第6話 第十階層 ”彷徨える騎士の亡霊”戦

『「初めて出会った時、あいつはどこか寂しい目をしていた。

   ここにいるのに、ここにいないような、そんな空虚な目をしていた。」

                         勇敢な騎士の残した思い』


「皆!準備はいいかい?」


魔階島のダンジョン第十階層、黒い霧のかかるその扉の前でトトマはパートナーたちを振り返り、最後の確認をする。


ここから先、進むことはできても退くことはできない。


この先、勇者であるトトマたちを待ち受けるのは、天を仰ぐ勝利か地に伏せる死のどちらかしかないのだ。


「だ、大丈夫です!」


「準備完了☆」


「今日は・・・うん、まぁなんとか大丈夫だ」


トトマのパートナーであるミラもモイモイもオッサンも各自準備万端、やる気十分であった。


だがしかし、何故か全員、番人の待つ扉の向こうではなく、後ろばかりをちらちらと気にしている。


「じゃあ行くよ!!『開錠』!!」


そんなパートナーたちの心配を他所に、トトマが扉に掛かった黒い霧に触れると霧はさっと晴れ渡る。そして、トトマ一同はゆっくりと”番人の間”へと踏み込んだ。


ダンジョン第十階層番人 ”彷徨える騎士の亡霊”


番人は広々とした部屋の中央にて武器を持ったまま、一人静かに佇んでいた。


すると、入ってきたトトマたちに気が付いたのか、かぶっている兜の隙間から赤く怪しげな光が発せられ、その巨体はゆっくりと動き出す。


『また来たのか、勇者よ・・・。何度挑んでも同じだ、お前ではわたs』


「突撃ぃぃぃぃぃいいいいい!!!!!!!!!!!!!」


『おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!!!』


トトマは何か聞こえた気がしたが、そんなことはお構いなしに腹の底から叫んだ。


『え!?』


トトマの叫び声が番人の言葉をかき消し、部屋中に響き渡ると、次の瞬間、番人の前にはスライムが現れた。


それも一匹や二匹などではない。


無数のスライム、たとえるならそう、それは「スライムの大波」であった。


ブクブクと肥え太ったスライムたちがその体をぎゅうぎゅうに押し付け合い、一つの大きな塊となって番人目掛けて雪崩れ込む。


『ちょ、ま、待て!?』


有無を言わさずスライムの大軍は番人を飲み込むと、その巨体を勢いよく押し流していく。そんなまさかの事態に対処しきれるわけもない番人はスライムたちのなすがまま、派手に後ろへと倒れ込んだ。


「よし!第一の作戦成功!!次、ミラ!モイモイさん!詠唱お願いします!!」


「はい!『響け鐘よ、鳴り響け天の空に、震わせ大地を・・・』」


「あいさー☆『謳えよ謳えよ、轟々と猛れ、舞え武人よ、荒ぶる強者・・・』」


詠唱に始めた二人を確認すると、スライムたちに続いてオッサンとトトマは武器を構えて駆け出す。一方で、番人はというとスライムたちに押され壁際まで後退させられた後、まだ身動きが全く取れないでいた。


『この・・・邪魔だッ!スライムどもがッ!!』


しかし、番人の意表を突いたものの、やはりスライムたちだけでは番人を抑えることはできない。番人が大きな斧を一振りするごとに、スライムたちはバラバラと散らばり、番人の間をぽよんぽよんと虚しく跳ねまわる。


だがそんなスライムたちの活躍により、トトマとオッサンは番人の正面まで無事に到着でき、しかもミラとモイモイは詠唱に集中できている。


「スラキチ!一旦後退だ!!皆を後退させて!!」


『了解したぜ!兄貴!!皆、一旦退くぞ!!』


『おおぉぉ!!!』


スラキチの威勢のいい声に合わせて、無事なスライムたちはぞろぞろと番人から離れて一度距離を置こうと動き出す。そんなスライムたちに代わるように、今度はトトマとオッサンが地を蹴り、番人へと踏み込んだ。


「『ランパワード・ブレイク』!!」


初めに、持っていた盾にマナを集中させ、オッサンが番人の足を挫かせる。


「『ブレイブ・スラッシュ』!!」


次に、トトマが屈んだオッサンの肩を踏み台にして跳び上がると、彼は手にした剣にマナを集中させて番人の頭を斬りつける。


『グゥオォォォ!?』


そのトトマたちの見事な奇襲兼連携に片足をつく番人であったが、それだけで簡単に倒せる相手ではない。番人はよろめきながらも、トトマの着地を狙って片手で大斧を一閃、ゴオゥと音を立てつつ横に豪快に薙ぎ払う。


「そうはいくかよ!『シールドアップ』!!」


しかし、番人の渾身の一撃がトトマへと届く前に、予測していたオッサンは自身の大盾を持って駆け出すと、再びマナを注いで強化させ、番人のその一振りを彼自身の体を張って防ぎきる。


「ぐぅぅッ!!?」


オッサンの大盾は見事に番人の渾身の一撃を防いだ。とはいえ、番人の巨体から放たれたその一撃は簡単に相殺できるものでもなく、彼の体力もじわじわと減っていく。


(ミラたちは!!)


そんなオッサンの踏ん張りを見つつも、トトマはゴロリと回転して着地の衝撃を殺すと、すぐに顔を上げて後方に控えるミラとモイモイたちを確認する。


すると、トトマたちが体を張った甲斐もあり、どうやら二人は十分に詠唱を行えている様子であった。


「オッサン、後退!!」


「・・・おうッ!!食らいやがれ、『バッシュ』!!」


トトマの指示を受けると、オッサンは構えた大盾にありったけのマナを込め、大きく振ると番人の大斧をはじき返し、すぐさまトトマと一緒に一目散に後退する。


『ぐッ!逃がすかッ!!』


しかし、番人はすぐに立ち上がり、逃げる二人を追いかけようとするが、突如、横からドンッと強い衝撃に襲われ、その巨体が横に大きく崩れ落ちる。


『このッ!・・・スライム風情がッ!!』


『へへん!思い知ったか、デカブツ!!』


なんと、一旦距離を置いていたスラキチ率いるスライムの大軍は、散らばった仲間たちをもう一度集めると、すぐさまトトマたちの後退する時間を稼ぐため、もう一度番人へと雪崩れ込んできたのである。


『兄貴!!今が好機ですぜ!!』


「助かった!スラキチ!!・・・ミラ!モイモイさん!お願いします!!」


「『大地飛礫ストーン・シュート』!」


トトマの声に応じてまず最初に動いたのはミラであった。彼女が手にした杖を地面に叩きつけると周りの大地に無数の亀裂が入り、その欠片が奇法によって彼女の周りへと浮かび上がる。


「『爆炎刃バクエンジン』!!」


すかさず、モイモイはその浮かび上がった欠片たちに火の付加魔法をかけていく。こうして、先の尖った無数の欠片たちは無数の小爆弾へと化けたのだ。


「「いっけぇぇーーーーーー!!!」」


そして二人が間髪入れずに叫ぶと、火の付加魔法のついた無数の石の欠片は番人目掛けて飛翔する。一方、番人はスライムたちに突撃された衝撃からまだ立ち直ることができておらず、やっとのことで体勢を整えたのも束の間、今度は無数の爆発がその身を焼き焦がす。


『ガアァァァァァ!!?』


その凄まじい光景を見届け、番人の体力があとわずかであることを「鑑識眼」によって確認すると、トトマは番人へと止めを刺すために剣を強く握りしめ、勢いよく地を蹴り、駆け出す。


最後の一撃は勇者の役目である。


番人目掛けて走り、剣を両手で構え、そこに破邪の力を集中させると、トトマはパートナーたちの思いを背に大きく跳び上がる。


「今だッ!『破魔・ティオ』!!」


それは、勇者にのみ与えられた、番人に唯一止めを刺すことのできる破邪の力である。それをありったけ込めた剣を番人に叩き込むと、トトマの剣はその巨体を斜めに大きく切り裂いた。


そして、その勇者の一撃に番人は成す術なく、持っていた大斧と大盾を派手に落とすと力なくその場に崩れ落ちた。


「はぁ・・・はぁ・・・。や、やった・・・のか?」


動かない番人にトトマはゆっくりと恐る恐る近づく。「勇者のスキル」の内の一つ『鑑識眼』でもう一度確認してみてもどうやら番人の体力はもうないし、それに彼自身今までにない確かな手応えも感じていた。


『・・・ははは!!ようやく私を倒せたな・・・勇者よ!』


「どわぁ!?」


すると、むくっと起き上がりはしなかったものの、急に豪快に話し出した番人に驚いてトトマは大きく跳び上がる。


そんな小心者のトトマに対して、番人はカタカタと震えながらもその素顔の見えない兜の正面を彼へとゆっくり向ける。


『案ずるな、お前の勝ちだ。お見事、お見事。それにしても・・・話せる勇者とは驚きだ』


「あ、貴方の声は他の勇者には届かなかったの?」


もう敵意を示さない番人に対して、トトマは警戒を解いて話しかける。


『届くわけがなかろう、他の勇者とはただ武器を交えるのみ』


「そう・・・だよね」


その番人の言葉にトトマは少し気持ちを落とした。なんとなくであったが、その事実に何故か悲しいと彼自身思ってしまったからである。


『なーに、同情はいらんぞ、勇者。モンスターとは、話し合いではなく、殺し合いで方を付ける、そういう生き物だ。番人ならなおさらそうだ。それに、お前が特殊なだけだ』


トトマの感情を読み取ったのか、番人はまるで笑っているかのように彼にそう言い放った。


『それにしても、スライム共を味方につけるとはこれまたおかしな勇者だな』


「今までのやり方では貴方に勝てないと思ったからね」


『なるほど、それがお前の戦い方なのだな』


「・・・うん、これが僕の戦い方!」


『・・・そうか、お前なら・・・もしか・・・あ・・・』


すると、何かを言いかけたが番人は徐々に静かになり、今度こそピクリとも動かなくなった。


そんな動かなくなった番人を静かに見下ろすトトマの下に、彼のパートナーであるミラやモイモイ、オッサンらが集まってきた。


「やったねトトマ君☆」


「トトマ様!やりましたね!!」


「勇者様ぁ、やればできるじゃないですかぁ!」


各々喜びトトマに声をかける。オッサンに至っては我慢していたお酒をもう飲み始めている始末である。


「皆!ありがとう、皆のおかげで最初の番人を攻略することができたよ!!」


そう素直に喜ぶトトマの下に、今度はぽよんぽよんとスライムたちが押し寄せる。


『兄貴!やりましたね!!』


「スラキチ、ありがとう。これで僕たちは次に進めるよ」


スラキチ以外のスライムたちもトトマの嬉しさが伝わるのか、皆ぽよんぽよんと楽しそうに跳ね回っている。


『それで・・・兄貴たちはこれからどうするんです?』


スラキチは一匹トトマの下へにじり寄ると少し心配そうにそう尋ねた。


「次は・・・そうだな、僕たちは下の層に進むよ。今度は第二十階層の番人が目標だね」


『そ、そうですか・・・寂しくなりますね』


「でも、また『スライムダイエット』をしに会いに行くから、その時はまたよろしくね」


『・・・』


スラキチは何か思い悩むことがあるのかもにょもにょと動くばかりでそれ以上は語らなかった。そんなスラキチにトトマも必要以上に追及はしなかったが、スラキチは何やら決心したのかぽよんと強く跳ねた後に声を上げる。


『あ、兄貴!!もしよろしければ、俺っちをこのまま連れて行ってはくれませんか!!』


「えぇ!?スラキチを!?」


『俺っちは、兄貴と一緒に行きてえんです!!足は引っ張りませんから、どうか、どうか!!』


「で、でもな・・・」


まさかのスラキチからの申し出にトトマは困惑してしまった。トトマは、スラキチを始めとするスライムたちとはここで契約を破棄するつもりであった。しかし、それは、もう用済みというわけではなく、これからの危険な戦いにスライムたちを巻き込む訳にはいかないという考えからでもあった。


「どうしたのさ?☆」


そんなトトマがスラキチへの返答に困っていると、その様子を不思議に思ったモイモイが後ろから近づいて心配そうに話しかける。彼女を始めとするパートナーたちにはスラキチたちの声は通じていない。なので、トトマは簡単に状況を説明し、パートナーたちに助言を求めた。


「ふーん☆いいんじゃない?☆連れて行ってもさ☆」


だが、深刻に考えるトトマに打って変わって、モイモイから返ってきた答えは案外あっさりとしたものであった。


「ず、随分と軽いですね・・・」


「本人が行きたいって言うなら、いいじゃん☆戦力増強☆戦力増強☆」


「・・・ミラやオッサンはそれでいい?」


「わ、私はいいと思います!スライムさんたちもその・・・可愛いですし」


「俺もぉ~賛成ぃ、異議なしぃ!」


どうやらトトマのパートナーたちは皆スラキチが付いて来ることに関して賛成の様であった。確かに、初めてスラキチに会った時に”仲間”と言ったのはトトマ本人であったし、たとえモンスターであったとしても戦力の増加は彼にとっては嬉しいことである。


『ど、どうですか?兄貴?俺っちの思いは皆さんに伝わりましたか?』


恐る恐るぷるぷると震えながらそう尋ねるスラキチに対して、トトマは笑顔を見せるとスラキチの要求を快く承諾した。


「分かったよ、スラキチ。僕たちはもう既に仲間だからね、お互い支え合って進んで行こう」


『ほ、本当ですか!?ありがとうございます!兄貴!!』


そのトトマの言葉を聞くとスラキチは嬉しそうにぽよんぽよんと跳ね回り、つられて他のスライムたちも楽し気に跳ね回った。


「ハハッ☆良かったねスラキチ君☆」


「これからよろしくですね」


かくして、トトマ率いる勇者チームとスライム軍団による一番目の番人”彷徨える騎士の亡霊”との戦いは勇者側の勝利で決着し、トトマたちはまだ見ぬ第十一階層へと足を進めるようになったのである。


だが、それは魔階島の深いダンジョンのほんの一部にしか過ぎない。


これより先には、より凶暴でより強靭なモンスターたちや番人たちが続々とトトマたちを待ち構えている。


トトマの勇者としての物語はまだまだ始まったばかりなのである。


そして、その物語の結末は神々ですらも分からない。


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次章予告!


仲間(モンスター)の協力を得て、何とか第一の番人を倒すことに成功した勇者。


しかし、そんな順風満帆にも思えた勇者の前に、今度は状態異常を操り、しかも割と残虐な、でも美しい第二の番人が立ちはだかる。


幾度の苦戦、幾度の死、そして復活。


果たして、勇者はどうやってこの難解な番人を攻略するのか?


次章「勇者、ダンジョンに苦戦する」


乞うご期待!

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