第2話 挑戦者を支える人々
『「優れたスキルを持つ者が幸福とは限らない。
優れたスキルを持つ者は、同時にそれに見合う働きを期待されるのだ」
最弱の勇者』
「おーう!トトマじゃねぇか!!おっかえりぃーーー!!」
自分に新しく身に付いた、使えるんだか使えないんだか分からない能力『交渉』について考えながらトトマが宿場に戻ると、その一階に設置されている酒場の方から陽気な声が聞こえてきた。
その声がした方をトトマはちらと見てみると、彼のパートナーである騎士ともう一人ガラの悪そうな男が複数の女性たちに囲まれてお酒を飲んで騒いでいる。また、その両者とも完全に酒に酔った顔をしている。
「ダンさん!」
だが、トトマはそんな女性を侍らせている男の下へ近づくとぱっと顔を明るくし、嬉しそうな声を上げた。
「よぉ!元気にしてたか!トトマ!!」
若干強面なダンと呼ばれたその男は掛けたサングラスをくいっと上げ、トトマにギラっと光る笑顔を見せる。
彼の正式名は、ダンビーノ・O・イケッテンジャネーノ。
長いので省略してダンと呼ばれている。
彼はトトマのパートナーである酔っ払い騎士の飲み仲間にして、魔階島にいる5番目の勇者でもある。
ダンの勇者としての特徴は、何と言ってもそのパートナーの数である。彼は12人の勇者の中でも一番契約できるパートナーの数が多く、なんと契約できる限界と言われる9人もの仲間がいる。
しかも、その全員が女性というハーレム状態。
それはどうしてかと言うと、半分は彼の趣味趣向ではあるが、もう半分は彼の秀でた能力に関係している。彼は「勇者のスキル」の中の「士気向上」という能力が秀でており、一度に契約できる仲間の数が多い上に、契約している仲間のステータスを底上げする技を有しているのだ。しかも、それが女性限定で強くするというのだから、多くの男性挑戦者から疎まれてもいる。
それでついたあだ名は「友愛の勇者」。
しかし、ダンはこれだけの女性に囲まれていながらも、決して男性を無下にすることはなく、ダンジョンや酒場で出会った男性にも等しく優しい兄貴肌の男でもある。ちなみに、彼はトトマにも優しく昔から色々と気遣ってくれており、今ではトトマの良い兄貴代わりと言っても過言ではない程の存在であった。
「お~、勇者様・・・飲んでまふかぁ」
「飲んでいるのは貴方ほうですよ、全く!」
「確かに!!あははははは!!」
そして、そんなトトマの兄貴代わりの男ダンの隣でお酒をがぶがぶと飲んでいるのがトトマの仲間である、オジマンティエス・G・サンドレオス。
名前が長い上にややこしいので、「オ」と「サン」を取ってオッサンと呼ばれている。
年齢も高く、レベルもそれなりに高いのだが、いつも酒に酔っているせいでレベルにあった働きはあまり期待できない。どうしていつも酒を飲んでいるのかをトトマは問いただしたかったが、常に酔っているためにオッサンからはまともな答えが返ってくることはない。ギルドの隅で彼が酔っぱらって倒れていたところを、まだ何も知らなかったトトマが拾って以来この有様である。
「おぉ!そうだ!どうやらLv.10になったんだって?ミラちゃんたちから聞いたぞ、やるじゃねぇか!」
「あ、ありがとうございます。ちなみに・・・ダンさんは?」
「ん?俺か!俺は・・・今はLV.40だな!」
「ははは・・・」
トトマはそのレベルの差に笑うしかなかった。
ダンジョン攻略においてトトマは一番遅れている勇者であり、対するダンはダンジョン攻略の最前線に立つ勇者である。
勿論、ダンはそんな些細なことは全く気にしてはいなかったが、トトマはその差に少しの悔しさがあった。だが、そんなことは口が裂けても言えない。
「なーに、そんなこと気にする必要なんかねぇって!そうだ、十階層の番人の倒し方!教えてやるから元気出せよ!!」
「あ、ありがとう・・・ございます」
だが、トトマは何故かあまり嬉しそうには見えない顔でお礼を言った。そんな彼の様子を気に掛けることなく、上機嫌に酔っぱらたダンは大きな声で説明を始める。
「いいか?最初の番人は力は強いが、属性がない!そこをつくのが大切だ!」
「そ、そうですよね」
「だろ?そして何よりも数!やっぱり、パートナーの数が大事なんだよ!!」
またいつもの話が始まったとトトマは俯き気味でがっくりと落ち込む。
それもそのはず、ダンは昔からトトマのことを心配してくれ、様々なことを教えてくれるのはいいのだが、ダンジョン攻略に関しての助言だけは当てにならなかったのだ。
その理由は至って簡単で、ダンの提案する攻略方法は彼の能力だからこそできることであり、仲間も少なく、勇者としての能力が全体的に低いトトマにとってそれは耳が痛いだけの助言ばかりであったからだ。
「いいか?全部自分でする必要なんてないんだよ!要は役割分担!そのためにパートナーがいるんだから、男なら頭はクールに心はホットに立ち回らないといけない!!それにな」
「ちょっと、ダン!」
「んあ?」
ダンのいつもの「数でごり押し何とかなる伝」が始まる前に、そばにいた一人の女性が彼の話を遮った。
「トトマ君はダンジョン帰りで疲れているんだから、早く休ませてあげなさいな」
ダンの話を遮ったその美麗な女性は「魔法のスキル」を持った彼の仲間である。また、身に着ける古風な黒ずくめな魔女の衣装に、その胸元からは女性の色気が漂っている。
「ごめんね、トトマ君」
「い、いえいえ、大丈夫ですよ、セレナさん」
そう心配そうにトトマを見つめるセレナに対し、彼はぎこちない笑顔を見せた。だが、流石にこのままでは少し彼は居心地が悪い。なので、丁度良く彼女が出してくれた助け舟に乗ることにすると、彼はその場にいた全員に軽く挨拶をすませ、さっさと自分の部屋へと上がった。
しかし、トトマが宿場の短い階段を上がりきると、そこには彼の部屋の前で何やら楽しそうに尻を振りながら掃除をする人物が一人。その瞬間、トトマはすぐさま後ろを振り向き、逃げるようにその足を大きく、そして静かに上げる。
「あらぁ?トトマ君じゃないの?」
「ひぃ!?」
しかし、その場を逃げ出そうとしたトトマであったが、そのねっとりとした声と共に誰かの強靭な手によって彼の貧弱な肩はがっしりと掴まれ、彼はその場から一歩も動けなくなってしまった。
「ロ、ロゼッタさん・・・」
錆びた金属の如く、ぎこちなくトトマは後ろを振り返ると、そこには可愛らしいエプロンを身に着けた強靭な肉体を持つ男性が立っていた。
「いやねぇ、ロゼでいいのに。というか、今悲鳴を上げなかったかしらぁ?」
「え!?あ、あはははは・・・き、気のせい・・・ですよ」
自身をロゼと名乗るその男は、トトマたちの宿泊する宿「オール・メーン」の店主である。
本名はロゼッタ・フェデーロ。
「執事のスキル」を持つ彼は数年前から魔階島にて挑戦者向けの宿を経営している。
体は男、心は乙女な46歳。宿経営以外にも挑戦者向けのマッサージなども提供しており、それが意外と女性受けも良いらしい。
「そ、それでロゼ・・・さん、今日は何の用でしょうか?」
「そうそう、トトマ君、お金が必要って言ってたじゃな~い?」
「そ、そうですね」
「うふ、それでね、私いい仕事知ってるんだけどぉ、興味ない?」
興味ないです!と言ってすぐにでも逃げ出したい気持ちであったが、今月の宿代も払えるのかも分からないトトマにとってはロゼのその要求を飲まざるを得なかった。
「ど、どんな仕事でしょうか?」
「えっとね、今ね『スライムオイル』が足りてなくてね。補充したいんだけどぉ、トトマ君も挑戦者でしょ?ちょっとダンジョンまで行って取って来てくれないかしら?」
このロゼの言うように、魔階島にあるダンジョンに挑む者は須らく”挑戦者”と呼ばれている。
そして、この魔階島は、今では挑戦者とその挑戦者を相手に商売をする人で溢れ返っている状況だ。
基本的には、挑戦者は挑戦者同士で仲間を組んでダンジョンに挑む。その目的は様々であるが、基本的にはお金目当ての者が多い。魔階島のダンジョンにしかない貴重な資源は、外では高く取引される上に、宝箱からは貴重な武器防具が取れることが多々ある。そこで、ギルドと呼ばれる場所に集まって挑戦者は一緒にダンジョンに挑む仲間を募る。そして、挑戦者はダンジョンに挑むことのできない人からクエストを受注し、それを達成することでお金を手軽に稼いでいるというのが現状だ。
だが、そんな挑戦者たちには1つだけ難点がある。
それは自らの手でダンジョンの奥へと進めないことだ。
ダンジョンは何階層まであるのかは詳しくは不明であるが、その十階層ごとに”番人の間”という空間が存在していることは分かっている。そして、その”番人の間”は普通の挑戦者には開くことができないものなのである。だから、その”番人の間”を開け、その中の番人を勇者が倒さない限り、挑戦者はダンジョンの奥へと進めないのだ。
付け加えると、ここに勇者とそのパートナーたちにしかない難点が存在する。
挑戦者は、誰でもいいから勇者が”番人の間”を開け、その中にいる番人を倒しさえすれば通れるようになるが、その一方で勇者とそのパートナーの契約を結ぶ者は自らの手で”番人の間”を一つずつ突破しないといけない。これがトトマと他の勇者との差が生まれている理由でもある。
「ス、『スライムオイル』ですね、分かりました」
また、この『スライムオイル』はダンジョンに現れるスライムから抽出できる素材で、比較的に低レベルの挑戦者でも採取できる素材である。ちなみに、今のトトマの攻略階数でも簡単に採取することができる。
「ちなみに『スライムオイル』を何に使うんですか?」
そのトトマの純粋な質問に、ロゼはニヤリと笑いつつも恥ずかしそうに答える。
「もう、やあねぇ、それは、ヒ・ミ・ツ、うふ」
バチコーン☆と音がしたと思うほどロゼが強烈にウィンクをすると、急にトトマの背中がぞくぞくと震える。なので、彼はその場から逃げ出すようにダンジョンへと一人向かった。
「い、行ってきます!?」
「は~い、気をつけてね~」
ロゼはにこやかに腰をくねらせながらトトマを見送った。そして、その彼の背中が見えなくなった後、ロゼはぼそっと心配そうに呟く。
「はぁ・・・、トトマ君もこれで自信つけてくれると良いのだけど・・・」
父・・・ではなく、母のような眼差しで見つめるロゼはトトマのことを憂いていたのだ。彼が魔階島に来てからロゼは長い間彼の様子を見てきたが、近頃は目に見えて自信を無くしているように見えていた。なので、少しでも彼に自信が持てるようにと、ロゼはわざと簡単なお願いをしたのである。
「あ~ん、頑張ってね、トトマく~ん!!」
そんなロゼに見送られてから数分、トトマは装備を補充しようと魔階島の中でも特に賑わう市場まで来ていた。しかし、いざ市場まで来たのはいいもののお金がほとんどない彼には装備を補充する余裕などない。なので、仕方なく、今ある所持金全部でボロボロになった武器の整備をするためだけに、彼は行きつけの武器防具屋まで足を運ぶことにした。
「おう!いらっしゃい・・・って、噂をすればだな」
(・・・噂?)
トトマが魔階島に来た際に初めて利用し、今も頻繁にお世話になっている武器防具屋「トンカチ」に入ると、店内には禿げ頭がつるりと光る店主に、カウンターには軽装な鎧を身に着けた、髪がさらりと長い、凛として美形な顔立ちの女性の両極端な二人がそこにいた。
「ココアさん!お久しぶりです!」
「ん?あぁ、トトマか!久しぶりだね。丁度君の話をしていたところだ」
「ぼ、僕の話・・・ですか?」
トトマはカウンターに立つココアの横に位置取ると、少し嫌な予感がしたが二人の会話に参加した。
「おうよ!トトマの奴は今どうしているのかって、お嬢ちゃんが気にしてたんだぜ!全く優しい勇者様だよ!」
「それで、トトマはまだ最初の番人に苦戦しているのかい?」
「まぁ・・・そうですね」
またその話かと少し落ち込むトトマであったが、その項垂れた頭にポンとココアの手が優しく乗せられる。
「そう落ち込まなくていい。お前もこれからどんどん強くなる、心配するな」
頭を撫でながら、そう優しくトトマを励ますココア。しかし、その言葉にトトマは嬉しくもあり、また同時に胸の奥がチクリと痛んだ。
彼女は12人の勇者の内6番目の勇者。
本名はココア・C・レイト
「勇者のスキル」の中で秀でた才能は「武器万能」。どんな武器、道具であっても、彼女が持てさえすればそれを自在に使いこなすことができる戦闘に特化した能力だ。また、いつもはガチガチの鎧で身を包んでいるから分からないが、彼女の体形が凄く魅力的であることは魔階島観光協会発行の雑誌『マカコレ』にて証明されている。魔樹の葉が青くなる”ナツ”の季節に出版される女性挑戦者特集の『マカコレ』では必ずと言っていいほど大大的に特集が組まれることでも有名な女性である。
ついたあだ名は「薔薇の勇者」。
ダンと同じで、トトマが魔階島に来た時から彼に目をかけてくれている、強さと美しさと優しさを兼ね備えた勇者でもある。
「何も焦ることはないんだ。お前の調子で進めばいい、それに何かあれば私が相談に乗るさ」
「あ、ありがとう・・・ございます」
あまり年上の女性に接する機会のなかったトトマにとっては嬉しくも恥ずかしい気持ちでお礼を言った。だが、その内心が複雑な心持であることはココアには伝わらない。
「おう、それで!今日は何の用事だい?」
そんな仲睦まじい姉弟のような二人に割って入るぴかりと光る禿げ頭。
「そ、そうだった!剣を磨いて欲しいんですが、これで足りますか?」
そう言い、トトマがボロボロになった剣と持っていた金貨全てを全部カウンターに乗せると、店主はその剣を手に持ちしげしげと渋い顔で見つめる。
「こりゃー、随分と使い込んだな。そうだなー、磨くのもいいが、そろそろ新調したらどうだ?もうこいつはトトマのレベルにも合っていないだろうし」
「そうしたいのですが・・・お金が」
「なら私が買ってやろう!!」
浮かない顔をするトトマの隣で、キラキラと生き生きとした笑顔でココアがそう提案した。だが、彼は手を突き出してその提案を断った。
「いやいやいや、ココアさんにそこまでしてもらうわけにはいきませんよ!?」
「そ、そうか?私はお金になら困っていないぞ」
「で、ですが・・・」
どうしてトトマが遠慮するのかが分からないといった顔を見せるココアに対し、店主は頭を光らせながら彼女を諭す。
「お嬢ちゃん・・・男は女におごるもんだけど、おごられるわけにはいかんのよ」
「そ、そうなのか?ん~、何やらすまなかったなトトマ。お前を見ていると弟たちのことを思い出してしまってな。つい甘やかしたくなってしまう・・・」
「あはは・・・」
「でも、本当に困った時は言ってくれよ!私は絶対にトトマの力になるからな!」
「あ、ありがとうございます」
その言葉に、正直何とも言えない気持ちではあったが、トトマはその場を乾いた笑顔で乗り切った。
そして、トトマはしばらくココアと他愛無い会話をした後、その間に磨きあがった剣を受け取ると、彼は二人に別れを言って店を後にした。
だが、トトマが店を去った後、ココアはニヤリと笑ってカウンター越しに店主へと話しかける。
「トトマの出したお金だけでは磨き代は足りなかったのに、優しいんだな、親方さんは」
「ははは!流石にお嬢ちゃんにはバレるか!」
その言葉に同じくニヤリと笑って店主は言葉を返す。
「でも、いい男はいい男におごるもんさ」
無論、その会話はそそくさと店を出たトトマには聞こえるはずもない。
トトマは彼が思う以上に周りの者に、そして周りの神々に好かれ、支えられているのだが、そのことに気が付ける程の余裕はどうやら今の彼には無いようである。
そんなトトマが周りの人々と神々、その他諸々の優しさに気が付けるようになるのは、果たしていつになるのか。
それは、神のみぞ知る。
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