでいく。


『あーもう!!本当にムカつく!!・・・だったらこれはどうかしら「狂乱の宴」!!』


番人がそう叫ぶと次はキラキラと輝く朱色の花粉が番人の間中に降り注ぐ。


この朱色の花粉こそが「混乱」の効果を持つ厄介な品物であり、これによって混乱したモイモイやミラによって以前のトトマは痛い目にあってきた。だが、勿論、この攻撃に対してもトトマたちは対策を講じている。


「『守護結界フォースシールド』!!」


その花粉が広まるよりも早くミラは杖を地面に叩き付けると奇法を発動させ、自身とモイモイを囲むように守りの結界を形成した。この奇法は、外からのある程度の衝撃を防ぐことができ、また番人の花粉でも未然に防ぐこともできる。


その様子を確認し終えると、次は準備万端であったモイモイが攻撃を仕掛ける。


「『重・爆炎刃カサネ・バクエンジン』!!」


『ぐッ!?これは不味いわ・・・ねッ!!』


そして、その結界の中から飛び出してきた4本の短剣を見るや否や、番人は再び荊を集結させて自身の前に大きな壁を作り上げた。だが、付加魔法のかかった短剣の起こす爆発がその荊でできた壁を傷つけると、コクリュウはその傷を狙ってハルバードを大きく振るい、番人を守る壁を打ち破る。


『その命、貰ったぞッ!』


モイモイとコクリュウとの見事な連携により、番人を守る物はもう何もない。勝利を確信したコクリュウは手にしたハルバードを力の限り振りかぶる。


ガッキィィィィン!!!


『なに!?』


しかし、もはや無防備であったはずの番人に振り下されたコクリュウの一撃は、番人を目の前にして何かによって無残にもその勢いを消滅させられてしまった。すると、どういうわけか、ふふっと怪しく笑う番人の手にはいつの間にか怪しげな長槍が握られていたのである。


『あーあ、今度はこれで勇者君を串刺しにする予定だったのに、あー残念・・・』


そう言いつつ、力任せにコクリュウを押し返すと、番人は持っていた長槍をくるりくるりと手と体を巧みに使って回し、再びコクリュウへとその槍先を向ける。


『・・・くっ、くそッ!』


まさかの隠し武器の登場にもう一度間合いを置こうと後ろに下がろうと荊を蹴るコクリュウであったが、そんな彼の足に棘の生えた細い荊たちが群がり、がっしりと固定する。


『な、しまっ!?』


全てを言い切る前にコクリュウの頭部は投げられた長槍によって吹き飛ばされ、コクリュウの竜の頭部のような兜がカランカランと音を立てて悲しく転がる。もし中に人間が入っていたのなら、その首までもげていたかもしれない強烈な一撃であった。


そして、頭部が取れたコクリュウの中の空洞を見た番人は初め少し驚くと、次にニヤリと笑ってトトマたちの作戦に察しが付いた。


『な~るほどね、勇者君。リビングメイルとは考えたわね・・・』


『くそッ!!』


『はいはい、あんたはそこで大人しくしてなさい』


頭部を失ってもなお動こうとするコクリュウを無数の荊で縛り上げると、投げた長槍を荊で巧みに回収しつつ、番人は周りの鎧たちを余裕の表情で見比べる。


『さ・て・と・・・本物はどこかしら』


この鎧たちのどれかにトトマが隠れており、それらに紛れながら彼は接近して来るはずであると予想した番人は残りの鎧たちをじっと見つめる。勇者でなければ番人を倒すことはできない、だが逆に勇者さえ倒せば他のパートナーは自動的にここからいなくなる。ミラとモイモイのそばにいる二体のリビングメイルは接近してくることはないので放って置き、番人は迫りくる残り五体の鎧たちに的を絞るとじっと注視する。


『・・・ん?ふ、あははは!!』


そんな鎧たちを見比べてあることに気が付いた番人は堪らずに笑い声を上げると、勝利を確信し、手にした長槍を最大まで振りかざす。


「『疾風迅・雷光ハリケーン・トルネード』!!☆」


その番人の不穏な気配にいち早く気が付いたモイモイは慌てつつも付加魔法を付けた短剣を投げつける。風の付加魔法を受けた短剣は目にも止まらぬ速さで番人目掛けて飛翔したが、またもや即座に形成された荊の壁に阻まれ番人届かずに爆発した。


「ちぃッ!☆」


『無駄無駄。さ~て、見つけたわよッ!勇者君!!』


そのモイモイの一撃を見終えてから、番人は狙いを定め、とある鎧目掛けて手にした長槍を力の限り投げ飛ばした。


「!?」


突然自分目掛けて飛んできた長槍に驚くと、その鎧は手にした剣でその槍を撃ち落とす。だが、その際に抜いた剣からは紅い炎が宙を舞った。それはまさしく、トトマがアリスから渡された火の属性武器「フレイム・ブレイド」の剣筋であった。ただの一介のリビングメイル如きにそんな「フレイム・ブレイド」を託すわけなく、その武器を握る者こそが自らに挑み、そして打ち倒せる力を持つ勇者に間違いないと番人は心の中で笑った。


『あはははは!!お馬鹿さん!!!せっかくの秘密兵器だったんでしょうけど、それが仇になったわね!!』


その剣を見て確信を得た番人は、火の属性武器を手にする鎧に対して槍のような荊を無数に降り注がせる。


(くっ、バレたか!?急がなくては!!)


しかし、その猛攻に臆することなく鎧を着た挑戦者はぐんっと足に力を入れると、それらを避けて、斬り裂いて、突き進み、最後の力を振り絞って番人へと飛び掛かる。


『本当に・・・お馬鹿さんね』


その様子を見ていた番人はそう言い捨てると呆れた表情で飛び掛かってきた鎧に手をかざし、その手で操る荊で鎧を縛り上げた。そして、身動きの取れない鎧を自分の目の前まで近づけると強引にその兜を取り去った。


『勇者君、なかなかの作戦だったけれど、詰めが甘かったわね。今度はもう少し頭を使いなさい。頭を』


そう優しく番人が諭すと、兜の下から現れた挑戦者はニッコリと笑った。


そして、その顔は勇者とは似ても似つかないおじさんのような笑みであった。


と言うか、それは中年男の笑みそのものである。


『はぁ!?だ、誰よあんた!?』


「彼はオジマンティエス・G・サンドレオス。僕の仲間で通称オッサンですッ!!」


その自己紹介とともに、ザンッと番人の体を後ろから何者かが貫いた。


『な!?・・・がぁ!?』


突然自分の胸を貫いた剣に驚きながらもゆっくりと後ろを振り向くと、そこには番人の良く知る可愛くも凛々しいトトマの顔がそこにはあった。


「僕の勝ちです!『破魔・ティオ』!!!」


『がああぁぁぁぁぁ!!!?』


トトマはそう叫ぶと、破邪の力を溜め番人の体をそのまま勢いよく斬り裂いた。


『な!?・・・ど、どうし・・・て!?』


トトマの破邪の力で朽ちていく番人はその場に力なく倒れると、最後の力でそう彼に問い掛けた。見れば彼は重たげな鎧など着ておらず、どうしてか動きやすい軽装な見た目をしている。


「簡単なことです、鎧を脱いだんですよ、最初にね」


『よ、鎧を・・・いつ?』


「貴女に鎧姿の僕たちを最初に見せ、その後花粉やこちらの攻撃で貴女の視界を奪った後にこっそりと脱いだんですよ」


『で、でも・・・あの鎧たちは・・・まさか!?』


「そのまさかです。ミラとモイモイさんを守っていた二体のリビングメイルの内一体は僕が脱いだ偽者です」


番人はコクリュウと迫りくる鎧たちばかりに注意していたが、確かに序盤からあまり動かない鎧が二つだけあった。それがトトマとただのリビングメイルである。頃合いを見て、鎧を外して立たせて置き、トトマは単身番人の後ろに回ってよじ登って来ていたのであった。もちろん、オッサンに「フレイム・ブレイド」を持たせておいたのも番人の注意を逸らすためで、火の属性武器に釣られた番人はそれがまさか囮だとは疑うこともなかった。


『ふ、ふふふ、あはははは!!』


番人はトトマからの説明を受け、消えかけの体で大いに笑った。


『勇者君、頭を使ったわね』


「はい」


そのトトマの清々しい返事に満足すると番人は目を瞑って呟いた。


『そうね・・・勇者君な・・・き・・・』


番人は何かを言い残したようであったが、さらさらと崩れ落ちる体からはトトマでもその全てを聞き取ることはできなかった。


だが、勝利は勝利である。


念願の二体目の番人攻略に成功したトトマたちは意気揚々と次の階、そして次の番人を目指す。その先に苦難があったとしても、今の仲間たちがいれば乗り越えることができる。そんな仲間の大切さを改めて実感したトトマは彼らに感謝しつつ、己の勇者としての戦いを続けていくのであった。


その戦いの先は、神のみぞ知る。


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次章予告


『鋼鉄の勇者』と『薬師の勇者』の二人の勇者と、またまた仲間(モンスター)の協力を得て、前よりかは少し頭も使って第二の番人を倒すことに成功した勇者。


しかし、そんな成長したかのように思えた彼の前に立ちはだかった次なる番人は、なんと物理攻撃の効かない第三の番人だった!?


幾度の苦戦、幾度の撤退。


その末に勇者が導き出した攻略法は、まさかの「魔法」!?


果たして、「魔法」は通用するのか?そもそも勇者は「魔法」を習得できるのか?


次章「勇者、魔法を学ぶ」


乞うご期待!

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