第1章 勇者、ダンジョンに立つ

第1話 勇者、また死す

『「昔、神様は七日間で世界を創ったそうだ。

    ならば、私も七日間でこの世界を創り変えるとしよう。」 

                           詠み人知らず』


魔階島。


そこは、かつてこの世界の半分を支配したとされる魔王が君臨した魔の島。


そして、初代勇者”クロスフォード”とその9人の仲間たちによって魔王が滅ぼされた今となっても、その島の中央に位置するダンジョンには幾多のモンスターたちが無限に出現している。


だが、魔王亡き今、世界はそんなモンスターたちに苦しみ、悩む必要などはなくなった。


むしろ、永久の平和を手に入れた人間たちにとっては、このダンジョンのある魔階島は無限の財をもたらす夢の島となっていた。


この何処まで続くか分からぬダンジョンに挑む者、いわゆる”挑戦者”たちは、はてさて、その深淵にて何を見つけ、何を得るのであろうか。


莫大な富か、栄光ある名声か、強靭な力か、はたまた・・・。


それは、神々のみぞ知るのだろう。


そんな神々のみぞ知るという真実に辿り着こうとは全くもって微塵にも考えていない挑戦者がここに一人。


彼は、ダンジョンに挑む有象無象の者たちと何ら変わりのないただの挑戦者である。百万人に一人と言われる伝説の「勇者のスキル」を持つだけのただの少年だ。


そう、彼は”まだ”特別ではない。


これは、そんな特別ではないただの勇者となった少年の物語。


これは、そんな勇者が自分を、仲間を、周りの人を、世界を、そして神をも変える物語。


この結末だけは、神ですら知る由もない。


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「行きますッ!!」


ダンジョン 第十階層 ”番人の間”


勇者の威勢のいい掛け声と共に、勇者とその仲間たちは彼らの前に立ちはだかる強靭な番人へと向かって一斉に駆け出す。


勇者は先頭に立ち、慣れない盾と剣を構えてひた走る。


聖職者は新品に輝く杖を両手に、必死にその勇者の後をトコトコと付いていく。


魔装師は刃の欠けた短剣を両手に構えながら、その聖職者の後に続く。


そして、騎士は二日酔いで走れず、入り口付近で転倒している。


「っておい!?オッサン!何してんの!?」


しかし、勇者が騎士の様子に気が付いた時にはもう遅い。


番人はもう勇者たちの目と鼻の先にまで迫っており、その勇者よりも何倍も巨大な体で小さき勇者たちを見下ろしている。


ダンジョン第十階層の番人”彷徨える騎士の亡霊”


人間よりも遥かに巨大なその騎士は、右手に大斧、左手には大盾を握りしめ、その動きは鈍重で遅いものの、一撃一撃が絶大な攻撃力を持つ特殊なモンスターである。


しかも、その大きな鎧の中身にはどうやら誰も入っていないらしく、鎧に亡霊が取りついたとだと他の勇者たちの間では噂されている、このダンジョンに挑む勇者たちを最初に待ち構える番人である。


「あぁ、もう!!ミラ!モイモイさん!詠唱お願いします!!ここは僕が時間を稼ぎます!」


「は、はい!!」


「任せてよん☆」


騎士のことを放っておくことに決めた勇者は番人を前に、全身に力を込め大地に根を張るが如く踏ん張ると、その小さな盾で襲い掛かる番人の一撃を防ぎ、耐える。


「ぐぎぎぃッ!!!きっついッ!!」


番人の攻撃を防いだ瞬間、勇者の全ての筋肉と骨がびりびりと軋み、これ以上は自分の体がもたないと勇者は即座に悟った。だが、騎士が二日酔いで倒れているこの現状、他のパートナーを守れるのは勇者を措いて他にはいない。


しかし、そんなことは分かっていても、番人の大斧でゴリゴリと押されるうちに、勇者の体力はゴリゴリと削れていく。


「ミ、ミラ!!回復急いでぇーーー!!!体力めちゃくちゃ減ってますから!」


「『応急手当プチ・ヒール』!」


ミラと呼ばれた聖職者、本名ミランダは詠唱を終えると、その回復の奇法でマナを杖へと集中させ、杖を大きく振り上げると勇者目掛けて振りかぶる。


「えい!えい!えい!」


すると、ミラは一撃、また一撃と勇者の背中を必死に殴打し始めた。これは、決して勇者に反抗しているわけではない。見た目は悪いが、これが彼女なりの回復方法なのである。


しかし、正面から番人の猛攻を受け、背後からは自分の仲間から殴られるその勇者の姿は少々見るに堪えない。だが、体力が回復されているのも事実。なので、勇者は背中に感じるボクッ!ボクッ!という衝撃に耐えながらも、惨めな姿で魔装師であるモイモイの詠唱をただ待ち続ける。


「モイモイさん!早く!!」


そんなミラからの回復を受けつつも、だが体力の回復が間に合っていない状況では勇者はいずれか力尽きる。なので、勇者はこの状況をひっくり返す起死回生の一撃を魔装師に託したのだ。


「『爆炎刃《バクエンジン》』☆完成、皆離れてね☆」


モイモイと呼ばれた魔装師は詠唱を終えると、すぐさまその付加魔法を乗せた短剣を番人目掛けて放り投げた。


魔装師の持つ「魔装のスキル」は、魔法使いや魔術師、魔女、賢者などと呼ばれる「魔法のスキル」とは違って、属性を武器に付加することができる便利で珍しい能力である。


放ったら終わりの魔法とは違い、一定時間の間永続するこの魔装はダンジョン攻略においても有効な能力である。


「ちょ、ま!?」


だがしかし、それは普通の魔装師ならの話。


この勇者の率いる魔装師、自称「愛と正義の魔装戦士」マジカル☆モイモイの付加魔法は簡単に言うと、爆発するのである。


勇者が逃げる余裕など無く、魔装師の投げつけた短剣はヒュンと綺麗に飛んでいくと見事に番人に直撃した。そして、そこからボンッと爆発が生じたのはいいが、勇者は番人諸共爆発に巻き込まれる。


結果、その爆発の煙が消える頃には番人は生き残り、勇者は消し飛んだ。


「GAME OVER」
















『はい、はーい!!こんにちは!おぉ、勇者様、死んでしまうとは情けないな!』


そのやたら元気でうるさい声にふと気が付くと勇者は一人、見渡す限り真っ白な世界で女神と対面していた。


ここは”生き返りの間”。


”生命の女神イキ・カエール”に会える不思議空間ではあるが、この勇者にとっては既に見知ったというか、見飽きた場所でもあった。


「あー、はいはい、お金払えばいいんですよね、お金」


次に女神が口を開く前にそう投げやりに言うと、勝手知った勇者は持っていた少量の金貨の入った袋を神聖な女神の足元に投げつける。


『うわぁ、雑過ぎない!?』


「そう言いながらも、しっかりと回収しているじゃないですか!」


『うわぁ、何よその言い方!勇者様だから色々とまけてあげてるのに!きー!!』


”生命の女神イキ・カエール”


その名で知られる彼女は、この世界に住む人間が死んだ時にその命を生き返らせてくれるありがたい女神様である。奇法を信仰する”カエール教”の御神体でもあり、”カエール教”に入信すれば生き返り料金が安くなるらしいが、信仰代が高くつくのでプラマイはゼロ。女神に多く払うか人間に多く払うのかのどちらかである。


また、生き返りには莫大な額を要求される上に、ダンジョンで手に入れた品々は全て没収される。しかも、生き返るだけで若返りはしないので、寿命による死で生き返ると痛い目をみるので注意が必要だ。


あと、死因となった大まかな傷はおまけで治してくれる。ちなみに、双子の妹に”レベルの女神ツヨ・クナール”という神もいる。


『それにしても、勇者様も大変よねー。無理してダンジョン攻略してさー、どうして無理してまでダンジョンに挑むのかねー』


まるで他人事のように勇者に話しかける女神。とはいえ、女神にとっては人間のことなどは他人事ではあるのだが。


「家族のため・・・、妹のため・・・、ですから」


勇者は、おそらく彼を心配してくれているはずの女神の目を見ずに、ただポツリと呟いた。


この勇者は、ユウダイナ大陸の西に位置するとある田舎の村で生まれ育った。彼の家族はあまり裕福ではなく、しかも妹は不治の病でもあった。


しかし、勇者が15歳を迎える前の夜、彼は夢の中で”スキルの女神アタ・エール”に出会い、百万人に一人と言われる「勇者のスキル」をその身に授かった。その当時は、村を挙げての大騒ぎで、初代勇者”クロスフォード”が生まれたこの町で「勇者のスキル」を持つ者が生まれたとあれば、もうそれは運命としか言いようがなかった。そして、家族と村の皆の期待を胸に、彼は意気揚々とここ魔階島へと旅立ったのである。


彼の家族を養うため、妹の不治の病気を治すためである。


この世界において唯一モンスターの存在が確認されている「ダンジョン」と呼ばれるこの地下迷宮は魔階島にしかなく、なので数多の者がそれぞれの目的で世界中からこの島へと集まってきている。モンスターの素材、ダンジョンで採れる鉱石や植物などは高い値段で取引されるので、一攫千金にはもってこいの場所なのである。


勿論、ダンジョンには危険なモンスターたちが待ち構えているが、様々な「スキル」を持つ挑戦者たちにとってそのようなモンスター退治はお手の物である。昔は、人間もユウダイナ大陸に蔓延ったモンスターたちに怯える日々があったかもしれない。だが、初代勇者クロスフォードの活躍によって魔王が打倒された今では、魔階島のダンジョンでモンスターと戦うことなど、挑戦者にとっては楽しい娯楽のようなものである。


とはいえ、危険が潜むダンジョンには変わりないが、それでも挑戦者が危険なダンジョンに挑めるのも、ここでこの勇者と話している女神による生き返りの奇跡があるが故でもある。


「妹と約束したんです。あの子の病気を必ず治すって。それで、その時にダンジョンの話をいっぱいしてあげるんです。ダンジョンに行けないあの子の代わりに僕がダンジョンの果てを見に行くって、そう約束したんです」


勇者は自分に言い聞かせるように、こんなつらい状況でも当初の目的を忘れないようにと呟いた。


勇者の言う通り、ダンジョンの最深部はまだ解明されておらず、唯一最深部に到達したクロスフォードもその様子までは詳しくは語っていないし、残してもいない。つまりは、ダンジョンの奥は”未知の空間”であり、その言葉に勇者も挑戦者も惹かれダンジョンの奥底へと挑み続けるのである。


たとえ、何度も死のうとも、この女神の奇跡がある限り。


『なるほどね、それでそんな勇者様は今では一文無しと、可哀想に、ヨヨヨ・・・』


「誰の所為ですかッ!?誰のッ!!」


しかし、この勇者はそんな色々な夢を胸に魔階島に来たはいいものの、最初は「勇者のスキル」と言うだけで周りからはちやほやされた。だが、その「勇者のスキル」の中でも一番に軽視されている「天性の感」に秀でていることが判明すると、周りの挑戦者はどんどんと彼から興味を失っていった。


ちなみに、この「天性の感」とは、ダンジョン内における脅威を感知する能力と言われており、この勇者自身もその能力のおかげで何度も命を救われている。しかし、他にも強力な能力を複数持っている「勇者のスキル」においては、この「天性の感」はあまり重要視されていない。


つまり、普通の挑戦者たちが勇者に求めるものとは”類稀な強さ”なのである。


という理由から、この勇者に付いて来てくれる仲間は今の所、


殴らないと回復できない聖職者


爆発だけが取り柄の魔装師


酔っ払いの騎士


の3名だけであり、彼は未だに最初の番人すら倒せていない状況に陥っていた。


『まぁ、頑張りなさいな。お金が無くてもいいことあるわよ。はい、さようならー』


「僕からお金を巻き上げている張本人が言わないでくださいぃぃぃぃ!!」


その怒りの声を最後に、勇者は復活を果たした。


次の瞬間、勇者の目の前に広がるのは魔階島の城下町にあるカエール教の神殿の天井。


どうやら生き返りは無事に成功した様だった。


生き返った勇者の体は清々しく、とても軽かった。


次いでに彼の財布の中身も苦々しく、とても軽かった。


「お、おかえりなさいませ、トトマ様!!」


「おっかえりー☆」


トトマと呼ばれたその勇者はため息交じりで立ち上がる。


どうやら、彼のパートナーの3名は無事に転送されてきた様である。ただ一人、騎士の姿は見当たらないが、おそらく早速酒でも飲みに出かけたのであろうとトトマは察した。


”契約の女神ナカ・ヨーク”によって契約をされている勇者とその仲間たち、別名パートナーたちは勇者の死亡と同時にダンジョンから転送される親切設計にもなっている。しかし、だからこそ勇者はこのパートナーたちよりも先に死ぬことは許されない。


「いやー、次は死なないように頑張ろう☆」


(じゃあ、次は殺さないように頑張ってくださいよ・・・)


自分を殺した張本人にもかかわらず、あっけらかんとしているモイモイに対してトトマは内心少しは恨んではいたものの、ここで彼女ともめ合っても仕方がない。お金が無い以上モイモイと契約破棄することもできない現状、彼女と彼女の能力に上手く向き合っていく必要がトトマにはあるのだ。


「あ、今ので経験値が溜まりました」


「それはおめでとうございます!トトマ様!」


「おー、おめでとう☆」


トトマは何気なく右手に刻まれた紋章に触れて自分のステータスを確認してみた所、以前までLv.9だったのが、今ではLv.10に到達していた。


「これで、”勇者のスキル”を上昇できますね」


そんなトトマの横で、まるで自分のことのように喜ぶミラ。


「慎重に選ばないとね☆」


このレベルが上がるごとに、自身の持つ「スキル」の能力を何か1つ上げることができる。そして、ある一定以上までレベルを上げると、スキルに応じた固有の技を身に着けることもできるので、モイモイの言う通りスキルの能力は慎重に選ばないといけない。”レベルの女神ツヨ・クナール”の下でレベルを一度上げスキルの能力を上げてしまうと、もう取り返しがつかないのだ。


とは言ったものの、今のトトマにとっては何の能力を上げたところで暖簾に腕押し、始めの番人をパッと倒せるほどの強力な技は手に入りそうにもない。


とりあえず、トトマは二人を宿に返し、彼は一人で”レベルの女神ツヨ・クナール”に会えるクナール教の神殿へと向かった。


(さて、何の能力を上げたものか・・・ん?)


そう悩んでいるうちにクナール教の神殿の前まで来ていたトトマであったが、何やらその中から聞こえる黄色い声を耳にした。


嫌な予感がプンプンとしたが、トトマは恐る恐る神殿へと入ってみると、そこでは何やら女性たちがぎゅうぎゅうに犇めき合っている。


「キャーー!!!ロイス様!ロイス様!!」


「イヤー!!目があったわ!私、今ロイス様と目が合ったわ!!」


などなど、数多の女性がとある一人の人物を中心にわいわいきゃあきゃあと騒ぎ立てている。


(神聖な場所で全く・・・)


トトマはそう思いながらも、その女性団子状態の横を体をできる限り平べったくして通り抜けようとしたが、不意にその女性団子の中心から彼に対して声が掛けられた。


「トトマ?やっぱり!!そこにいるのはトトマじゃないか!!」


その通る美声に一瞬にしてもみくちゃになっていた女性たちは左右にさっと分かれると、トトマとその声の主との間に道ができた。一方で、トトマは一瞬ギクリとしたが、まるで今気が付いたかのようにその美声の主へと体を向ける。


「や、やぁ、ロイス・・・君」


「ははは!君はいらないといつも言っているだろう、トトマ!」


ロイスは女性たちが見つめる中、カツカツと音を鳴らしながら優雅にトトマに近づくと、これまた優雅に右手を差し伸べた。仕方がないので、トトマも周りの女性に気を使いながら、控えめにその差し出された手を握り返す。


「誰、あの人?ロイス様に馴れ馴れしい」


「ロイス様とあんなに仲良くしちゃって・・・」


「あぁ!?ロイス様のお手をあんな汚い手で」


ひそひそと陰口をたたかれながらも、トトマはできる限りの笑顔でロイスに話しかける。


「ロイスもレベル上げ?」


「あぁ!晴れて私もLV.43になった!」


(えぇ!?Lv.43だって!?)


爽やかキラキラ金髪をなびかせ、じっと蒼い瞳で見つめるロイスはトトマより少し上の18歳。


ロイスは魔階島に滞在している12人の勇者の内、11番目の勇者である。ちなみにトトマは12番目。その能力もさることながら、家柄は英雄王と謳われた初代勇者クロスフォードの血を引くアルバーン王家の出でもある。


つまり、ロイスは生まれながらにして勇者になるべくしてなった勇者の中の勇者なのである。


また、ロイスは幼い頃から剣技や帝王学、政治学だけでなく、料理に裁縫に音楽に踊りまで嗜むという欠点のない勇者でもある。更に、身に付けている武器防具はどれもこれも一級品であり、おそらくロイスの着ている上着だけでもトトマの全身装備よりもはるかに高い。


そしておまけに、人当りも良く、社交辞令ではなく、本当にトトマのことを一人の友人としてロイスは見てくれている。


その事実が更にトトマを惨めにさせ、苦しめていることを知らずに・・・。


「とは言え、まだまだ騎士団の皆さんの足元にも及ばない。もっと鍛錬を重ねないといけないね」


ロイスは挑戦者の間では「王国の勇者」とも呼ばれており、現在契約しているパートナーの5人中5人が王国に仕える凄腕の騎士たちである。


更に、年に一度魔階島の王宮で行われる剣技大会において優秀な成績を残した者のみがロイスと契約ができる。つまりは、年に一度パートナーが更新されていくのだから驚きでもあった。


「そ、そうだ・・・ね。頑張ってね」


「あぁ、トトマも頑張ってくれ!」


「・・・うん」


そんな光り輝くロイスの姿に、消えかかったような声でトトマは何とか言葉を返す。


「ロイス殿下!ロイス殿下!!」


すると、威勢のいい声と共にロイスの仲間たちが神殿へとドカドカと入ってきた。幾多もの傷が付いた歴戦の戦いを語るその防具に身を包んだ彼らは、騒ぎ立てる女性たちを無視して押し退け、荒々しく道を開くとロイスの前に整列する。


「ロイス殿下!そろそろ王宮に戻られませんと!」


「あぁ、分かったよ。トトマ!それではまた」


「また、ね・・・」


最後にキラリとした笑顔を見せると、ロイスは仲間たちとともに颯爽と神殿を去り、それにつられて女性たちも消え去った。


そして、あの騒がしかった神殿は静まり返り、トトマはポツンと一人取り残された。彼には、まるで嵐が去った後のような思いである。


「レ、レベル上げしないと・・・」


一瞬意識が飛んでいたが、自分が来た理由を思い出すと、トトマは神殿の奥にある”成長の間”へと入る。そこは何もないがらんとした場所で、壁に貼られた大きなステンドグラスが太陽の光を受け、床に美しく映し出されているだけである。


そして、トトマはその中央まで歩むと、膝間付いて目を瞑り、その右手を大きく掲げる。


(女神様、女神様)


トトマは心の中で”レベルの女神ツヨ・クナール”を呼び続ける。すると、ステンドグラスの女神の絵がふわりと浮かび上がり、一人の女神が彼の前に美しくも神々しく降臨した。


すると、女神はトトマの右手にそっと自身の手を置き、優しく囁いた。


『勇者様、よくぞおいでくださいました』


その声を聞くとトトマは頭を下げたまま女神へとお願いをする。


「女神様、レベルを上げてください」


『いいでしょう』


女神はそう言うと背中の翼を大きく開き、


『では、お金を』


と言った。


「・・・」


『お金・・・は?』


だが、女神の言葉に何も言い返せないトトマ。それに、彼の額からは一筋の汗が垂れる。


『あのー、勇者様?』


「す、すいません!今回もお金はありませんので、付けでお願いします!!」


『えぇー!?』


トトマのまさかのお願いに、女神は盛大に開いた翼をさっと閉じ、神々しく浮かぶのを止めて、どこからともなく持ってきた椅子に太々しく座り込む。


『ちょっとー、勇者様困りますよ!こっちも奉仕でやってるんじゃないんですよ!』


「そ、そこを・・・何とか」


『何とかって言われてもなー、困るなー。大体、前のその前も払ってないですよ』


「そ、それはいずれ・・・、というか大体貴方のお姉さんが悪いんでしょ!」


『ちょっと、お姉ちゃんは関係ないでしょうが!?』


「でも生き返るたびにお金取られてたら、ダンジョンから帰った後にレベルを上げることもできませんよ!」


『死んで帰る方が悪い!!』


「ぐう・・・!!」


ぐうの音は出たものの、トトマはそれ以上何も言い返せず押し黙る。


だが、しばらくその苦悶の表情を眺めると、女神は諦めたように深くため息をついた。


『はぁ・・・もう、可哀想な勇者様に免じて今回が最後ですからね』


「本当ですか!?ありがとうございます、女神様!」


『はいはい、ではいきますよ』


女神は気だるげに持っていた分厚い本をトトマの目の前で開くと、その本はバラバラという音を立てて次々と捲れていく。そして、半分を過ぎたあたりでピタッと止まると、そこにはトトマの名前と顔の絵、そして色々な情報が書かれたページがあった。


上から順に


「瘴気遮断」


「女神の加護」


「鍵開け」


「天性の感」★


ページが飛んで、


「万人力」


「健康身体」


「武器万能」


「鑑識眼」


「士気向上」


「魔の素質」


「限界突破」


「魔邪撃滅」


と記載されている。


「ん?」


その自分のステータスとスキルが書かれたページを眺めていると、トトマは「天性の感」の横についた星に目がいった。トトマの記憶によれば、前まではここに星なんてなかったはずである。


「女神様、この変なマークは何ですか?」


トトマの指差したマークを女神は覗き込んで見たものの、「あぁ」とだけ言ってすぐに椅子の上に戻った。


『あー・・・、それは、能力を上げてからのお楽しみ』


「えぇ・・・」


女神であるから特定の個人には肩入れしない方式なのか、女神はニコニコと笑うばかりでトトマにそのマークについては深く語らなかった。


「・・・じゃあ、『天性の感』でお願いします」


今更他の能力を上げたところで、何も変わりはしないことは理解していたので、トトマは試しに「天性の感」を選んだ。その星の紋章が何を意味するのかも知らないまま。


『ほいほい、後戻りはできないよ』


「大丈夫です」


『ほい、それではー、レベルアップ!』


トトマの全身を光が包み込み、ふわりと体が浮かび上がる。


初めてレベルを上げた時は感動したが、今となっては何とも思わなくなってた自分に、慣れとは怖いとトトマは感じた。


『はーい、もういいよ、では次回はお金をちゃんと、”ちゃんと”用意してから来るように!バーイ!』


トトマが地面に舞い戻ると、女神は念を押してからそそくさと退散した。


女神も女神で忙しいのだろうかと思いつつも、トトマは神殿を後にする。


皆が待つ宿場までの帰り道、トトマは右手をかざし自分のステータスを開き、レベルを上げたことで何が変わったのかを確認しながら歩く。


(筋力、忍耐力、俊敏力ともに微増。体力、魔力に関しては変化なしか。技に関しては・・・)


ステータスを下げていくと最後に新しい技が追加されていた。


「・・・ん?何だこれ、『交渉』?」


トトマは思わず口に出して読んでしまった。この技があの星の紋章が付いたからなのかは分からないが、レベルが上がったことによって会得したことには間違いない。


(えっと、説明は・・・『相手に交渉を持ちかける』・・・それだけ!?)


そんなもの技がなくても交渉できるではないか!と落ち込んだトトマは、また無駄な技が身に付いてしまったと、とぼとぼと帰路についた。


すると、


「わ!?」


「きゃ!?」


トトマがステータスを見るのに必死になっていたためか、道行く少女にドンと強くぶつかってしまった。彼はよろめいただけであったが、少女は見事に尻もちをついてしまっている。


「ご、ごめんね!?お嬢ちゃん・・・大丈夫?」


「いたた・・・」


少女は差し出されたトトマの手を握るとひょいと起き上がった。どうやら怪我はしていない様子である。


「手を貸してくれて、ありがとう、挑戦者さん」


「え!?何で僕が挑戦者だって・・・」


突然の少女の発言に驚くトトマであったが、彼女はケラケラと笑いながら答える。


「あはは!魔階島にいてそんな剣やら防具やらを付けている人は大体挑戦者でしょ」


「あ・・・」


「それとも・・・お兄さんは武器屋さんの宣伝担当か何かなの?」


くすくすと笑いながら語り掛ける少女に、トトマもつられて少し笑ってしまった。


「とにかく、さっきはぶつかってごめんね。それで・・・お父さんやお母さんは一緒じゃないの?」


トトマはそう言って周りを見渡したが、その少女の保護者らしき人物は見当たらない。背格好から見て、目の前の少女は彼の妹と同じくらいであるから15歳というわけではない。それに、その顔もどことなくトトマの妹にも似ていた。


つまり、スキルをまだ授かっていない少女がこんな所で一人でいるわけがなく、彼女の保護者がどこかにいるはずだ。


「実はね、お父さんと待ち合わせしているんだけど場所が分からないの。お兄さん”観光協会”って知ってる?」


”観光協会”とは、おそらく魔階島観光協会のことであろう。


今やダンジョンを目指してやってきた挑戦者やその挑戦者を相手に商売する者、魔階島でしか見られない、または食べられないような珍しい物に出会いに来る者などで魔階島は年中お祭り騒ぎである。


それら魔階島の案内をするのが魔階島観光協会の仕事である。


ギルドの運営や各種イベントの開催、広報雑誌の制作などなど、各種多様なことを行って魔階島を盛り上げている。


「なるほど、観光協会ね。それならあの大きなお城のすぐそばだよ、何なら一緒に行くけど」


「あぁ!あのお城ね、分かったわ。でも大丈夫、もう私一人で行けるから!」


そう言うと少女はニッコリと笑い、城を目指してとてとてと駆け出した。トトマは少し心配そうにその背中を見送ると、自分は城とは反対の方へと足を進める。


「あ!お兄さん!!」


すると、不意にトトマは後方から先ほどの少女に大きな声で呼び止められた。


「お兄さん、親切にありがとうね!またどこかで会いましょう!!」


「うん!またどこかで!!」


少女は大きく手を振った後にくるりと後ろを向きなおし、今度こそ城の方へと駆け出した。


今度はその姿を完全に見届けてからトトマはゆっくりと宿へと足を進めた。


(あ!そういえば、名前聞いてなかったな・・・まぁまた会った時でいいか)


トトマは歩きながらそう思った。


(ふふふ!ようやく見つけた私の12番目の”勇者”さん!)


少女は走りながらそう思った。


ここはモンスター犇めくダンジョンが顔を出す魔階島。


かつては魔王の居たとされるこの島も、今では挑戦者や様々な人で賑わう夢の島。


そして、魔王亡き今でもその魔階島の中央に位置するダンジョンへと挑む続ける12人の勇者たちと数多の挑戦者たち。


この魔階島で巻き起こる彼ら挑戦者たちの物語は、はてさてどのような結末を迎えるのか。


それは、神のみぞ知る。

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