第8話 パートナーと共に歩む道

『「は、鋼の肉体を持っていたとしても。こ、心までは鋼にはなれないと思います。

       あぁ!恥ずかしいことを言ってしまい、すいません・・・。」

                      恥ずかしがり屋な勇者の呟き』


「えっ・・・無理です」


『鋼鉄の勇者』として、今までその素顔を隠して一人ダンジョンに挑んできたアリス。


そんな彼女が、今まで誰ともできなかった念願のパートナー契約を、これまた念願の初のお友達であるトトマに決死の覚悟でした結果、しかしあっさりとそれは断られてしまった。


アリスの胸の何かで何かがガラガラと崩れる音が響く。


そしてアリスは茫然とし、しばらくトトマの顔を見つめ、次の瞬間にはその綺麗な瞳からぽろぽろと温かい涙がこぼれ落ちた。


「そ、そうですよね・・・嫌ですよね。わ、私なんかと、私みたいなこんな筋肉女なんかと・・・うぅ」


そんな全てに絶望したような顔でアリスは俯き涙を流す。彼女の切なる願いは一瞬にして砕け散ってしまったのだ。しかし、その様子にトトマは彼女が何やら勘違いをしていることに気が付くと、手をバタバタと動かしながらも弁明を始める。


「あ、いや!?その!?これは嫌だという意味ではなく、無理なんですよ!勇者同士のパートナー契約はできない決まりなんです!!」


「え?・・・そ、そうなんですか?」


「そうなんです!本当なんです!!だから、別にアリスさんのことが嫌いとかそういうわけでは決してありません!!」


以前ぐすぐすと泣き続けているアリスに戸惑いつつも、ぶんぶんと首を縦に振りながらトトマはすぐさまスライムたちと契約した際に余った予備の契約書を取り出した。


「論より証拠です。これが契約書ですから、ここに名前を書いてみてください」


「は、はい」


鼻をぐしゅぐしゅと鳴らしながらもアリスは、契約書に書かれたトトマの名前の下に言われるがまま自身の名前を記入する。


「本来であれば、これで契約は成立ですが・・・”契約の女神ナカ・ヨーク”様!」


突然、トトマはお互いに名前の書かれた契約書を掲げて天に叫ぶ。すると、その契約書から淡い光が放たれたかと思うと、光から眼鏡をかけた小さい女神が現れた。


『はいはい、出張版”契約の女神ナカ・ヨーク”ですよっと』


「ヨーク様、お久しぶりです」


『あらトトマ様、お久しぶりですー。今日もまたモンスターとの契約ですかな?』


「あ、いえ、今日は別件で」


そう言いながら、トトマは持っていた契約書をふよふよと宙に浮く小女神に見えるように差し出す。


『あー、はいはい、ちょいと確認しますよっと。ん~、どれどれ・・・ってこれ勇者様同士の契約ではないですか!?』


掛けた眼鏡をくいっと上げてトトマの持つ契約書をよく確認した後、小女神様は驚きの声を上げる。


『勇者様同士の契約は無効ですよ!?む・こ・う!!』


「そ、そうなんですか?」


『あら?貴方がもう一人の勇者様?いいですか、契約というのは弱き者たちが助け合う力なのですよ。なので魂の強い勇者様同士では契約はできませんよ』


「で、でも、勇者と挑戦者はできるんですよね?」


『はい、それは可能です。勇者様には導く力がありますので、魂が強い存在でなければ契約は可能なんです』


「なるほど・・・」


その小女神の話す言葉の一つ一つに感心しながら耳を傾けるアリスであったが、その様子に小女神は怪訝そうな顔をする。


『そう言えば・・・、このことは前にトトマ様にはお話したことがあったと思いますが。まさか、この説明のためだけにわざと私を召喚しました?』


ギロリと眼鏡の奥の瞳をぎらつかせてトトマを見る小女神に対し、トトマは明後日の方を見てやり過ごす。


「や、やっぱり神様もお忙しいのですか?それでしたらむやみにお呼びして申し訳ありません!!」


そんなトトマを助けるためなのか、ただ申し訳ないと思ったのかは分からないが、アリスはそのぷんすかと怒る小女神に謝罪した。


『まぁ、忙しいというか・・・、私たちは概念的な存在ですから、今ここにいる私は”契約の女神ナカ・ヨーク”であり、同時にそうでもないのですよ』


「そ、そうなんですか?」


『だってそうでしょう?今こうしている間にも、他の私が誰かと誰かの契約を結んでいます。でなければ、今頃順番待ちの人たちで溢れかえってしまいますよ。とまぁ、つまり、神とは人間の呼びかけに応えて、現れ、導き、救うものなのですよ』


小女神の話に素直に感心するアリス。その一方で、トトマはいたたまれない気持ちでその話を聞いていた。


『と・は・い・え!暇だからとか冗談半分で呼ばれては困りますので、今後は十分に注意してくださいよ!!』


最後にそう忠告を言い残して、出張版”契約の女神ナカ・ヨーク”はトトマたちの前からすっと消えてしまった。


そして、喧々と騒がしかった裏道にまた静けさが戻る。


「・・・という訳で、アリスさんからのお誘いは嬉しいのですが、僕はアリスのお友達になれてもパートナーにはなれないんです。ごめんなさい」


小女神との一件を振り払うかのようにトトマは明るくアリスに語り掛けるが、彼女はそれでも諦めきれないのか、やはり悲し気な顔をしている。


アリスにとって”契約の女神ナカ・ヨーク”から説明を受けようと受けまいと、トトマとパートナー契約できないという事実には変わりなく、以前として彼女は一人なのであったのだ。


「そうですよね・・・。とても、とても残念です」


「で、でも!ほら、普通の挑戦者さんたちならパートナーにできますし、アリスさんならすぐにパートナーが見つかりますよ!!」


「・・・」


だが、アリスはトトマに言葉を返すことなくただひたすらに落ち込んでいた。確かに、彼女自身に友好的な会話能力があれば、そもそもこんなことにはならなかったのかもしれない。なので、自分の言った言葉が無責任なものであったとトトマは反省をすると、俯く彼女に提案する。


「では、アリスさん。僕が貴女の一友人として、アリスさんのパートナー探しをお手伝いするというのはどうでしょう?」


そう提案すると同時に、トトマは今のアリスの姿に昔の一人ぼっちだった頃の自分を重ねた。他の挑戦者たちはがやがやと盛り上がる中、一人ぽつんと取り残される、そんな辛さや悲しみが分かるが故に、トトマはこのまま彼女を放ってはおけないと思い立ったのだ。


「い、いいんですか?」


まだ少々泣き出しそうな、悲しげな顔をするアリス。しかし、そんな悲しみを吹き飛ばすかのようにトトマは満面の笑顔を作る。


「いいも何も僕たちはもう友達ですから、当然です!」


そして、その甲斐あってか、アリスの顔はみるみるうちにパッと晴れ渡り、まるで雲一つない晴天のように明るくなっていく。


「・・・あ、ありがとう、ありがとうございます!トトマさん!!」


「では、まずギルドに行きましょう。そこでアリスさんのパートナーになってくれそうな挑戦者さんを探してみましょう。・・・あ、でもこの鎧は・・・」


そう言いかけて、トトマはとあることを思い出した。それは、この散らばった鎧の部品たちをどうするかである。一つ一つの部分でさえ相当に重かった鎧であり、それらを持ち運ぶにはトトマの肉体では不可能であった。


そんなトトマの心配を知ってか知らないでか、アリスは彼の提案に喜ぶとすっと立ち上がり、落ちていたその鎧の部品を一つ一つひょいひょいと持ち上げ、軽々と両手に抱えた。


「で、では!行きましょう!!」


ふんすと鼻を鳴らして意気込むアリスであったが、このままギルドに向かうのは明らかに無理がある。そこで、一旦宿に戻ってから出直すことをトトマは彼女に提案した。


かくして、トトマとアリスは一旦彼女の借りている宿に戻ると、荷物となった鎧を置きに行った。しばらくトトマが彼女の部屋の前でじっと待っていると、そんな彼の前に装いを変えたアリスが部屋の中から恥ずかし気に現れる。


「ど、どうでしょうか?」


「うん、いいんじゃない・・・かな?」


トトマの前で恥ずかし気に服を披露するアリスに対して、同じく恥ずかし気な彼はそうとしか言えなかった。


「そ、そうですか・・・でも何と言うか・・・は、恥ずかしいですね」


くるりくるりと体を左右に揺らして自分の今来ている衣装を再度確認するアリス。今の彼女は先程までのゴツゴツとした鎧ではなく、革製の滑らかな装備に身を包み、腰には二本の剣を刺している。


どこからどう見てもアリスはいい意味で普通の挑戦者にしか見えない上に、何よりも彼女の顔がしっかりと見えている。その素顔をしっかりと確認した上で、トトマはもう一度うんと強く頷く。


「うん、アリスさんの顔もしっかりと見えてるし、声も籠らないしでいいと思いますよ。これならパートナー探しも大丈夫でしょう」


「うぅ・・・は、恥ずかしい」


だが、アリスはまだ自分の素顔を他人に見せるのが慣れないのか、トトマにそう指摘されるとさっと手で顔を隠した。


こうして、そんなアリスを連れてトトマは城下町にあるギルドへと向かうこととなった。


ところで、この「ギルド」とは、魔階島のダンジョンに挑む挑戦者たちが集う場所である。


その主な働きとしては3つの役目が存在する。


1つ目は、クエストを募集したり報告したりする役目である。

魔階島のダンジョンでのお金稼ぎは何もダンジョン内にある財宝探しだけではない。ダンジョンに挑むことのできない人がクエストとして欲しい素材を募集し、挑戦者たちがその素材を回収して報告することでお金を稼ぐこともできる。また、満遍なくダンジョンを攻略するよりも、狙った獲物や素材だけを採取しクエストを熟す挑戦者たちも少なくはない。そんなクエストのやり取りをする場所がギルドなのである。


2つ目は、ダンジョンに共に挑む仲間、通称パートナーを募集する役目である。

挑戦者と言えども、一人でダンジョンに挑むのはかなり危険が伴う。持てる荷物にも限りがあるし、いざという時に一人では融通が利かない。だからこそ、挑戦者は自分に足りない部分を補えるようなスキルを持つパートナーを探すのである。その際に用いられるのが”契約”である。契約とは”契約の女神ナカ・ヨーク”の下で行われる誓いのことであり、この契約を交わした者同士のステータスを上昇させる効果や、経験の共有などもある。また、これは勇者だけの話ではあるが、この契約を行わないと一緒に番人へと挑むことができない。そんな契約を主に管理しているのがギルドであり、自分が欲しい人材を簡単に探したり、逆に自分を欲している人材を手軽に探したりすることもできる。


3つ目は、イベント・宣伝の告知をする役目である。

ギルドには挑戦者だけでなく、他にも色々な人が色々な目的で集まる。そのような色々な人々の目に付きやすい環境だからこそ、ギルドでは魔階島でのイベントの告知がされることが多い。基本的には魔階島観光協会からの宣伝が主であるが、料理店や宿、武器防具屋、道具屋などのお店を経営している人たちからの告知も多い。なので、ほとんどの挑戦者は毎日ギルドを訪れては、そこで魔階島の最新情報を仕入れているのだ。


また、ギルドにはクエストやパートナー募集の受付窓口に加えて、大きな食堂兼酒場が付随している。大抵の挑戦者はそこで飲み食いして時間を潰し、クエストの募集やパートナーの募集などを待っていることが多い。


つまりは、挑戦者がダンジョンに一緒に挑むパートナーを手っ取り早く探すにはギルドに行くのが最適なのである。


その様な理由を念頭に入れてトトマはアリスと並んで二人仲良く・・・とはいかないが、一緒にギルドへと向かっていると、ふと彼は気になっていたことを思い出した。


「そう言えば、アリスさんはどんなパートナーがいいとか要望はあるんですか?」


「よ、要望ですか!?」


突然トトマから話しかけられ、ビクンっと驚きつつもアリスは言葉を返す。


「例えば、自分を守ってくれる人とか、回復や補助をしてくれる人とか、魔法で攻撃してくれる人とか」


「そ、そうですね・・・」


パートナーというのは別に攻撃に特化した挑戦者である必要はない。


挑戦者の中には、回復や補助を専門とする者も多い。また、一見戦闘には関係ないようなスキルであったとしても、ダンジョンを攻略する際に有効となるスキルもたくさんある。


つまり、その状況や目的に応じて必要なスキルは異なってくるので、戦闘だけを考えてパートナー選びをする必要はない。例えば、自分に戦闘能力が十分にあるのであれば、それを補助するようなスキルを持ったパートナーを選ぶべきであるし、また逆の場合もしかりである。


だが、基本的にダンジョンの攻略を目指す勇者であるとすれば、幅広く戦闘、回復、補助などのスキルを持つパートナーたちを満遍なく欲しいところではある。


結局、パートナー選びにはその人が何のために、どうやってダンジョンに挑むのかが重要になってくるのだ。


そして、しばらくアリスはうーんと歩きながら考えて、先ほどのトトマからの質問への答えを導き出す。


「・・・や、優しい人でしょうか」


「優しい人・・・ですか」


思わぬ答えに目をぱちくりさせるトトマに対して、何やら見当違いのことを言ってしまったのではないかと思ったアリスは慌てふためく。


「だ、駄目ですか!?」


「いや、駄目といいますか・・・、その~性格も大事だとは思いますが、スキルとかも考えた方が良いかなと」


「スキルですか・・・」


「アリスさんに足りないものを想像すると良いと思いますよ」


「足りない・・・もの」


「苦手だなーとか、これがあったら便利だなーとかです」


「・・・お料理ですかね」


「ほうほう」


意外とダンジョン攻略において良い点をつくアリスにトトマ少し感心した。


ダンジョンに挑む挑戦者の中には長期的な滞在を念頭に入れてダンジョンの中へと入る者も多い。その際には戦闘よりも生活に特化したパートナーがいた方が有利になることが多い。ふかふかのベッドやしっかりとしたキッチンがあるわけでもないダンジョンの環境で、限りある資源を使って巧みに生き残ることのできるスキルを持つ者は、ダンジョンに長期滞在する者たちにとってはとても重宝されるのだ。


だがしかし、それはダンジョンに深く入った者にしか気が付けないことである。なので、魔階島に来たばかりの新米挑戦者はとりあえず戦闘系のスキル持ちのパートナーばかりに目が行き、後で痛い目を見るのである。


そんな事情を知ってか知らないでか、生活に特化したスキルを挙げたアリスであったが、続けて微笑みながら言う。


「毎日美味しい料理を食べたいです」


「んん?」


えへへと笑うアリスは何処かパートナーを勘違いしているのではなかろうかという不安があったものの、トトマは歩きながらもその話を膨らませていく。


「他はどうですか?定番は奇法や魔法を使えるスキル持ちの挑戦者ですが」


「奇法や魔法も良いですね!あ、あとは・・・」


「あとは?」


そう言うとアリスは顔を少し赤らめ、か細い声で続ける。


「そ、その・・・女性の挑戦者さんが良いかなと。やっぱりまだ男性と話すのは気恥ずかしいので」


(僕も一応その男性なんだけど・・・、まぁいいか)


そんなアリスの言葉に男として少し肩を落としたトトマであったが、そうこうしているうちに二人の目の前にようやくギルドが姿を現した。


ドンっと構えるその大きな扉の外には、既に多くの人が集まっており、何やら出店も幾つか開いている。まるでお祭りのようなにぎやかさであったが、これがギルドの日常風景である。


「ひ、人がいっぱい!?」


入る前からあまりの人の多さに目を回しつつあるアリスに、トトマは失礼を承知でその手を握ると、自分が壁となり中にいる人の間をぐいぐいと進んで行く。


「お、おい!誰だあの美人!?」


「スタイル良すぎでしょ?」


「てか前の人何処かで見たような」


などなど、途中で様々な人の視線を浴びつつも我慢して二人は人混みの中を突き進んだ。


そして、トトマたちはしばらくギルド内を進むと、パートナー募集の受付窓口までなんとか彼らは辿り着いたのであった。


「いらっしゃいませーって、トトマ君ですか!お久しぶりですー!」


「お、お久しぶりです・・・ディアナさん」


「おや、大丈夫ですか?何やら息が荒いですが」


「い、いえ・・・大丈夫です」


(慣れないことをするもんではないな・・・)


トトマは張り切ってアリスの手を引いてここまで来たものの、普段では到底しないであろうその行動に、大分心身ともに疲れを感じていた。


「それでは、こちらにいらしたということは、本日はパートナーの募集ですか?」


「あ、僕ではなくて、こちらの」


トトマはそう言いアリスの背中をそっと軽く押すと、緊張する彼女を受付の窓口へと優しく導く。


「わ、私がパートナーを探しています!」


「えーと・・・申し訳ありませんが、お客様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「す、すいません!・・・アリス・F・スカーレットです」


「アリス・F・スカーレット様ですね。ご本人様確認のため、失礼ですがステータスの確認をさせてもらいます」


そう言われ、アリスはいそいそと右手に触れて自分のステータスを表示すると、それをディアナへと見せる。すると、ディアナはそのステータスとアリスの顔を見比べるとニッコリと優しく微笑み語り掛ける。


「ありがとうございました。アリス様、それでは少々お待ちください」


そう言い残して、パートナー募集窓口の受付嬢であるディアナはアリスの名前をさっと控えると、すぐさま後方のカーテンの奥へと消えた。ちなみに、あのカーテンの奥にはギルドに登録されている魔階島中の挑戦者たちのリストや、クエストに関する書類の整理や素材や武器の管理などといった事務作業が行われているらしい。


「き、緊張しました~」


「はは、まだ始まったばかりですよ」


ほどなくして、ディアナは一冊大きな本を抱えてカーテンの奥からアリスたちの下へと戻ってきた。


「お待たせいたしました、アリス様。それでは、パートナーの募集の件ですが、どのようなスキルをお持ちの方をお探しでしょうか?」


慣れた手付きと口ぶりで淡々と話を始めるディアナに対して、アリスは身振り手振りを加えながら先程トトマと話し合った内容を必死に伝えた。


「なるほど、回復・補助のスキルに魔法のスキルですね。少々お待ちください」


結局、アリスが選んだのは回復・補助のスキルと魔法のスキルの2つであった。それは、ダンジョン攻略ということだけを考えたのであれば妥当な選択ではある。


「そうですね・・・。相手が勇者様でもよく、回復・補助のスキル、魔法のスキルのどちらかを所有していて、かつ女性の方は・・・」


淡々とそう呟き、ペラペラと本を捲るディアナに対し、ドキドキと高鳴る胸を抑えながら黙々と待つアリス。その様子に、隣にいるトトマまでもドキドキと胸が高鳴った。


「うーん・・・あ!いらっしゃいましたよ」


「ほ、本当ですか!?」


思わず大きな声を上げてカウンターに身を乗り出すアリスに対して、ディアナは冷静かつ笑顔でそのページを見せる。そこには確かに二人の女性のステータスが記載されている。一人は「料理のスキル」、もう一人は「魔法のスキル」である。


「わぁ・・・良かった!」


本当に嬉しそうに微笑んだアリスを見て、トトマもほっと胸を撫で下ろした。もしここでパートナーが見つからなかったらと考えると彼女の悲しむ姿が目に浮かび、トトマはいたたまれない気持ちになっていたであろう。


その後、幾つかの単調な手続きがあり、それらを全て終えるとそのパートナー候補の二人を呼んでくるとのことで、トトマとアリスは別室へと案内された。


「それでは、お二人を連れて参りますので、少々お待ちください」


ディアナに代わってここまでトトマたちを案内してくれた女性はそう言い残してその場を去った。後は、そのパートナー候補の人たちと話すだけであったが、そこでトトマはすっと席を立った。


「ト、トトマさん!?」


席を外そうとするトトマに驚いた表情を見せるアリスに対して、彼は優しく語り掛ける。


「アリスさん、ここからはアリスさんとそのパートナーの人たちだけで話し合った方が良いと思います。だから、僕はここで失礼させてもらいますね」


「で、でも・・・私」


だが、まだ何か心配なのかアリスは不安げな表情をしている。


「大丈夫ですよ。アリスさんなら良いパートナーに出会えます。それに、僕たちはパートナーを抜きにしても、もう友達なんですから。何かあったらすぐに連絡をください。必ず今日みたいに力になりますから」


少し狼狽えたアリスであったが、そう言って優しく微笑んだトトマの顔をしっかりと見つめると、深く息を吸って胸を張る。


「トトマさん、今日はありがとうございました!これからも、その、お、お友達としてよろしくお願いします!!」


「こちらこそ、よろしく」


今度はアリスからすっと手が差し伸べられ、トトマはその手をしっかりと握り返した。アリスからぎゅっと強く握りしめられたトトマの手は、だが今度は痛くはなかった。痛みの代わりに、その手からはアリスの熱意がトトマの手に伝わってきていた。


「あ、そうでした!・・・こ、これをお礼にどうぞ!」


すると、何かを思い出したのか、アリスはぱっとその手を放すとそそくさと腰に下げていた剣を外し、それをトトマへと掲げた。


「え!?わ、悪いですよ。それにまだ正式にパートナーが決まったわけでもないですし」


そう言い遠慮するトトマであったが、そんな彼に対してアリスは初めて素直な笑顔を見せる。


「いえ、良いんです。パートナー云々は関係なく、今日のお礼とお友達の印としてどうか受け取ってください」


「・・・そう・・・だね。うん!なら、ありがたくいただくね」


「はい!!」


トトマはお礼を言うと、アリスの手からその剣をありがたく受け取った。長くも短くもないその剣は、トトマが以前まで使っていた剣の長さにも似ており、掴んだその柄は彼の手にしっくりときた。


そして驚くことに、鞘から抜いたその剣の刀身は淡く赤く揺らめいている。


「こ、これって!?まさか!?」


「はい!火の属性武器です!」


トトマが握っていたその剣は、彼が今絶賛欲していた二番目の番人に有効な火の属性を刀身に宿した貴重な剣であった。


「で、でも本当に良いの?だってこれ属性武器だよ!?」


「大丈夫です。こんな私に優しく付き合ってくださったトトマさんへのお礼なんですから、そ、その・・・わ、私だと思って大切に使ってください」


一度アリスへと戻しかけたその剣をトトマは強く握りしめると、その剣を腰に装着した。そして、それはまるで長年使い込んできた剣のように彼の体に馴染む素晴らしい剣であった。


「ありがとう、アリスさん。またいつか必ず、必ずお会いしましょう」


「はい、トトマさんもそれまでお気を付けて」


トトマは名残惜しくも、アリスに手を振ってからその場を後にした。そして、そのトトマと入れ替わりで二人の女性が入室する。


アリスはその二人の姿を見るなり椅子から立ち上がると、以前までの小さな声ではなく、二人にもちゃんと聞こえる大きな声で挨拶をする。


「は、初めまして、私はアリス・F・スカーレットです!」


その無垢な笑顔に、入室してきた二人も緊張が解けたのかやんわりと笑うと、順番にアリスへと挨拶する。


「あたしはミミって言います。『魔法のスキル』持ちで、得意なのは”ブレス”の魔法。というわけで、よろしく!」


「私はシャーロット・ルブランドバリエールです。長いのでシャーリーって言われてます。・・・えーと、あぁ!あと『調理のスキル』を持っていますが、ダンジョン内での体力回復料理とかも得意です!」


一人は、とんがり帽子と軽装に身を包んだ魔法使いらしき女性。


もう一人は、少し華やかな衣装を着た少しふくよかな女性。


そんな二人は共通して、アリスと同じぐらいの年であり、そして優しそうな瞳をしていた。


アリスたち三人は、初めはギクシャクと話をしていたが、お互いのことを話したり、シャーリーの作ってきたお菓子を食べたりしているうちに次第に打ち解け仲良く話すようになっていった。


こんな三人がパートナーになるまでに、勿論そう時間はかからなかったことは言うまでもなく、かくして恥ずかしがり屋な勇者のアリスは様々な苦難を乗り越え、今ようやく念願のパートナーを見つけたのであった。


そんなアリスの描く勇者の物語の続きは、神のみぞ知る。

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