第2章 勇者、ダンジョンに苦戦する
第7話 鋼鉄に隠されたその素顔
『「薬は用法・用量を守って正しく使いましょうね」
薬師の勇者からのお願い』
「あはははははははははは!!☆」
「うわぁ~、トトマ様がこんなにもいっぱい、うふふふふ・・・」
「はぁ・・・はぁ・・・!ど、どうしてこうなったッ!?」
ダンジョン第二十階層 番人の間
広いその階層中一体をびっしりと埋め尽くす無数の荊の中、トトマは一人ぜぇぜぇと息荒く走り回る。
次いで、モイモイはそんな走り回るトトマに向けて、何故か楽しそうに魔法を付加した短剣を続けざまに投げつける。
次いで、ミラは何やら幻覚に惑わされているのか、辺り構わず杖を振り回し、彼女にしか見えないトトマの幻想に殴りかかっていた。
最後に、オッサンは既に体力が底を突きて死んでいた。
(どうすれば・・・どうすれば!!)
この悲惨な状況を打開する方法を必死に考えながらひた走るトトマであったが、そんな彼の耳に錯乱したモイモイの楽し気な声が響く。
「トトマく~ん☆遊ぼうよ☆」
「嫌です!モイモイさん正気に・・・って、どわぁッ!?」
トトマが話し返す暇もなく、彼の頭上ぎりぎりを短剣が通過し、そのまま壁に激突して爆発を起こす。もしあんな物が当たっていたのであれば、自分の頭が綺麗に吹き飛んでいたのかもしれないと考え、ぞっとしながらもトトマはひたすらに走った。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。
ここにはまともな人間は勇者であるトトマしかいない。
『アハハハ!!勇者君!ガンバレ、ガンバレー!!集中しないと死んじゃうよー!!』
一方で、この状況を作り出した張本人はというと、何やら楽しそうに番人の間の中央で笑い声を上げている。
「くそッ!・・・一か八かッ!!」
しかし、トトマはこの状況を何とか打破するために覚悟を決めると、ひと際大きくて太い荊を駆けあがり、番人の間の中央に咲く下半身が巨大な花の姿をした番人へと単身で挑む。
『おやおや?こっち来る作戦・・・かいッ!!』
そこら中に荊を伸ばす、まるで巨大な花の主と化した番人は、駆け上がってくるトトマ目掛けて手を振り下ろし、叫ぶ。すると、番人のその手の動きに従って、先が槍のように尖った無数の荊がトトマ目掛けて襲い掛かる。
「くっ!!『ブレイブ・スラッシュ』!!」
だが、そんな襲い掛かる無数の荊に対し、マナを込めた剣で斬り裂きながらトトマは諦めることなく突き進む。
斬って、避けて、走って、また斬って。
勇者としての才を徐々に発揮し始めたトトマにとって、このような芸当は無茶であっても、不可能ではなくなっていた。
「届けッ!!」
そして、番人まである一定の距離まで近づくと、トトマは思い切って跳び上がり、手にした剣を大きく頭上へと振りかぶる。
「くらえッ!!『破魔・ティオ』!!!」
必死の思いで剣にマナを集中させ、破邪の力で番人に斬りかかる。これで番人を倒せるという保証はないが、何もしないという選択肢はトトマにはなかった。
『キャアアァァァァァァ!?・・・なんてね』
ドスンッ!!
「ッ!?」
しかし、番人まであと少しという所で、跳び上がったトトマの体はしたり顔を見せる番人に届くことなく、ピタッと空中で止まってしまった。
否、串刺しにされていた。
「ぐッ!・・・がはぁッ!!」
トトマの体を駆け巡る激しい鈍痛に、思わず彼の口から赤黒い液体が飛び散る。
消えかかる意識の中で、トトマは視線を下すと彼の背中から胸にかけて一本の大きな荊が貫通し、その荊に赤い血をどくどくと滴らせていた。
『ふふ、惜しかったわね、勇者君』
トトマは番人にちょんっと鼻を触られ、そして、目の前までに迫った番人の笑顔を最後に、彼の意識はぷつりと途切れた。
「GAME OVER」
------------------------------
(どうしたものかな・・・)
”生命の女神イキカエール”からいつもの嫌味を言われながらも、彼女に大枚をはたいて神殿での復活を遂げたトトマは、一人虚しく城下町を歩いていた。
以前、第十階層の番人を何とか撃破することに成功したトトマであったが、彼は再び新たな難題にぶつかっていた。
その解決策を得るべく、トトマは一人で城下町にある市場をぶらぶらとうろついているわけであるが、未だに答えが見つからないこの状況に、まさにお手上げという状態であった。
「おや?トトマ君じゃないか」
そんな悩みながらもとぼとぼと道行くトトマの後ろからふと声がし、その肩にポンと手が置かれる。
トトマが驚き振り向くと、そこには眼鏡をかけた温厚なそうな顔つきの男性とその背中に隠れるように小柄な女性が一人、計二人が立っていた。
「ブラックさんに、ムッコロさん!お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
名を呼ばれた男はニッコリと笑って返す。
その男の名前は、ブラック・ジャクソン。
トトマよりも少し年上の、12人の勇者の内の1人にして、9番目の勇者である。
勇者として「健康身体」の能力に優れ、「薬師の勇者」という別名を持つ。
そんな彼は、ダンジョンに挑む挑戦者としては珍しく、お金目的ではなく医学の発展のためにダンジョンを攻略している。地表に生息するものでは治らない病気であったとしても、ダンジョン内でのみ見つかる希少なものであればその病気を治すことができる場合も多々あり、彼はそのために日夜研究を行っているのだ。
ちなみに、ブラックの後ろに隠れている女性はムッコロという名の「隠密のスキル」を持つ双剣士である。
恥ずかしがり屋と言うよりも、警戒する獣と言った方がしっくりくる彼女はブラックのパートナーの一人である。腰の左右に長さの違う剣を二本下げ、顔はフードで隠しているので表情は分からないが、醸し出す雰囲気からブラック以外の他者を警戒していることが分かる。
「それで今日は一人でどうしたんだい?ダンジョン攻略前の下準備かな?」
優しい笑顔のブラックに、トトマは最初の番人を倒したことをまだ伝えていなかったことを思い出すと嬉しそうににんまりと口を開く。
「言い遅れましたが、実は僕、一番目の番人を倒したんです」
「おぉ、そうか!それは凄い、おめでとう!」
まるで自分のことのように無邪気に喜ぶブラックに釣られトトマも笑顔になったが、今の悩みを思い出してすぐに顔色が暗くなる。
「・・・でも、何やら浮かない顔のようだね、何かあったのかい?」
心配そうに見つめるブラックに対して、助言をもらうためにもとトトマは現在抱えている問題を打ち明けた。
勇者が抱える問題と言えば、その多くが金か番人であり、今回はというか今回も番人の悩みである。
最初の番人を倒した次の日、トトマたちは番人の間に置いた『転送石』を使ってダンジョンまで一気に飛ぶと、下の階へと意気揚々と降りて行った。
第十一階層から第二十階層まではそれまでの階層とは打って変わって、お城の中のような壁をした階層になっている。番人の間を超す毎にダンジョン内の風景ががらりと変わることは話には聞いていたが、トトマやミラは初めて見るその景色に大そう驚いた。
また、階層内に出現するモンスターや手に入る素材もそれまでの階層とは異なっており、色々なことに四苦八苦しながらもトトマたちは進んでいった。そして、何とか数日を掛けて二番目の番人の間である第二十階層までトトマたちはたどり着けるようになったのである。
しかし、そこで待っていた番人こそが今のトトマたちにとって攻略難解な存在であったのだ。
ダンジョン第二十階層番人 ”貪る食人草たちの狂乱”
第十階層の番人の間のように同じく大きなその部屋には、所狭しと鋭い棘の生えた荊が張り巡らされており、荊は部屋の真ん中に鎮座している大きな植物から無数に伸びている。その大きな植物の天辺にはこれまた大きな花が咲いており、その中から女性の上半身だけがぬらりと妖美な姿を見せる。勿論、これは本物の人間の女性の上半身ではなく、この植物の番人の一部が人間の様な姿をしてるだけであり、そのようなモンスターは他にも多数存在するので、この番人の姿は特段不思議ではない。
また、「勇者のスキル」の「鑑識眼」で視た際に、荊の部分をいくら傷つけても相手の体力が減らないということは、やはり本体であろう人間の形をした部分を攻撃するしかないのだが、ここでいくつかの問題がある。
1つ目は、周りから無数に出現する『食人草』と呼ばれるモンスターたちである。人間よりも少し小さいくらいのそのモンスターたちは花冠の内側にギザギザした刃と、棘の生えた蔓を持っている。本当に人を喰らうのかは定かではないが、蔓を振り回して攻撃してくることは定かであり、こいつらには対処する必要がある。
2つ目は、番人の出す花粉である。これが一番の課題であり、この花粉には『毒』、『睡眠』、『麻痺』、そして『混乱』の4種類が存在する。「勇者のスキル」の「健康身体」を持つトトマにとってはこれらの状態異常は特に問題ではないのだが、パートナーたちの状態異常までは防ぐことができない。そんなトトマのパートナーの中で、状態異常を治癒する能力を身に着けているのはミラだけであるが、そんなミラが混乱状態になれば状況の回復の仕様が無くなる。そうなれば、先程のような悲惨な状況に陥って、パーティは全滅である。
「なるほど、あの番人は確かに状態異常が厄介だったね」
トトマの話を黙って聞いていたブラックは懐かしそうにうんうんと頷く。
「ちなみに、ブラックさんはどうやって攻略したんですか?」
「ん?僕らかい、僕らは・・・」
そんなブラックは現段階で四番目の番人に挑んでいる状態であるので、今回の番人の対策を何か知っているかもしれない。そう考えたトトマは思い切って質問してみた。
トトマの質問にしばらく考えると、ブラックは口を開く。
「1つは状態異常対策、特に『混乱』の対策。もう1つは”火”だね」
「やはり、火ですか・・・」
ブラックの言う通り、モンスターには弱点となる属性や方法を持つものが多数いる。スライムや植物の形をしたモンスターは火属性に弱い。サラマンドラやファイヤービーなどは水属性に弱い。サハギンやハサミクラブなどは土属性に弱い。ストーンマンや土モグラなどは風属性に弱い。ゴーストやスケルトンなどは光属性に弱い。
などなど、それぞれのモンスターの特性を考慮して戦うのも挑戦者としての重要な技術である。また、ダンジョン攻略のために強靭な番人たちと戦っていかなければならない勇者にとっても、このモンスターの特性を理解することはとても重要なことだ。
「だから、僕たちの場合はまず『混乱』対策に”これ”を使ったんだ」
そう言うとブラックは腰に着けたポーチからごそごそと何かを取り出し、彼の手の上に乗せた”これ”をトトマへと見せた。
「これは、僕が作った特製の『耐性薬』さ。これを飲めば数時間は状態異常を防ぐことができる」
「へぇー、凄い!さすが『薬師の勇者』ですね!!」
「あはは、ありがとう。それで・・・これをトトマ君にあげよう」
「い、いいんですか!?」
「いいのいいの。僕ならすぐ作れるし、それに困った時はお互い様だしね」
「ありがとうございます!!」
お礼を言うと、トトマはありがたくブラックからの餞別を両手でしっかりと受け取った。これで状態異常対策は整った。
残りは、”火”の問題である。
「ブラックさんはやっぱり魔法系のスキルで火を使ったんですか?」
「んー、そうだね。基本は僕の魔法で攻めたけど、それ以外にも属性を出す方法はあるんだよ。丁度いいムッコロ、ちょっとあれを見せてあげなさい」
トトマとブラックの会話をずっと後ろで黙って聞いていたムッコロは少し気だるげに、でも素直にこくりと小さく頷くと持っていた腰の剣をすっと少しだけ抜いた。
すると、外気に触れたその刀身は少し赤く揺らめいでいる。
「凄い、それって属性武器ですか!?」
「その通り」
属性武器とは、付加魔法を与えなくとも初めから属性をその身に宿している武器のことである。ダンジョンの中に出現する宝箱の形をしたモンスターの体内から見つかることがあるが、その数は少なく希少である。武器としても単純に強いが、その珍しさから高価で取引されるために、様々な挑戦者がこの属性武器を狙っている。
「あとは僕の自前の火薬とかだね。つまりは、『耐性薬』、火の魔法、属性武器に、火薬といったところで俺たちは攻略したね」
「な、なるほど・・・」
一旦は納得したようにも見えたトトマであったが、火の魔法も火の属性武器も特殊な火薬も持っていない彼には、それは随分と難しい話であった。
「色々とありがとうございました。勉強になります!」
「いやいや、また何かあったら相談に乗るよ」
そんなトトマとブラックとの会話が終わったのを見計らってか、後ろでこっそりと控えていたムッコロはちょいちょいとブラックの服を引っ張り、どこかを指差す。
「ん?あぁ!ごめんね、ムッコロ。そろそろ行こうか」
「長々とすいませんでした。ところで、何か用事があったんですか?」
トトマの質問に対し、ブラックはムッコロの頭の上に優しくポンと手を置き、笑いながら答える。
「いやね、最近新しく甘味屋ができたらしくてね。日頃から子ども相手に苦労しているムッコロを労うためにも、ちょっと行ってみようかと思ってたんだよ、ね?」
トトマからはムッコロの表情がよくは見えなかったが、彼女が嬉しそうな雰囲気を醸し出しているのはなんとなく分かった。
「な、なら、なおのことお邪魔してすいませんでした。また今度そのお店の感想を聞かせてください」
「うん、わかったよ。その時にはトトマ君も番人を打倒できているといいね」
爽やかに別れの挨拶を言うと、トトマを残してブラックたちは市場へと二人仲良く消えていった。
一人残されたトトマは貰った『耐性薬』をしっかりとポーチに仕舞うと、ブラックのくれた助言を基に、再び考え事をしながら歩き出す。
(後は、属性だよな・・・モイモイさんだけの火力だけではどうも・・・)
ブラックとの話を受け、一旦宿に戻ってパートナーたちと話し合う必要があると考えたトトマは、宿へと続く道をてくてくと進んでいく。だが、広い道では往来する人が多くて進みづらい。そこで、観光や買い物が目的ではないトトマは人通りの少ない裏道を選ぶと、行き慣れた道をすいすいと進んで行く。
(こういう時に魔階島生活が長いと便利だよね)
しかし、そんな余裕の表情で駆けるトトマであったが、とある裏道の角を曲がった瞬間、突然目の前に現れた何かに頭から衝突してしまった。
ゴチン!
「あいったぁッ!!?」
本来は壁などはなかったと思われる場所に何故か物凄く固いものが配置されており、トトマはそのぶつかった衝撃で2、3歩揺らめいた。
「いてて・・・。もう・・・なんだこれ?」
痛む前頭部を摩りながら、トトマは行く手を阻む物体に触れて確かめる。
すべすべとしていてひんやりとした表面。鉄のように固い素材。それは正しく”鎧”であった。
それも普通の鎧とは一風変わった、全体的にずんぐりむっくりとした丸みを帯びた鎧である。頭も肩も手も腹も足も、至る所が丸々とした特徴的なデザインであった。
そして、トトマはこのへんてこな鎧をどこかで見覚えがあったような気がした。だが、頭が痛む所為か、彼はよく思い出せない。
そんなことよりも、どうしてか巨大な鎧がこの細い小道の壁と壁の間に挟まっている事実が問題である。
「ど、どうしてこんな鎧がこんな場所に?」
誰かの嫌がらせかと思いながらも、トトマはその鎧をぎゅっと押してみるが微動だにしない。
試しに、鎧のおそらくは腹の部分をコンコンと叩いてみる。
「誰か入っていますか?」
「・・・」
しかし、反応はない。ただの鎧のようだ。
「・・・ん?」
だが、トトマは鎧の中から何かを感じた。彼には何か微かな音が聞こえた気がしたのである。
「誰か入っていますか?」
もう一度そう強く尋ねて、トトマは鎧をガンガンと叩く。そして、鎧に耳を当て反応を調べると。
「・・・だ・・・た・・・て」
そう確かに、か細く消えそうな声で何かが聞き取れた。
「だ、誰か入っている!?」
こんな巨大な鎧に入っているのだから、どれだけの巨体なのかは分からないが、確かに中から人の気配がした。同時に、どうやって壁と壁の間に挟まったのかは不明であるが、中の人物は自分自身ではこの状況をどうやら打破できないようでもある。
「い、今助けますからね!!」
聞こえているかどうかは分からないが、トトマは急いで鎧を繋いでいた金具や皮を持っていた剣で切り裂いていき、一つ一つ鎧の部品を引きはがす。だが、その鎧を形成している部品の一つ一つはおそろしいほど重く、トトマが取り外すたびにゴトン!ゴトン!という重音を立てて地面に落ちていく。
そして、全ての部品を解体して鎧の中から現れたのは、巨体な挑戦者であった。
とはいえ、巨体ではあったがスラリと縦に長く、女性としての部分がとてもとても大きな人物であった。
「な!?・・・えぇぇ!?」
「た、助かりましたぁ~」
まさかの鎧の正体に驚き言葉を失うトトマに対して、中から現れた女性は汗を流しながらもその場にぺたりと座り込む。
鎧の中で相当に蒸されたのか、その女性はダラダラと滝のように汗を流している。
「と、とりあえず・・・どうぞ」
「あ、ありがとうございます。あれ?貴方は・・・」
トトマは何を言っていいのか分からずに、とりあえずさっと持っていたハンカチを彼女へと手渡した。だが、彼はどこを見て良いのか分からなかったので、とりあえず宙に目を泳がせ続ける。
「え、えっと・・・どうしてこんなことに?」
しばらくの沈黙の後、トトマは気まずくなって、その女性を見ない、否見れないまま、こんなことになってしまった経緯をその女性に尋ねた。
「あ、そ、その・・・猫を見かけて・・・それで気になって着いて行ったら、ここにすっぽりはまってしまって」
「ね、猫・・・」
意外と言うか、割とどう仕様もない理由で詰まっていた女性の話を聞いてトトマはポカンとした。
だが、あまりというか、ほとんど女性と接する経験がなかったトトマからすると、目の前にいる女性の肉体とその汗で濡れた状態は彼の初々しい頭では処理しきれないものである。なので、トトマは恥ずかしさからそそくさとその場を立ち去ろうとして、その女性に背を向ける。
「け、怪我とかなくて良かったです。それでは、僕はこの辺で・・・」
「あ!・・・まっ!!」
しかし、そんな逃げるように去ろうとしたトトマの手を咄嗟にぎゅっと握ると、女性は彼を呼び止める。
「え?・・・って、どうわぁッ!?」
女性に引っ張られたとは思えないほど、力強くグイッと引き寄せられ、肩が抜けそうになったトトマは再び女性の前に立たされる。
「ご、ごめんなさい!?でも、あの、その・・・」
だが、その女性はすぐにパッと手を放してトトマを解放するが、まだ何かを言いたげにもじもじとしている。
「あ、あのー・・・、まだ何か?」
「あ、いえ!?その・・・わ、私・・・」
そんな目の前の女性はたどたどしくも何かを伝えようと必死になっている。そして、ぎゅっと手に力を込め勇気を振り絞るとトトマを見上げて言った。
「わ、私のことを覚えて・・・いますか?」
「え!?お、覚えて!?」
「む、昔・・・ギルドで・・・」
(昔?ギルドで?)
慌てたトトマはその女性の言葉から昔の記憶を辿る。
トトマにとってはギルドでは苦々しい記憶しかない。自分のことを勇者だと知って近づいて来た者たち、自分のことを使えない勇者だと知って離れていく者たち。その中でも目の前にいるような女性と話した経験は全くないはずなのだが、彼女の口ぶりからはどうやらそのギルドで二人は会っているらしい。
「ひ、人違い・・・では?」
「い、いえ!貴方はトトマさんですよね!私は貴方に話しかけられたことを今でも覚えています!!」
「どうして僕の名前を・・・」
「あ、あの、私が一人で困っている時に、トトマさんだけは私に声をかけてくれました。そして、お、お友達になろうと・・・そう言ってくれました・・・よね?」
潤んで見上げる彼女の瞳は決して嘘をついている様子もなく、トトマは必死にぐるぐると脳を働かせて昔の記憶から彼女の情報を探り出す。彼女の顔、というかその肉体はおそらく一度見ていれば、忘れることはない。それに、彼女は「友達」と言った。魔階島に来てトトマがそんなことを言った相手などそう多くない。
となれば、自信はなかったが、トトマは一つの答えに辿り着いた。
「も、もしかして貴女は『鋼鉄の勇者』さん・・・ですか?」
「は、はいぃ・・・」
「ええぇぇぇ!?」
自分で言っておきながら、トトマはそのまさかの答えに驚き慄いた。
トトマの目の前で顔を赤くして恥ずかしそうに俯く女性。
彼女こそが正体不明の『鋼鉄の勇者』本人だったのだ。
トトマは確かに『鋼鉄の勇者』らしき人物に何度か会ったことがある。ギルドにてそわそわとしていた彼女に対して声をかけ、依頼の受付窓口まで案内した記憶もある。ただ、その時トトマは『鋼鉄の勇者』のことを屈強で無口な男の人と勘違いしていたし、今でも目の前の女性が『鋼鉄の勇者』とは信じがたい状況であった。
「そ、そうだ!私のステータスを見てもらえれば」
「どれどれ・・・アリス・F・スカーレットさん。本当だ・・・『勇者のスキル』ですね」
「あ、あのアリスと呼んでください。トトマさん」
照れくさそうにニッコリと優しく彼女こそが、12人の勇者の内の1人にして10番目の勇者である。
アリスが勇者として秀でた能力は「万人力」で、常人よりも遥かに上回る筋力を発揮することができる。ちなみに見た通りの極度の恥ずかしがり屋でもあり、他人から注目を浴びやすい自分の肉体を隠すためにも、こんなずんぐりむっくりとした変わった鎧を着込んでいたのだ。
だが、その変な鎧姿が逆に自分の会話能力を下げることにも繋がり、話しても声が籠って届きにくく、またその異様な見た目は逆に他者の注目を浴びた。
「そ、その・・・ト、トトマさんを何度か見かけたときに、し、視線を送るようにはしてたんです」
(視線?あぁ・・・あの視線はそういう理由か)
そんなアリスの言葉にトトマは今までの『鋼鉄の勇者』の行動に合点がいった。
ダンジョンの近くで『鋼鉄の勇者』がすれ違うたびにトトマの方をじっと見ていたのは単に威圧していたわけではなく、アリスなりにトトマへとメッセージを送っていたのである
つまり、アリス自身が他人を遠ざけようとしていたわけではなく、彼女自身はどうにかして他人と交流を持ちたいと願い四苦八苦してきたのだ。
そう考えるとトトマは急に申し訳ない気がしてきた。なぜなら、知らな方とはいえ、トトマの行動はアリスのことを無視していたようなものでもあったからだ。
「そ、それでは、アリスさん。改めて、お友達になってください」
トトマは今までの非礼を詫びるようにアリスにそっと手を彼女に差し出した。
「い、良いんですか?」
「はい!僕なんかでよろしければ」
「よ、よろしくお願いしまっしゅ!」
そう言うとアリスは差し出されたトトマの手をぎゅっと握りしめ、笑顔を見せた。
(ああ!?痛い痛い痛い痛い!?)
握手というよりも、トトマの手を握りつぶしているとも露知らず、アリスはそのままの状態で勇気を振り絞って彼に語り掛ける。
「そ、それで・・・トトマさん!不躾だとは思うのですが、1つお願いを聞いてくれませんか?」
「いたたた!?え、お願い?何でしょうか?」
「わ、私の・・・」
「私の?」
「パ、パートナーになってください!」
アリスはこれ以上ないくらいに、耳までかっと赤くしながらそう願いを申し出た。
それは、今まで一人だったアリスにとって初めてのパートナー申請。やはり、最初のパートナーはこんな自分と友達になってくれた心優しいトトマがいいとアリス自信がそう願ったが故の勇気ある申し出であった。
はてさて、その申し出になんと言い返すのかは、トトマのみぞ知る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます