第9話 そして鎧は猛き竜となる

『「鎧故、その体は虚しい空洞でしかない。

    だが、そんな某たちの心には色んな思いが詰まっている」

                   リビングメイルはかくも語りき』


「おーい!スラキチー!いるかーい!いたら返事してくれー!!」


『鋼鉄の勇者』であるアリスから火の属性剣『フレイム・ブレイド』を手に入れたトトマは、二番目の番人攻略のためにダンジョンの第六階層まで一人で来ていた。


勿論、前回の反省も兼ねてパートナーたちにはしっかりと報告済みである。今日はダンジョン攻略自体が目的ではなく、トトマの『交渉』のスキルを遺憾無く発揮するべく、敢えてパートナーたちの随伴を断ったのである。とはいえ、ミラだけは不満そうな顔をしていたので、後で何かフォローを入れないといけないとトトマは若干そう思っていた。


また、今回もモンスターたちの力を借りるためにダンジョンに来たわけであるが、今回の番人には以前活用した「スライムウェーブ」は使用しない。使用しないというか一回使用して失敗したのである。


実は最初の番人を倒した後、勢いに乗ったトトマたちは何も考えずにスライム作戦を継続して利用した。だが、二番目の番人の花粉攻撃はスライム相手にも有効であり、混乱したスライムたちに蹂躙されるという苦々しい敗退を味わったトトマ一行は別の作戦を練る必要があった。


ともあれ、モンスターのことはモンスターに頼るべきだと考え、二番目の番人に有効なモンスターを捜索するためにもスラキチを探し回るトトマであったが、そんな彼の耳に聞き覚えのある声が響く。


『兄貴、兄貴!俺っちはここですぜ!』


それはスラキチの声ではあったが、いつものぽよんぽよんという音ではなく今日はガシャガシャとした金属音を響かせてスラキチが現れた。


「あぁ、良かった、やっと見つけたよスラキ・・・ってうわぁ!?」


声のする方を振り返ったトトマの目に写ったものは人間の顔であった。顔と言っても兜だけなのだが、その兜がもぞもぞと地面を這って近づいて来ていた。


「ス、スラキチ・・・なのか?」


トトマは半信半疑で恐る恐ると近づき、兜のバイザーを上げてみるとそこには見慣れたスライムが、しかし中にぎゅうぎゅうに詰まっていた。


『兄貴!お久しぶりです!!』


「ス、スラキチ、これは・・・どういうことなの?」


『いやー前回はお役に立てなかったから、今回は兄貴たちを真似て武装してみました!どうですか?強そうに見えますか?』


強さの中に恐怖も入れるのであれば、今のスラキチは相当に強いに違いない。


無邪気にもガシャンガシャンと跳ねるその姿は、下手すると跳ねる生首にも見え、ここにミラがいたら卒倒して目を回していたに違いない程の恐怖場面であろうとトトマは思った。


「あぁ・・・強そうだよ?というか恐ろしいね」


『恐ろしいほど強いってことですかね!』


「まぁ・・・そうかな」


『わーい!』


そんな無邪気に喜ぶスラキチに今回の番人対策として有効なモンスターはいないかどうかをトトマは尋ねると、スラキチは悩んだ末に提案した。


『うーん、そうですね。ゴーストやリビングメイルなんかはどうでしょうか?兄貴』


「なるほど・・・霊体系のモンスターだね」


新しくトトマたちが行けるようになった第十一階層から第二十階層に現れるモンスターの中には霊体系のモンスターが多数いる。それらのモンスターは物理攻撃をほとんど無効化する代わりに、魔法や奇法に弱いという弱点も持つ。

だが、確かに魔法や奇法による状態異常ではないので、二番目の番人の状態異常攻撃にも霊体系のモンスターなら耐えられる可能性がある。


「うん、良い考えだと思う」


『そうですかい!それは良かった!!』


トトマはスラキチの発想を採用すると、そうと決まればということで早速スラキチと共にダンジョンの下へと降りていく。


第十一階層


番人の間を抜け第十一階層へと踏み込むと、そこは石レンガ造りのダンジョンになっている。


ダンジョンは番人の間を抜けるたびにその姿を変えるらしく、またダンやココアの話では下に行くにつれてダンジョンも大きくなっていくこともトトマは聞き覚えていた。


「いた!リビングメイルだ!!」


すると、第十一階層に入って早々、トトマは一人キョロキョロと彷徨っているリビングメイルを運良く発見した。まだ相手がこちらに気が付いていないことを確認すると、彼はゆっくりとアリスから譲り受けた剣を構える。


ところで、トトマの能力『交渉』についてだが、何度か試すごとに分かってきたことの1つに、自分よりも不利な状況に相手が陥っていないといけないということがあった。気軽に「やぁ」と話掛けるとほとんどの場合において相手の怒りを買うのか戦闘になってしまう。なので、戦うなり何なりした後で、相手に止めを刺す前に『交渉』を使うと話に乗ってきてくれやすいことに、ここ何日かの戦闘で学習したトトマであった。


『兄貴、兄貴!俺っちの実力見ていてください!!』


しかし、機を伺うトトマに反してスラキチはそう言うと、トトマが仕掛ける前に勇ましくリビングメイルへとガシャガシャと駆け出した。


「ちょ!ちょっと!?」


まさかの事態に憤るスラキチを止めようとするが、その静止も効かずにスラキチは叫びリビングメイルに跳びかかる。


『おおおぉぉぉぉぉ!!!スライム頭突き!』


『ん?ぐわぁッ!?』


ガギィンという鈍い音が響き、スラキチは後ろからリビングメイルへと突撃した。兜を装着したおかげで、通常時であればぽよんと跳ねるだけの頭突きがより威力を増しているようにも見える。だがしかし、それぐらいで簡単に倒されるリビングメイルではなく2、3歩前によろめくとギロリと後ろを振り向く。


『何奴!?』


『あ、兄貴!後は頼みました!!』


「えぇ!?」


だが、奇襲には成功したものの、そのリビングメイルの見幕に怯えるとスラキチはすぐに兜をぽいっと脱ぎ捨て身軽になるとぽよんぽよんと引き返してしまう。そんなスラキチに代わって、トトマは剣を下に構えて走り出す。


「くらえッ!『ブレイブ・スラッシュ・クロス』!!」


その炎をまとった一撃を素早く二連撃打ち込み、リビングメイルを圧倒するとトトマは続けざまにその右腕を斬り落とした。


『グゥゥ!!』


やはり炎が効果あったのかリビングメイルは苦しそうに低い唸り声をあげ、武器を落としその場へガクンと膝をつく。その様子を見たトトマはふぅと息を短く吐き持っていた剣をしまうと、動かなくなったリビングメイルへと駆け寄る。


『くっ、さすが挑戦者・・・良い腕をしている』


「それはどうも、ありがとう」


『ん?お主は某の言葉が分かるのか?』


「まぁ・・・大体はね。それでものは相談なんだけど、僕の仲間になってくれないか?」


『いきなり斬りかかっておいて仲間?・・・それは脅しか』


そんなトトマの持ちかけた『交渉』に対して、リビングメイルは片腕を失ってもまだ戦えると言わんばかりに覇気を出す。


『脅しにしては甘すぎるな、挑戦者よ』


「脅しではないよ、お願い。でも、断ってくれても構わない」


『う、うむ・・・』


そう呟くとリビングメイルはしばらく黙り込んでしまった。だが、そんな彼に脅しをかけるように、スラキチは少し声色を変えて言い寄る。


『おうおう!兄貴がお願いしているんだぁ、断ると酷い目に遭うぞ!!』


「こらこら」


『なんと!?スライムお主はそこの挑戦者の仲間なのか?』


『おうよ、俺っちが兄貴の一番弟子、スラキチ様よ!』


「一番弟子って・・・」


そう堂々と言い切るスラキチにトトマは苦笑いをする。彼自身別にスラキチを子分にしたわけでも弟子にしたわけでもない。ただ、スラキチはトトマが初めて出会った何かしら運命のあるモンスターではあるのかもしれない。


そんな仲睦まじいモンスターと挑戦者の様子を見て、リビングメイルはゆっくりと話し出す。


『・・・それで、挑戦者よ。私を味方につけてどうする?』


「端的に言うと、番人と戦うために協力して欲しいんだ」


『番人?というとあの荊の怪物か?正気とは思えんな』


「でも、あいつの花粉が効かない君たちにどうしても協力して欲しいんだ」


『・・・なるほど』


何やら思う節があるのか、リビングメイルはまた黙って考え出す。そんなリビングメイルに交渉する余地があると考えたトトマは交渉を進める。


「ねぇ、何か条件はない?僕の仲間になってくれるなら、代わりに何でも聞くよ」


『ん?何でもか?』


「ま、まぁ・・・無理がない範囲でなら」


「何でも」という言葉に反応したリビングメイルに、少しドキッとしたトトマだったが、スラキチの時も条件を飲んだ手前、リビングメイルの条件を飲まねばならないと彼は思った。


『そうだな・・・、では2つ願いがある』


「ふ、2つ!?」


内容まだ分からないが、まさか2つも要求があるとは思わず少し尻込みしてそう声を上げてしまったが、先ずは話を聞くべきだと考え、トトマは話を続けさせる。


「2つ・・・ね、分かった。それでそのお願いって?」


『1つ、貴公に手を貸す前に先ずは某たちに手を貸してほしい』


「手を?」


『そうだ、実は某たちの間で縄張り争いが起こっていてだな・・・』


そう切り出すとリビングメイルはトトマとスラキチに淡々と語り始めた。


第十一階層から第二十階層までの間では、現在スケルトンとリビングメイルとの間で抗争が起こっていた。昔から小さないざこざがあったものの、ここまでは過激にはなることはなかった。しかし、スケルトン側に強い個体の”スケルトンナイト”が生まれてしまってからは力関係のバランスが崩れ、リビングメイルを始めとするモンスターたちは虐げられるようになってしまった。その為、第十一階層から第二十階層までにいるスケルトン以外のモンスターたちがその強いスケルトンナイトへと挑んだのだが、未だに倒せてはいない状況であり、それを打破したいとのことであった。


「強いスケルトンナイトか・・・」


昔ダンから聞いた、ダンジョンには時々特別に強いモンスターが現れるという話をトトマは思い出した。そして、その対処方法は「関わらないこと」だったことも同時に思い出していた。そもそもダンジョンを攻略するのにおいて無駄にモンスターと戦うことは全く意味がない。狙ったモンスターのみと戦うか、モンスターを避けて先に進むのが挑戦者の定石である。それに、特別に強いモンスターと戦うことで得るものはそこまで大したものでもないらしいので、腕試しか暇つぶし程度である。つまり、百害あって一利なし、普通の挑戦者であれば挑むことはない。


だがしかし、普通の挑戦者でなければ、普通の勇者ですらないトトマにとっては第十一階層から第二十階層までモンスターの力を借りるためにも、そのモンスター事情に首を突っ込むしか他ない。


それに、ここで上手くいけばここいるリビングメイル以外にも協力してくれるモンスターが増えるいい機会にも繋がる可能性もある。そう納得したトトマは話を続ける。


「分かったよ。それで、2つ目は?」


『うむ、2つ目は1つ目にも関係するのだが』


そう言うとリビングメイルは自分の斬り落とされた右手を指差した。


「あ・・・」


『あ・・・』


『この腕をなんとかしてくれると助かる』


リビングメイルの提示した2つの要求をしばらく考えた末に引き受けたトトマは、早速2つ目の要求から叶えるためにダンジョンを出て武器防具屋の「トンカチ」を目指していた。


「・・・い、いいかい?静かに、そして絶対に怪しまれないようにね」


『了解だぜ、兄貴!』


『某たちの声は貴公にしか聞こえないのであろう?』


「それでも!注意してしっかり着いて来て!」


壊れたリビングメイルの腕はあの場では直せないために、トトマはよくお世話になっている武器防具屋「トンカチ」の店主であるヒカリの所で直してもらうことにしたのはいいものの、結果的にモンスターがダンジョンから出て徘徊しているという状況になってしまった。


もしこんなことがばれたら幾ら勇者とはいえ、間違いなく王宮の営倉入りは間違いない。一部例外を除いてダンジョンの外にモンスターは出てはいけないし、どんなモンスターであっても魔階島から出ることは許されない。衛兵にばれたらモンスターは殺処分、その手助けをしたものは永久に牢獄の中である。


ちなみに、ダンジョンから出て魔階島の地表でのみ活動できるモンスターというのはごく僅かであるが存在する。例えば、猫のような姿をしたモンスター、ケットシー。犬のような姿をしたモンスター、コボルトなどがそうである。彼らの共通する点はその体が小さいということと、何よりも人の言葉を理解し会話ができることである。そういう敵意はなく、かつ言葉の話せるモンスターは例外としてダンジョンから出ることができる。だが、彼らは自由に地表を歩き回れるわけではなく、ギルドから許可証をもらったモンスターに限り、しかも夜間の徘徊は禁止されている。


それでも、商売や物々交換をするためにダンジョンから出てくるモンスターはいるのだ。


だが、ここにいるスライム、ましてやリビングメイルなどはダンジョン外への出入りを禁じられているモンスターである。


そんな危険を伴うトトマの作戦の中、1つだけ助かったことはリビングメイルが見た目は鎧を身に纏った挑戦者にも見えなくはないということであった。また、スラキチにリビングメイルの中に入ってもらい、壊れた腕の部分と鎧の継ぎ目に張り付くことで一時しのぎの粘着剤代わりになってもらってもいる。


とは言え、もし誰かに気付かれでもしたら大変なことになる。


トトマはまだいいが、スラキチとリビングメイルは確実に周りの挑戦者の手によって処分されるに違いない。何としてもそんな事態だけは避けるためにも、トトマは慎重に慎重に進んでいた。


(誰にも会いませんように、誰にも会いませんように、誰にも)


「よぉ!トトマじゃないか!!」


「ぎゃああッ!!?」


スラキチ入りリビングメイルを庇いながらも進んでいたところ、突然自分の名前が呼ばれ、トトマは心臓が口から飛び出る程驚いた。


「どわぁっ!?な、何だよ、急に大きな声出して・・・」


ゆっくり後ろを振り返ると、ダンとそのパートナーであるキリが二人してトトマと同じような驚いた表情で立っていた。


「ダ、ダンさん・・・それにキリさんまで」


「どうも、トトやん!あれま?なんか顔色が悪いですな?」


「そ、そうですかね・・・、ハハハッ」


「なんだなんだ?ダンジョン攻略疲れか?」


「そ、そんなものです」


トトマは額にじんわりと汗を感じながらもギクシャクと受け答えをするが、不意にダンの目がリビングメイルに向いた。


「ん?そちらさんは誰だ?」


「え!?あ~この人は・・・」


「トトやんの新しいお仲間ですかな?」


「そ、そう!そうなんです。新しいパートナー候補の人です、あは、あははは」


トトマはキリの出した助け船にすぐさま食らいつくとダンたちへと乾いた笑いを見せる。


「ふーん・・・」


だが、その何かが気になるのかダンはリビングメイルをじろじろと観察している。ダンはレベルの高い勇者であるからして、「鑑識眼」や「天性の感」の能力を上げていた場合はリビングメイルに気が付く可能性が高い。


(気付きませんように!気付きませんように!気付きませんように!!!)


ダラダラと冷や汗をかき続けるトトマの横で、しばらくして観察し終えるとダンはいつもの笑顔に戻ってにこやかに言う。


「そうか!そうか!トトマの新しいパートナーか、こいつのことをよろしく頼むぜ!!」


そう言い、バンバンとリビングメイルの背中をダンが叩く度に、トトマの小さな心臓はきゅっと締め付けられ今にも卒倒しそうになったが、何とか踏ん張ってダンに話を振る。


「ダ、ダンさんは!今日は何の用事ですか!!」


「ん?あぁ、俺たちは今度のダンジョン攻略のための買い出しさ。女性が多いと必要な物も多いわけよ」


「嬉しい悩みですな!」


「全くだよ」


「「あはははははは!!」」


ダンの横で彼と一緒に豪快に笑うこの女性は、ダンのパートナーの一人であり商人でもある、本名はキリ・ナイ。

「商売のスキル」を持つ彼女は、ダンジョンでの戦闘よりもそのサポートにおいて活躍することが多い。店頭で並ぶ物の中から安くて質が良い物を選べるし、ダンジョンで手に入れた物をその質を調べて高く売りつけることもできる。本来は一人で買い揃えるのも商人としての役割でもあるのだが、ダンはパートナーの一人歩きは危ないからと他の女性パートナーが付けない時は、自ら買い物に付き合っているのだ。


そんなダンとキリの二人の会話がリビングメイルから逸れてきたので一安心するトトマであったが、その目にとんでもないものが写り込んできた。


なんとリビングメイルのだらんと腕がずり落ちて、中にいるスラキチが見えてしまっていたのである。おそらく先ほどダンが強く叩いたせいで余計な損傷をスラキチが負ったのだろう。


「あーーーーーーーーーー!!??」


突然トトマは奇声を上げると明後日の方向を指さす。


「な、なんだ?」


「どうしましたですかな?」


その行動に気を取られるような単純な二人で助かったと思いつつも、トトマは急いでリビングメイルに駆け寄ってその腕を持ち上げて支えた。すると、彼はその背中を押しながらまるでエスコートするかのようにそそくさと歩き出す。


「いやー、これからこの人の装備を整えないといけないので、今日はこの辺で。それでは、またー」


「お、おう・・・またな」


「またですな、トトやん」


不審がるダンたちを置いて、トトマは急いで「トンカチ」へと向かった。そんな奇行を見せ、去り行くトトマの背中を見ながらダンはぽつりと隣に話し掛ける。


「・・・そう言えば、ダンジョンの外にモンスターって出て良いのか?」


「原則的にはダメですな」


「「・・・」」


そう言うと二人は顔を見合わせた。


「・・・見なかったことにするか」


「賢明ですな」


ダンとキリの二人はそう言うとまた買い出しへとふらりと戻っていった。そんなことは微塵も知らないトトマは息を切らしてまだ早歩きで移動している。


「あ、危なかった・・・二人とも大丈夫かい?」


『な、なんとか大丈夫だぜ』


『危機一髪』


そんなこんなしながらも、何とかトトマと二匹は人目をかいくぐってヒカリの経営する武器防具屋「トンカチ」前まで来ると、その中をよく確認せずに飛び込んだ。


店内は相変わらずに客がいなくてがらんとしている・・・と思っていたが、またしてもトトマの顔見知りがそこにいた。極々最近仲良くなったばかりの彼女は、勢い良く入ってきたトトマを見つけると嬉しそうに駆けて寄ってきた。


「ト、トトマさん!こ、この間はありがとうございました!!」


「ア、アリス・・・さん」


掴んだトトマの手をぶんぶんと上下に振るのは『鋼鉄の勇者』のアリスである。今日はずんぐりむっくりとしたあの重鎧ではなく、軽防具を身に着け、なによりもちゃんとその素顔を晒している。


「トトマさんのお、おかげ様で!わ、私にもパートナーができたんです!シャーリーさんとミミさんっていう方たちなんですが、と、とても良い方で」


「ア、アリスさん!?ちょっと待って、待ってください!!一旦落ち着いて」


千切れるんじゃないかと思うくらいにぶんぶんと勢いよく腕を振り回されたトトマは、声を張り上げて鼻息荒く興奮するアリスを制止させる。


「あぁ!?す、すいませんでした!嬉しくて・・・つい」


「い、いえ、でも本当に良かったですね」


パートナーができたことがよっぽど嬉しかったのか生き生きと語っていたアリスは急に顔を赤くしてトトマからすっと距離を置いた。


すると、そんな二人の勇者の仲睦まじい様子を見て、カウンターの向こうにいたヒカリは「ガッハッハ」と豪快に笑った。


「なんでぇ、なんでぇ、随分と仲良いじゃないか。てか、トトマは『鋼鉄の勇者』様の素顔を知ってたのか?俺なんか突然こんな美人が店に来て、自分が『鋼鉄の勇者』だなんて言うから最初は驚いたぜぇ」


「ははは・・・まぁ、つい最近色々と」


「そうなのか?・・・なんだぁ、トトマも隅に置けないなぁ」


トトマはギクシャク緊張しながらもヒカリの世間話に付き合う。だが、今の彼の頭の中はリビングメイルのことでいっぱいであった。そして、そんなトトマのことを知ってか知らないでか、アリスは入り口で佇むリビングメイルを見るとそっと近寄り話掛ける。


「あの・・・、トトマさんのパートナーの方ですか?私アリスと言います、これからどうかよろしくお願いします」


アリスは恥ずかしながらも勇気を振り絞ってリビングメイルへと手を差し出す。


『ん?何だ?この手を握ればいいのか?』


また、リビングメイルも何気ない気持ちで手を差し出す。


だが、そのトトマにしか聞こえない声に反応した彼は後ろを振り返り、その一人とその一匹を止めようとしたが、時既に遅し。


『あ』


「え!?」


アリスの手にはもげたリビングメイルの腕が握られており、もげた腕と鎧のつなぎ目からはぽよんとスラキチが飛び出してきた。


『あららー!?』


「~~~~~~~~~~~~~~~!!??」


何をしても間に合わないと悟ったトトマは急いでアリスの下に駆け寄ると、目の前のモンスターに驚いて叫ぼうとした彼女の口を失礼を承知で後ろから強引に塞いだ。


「ア、アリスさん言いたいことは分かります!分かりますがここは抑えてください!!」


「~~~~~~~!?~~~~~~~~!!?」


『兄貴、ごめんよー』


スラキチは謝りつつもぽよんぽよんとトトマの所へ駆け寄り、その行為が一層アリスを混乱させた。


「スラキチも今は大人しくしといて!?親方さん驚かせてすいませんが、きちんと説明しますから!!」


「お、おう・・・」


とりあえず、リビングメイルとスラキチを店内の隅に待機させ、店を閉めるとトトマはアリスとヒカリの前で懇切丁寧にこれまでのことと自身の能力について説明を行った。


「・・・未だに信じがたいが、とにかくこいつらはモンスターだけど襲ってはこないんだな?」


「そうなんです!話の分かる良いモンスターたちなんです」


「・・・」


アリスは驚きを通り越して、逆に冷静になったのか一人膝を抱えて店の隅にいるスラキチをじっと眺めている。


「とはいえ、アリスさん急にあんなことをしてしまい、申し訳ありませんでした」


「・・・え!?あぁ、良いんですよ!気にしてませんから!!」


「それで、俺は壊れたモンスターを・・・というか鎧を直せばいいんだな?」


「無理を承知でお願いします」


トトマのその言葉にヒカリは頭を撫でながら困った顔をする。


「まぁ、無理とは言わないが、モンスターを直すなんて初めてだからな・・・」


「すいません」


「いやいや、いいってことよ。でも、ちょいと時間がかかるぜ」


「どれくらいですかね?」


「ん~、鎧の修理だからな。そうだな・・・一日二日ってとこかな」


「分かりました・・・ちょっと待ってください」


そう言い残すとトトマは大人しく待機していたリビングメイルに歩み寄って尋ねる。


「修理には一日二日掛かるそうです」


『そんなにも掛かるのか、難儀だな』


「他に手はないし、仕方ないよ」


『そうなのか?あの鎧ではダメなのか?』


「へ!?」


リビングメイルはガシャガシャと歩き出すと、店内に幾つも飾られている鎧を指差す。それらはヒカリが一つずつ丁寧に作り上げたピカピカで新品の鎧たちである。


『これは中々のものだ、できればこの鎧に移り変わりたい』


「え!?そんなことができるの?」


『あぁ、少々時間はかかるが移り変わるのであれば一日と掛からない』


「ん?なんでぇ、何か問題でもあったのかい?」


ヒカリとアリスにはリビングメイルの声が聞こえていないので、トトマが代わりにそのことを伝える。


「鎧を直さなくても、鎧から鎧へ移り変われるそうです。しかも、その方が手っ取り早いらしいです」


「そ、そうなんですか!?面白いですね」


少し楽しそうになったアリスは笑顔になったが、一方で何故かヒカリは普段は見せない険しい顔になっていた。そして、彼はしばらく黙った後に「ちょっと待ってろ」と言って店の更に奥へと消えた。


「ど、どうしたんでしょうか?」


「さぁ?」


顔を見合わせて不思議に思う二人。だが、しばらくした後にヒカリは1つの鎧を担いで現れた。


「これなんかでも大丈夫なのかい?」


「こ、これは・・・!?」


ヒカリが店の奥から運び出してきた鎧は、普通の灰色や銀色に光る鎧ではなく、怪しく黒光りする鎧であり、しかも普通の人間には着こなせないほどの大きな鎧であった。


そして、特徴的なのはその頭部や腕、足、腰に施された造形である。一言でその鎧を言い表すとすれば、それは”竜”であった。頭部はダンジョンの奥深くに生息すると言われるドラゴンの形を模して造られており、恐ろしくも勇ましい造りで、牙や角までもが表現されている。しかも、背中には翼のような模様が施されており、手や足には尖った爪までもが装着してある。所々にまるでドラゴンの鱗のように一枚一枚丁寧に金属片も施されている。


その鎧は黒いドラゴン、まさしく”黒竜”と呼ぶのが相応しい逸品であった。


『これは、なんと・・・』


「す、すごい・・・!!」


リビングメイルもトトマも目の前にある黒竜の鎧にただただ圧倒され、言葉がそれ以上は出なかったが、その出来と精密さに感動していた。


しかし、その一方で何故かただ一人アリスだけは赤面していた。


「親方さん、これはどうしたんですか!?」


堪らずにトトマはその鎧についてヒカリに尋ねると、彼はニヤリと笑って堂々と語る。


「これはな俺の作った鎧の中でも一二を争う作品の一つよ。昔とある人に頼まれて作ったのよ」


「この鎧を!?でもこんな鎧着れる人なんていますか?」


トトマの言う通り、目の前に堂々と立つ黒い鎧は普通の人には着こなせない程大きいし、おそらくその重さを相当なものである。良くて立派な飾り物といった利用方法しかないと思われた。


「なーに言ってるんだ、1人いるじゃねぇか、そこによ」


「え?・・・あ」


ヒカリがピッと指差す方向をトトマは目で追うと、そこには「あうあう」と悶えるアリスの姿があった。

確かに裏道で挟まっていた鎧の大きさと重さからしても、彼女であれば、というか彼女しかこんな鎧は着こなせないだろう。


「あれ?でもどうしてアリスのために造った鎧がこんなところに?」


「ん!?あー・・・それはだなぁ」


突然言葉を濁すヒカリであったが、そんな彼の代わりにアリスが恥ずかしそうに口を開く。


「む・・・胸が」


「胸が?」


「その・・・収まりきらなかったん・・・です」


「収まり・・・って、あぁ!?」


目の前にある黒い竜のような鎧はどこからかどうみても巨大かつ男性用の鎧に見える。確かにこの鎧ではアリスの肉体、主に胸部は耐えられないだろうとトトマは決して口に出さなかったが一人静かに納得した。


「まぁ・・・なんだ、俺も今までこんな嬢ちゃんが『鋼鉄の勇者』だなんて知らなかったからよ。男様に造ってしまったわけよ」


「なるほど・・・」


「はぅ~~~」


自分で言ったことではあるが、改めて恥ずかしくなったのかアリスは耳まで赤くして黙り込んでしまった。


「そんで、出来上がった後に断られたから、今度はあのずんぐりむっくりとした重鎧を造り、こいつはお蔵入りってわけだな」


そんなこんなとまさかのこの黒い鎧とアリスの意外な関係性を話している間、リビングメイルはずっと目の前の黒い鎧をしげしげと眺めていた。


『トトマ殿』


「ど、どうしたの?」


突然語り掛けてきたリビングメイルに少し驚きつつも、トトマは黒竜の鎧の前で立ち尽くすリビングメイルへと近寄る。


『トトマ殿、某はこの鎧が大変気に入った。できれば、いや是非ともこの鎧をいただきたい。どうか掛け合ってはくれないか』


今までない真剣な口調でそう頼むリビングメイルにトトマはピリッと何かを感じ取ると、リビングメイルが本気でこの鎧を要求しているのだと考えた。


「それで、そのリビングメイルは何て?」


「この鎧が気に入ったそうです。是非とも欲しいと」


「そうか、そうか・・・」


ヒカリは嬉しそうに笑ってうんうんと頷いた。彼の作品は人間だけでなく、モンスターまでも魅了する作品だということが証明され嬉しく、同時に誇らしく思ったのである。


「・・・ん?でも、この鎧って相当高いのでは・・・」


苦笑いするトトマに対して、ヒカリはニッコリと笑って答えた。


「そうだな!」


「・・・で、ですよね~」


例の『スライムダイエット』の件で、多少ではあるが財布が潤ってきていたトトマではあったが、世界に一つしかない鎧を買えるほどのお金は持ち合わせてはいなかった。


「・・・と言いたいところだが!」


だが、そう言い放つとヒカリは腕を組んで勇ましく続ける。


「正直な話、嬢ちゃんが着ない今、こんな鎧を着こなせる人間なんてそうそういないだろうし、このままではただの置物になってしまう」


「・・・」


「俺の作品はただの見栄えの良い置物なんかじゃない!戦う中でその真価が発揮できるように一つ一つ真剣に丁寧に造っているわけよ」


「親方さん・・・」


「だからよ、トトマ。良かったらこいつを使ってくれ!俺の作り出したこいつに、ただの置物なんかじゃねぇってことを教えてやってくれねぇか!」


「い、良いんですか!?」


「おおとも!男に二言はねぇよ!!」


その言葉に喜ぶとトトマは急いでリビングメイルへとそのことを告げた。すると、リビングメイルはゆっくりとヒカリへ近づくと少し距離を置いて跪く。


『かたじけない』


その言葉は伝わらなくとも、その行動だけでリビングメイルの思いはヒカリに伝わったのか、彼はへへっと笑うと照れくさそうに鼻をこすった。


「・・・ん?何々?」


トトマは跪いたまま何かを呟いたリビングメイルの言葉を聞き取ると、おそらくヒカリへと向けられたその言葉を代わりに伝える。


「この鎧に名前があるのか、だそうです」


「名前?名前か・・・」


ヒカリは顎に手を当てて考える。黒く怪しく光る鎧を上から下へとゆっくり眺めると「よし!」と言って名前を告げる。


「こいつは”コクリュウ”だな。昔とある勇者から聞いたことがある伝説の黒いドラゴンの呼び名だ」


『コクリュウ・・・良い名だ。恐ろしさの中に勇ましさが隠されたような名だ』


トトマがその名をリビングメイルへと告げると、気に入ったのかリビングメイルは立ち上がると今度はトトマの前に立つ。


『トトマ殿、某のためにここまでしてくれて感謝する。だから某も必ずやトトマ殿の力になりましょう。そこでお願いなのだが、某のことはどうか”コクリュウ”と呼んでくれ!』


「コクリュウ・・・うん、良い名前だね、これからよろしく!コクリュウ!!」


かくして、一介のリビングメイルは数奇な出会いの末に、竜騎士”コクリュウ”へと変貌を遂げた。


ただの”鎧”が猛き”竜”へとなったのである。


ところで、このコクリュウの由来にもなったとされる黒きドラゴンは伝説ではなく、実際にダンジョンに潜むモンスターの一体である。


そんな本物の黒きドラゴンとトトマが出会うことは果たしてあるのだろうか、それは神のみぞ知る。

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