第5話 遺品の動画
(でも、思い出も詰まってる、んだよね……)
朱莉の止めなよ、という声が入り込んだ動画も、このスマートフォンの中には収まっているはずだ。彼女は遺すまでもないと思っていた風景や、一緒に過ごした何気ない瞬間は、でも、今となっては彼の形見だ。仄かに見えてきたのりこさんの影や掴めそうな正体に興奮し、同時にどうしようもなく興味を惹かれながらも、朱莉の胸は何度でも洋平を喪った悲しみに痛む。
でも、今はのりこさんのことの方が大事だ。洋平に何が起きたかを、納得いくまで調べなければ。
のりこさんは、取り憑いた人のところに現れる、らしい。それで亡くなった――取り殺されてしまった人もいると、洋平は言っていた。のりこさんからメッセージを受け取ってしまうほどに注意を惹いてしまった彼のところにも、
そして、そんな出来事を前にしたら、洋平は絶対に記録を残そうとするはずだった。だから、SNSやメールでのやり取りが途切れたとしても、画像フォルダにはまだ何かが残っているかもしれない。
そう思って画像フォルダをタップしてみると、最後に保存されていたのは、やはりというか洋平の部屋の画像だった。いや、再生マークがついているから、画像ではなくて動画だ。
(
緊張に喉が干上がるのを感じながら、朱莉はさらにその動画をタップした。するとスマートフォンの全画面に洋平の部屋が映し出されて――
「――ひゃ」
小さいサムネイルでは見えづらかった
改めて動画を最初から再生してみると、画面に映る恐怖はひとつだけではなかった。いかにも心霊写真――動画だけど――といった佇まいの白い女の影と、それに、白い
(のりこさん……と、何なの、これ……!?)
息を呑んで見つめるうちに、画面に映る光景はぐるりと回転した。見ているだけの朱莉も、脳を揺さぶられるかのよう。次いでもう一度画面に衝撃が走ったらしい揺れが映って、動画は終わっていた。
(洋平は、こいつに襲われたの……?)
恋人は幽霊に殺された、だなんて。真面目に言ったら正気を疑われそうだったけど、朱莉の脳裏には何の疑問もなくそんな言葉が浮かんでいた。
心霊写真だけじゃない、幽霊が映ったという触れ込みの動画も、世の中にはありふれている。それほど興味がない朱莉だって、夏場にテレビをつければその手の番組をやっているのによく遭遇するくらいだ。そういうのを見て、怖いというかびくりとしてしまうことはある。でも、それは効果音やBGM、スタジオのタレントの悲鳴によって驚くだけだ。頭の片隅では、合成っぽいな、とか、このカメラワークは胡散臭いな、とか思っている。朱莉が今見ている画像も、多分テレビで放映されているのを見たのだとしたら合成だと断じていただろう。出来過ぎたような「幽霊」の姿も手ブレの具合も、あまりにもおなじみの「恐怖映像」にしか見えないだろうから。
だけど、亡くなったばかりの洋平の、誰も手を付けていないスマートフォンから見つかった動画というなら話は別だ。洋平にはさすがに動画編集の技術はなかっただろうし、何より、死亡推定時刻と動画の撮影日時からして、そんな時間があるはずはなかった。だから、これは、今朱莉がみている動画は、紛れもない
SNS上で見る文字以上に、のりこさんの姿を確認できてしまったという事実が怖かった。そして同時に、真相に迫っているという緊張と高揚が心臓を締め付ける。多分、洋平もこの感覚に囚われてのりこさんにのめり込んでしまったのだ。彼と同じ轍を踏もうとしているのかと思うと、不安はいや増したけど――本能の警鐘のようなぴりぴりとした感覚を無視して、朱莉は何度も動画を再生した。
すると、気付いたことがある。白い女の目が――前髪で隠れてはいるのだけど――カメラの方を、こちらを見ているような気がすること。それどころか、頷いたように見える瞬間さえあること。
(意思疎通ができてる……!?)
肌が粟立つのを堪えて、画面に触れるとミュートを解除する。スマートフォンでの撮影相応の、ざあざあという雑音に混ざって、洋平の声も再生される。
『のりこさん……?
『貴女は……どうして、
彼の声だ、と思うと息苦しさが一層強くなる。でも、しっかり見て聞いて、考えなくては。動画に映った女は、最初の問いには頷いて、後の問いには首を振った。だから、洋平がSNS上で指摘した通り、のりこさんにはふたつの人格がある。あるいは、ふたつの存在が合わさって、一つの現象として扱われている。そして、モデルの女性を殺したのが、この幽霊ではないとしたら。
(こっちの白い手は……何なの……)
その
(だから――洋平は殺された……?)
都合の悪いことを知られた、口封じのために。洋平の部屋の窓に空いた不自然な穴は、外に落ちていたスマートフォンは、証拠を残そうとした彼の抵抗だったのかもしれない。
「何、やってるのよ……!」
あの洋平が、それでも最後に送ってきたメールは好きだった、のひと言だった。もっとヒントを残すとか、後を託すとかじゃなくて。だから朱莉はこんな風に頭を絞って真実を探らなければならなくなるし、今になって、らしくなく彼女を気遣ってくれた――らしい――彼の想いを知って、また目が熱くなってしまうのだ。涙で滲んだ視界に、スマートフォンに映る動画も歪む。洋平の部屋をゆっくりと舐めたカメラワークの部分だった。女の白い影がフレームアウトする一方で、白い腕は部屋全体に巨大な蛇のように伸びている。人の腕では絶対にあり得ない長さの、その出どころに、朱莉はやっと目を留めた。その腕は、洋平のパソコンのモニターから生え出ていたのだ。
「洋平、パソコンから見てたんだ……?」
SNSは、当然のことながらパソコンからも閲覧できる。腕がモニターから出ているということは、洋平と「のりこさん」は、パソコンを介して繋がってしまった、ということなのだろうか。彼のホーム画面は、朱莉のパソコンからならば今も確認できる。
(のっとり霊ののりこさん……)
洋平の言葉をまたひとつ思い出して、朱莉は嫌な予感を覚えた。モデルの女性のSNSも、のりこさんに乗っ取られたと、洋平は言っていたはずだ。同じようにのりこさんに殺された――かもしれない――彼のアカウントも、同じことが起きているのだろうか。もしそうだとしたら、彼女はどうすれば良いのだろう。
朱莉はスマートフォンをそっと置くと、慌ただしく立ち上がってルーターを起動させ、自分のパソコンを立ち上げた。ブラウザのブックマークからSNSを探し、そう多くないフォロワーの一覧から洋平のアカウントを見つけてクリックする。その、瞬間。
朱莉の首筋をひやりとした冷気が撫でた。
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