第10話 癒えぬ傷は誰が癒す
『「酒は飲んでも飲まれるな。
飲まれるくらいならぐいっと飲み干せ」
酔っ払い騎士の妄言』
「皆、作戦通りに行くよ」
「わ、分かりました!」
「まっかせなさーい☆」
「うぃ~~」
『任せてくれよ。兄貴!』
『あぁ、いつでも行けるぞ!』
魔階島のダンジョン 第十八階層
その階層のとある一角には数多のスケルトンたちが犇めく巨大な空間が広がっており、その一歩手前でトトマ一行はビシッと気合いを入れていた。
また、そこにいる数多のスケルトンたちに対して、トトマたちも負けず劣らずの軍勢である。まるで小規模な戦争でも起こすかのようにわらわらと群がっているが、そこにいるのはほとんどがモンスターであり、人間はトトマたち僅か4人だけであった。
リビングメイル改めコクリュウとなった彼を武器防具屋「トンカチ」に連れて行った後、トトマは宿に帰ると早速パートナーたちに事の次第を説明した。勿論、ミラには相当心配されたが、トトマたちも挑戦者として、そして勇者として成長している時期である。いつまでも上層で足踏みしているのではなく、無茶で無謀なことにも挑戦していかないといけないのだと必死にトトマは説得を行った。
その甲斐あって各々パートナーたちの了承を得ることができ、次の日つまりは今日、トトマとそのパートナーたちは彼らに味方するモンスターたちと共にダンジョンの第十階層以降を荒らす強個体スケルトンナイトへと挑むこととなった。
その今回の目的である強個体スケルトンナイトの他にも、トトマたちの目の前にはわらわらとスケルトンが徘徊しているが、彼らの処理はスラキチの集めたスライム親衛隊とコクリュウが集めたリビングメイル騎士団が相手をする手はずになっている。なので、トトマたちは強個体スケルトンナイトただ一体を狙うのみである。
しかし、その大きさは聞いていた話よりも遥かに大きく、また凶暴そうにも感じる。また、他のスケルトンたちとは異なり、スケルトンナイトの手にする剣は一薙ぎでそのフロアの半分を斬り飛ばすことができそうな程に巨大であった。
だが、ここまで来た以上トトマたちは怯むわけにも逃げ出すわけにもいかない。彼はもう一度深呼吸をして息を整えると覚悟を決め、スライム親衛隊へと静かに合図を出す。
『よーし、行くぜッ!野郎ども!!このスラキチ様に続けッ!』
スラキチの威勢のいい掛け声の後、兜を装着することで自称強くなったスラキチを先頭にスライム親衛隊が我先にとスケルトンナイトたちへと襲い掛かる。その目的はトトマたちの道を切り開くため、そしてスライムたちが通った後にできた道をトトマたちは一斉に駆け抜ける。
『退け退けッ!骨っころどもがッ!兄貴のために道を開けろい!!』
「スラキチ張り切ってるな・・・」
「ははっ☆頼もしいね!☆」
猛進するスライム親衛隊がスケルトンたちを蹴散らして進み、そのすぐ後にトトマ、ミラ、オッサン、モイモイ、コクリュウの順で駆け、さらにその後方を塞ぐようにリビングメイル隊が固める。
『な、何ダ!?こいつらハ!?』
突然のスライム+リビングメイル+挑戦者の襲来に驚きつつも、強個体スケルトンナイトはのっそりと武器を構えて戦闘態勢に入る。だが、先手を仕掛けたのは勢いに乗るトトマたちであった。
「モイモイさん!コクリュウ!!お願いします!」
「『
『承知ッ!』
事前の打ち合わせ通り、コクリュウはモイモイが事前に風の付加魔法を掛けた大槍を握ると強個体スケルトンナイト目掛けて投擲する。狙うはその大きな肩、初手で肩を崩して攻撃の手段を減らす作戦であった。
『グゥッ!!!??』
そして、そのトトマたちの思惑通りにコクリュウから放たれたその大槍は強烈な攻城兵器のごとく強個体スケルトンナイトの肩を粉砕し、その大きな腕は無残にも地面へと崩れ落ちる。
「ミラとコクリュウは僕に着いて来て!オッサンはモイモイさんの援護、モイモイさんは引き続き後方から僕たちの援護!!」
間髪入れずに、トトマは仲間を連れ、剣と盾を構えながら突き進む。目指すは先程の攻撃で怯んでいる強個体スケルトンナイトであるが、その前には危機を察知して駆けつけた護衛のスケルトンが待ち構える。
『親分には手を出させなイ』
『我々が相手ダ』
スライム親衛隊が処理し切れなかったスケルトンたちがわらわらとトトマとミラの行く手を阻むが、コクリュウは一人地を大きく蹴るとぐんっと走る速度を上げ、単身スケルトンの群れへと跳び込んだ。
『邪魔は・・・させんッ!!!』
コクリュウは武器防具屋「トンカチ」の店主ヒカリから餞別として貰ったハルバードを強く地面に叩きつけ、その次の瞬間にはハルバードを力任せに振り回す。すると、コクリュウの振るうハルバードは周囲のスケルトンたちを次々にバラバラの粉々に粉砕していく。その姿はまさしく黒いドラゴンが暴れるようであり、スケルトンでは到底太刀打ちできるわけもなく、気が付けば骨の山に立っているのはコクリュウのみであった。
「ミラ、詠唱!コクリュウは僕と一緒に来て!!」
『承知!』
強個体スケルトンナイトから少し離れた場所にミラを一人残すと、トトマとコクリュウは一気に駆け抜ける。
「『ブレイブ・スラッシュ・クロス』!!」
『「黒竜牙・檄」!!』
互いに強個体スケルトンナイトのその大きな足に渾身の一撃を入れ、左右から別々に敵の注意を引く。
『ええイ!!足元でちょろちょろト!!』
そして、トトマたちの攻撃により強敵スケルトンナイトの注意が下に向いているところに、今度は待機していたモイモイの付加魔法が炸裂する。
「『
ヒュンッと音を立てて投げられた短剣に先程の投擲された大槍を思い出したのか、強個体スケルトンナイトは手にした大剣を振って叩き落そうと試みる。だがしかし、その大剣と短剣がぶつかった瞬間、そこに大きな爆発が生まれることを強個体スケルトンナイトは知らない。
『な、なんだこれハ!?』
突然のその凄まじい衝撃に耐えられず、ビリビリと痺れる手から大剣を地に落とした強個体スケルトンナイト。その隙を見逃すことなく、コクリュウは再び敵の足を目掛けて跳び上がると振り上げたハルバードを叩きつけ、その大きな足首を打ち砕く。
「よし!スラキチ!今だッ!!」
そのコクリュウの様子を見守っていたトトマは既に準備を終え待機していたスラキチたちに支持を出す。そして、その指示に合わせて、待ち侘びていたスラキチは意気揚々と声を上げる。
『よっしゃッ!出番だぜ、スライム親衛隊!!「スライム・ビック・ウェーブ」!!』
コクリュウの一撃にふらつき手を付く強個体スケルトンナイトのその大きな背中を目掛けて、大きく迂回して集結したスラキチ率いるスライム親衛隊たちはドドッと突進をしかけると、その巨体を大きく前のめりに転倒させる。
『ぬおぉ!?こ、この小癪ナ!!』
強個体スケルトンナイトは見事に前方に転倒したものの、それ自体は大きなダメージには繋がらない。だが、その転倒した強個体スケルトンナイトの目の前で何かを大きく振りかぶる存在こそが大きなダメージとなる。
「『
ボゴンッ!!!!
「回復」と言いつつ手にした鈍器を振りかぶるのはトトマパーティの回復担当の聖職者ミラである。そんな彼女の奇法は相手を殴る時に効果を発生させる。つまり、回復する時も攻撃する時も、何かを叩かないといけないのだ。普通であれば敵モンスターを回復させるのはおかしな話である。だが、ゴーストやスケルトンといった霊体系のモンスターには奇法による回復は攻撃に繋がる。また、スケルトンは骨を砕くことでその再生を食い止める効果もあり、今のミラの攻撃は絶大なダメージを与えることができるのだ。
つまり、この戦いにおいての最終兵器は”殴る回復役”ミラ自身だったのである。
『グワアアアアァァァァ!!??』
「えい!えい!!えぇぇーーーい!!!」
バキッ!バキッ!!ドカッ!!
自分の目の前に落ちてきた強個体スケルトンナイトの頭蓋骨を滅多滅多に叩き続けるミラ。初めはおどおどと鈍器を叩きつけていた彼女であったが、その殴る力は徐々に増していく。普段は決して攻撃役に回ることのない彼女が今回は初めて攻撃に参加し、しかも本作戦の要にもなっている。
そんな普段はあり得ない自分に酔いしれたのか、その表情は次第に恍惚としたものになっていく。
「・・・ふ・・・ふふ・・・あはっ!・・・あはははははっ!!」
強個体スケルトンナイトの頭蓋骨を粉砕した時点で勝負か決まっていたにも関わらず、未だに容赦なく殴り続けるミラ。その様子に、これ以上やらせると何やらいけない領域に彼女が足を踏み入れそうな気がして、トトマは無理やり強引に彼女を後ろから引き止める。
「ミ、ミラ!?ミラさん!?もういいから!一旦落ち着いて!!」
「あはははははは!!・・・はッ!?ト、トトマ様!?ど、どうして・・・あれ!?」
トトマに後ろから強く抱き止められ、ミラは現実に意識が帰って来たのはいいものの、周りを見渡すと皆は唖然とした様子であり、皆唖然とした白い目で彼女を見つめていた。
「・・・お、おかえり☆ミラちゃん☆」
「おぉ~ミラちゃんもやるね~」
『さすが兄貴の女だぜぇ・・・痺れるぅ』
『ミラ嬢の隠された秘密だな』
「あ・・・あ・・・あ」
一方で、ミラはというと先程までの記憶が戻り始めたのか自分の所業を思い出し、彼女の体はわなわなと震え、その顔は耳までぼっと赤くなる。そして、そんな彼女が恐る恐る振り向くとそこにはトトマのぎこちない笑顔があった。ミラにとってこのような醜態を一番見せたくない人物が一番近くにいたのである。
「ミ、ミラ。えーっと・・・良い攻撃だった・・・ね」
そう気遣うトトマの言葉が決定打になり、ミラは恥ずかしくも泣きながらモイモイの方へと駆け寄る。
「うわぁ~ん!!モイモイさ~ん!!」
「おぉ!?おー、よしよし☆大丈夫、大丈夫☆」
ドンとモイモイの胸に飛び込んできたミラを自前の衝撃吸収材で優しく受け止めると、モイモイはまるで子どもをあやす様にミラの頭を撫で、その背中をぽんぽんと叩く。
そんな泣きじゃくるミラのことはモイモイに任せると、トトマは一人佇むコクリュウへと歩み寄る。
「ありがとう、コクリュウ。中々の活躍だったね」
そう語り掛けるトトマに対して、コクリュウは深々と頭を下げた。
『トトマ殿、この度は色々と尽くしてくれ、感謝する。この勝利もトトマ殿たちのお力添えがあったからこそ、某たちを代表して感謝申し上げる』
「い、いいよ、いいよ!?そんなこと!本はと言えば、僕がコクリュウに斬りかかったせいでもあるんだし」
『いや、だがそのおかげで大願を成し、更にはこの体を得ることができた。だから今度は、某たちがトトマ殿のお役に立てるよう精進する所存。戦いの日には是非声をかけてくれ。必ず馳せ参じよう』
そのコクリュウの言葉に合わせて、周りにいた他のリビングメイルたちもガシャガシャと武器を掲げてやる気を見せる。そんな彼らに負けじとスラキチもぽよんぽよんとトトマへと近づき、言い放つ。
『兄貴!俺たちも兄貴のために戦いますぜ!!前回は惜しくも負けましたが、今回は大丈夫です!!どうか俺っちたちも番人攻略に参加させてください!』
意気揚々と跳ねるスラキチはコクリュウに負けじと言い張るが、トトマは優しく笑ってその申し出を断る。
「スラキチ、今回はいいんだ。今回の戦いはコクリュウたちに任せてくれ」
『ガーン!?・・・そ、そんな~兄貴!?』
「で、でも、次は頼りにしているからさ!それまでに他の皆もしっかりと休養して、力を蓄えていて欲しいんだ」
そのトトマの要求に納得がいかない様子ではあったが、スラキチは渋々と引き下がった。と見せかけてコクリュウへとずいっとにじり寄る。
『おうおう!鎧の兄ちゃんよ!!』
『ん?某か?』
『今回はお前に兄貴を任せる!兄貴の仲間としてしっかりやれよ!!』
『ふん、スライムなどに言われずとも礼は返すつもりだ』
『礼とかそう言うのじゃねぇんだよ!兄貴を思う気持ちだ、き・も・ち!!』
『まぁ安心しろ。貴殿よりかは十分に活躍してやる』
『なんだとぉ!?』
「まぁまぁ!落ち着いて二人とも!!」
そんなぽよんぽよん、ガチャガチャと口喧嘩を始めそうな二匹のモンスターの仲裁に割って入るトトマを見て、モイモイとオッサンはその様子を不思議そうに、でも微笑ましく見守っていた。
「トトマ君がモンスターと話せるって言った時はどうなるのかと思ったけど、案外楽しそうだね☆」
「だなぁ、こりゃ~勇者としても将来が楽しみだね~」
「トトマ君が次の番人を倒せるように私たちも頑張らないとね☆」
「ん?次とも言わず、このまま最下層まで一緒に頑張ろうや」
「・・・そうだね、一緒に・・・ね」
モイモイはそうボソッと言うと、いつもの飄々とした表情ではなく少し寂しい遠い目をしてトトマをじっと見つめた。どこか、別れを惜しむような憂いた目で、モイモイは彼女の勇者をじっと見つめていた。
「・・・モイモイさん?」
そんなモイモイの悲し気な表情など今まで見たことのなかったミラは、少し驚きつつも彼女の胸から顔を上げ心配そうに尋ねる。だが、気が付くとモイモイはいつものにこやかな顔に戻っていた。
「おや?☆ミラちゃんはもう大丈夫かな☆」
「あぁ!?すいません・・・御見苦しいところを・・・」
元気そうに微笑むモイモイの胸から恥ずかしそうにバッと離れるミラ。そして、彼女はもう一度モイモイの表情を確認するがやはり先程の憂いた表情の後は微塵もなく、やはり先程の表情は見間違いだったのかもしれないとミラは一人考えを改めた。
「それより、オッサンさん☆お酒の方は大丈夫?☆」
「ん?あ、あぁ・・・そう言えばもう酒がないな~」
唐突に話を振られオッサンは腰に下げた酒瓶を確認するが、モイモイの言う通りにその残りは後僅かになってしまっていた。この酒はどういうわけかオッサンの大事な原動力である。酒があればあったで酔って倒れるが、無ければ無いで倒れてしまう。
「勇者様ぁ!そろそろ帰りませんか~!!」
「ご、ごめんね!皆は先に帰っておいて!僕はコクリュウたちに次の作戦の説明をしてから帰りますので!!」
「了解☆ほら、ミラちゃんも帰ろうか☆」
「は、はい」
「それでは、勇者様ぁ~お先にぃ~」
そう言い残してオッサンとミラ、モイモイは『転送石』を使って各々宿泊している宿「オール・メーン」へと帰還した。だが、無事到着した一行であったが、まだまだ太陽は明るく何かをするのにまだ十分な時間があった。
「さてと~、これからどうしますかね☆」
「わ、私は神殿に行って・・・懺悔して参ります・・・」
「おーおー☆ミラちゃん☆そんなに落ち込まなくても☆」
「い、いえ!神に仕える身として、あのような行いはいけないことです!!アルカロ様の所へ行かなければ!!」
「そうなのかー☆じゃあ、私も着いてくよん☆」
慌てて支度を始めるミラにモイモイは楽し気にぴょんぴょんと着いて行く。その二人とは反対にオッサンは一人ふらりと歩き出す。
「俺は酒を飲んできま~す」
「ほどほどにね~☆」
「うい~、分かってますよ~」
その後、ミラはモイモイと共に城下町にあるカエール教の神殿へと向かい、オッサンは酒を補充しにふらふらと市場へと繰り出した。
「・・・」
しかし、しばらくして、一歩一歩覚束ない足取りで市場へと進む内にオッサンの酔いは徐々に醒めていき、目の前にぼんやりとした人影が浮かび上がってきた。これは夢か幻かそれとも現実か、今のオッサンには分からない。だが、ただ一つ分かることはその幻影は彼を責めているということだった。
『貴方の所為で・・・』
「ぐぅッ!!」
『貴方の所為で私は・・・』
「お、俺は・・・そんなつもりじゃ!!」
頭がギリギリと刺すように痛む中、オッサンは現実か幻か分からなくなったその人影に手を伸ばし、許しを請うように叫びながらふらふらと近づく。しかし、いくら手を伸ばしても、いくら近づいても、いくら叫んでもその人影との距離は一向につまりはしない。
すると、
「ッ!?何だよ!?いってぇなッ!!!」
ふらふらと歩くオッサンは道行く挑戦者たちの一人にドンとぶつかってしまった。だが、オッサンはそんなことを気にせず、いや気が付けず、悪びれる様子もなくまたふらふらと歩き続ける。そんなオッサンの態度にイラッと頭に来た挑戦者は彼の肩を掴むと強引に食って掛かる。
「おい!おっさん、ぶつかっておいて謝罪もなしか!!」
「・・・」
そんな挑戦者の男の言われてもなお、オッサンは謝りもしなければ何も言い返さない。それどころか、今のオッサンはその男の顔すらまともに見れない精神状態であった。
そのオッサンの態度が更に挑戦者の男の怒りを買ってしまい、その男は力任せにオッサンを壁へと突き飛ばした。そして、力なく崩れるオッサンを三人の挑戦者たちは面白がって囲む。
「おい、何かさっきから酒臭いと思ったらこのおやじか?」
「うわぁ・・・酔っ払いかよ」
「たく・・・この酔っ払いがッ!」
肩がぶつかったこととオッサンの態度に対する怒りで歯止めが効かなくなった挑戦者は、座り込んで動かないオッサンの腹部へと乱暴に蹴りを入れる。
「うッ!ゴホッゴホッ!!」
「おいおい、賭けで負けたからってやりすぎでしょ」
「うっせぇッ!!・・・謝れよ、コラッ!!」
挑戦者はオッサンが抵抗しないと分かると、溜まった鬱憤を晴らすべく何度も何度もオッサンを蹴り続ける。残りの挑戦者二名もその様子を止める素振りは全くなく、ニヤニヤと見つめ冷やかすだけであった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
しばらくして、オッサンを一方的に蹴り続けていた男はその足を止める。だが、次の瞬間、その男は無言で腰に下げていた剣の柄を握るとゆっくりと抜き放ち、傷だらけで項垂れるオッサンへとその剣先を向ける。
「お、おいおい!?それは流石に」
「そうだよ、ギルドにバレたらヤバいって・・・」
「うるせぇッ!」
怒りで高が外れた男は血走った目でオッサンを見つめると、彼へと剣を突き付ける。しかし、オッサンはそれでも何も言い返さずに何も反応を示さなかった。
「どうせ死んでも生き返るんだ、別にいいだろうがッ!こんなゴミが死んでもよッ!」
そう言い放ち手にした剣を大きく振りかぶった挑戦者であったが、突如その首にひんやりと冷たく、鋭いものがピタリと当てられた。
「ぐっ!?」
「『死んでも生き返る』か・・・、いいね。だが、そう言うってことはもちろん覚悟はできてんだろうな、おい」
首に向けられた刀の刃と同じくらいに冷たい言葉が聞こえると、剣を持った挑戦者はその恐怖にピクリとも動けなくなった。
「おいおい、ジュウベエや。その辺にしておいてあげなさい」
すると、その刀を持った男の殺気に微動だにできなくなった挑戦者三人の下に、今度は杖を突いた老人がゆったりと現れた。その老人はコツコツと杖を突きながら挑戦者たちへと近づいて来る。
「若いのぉ、儂も若い頃は喧嘩ばかりしておって姉上に怒られたものだ。いやぁ、懐かしや懐かしや」
そう言いながら歩み寄る老人を見て、オッサンを取り囲む挑戦者の一人は自分の目を疑った。
そこにいたのは勇者であった。
それも並みの勇者ではなく、魔階島に12人いるという勇者の中で一番年配の勇者にして最強の勇者。
ユウダイナ大陸の東の国アズマ、その北東にあるという噂の秘所「ヤマト」から訪れた剣客。
生きる伝説の勇者とも言われるムサシ・ミヤモト。
別名「鬼面の勇者」がすぐそこに立っていたのだ。
「うむ、喧嘩は止めはせんが、しかし虐めはいかんの。その男は儂の旧友じゃ、その辺で勘弁してやってくれんかの?」
言葉ではお願いしているようで、放つ殺気からはまるで
『すぐに去らないと殺すぞ、この若造が』
と言い放っているかのようであった。
「う・・・あ・・・あ・・・」
わなわなと震え腰が引けてしまって身動きができなくなった挑戦者たちに対して、ムサシはやれやれと言わんばかりにため息をつくと、持っていた杖を強く地面へと叩きつける。
「去れッ!!!!!!!!!」
「う、うわああああぁぁぁぁぁぁ!!!??」
そのムサシの老人の声とは思えない声の圧と覇気に圧倒され、オッサンをいたぶっていた挑戦者たちはその場を一目散に走り去った。
そして、残されたのは老人と剣豪と酔っぱらって傷ついた男が一人だけであった。
「カカッ!爺の喝は相変わらずだな!!」
ジュウベエはそう笑い飛ばすと抜いた刀を仕舞い、動かずに壁にもたれ掛かるオッサンの下へと歩み寄る。
「・・・オジマンティエスの調子はどうじゃ?」
「あーあー、こいつは酷くやられたなぁ。・・・あぁダメだな、気を失ってやがる」
「ふむ、それは困ったの・・・ココロや、お前の”式神”で彼を運んでくれ」
「はい、お爺様」
ムサシがそう言うと、すっと物陰から純白の祭服に身を包み、その顔を覆い隠している怪しげな少女が現れた。その顔の見えない少女は、コロコロと下駄を鳴らして倒れるオッサンにそっと近寄ると目を瞑り言葉を奏でる。
「『いらしませ、いらしませ、ひらりひらりと舞う神は、我が願いを聞き給え、いらしませ、いらしませ』」
奏で終え、ココロは閉じた目をすっと開くと、今度はその小さな手と手を合わせ、掌に載せた白い小さな紙の束を叩いた。
「『十式紙・式神』」
そして、ココロが詠唱を終えその小さな手と手を離すと、掌の上にあった白くて小さな紙たちはふわりと浮かび上がり、彼女の前にピタッと整列する。
「あの男の人を運んで」
ココロはそれだけを式神たちに告げオッサンを指さすと、式神たちは次々に彼の周りへと張り付き、次の瞬間、オッサンの体はふわりと宙に浮いた。
「よしよし、ようやったココロ。ジュウベエ、お前は薬師を呼んできなさい」
ムサシは式神を巧みに操るココロの頭を優しく撫で褒めると、次はジュウベェに指示を出した。
「あいよ」
ムサシのその指示にそう軽く返事をするとジュウベエは道通りに駆け出すことなく、トトっと壁を交互に蹴って屋根の上に乗り、最短距離で頼まれた薬師の下へと駆け出した。
「それでは家に帰るかの」
「はい」
ムサシは右手で杖を突き、左手でココロの手を握る。ココロも右手でムサシの手を握り、左手で式神を操作する。二人は眠るオッサンを連れ、仲良くムサシの家までの道のりを歩いて帰っていく。
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そんな中、オッサンは気が付くと白い空間の中に一人ぽつんと立っていた。
「こ、ここは・・・」
辺りを見渡すが誰の姿も見えない。何の音も聞こえない。
何もない白い世界。
しかし、オッサンは何かの気配を感じて振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
彼女は先程の幻影であったが、しかし今度ははっきりとその姿が見える。
鎧を身に纏い、盾と剣を持つ騎士のような姿の栗毛の目立つ女性である。
「ロ、ロゼリア・・・なのか!?」
オッサンは咄嗟にその女性へと近づくと何も考えずにその体をぎゅっと抱きしめる。
今度はしっかりと触れる。これは幻影などではない。
そう確信したオッサンは泣きそうな声で叫ぶ。
「すまなかった・・・すまなかった!ロゼリア!!俺は、俺は!!」
ただただ抱きしめて、ただただ言いたかった、言えなかったことを叫んだ。
『・・・オジマンティエス』
そのオッサンの言葉に返すように女性の儚げな声が響く。
「ロゼリア・・・」
オッサンはそっと彼女から体を放して、その顔を見つめる。
彼女の返答を期待して、愛すべき彼女の顔を見つめる。
そして、
彼女は
そんな彼に
静かに笑うと
こう言った
『ヨクモ ワタシヲ コロシタナ』と。
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「・・・はっ!?」
オッサンは目を開けるとバッと飛び起きた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
体にじっとりとした汗を感じ、体中がズキズキと痛む。そして、ゆっくりと自分の顔に手を当ててその感触を確かめる。これは現実である。
「はぁ・・・はぁ・・・」
ならば先程の彼女は夢、幻想であったのだ。
「・・・ウッ!?」
その悪夢のような光景を思いだし吐きそうになった口を抑え、オッサンは辺りを静かに見渡した。
そこは「ヤマト」由来の珍しい家具が置かれた古風な雰囲気の部屋であった。”畳”という一風変わった床の上に、”布団”というこれまた一風変わったベッドが敷かれ、その上にオッサンは今まで横たわっていたのである。
(夢・・・だよな・・・。そうだよな・・・夢に決まっているよな)
そして、オッサンが一人先程の悪夢を振り返っていると、今度は”襖”という部屋の扉が横にすっと開き、そこから数人の子どもたちがなだれ込んできた。
「ちょ、こら!待ちなさい!!その部屋には入ってはいけません!!」
また、その子どもたちの後に続いて、一人の男性も部屋に入り込む。
「あ、貴方は・・・、確か薬師の・・・」
オッサンが痛む頭で必死に思い出そうとしていると、両手に小さな子どもを抱えたその男性はにこやかに笑い、オッサンよりも先に自己紹介をする。
「そうです。僕はその『薬師の勇者』のブラックです」
そう言ったものの、周りでワイワイとはしゃぐ子どもたちのおかげで中々オッサンたちの話はこれ以上進む気配がない。
「ねぇ、おじさん大丈夫?」
「何処か痛いの?」
「病気、死ぬの?」
などなど、オッサンの周りに小さな子どもが群がり心配というよりかは好奇心からか、次から次へと質問を投げかける。
「ム、ムッコロ!すいませんが、子どもたちをお願いします!!」
その様子に困り果てたブラックが襖に向かって叫ぶと、すたんッ!っと襖が開かれ今度は小柄な女性が部屋に乱入してきた。
「きゃー、ムーお姉ちゃんだぁ!」
「逃げろ、逃げろ!!」
部屋に入ってきたムッコロは無言無表情で子どもたちを追い立てると、手早く彼らを誘導して部屋から追い出し消え去った。そして、その子どもたちとムッコロと入れ替わるようにして、家主であるところのムサシがゆっくりと部屋に現れた。
「ほっほっほ、子どもたちは元気があっていい」
「すいません、子どもたちがご迷惑をかけて。どうしても一緒に行くって聞かなくて」
「なぁに、気にせんでええ、賑やかで楽しいわい。それで、オジマンティエスよ、体の具合はどうじゃ?」
そう余裕の表情で笑うとムサシはゆっくりと腰を下ろし、オッサンのすぐそばに座る。一方で、ブラックはいそいそと何やら薬の調合を始める。
「ムサシ様、この度は・・・その、ありがとうございました」
「ほっほっほ、気にするでない。たまたま通りがかっただけじゃし、それにお主と儂の仲じゃ」
頭を下げお礼を言うオッサンに対してムサシはそう笑って返すが、一息つくとその顔は急に真剣なものへと変わった。
「・・・それで、まだ酒は手放せぬか?」
「・・・ッ!」
その厳しい質問に対してオッサンは無言で返す。
「オジマンティエスや、何度も言っておろう。あれはお主の所為ではない、ただの事故じゃ」
「し、しかし・・・」
「アルカロも言っておったじゃろ、彼女は何も恨んではいなかったと」
「・・・は、はい」
ムサシはオッサンの悪夢に現れたあのロゼリアという女性と、オッサンに何があったのかは十分に知り尽くしていた。あの日、あの時、あの現場に居合わせたムサシが言うからにはオッサンの所為ではなく、あれは事故なのだ。
だが、所詮それは他人の意見であり、当事者であるオッサンにとってはあれは消えない心の傷であり、その傷は今もなお彼を傷つけていた。
「あ、あの・・・」
そんな二人の雰囲気に押されつつも、ブラックはおどおどと口を開いた。
「お、おぉ!?すまんかったな、どれ薬はできたかな」
「あ、はい。とりあえず、痛み止めはこれで大丈夫です。一週間は朝夕の2回飲んでいただいて、痛みが続くようであればその後も夕方に1回飲み続けてください。体の傷の方はしばらくすれば治りますので包帯は夜にでも外してください」
「だ、そうじゃ。良かったな腕の立つ薬師がいて」
「そ、そんな!?僕なんかまだまだですよ」
「ほっほっほ、なら儂らはそんな”まだまだ”な薬師の薬を飲んで元気になっておるのだな」
「あ、いや!?そ、それは!?」
そんなムサシの老人の冗談に戸惑っているブラックに対して、オッサンは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、ブラック様。お忙しいところをわざわざ」
「あぁ!?いえいえとんでもない!これぐらいは大したことはありません。ただ・・・」
そう言うとブラックは少し申し訳なさそうな顔をして話を続ける。
「ただ、ムサシ様がおっしゃる通り、オジマンティエスさんのような心の傷は薬では治せません。勿論、お酒でもです。和らげ、紛らわせることはできますが、それは解決とは言えません」
そのブラックの言葉はオッサンの胸にチクリと痛みを伴った。そうであろうとは分かりつつもブラックは一薬師として真剣に忠告する。
「だからこれ以上お酒に頼らない方が賢明かと思います。これは薬師としての判断ですが、このままではオジマンティエスさんは、いずれ・・・死ぬ、かもしれません」
「死ぬ・・・ですか」
「女神による復活では病気を治すことができないのはご存知ですよね?これ以上お酒を飲み続けると取り返しのつかないことになります。パートナーであるトトマ君のためにも、是非」
ブラックの忠告に傷ついたのか黙って俯くオッサンに対して、ムサシも加えて口を開く。
「今のトトマにはお主が必要だ。彼はいずれ大きなことを成し遂げる力を秘めてる。儂の『鑑識眼』にはそう見えておる。だからこそ、お主のような力のある存在がそばにいてやらねばならない。オジマンティエスよ、過去を見て過去を生きるな、未来を見て今を生きよ」
ブラックやムサシの声はオッサンの心にドンと響いた。オッサンの抱えていた何かが少しずつ溶けていくように胸が熱くなった。
「そうですね・・・頑張ってみます」
オッサンはそんな心配する二人を気遣って笑顔で返した。
だがしかし、ブラックやムサシのおかげで熱くなったのはオッサンの心の一部に過ぎない。彼の心の芯に眠る”何か”は決して溶けることなく未だ凍り付いたままである。
そして、彼の抱えるそんな闇は薬でも酒でも治せず、またそこには恩師や薬師の言葉でも届かない。
彼の闇を掃えるのは彼自身であり、そして真に必要なのは彼をそこまで導く存在なのである。
彼が陥っている深い闇へと飛び込んで、彼の手を取り導く勇気ある者。
そうオジマンティエスには”勇者”が必要なのである。
彼を真に救うのは、勇者しかいない。
しかし、その勇者がいったい誰なのか、そもそもそんな者が存在するのかどうなのか、それは神々ですら知る由はない。
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