辻隆弘 皆来てね☆彡
『のりこさんの手口……巧妙になって来ていると思います』
電話の向こうで、
「そうですね……」
のりこさんが過去の経験を踏まえて
亡くなったモデル――
だから……なのかどうかは分からないけれど。今度は、「のりこさん」自身のアカウントで事件を起こした。「のりこさんごっこ」への不快感を表明した後で、彼女を「パクった」女子高生を――殺した。こんな良いタイミングでただの事故死や病死ということはないだろう。女子高生は、のりこさんによって殺されたのだ。のりこさんの脅威を知る隆弘や矢野氏はもちろん、多くのフォロワーやSNSユーザーだってそう思う。そして恐怖し――中には、
多分、のりこさんはそんな期待にも応えようとしている。隆弘に待ち合わせを持ち掛けたのは、彼女のアカウントを削除し得る彼を始末しようとしてのことだと思っていた。実際、それも狙いではあるのだろう。でも、それだけではなく、更なるフォロワーを引き寄せるための布石でもあるとしたら。のりこさんと対決するつもりで、隆弘たちは
『
「はい。そこは変わりません」
耳には、矢野氏の不安げな声。目に映るパソコンのモニターでは、のりこさんが新しく誰かの投稿を拡散している様が表示されている。いずれも、女子高生の死に言及し、のりこさんへの興味を示す投稿だ。自撮り画像、イラスト、アニメのキャラクター、ペットと思しき犬や猫、風景写真――様々な種類のアイコンが、それだけ幅広い人からこの件が注目されていることを示している。無数のネットからの視線の先に、自分が置かれることになるのかもしれないと思うと、不安に肌がひりつく感覚がある。心臓の鼓動が早まって、それこそあの白い
でも、矢野氏がおずおずと提案したことに頷くことはできなかった。
「パスワードさえ合っていればあいつを消せるのは変わらない。どういう形かは分からないですが、会ってからでも遅くはない」
『今、それをやろうとは思われないんですね……。もしも、違っていたらどうするんです……?』
「……あいつが俺を狙っているということは、俺が知ってる、考えてるものだろう、と思ってます」
矢野氏は、のりこさんだけでなく隆弘のことも――少し――怖がっているだろう、という気がした。彼の予想しているパスワードが間違っている可能性はもちろん、
「……そんな、凝ったことをするような奴じゃなかったんですよ。だから、大丈夫だと思います」
『辻さん……』
「当日は別行動ですから。矢野さんに託す、ということで……この前、お話した通りです」
どれほど不安と不信があっても、矢野氏はこれで黙ってくれるはずだ、という甘えのような確信が隆弘の中にはあった。遺体を発見してきちんと葬儀を行うことができた
多分、彼にとっての武井法子よりも、矢野氏にとっての長谷川氏の方がずっと大事な存在だったのだろうけど――だからこそ、亡くなった人への心の区切りというものは、この人は尊重してくれるはずだった。
『……のりこさんの目的って、何なんでしょうね……』
案の定、というか。矢野氏は諦めたような溜息で
「フォロワーを増やしたい、注目されたい、ということでは……?」
『
そのくだりは、隆弘も記憶に残っていた。長谷川氏は、その「伝えたいこと」を、のりこさんが殺した犯人ではないかと推理していたということだった。幽霊が無念を伝えようとしている、というのはとてもありそうなストーリーではあるし。
そして、長谷川氏がのりこさんに接触して、出てきた名前が彼のものだ。自身を脅かし得る存在だと認識して探していたのか――あるいは、救済を望む、武井法子の意志も入っていたのかもしれないけれど。
でも、彼女
「俺を見つけて……始末、した後はどうする気なんでしょうね……」
『はい。心配する必要がなくなれば――無事に、削除することができれば良いんですが。――辻さん!』
心もとなげに呟いた矢野氏が、一転して鋭い声を上げた。反射的に携帯電話を耳から離した隆弘にも、その理由は分かっている。のりこさんが、新しい投稿を行ったのだ。矢野氏の方でも、パソコンの画面で
その、のりこさんの投稿は――
――○月○日、××公園に△時。皆来てね☆彡
隆弘と約束したまさにその場所、その日時だった。
『辻さん、これは……』
「……予想通り、ということですよ。予想の範囲内だ。予定を変える必要はない……!」
怯えたように引き攣った声の矢野氏に対して、隆弘は努めて冷静な声を繕おうとした。そうだ、これは分かっていたことのはずだ。隆弘を始末するために、その場所に現れるために、のりこさんはフォロワーを利用しようとする。予想していたことがたまたま目の前で呼び掛けられたからといって、ことさらに怯える必要はない。
――のりこさん、そこに来てくれるの??
――行くよ~ヾ(*´∀`*)ノ
――営業妨害とかにならない? 何が起きるんだろ・・・
――良いカメラ持って行きます!
――残念、地方の身がつらい……(´;ω;`)
のりこさんの呼び掛けに次々と応えるコメント、「いいね」や拡散の数と勢いに気圧されたとしても。実際にその場に現れる人がどれだけいるかは分からないし、来たところでその人たちは隆弘の顔も名前も、存在すら知らないのだ。
(怖がる必要は、ない。そうしたら、
「……また、前日くらいにご連絡しますので。その時に、改めて詰めましょう」
『はい。……お気を付けて』
「矢野さんも」
矢野氏を宥めるようにして電話を切った後、隆弘はパソコンを落とし、ルーターの電源も切った。彼のこれまでの習慣であるという以上に、のりこさんを寄せ付けないためのせめてもの用心として。
そして、携帯電話の画面についた皮脂を拭こうとして――メールの通知が来ていることに、気付いた。矢野氏との通話中に受信していたらしい。受信フォルダを開いてみると、SNSでメッセージが来ているという通知だった。……彼のアカウントの存在を知っているのは、
――もうすぐだね。楽しみにしてるね^^
「はは……」
だから、のりこさんからのものだったとしても、驚くことではない。彼が本当に来るのかどうかの念押しにしろ探りにしろ、
「落ち着け……」
だから、この段階で彼女に疑いを持たせてはならない。あくまでも旧友の武井法子に会うつもりだと、間抜けにも騙されているのだと、信じ込ませなくては。
――俺もだよ。絶対行くね。
震えそうになる指を深呼吸で抑えながら、隆弘は短いメッセージを返した。
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