いつか、どこか、誰か④
SNSの投稿を、一定数以上「いいね」、拡散されたものに条件を指定して検索してみる。自分には見たこともない数字を設定したのに、数え切れないほどの投稿が上がってきて目眩がしそうなほどだ。
投稿の内容はくだらない、どうでも良いことばかりだ、と思う。身近にあったちょっと良い話や、憤ったこと。本当かどうかは分からないし、実際にディテールを突っ込まれている投稿も多い。それに、ゲームだかアニメだかのイラスト。プロじゃない、素人が描いたものの癖に。
素人のものといえば、マンガや犬猫の動画も人気がある。これも、大して上手くもないし、ペットが可愛いのは飼い主の功績じゃないのに。犬猫の動画や画像ばかりを投稿してフォロワーを稼いでいるアカウントは、何のために飼っているのかと邪推したくもなる。
かといって、
……違う。彼ら、彼女らには何かしらの才能か、そうでなければ運がある。ピンとくる軽妙な比喩や表現、気の利いたキャプション、奇跡の一枚、インフルエンサーの目に留まるかどうか。自分にはないものがある。タイミングに恵まれている。それが羨ましくて妬ましい。
「……消えろ……消えろ……」
最近の日課は、「不適切な」投稿を見つけては通報することだ。少しでも攻撃的だったり、汚い言葉を使っていたりする投稿を、ひとつひとつ。「問題あり」として報告するのだ。SNSの運営会社の方で、どう処理されているかは分からない。難癖に近いことは自覚しているし、もしかしたら無視されてしまうのかも。ただ、万にひとつでも良い、人気のアカウントが凍結されたりしたら良い気味だ、と思う。せっかくのフォロワーや「いいね」も無に帰して、絶望すれば良い。スマートフォンを手にして、虚しくタップを繰り返す「誰か」の姿を想像すると唇が歪んだ笑みを描くのが分かる。
これをやったからって、自分のフォロワーが増える訳でも、投稿がバズる訳でもないけれど。でも、自分が満たされない横で――というか、どこかで――満たされている存在がいるのが許せなかった。フォロワーのひとりひとりの増減に、投稿の内容にタイミング、それにつく「いいね」の多寡に、自分はこんなに心を砕いているのに。どうせ、何気なく考えもなく投稿を垂れ流しているような連中だ。取り上げられたって大騒ぎするようなことじゃないだろう。そのはずだ。
「さて、と……」
気に入らないアカウントは山ほどあるけど、中でもその最上位に来るのが「のりこさん」のアカウントだ。どうしてかは分からないけど、やけに腹が立つ。幽霊ごっこ、なんて。他のアカウントと比べてもどうでも良い、明らかに嘘くさい振る舞いでフォロワーを集めているからだろうか。それも、自分をフォローしろ、もっと構えという欲求がだだ漏れている。そんな姿勢が自分とそっくりだから苛立ってしまう――同族嫌悪、というヤツかもしれない。
羨ましいことに、「のりこさん」のアカウントはここ数日炎上している。のりこさんごっことかいう遊びをやっていた女子高生が死んだらしい。のりこさんが「パクリ」だと指摘した、その、翌日に。
良いタイミングに恵まれたものだ、と思う。パクリ、という強い――そして、SNSの住人が好みそうな――単語を使って人目を惹いた上での
そんな力がのりこさんにある、とは信じない。信じたくない。そんな力、あまりにも都合が良すぎるから。そうだったら、思い通りに炎上事件を起こせるということになってしまう。好き放題に注目を集められるということになってしまう。そんな素晴らしい能力を、他人が持っているなんて認められるか。
「のりこさん」は一体何をしている人間なのか、深夜だろうと平日の昼間だろうと構わずに活動しているようだった。自分のことに言及している投稿ばかりを引用・拡散する姿は、注目を浴びているのを見せびらかしているようで忌々しい。あまつさえ、これだ。
――○月○日、××公園に△時。皆来てね☆彡
何が来てね、だ。アイドルの握手会ではあるまいし。それに喜んで群がるフォロワーの方も、何か勘違いしているとしか思えない。幽霊を演じているアカウントが、一体どんな形でフォロワーの前に姿を現すというんだろう。それとも、現場に何かトリックを仕掛けているとか?
「凍結されちまえ……」
苛立ちに指先が痙攣するけれど、通報することはしない。今は、まだ。放っておいた方が面白いことになるんじゃないか、と。そう思うからだ。
のりこさんの呼び掛けに応じてフォロワーが集まれば、きっと
自ら企画した「イベント」が命取りになって、「のりこさん」のアカウントが消される――そんな展開が見たいからこそ、苛立ちを呑み込んで炎上騒ぎを
「――っと……」
スマートフォンが
改めて画面に焦点を合わせると、メール受信の通知が表示されていた。随分連絡を取っていない友人――というか知り合いからのものだ。遊びの誘い。どうせ頭数を合わせるためだけだろう。たまたま思い出したから声を掛けてみた、程度のことだろうに。
「うざ……」
断りの返信を送る手間さえ惜しかった。そんなことより、もっとやるべきことがある。返信を送らないでおけば、そのうち連絡も絶えるだろう。面倒な現実の付き合い、何の得にもならないしがらみは、さっさと消えて欲しいものだ。
「さ、逃がさないよ……」
SNSに再び目を戻すと、同時に唇が笑みに綻んだ。最近絡んでいないフォロワーに、
近頃、こいつはフェードアウトしたがってそうだな、という勘がなぜだか発達している気がするのだ。もちろん、気分の問題でしかないのだけど。でも、フォローを外そうとしたその瞬間、そいつの耳元に囁いてやるようなタイミングになっていたら、と想像するだけでも楽しいじゃないか。
投稿がいつの間にか増えている、ということは相変わらず起きている。でも、どうでも良くなった。息をする数をいちいち数えたりしないのと同じこと。歩く時に手を振って足を出して、なんていちいち考えないのと同じこと。呼吸と同じ感覚でSNSに触れているのだから、それは無意識に投稿することだってあるだろう。考えないでできているのだとしたら、その方が楽で良いくらいだ。
大体、そうやって
問題は、この週末だ。のりこさんが企画したイベントがどうなるか――リアルタイムで、見守ってやろう。
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