第4話 足跡を辿る
彼のスマートフォンは、
「見れる……」
でも、情報が取得できない旨のエラーが表示された後は、彼女も見慣れたSNSの画面が表示された。ただし、ずらりと並んだ投稿の日付は今現在のものではなく、洋平の、命日とされている日、朱莉にあのメールが送信されたほんの少し前のものだった。彼が死んだ時間を追体験しているようで、朱莉の胸はぎゅっと苦しくなる。
画面をスクロールさせて、洋平の――フォロイーのではない――彼自身の発言を、探す。短い一文だったから少し時間がかかってしまったけど、やがて朱莉は探していたのであろうものを見つけた。norikoというアカウントに宛てた、彼のコメントを。
(これじゃ怪しい人じゃん……!)
亡くなった人に対して、本当にいけないことだとは思うんだけど。もう過去のことだとは分かっているんだけど。洋平の発言に対して、朱莉は頭を抱えたいような引き摺ってでも止めたいような、恥ずかしさを覚えてしまった。だって、普通の若い女の子に見えるアカウントに対して、本名を教えてくれとか、幽霊なんですか、とか――変質者扱いされても仕方ないと思う。もしもこんなのが送られてきたら、朱莉なら迷わずブロックする。もちろん、相手が本当に生きた人間だったら、の話にはなるんだけど。
それに、norikoに充てた質問の最後の幾つかから、洋平の意図も分かってしまう。
――貴女は殺されたんですか?
――犯人を捜しているんですか? その犯人を知っているんですか?
のりこさんの関心を惹くようなアプローチをしてのりこさんに
のりこさんが殺された人の幽霊で、その犯人を捜したい、あるいは人に伝えたいというなら。フィクションとしても一般的に想像できる心理としても、復讐したい、という動機はすごく分かり易いものだ。
のりこさんを、いわば挑発するような形で呼び寄せようとした洋平の実験の結果は――画面をタップすれば、すぐに分かった。洋平のメッセージにはさらに返信がついているとの表示があったので、それを辿れば良いだけだったから。
(たけい、のりこ……? だから、のりこさん……?)
スマートフォンを握る手に、汗がにじむのが分かる。洋平とnorikoというアカウントの間では、驚くべきことに会話が成立していた。短い単語のメッセージを、質問に対する答えと捉えて良いかは分からないけど。のりこさんという怪談に成りすまそうとしている、悪戯のアカウントの可能性も捨てきれないけど。でも、ネット上の幽霊と言われる存在に、現実のものと思われる名前が結びつく感覚は、どこか気持ち良くもあった。線が繋がる、ピースが嵌る、推理小説のラストで伏線が明らかになる――そんな時の快感。しかもこれは現実のことで、洋平の死の真相を明かすことかもしれない。だから一層緊張するし、期待のようなものも、高まってしまう。
norikoというアカウントは、でも、洋平の、そして彼の想いを追おうとしている朱莉の期待には応えてくれなかった。ひとつのアカウントにふたつの人格が存在しているかのような口論が洋平への返信欄で繰り返された後は、やり取りはぷつりと途切れてしまっていたのだ。
「この後はどうなったのよ……!?」
「のりこさん」――あるいは、武井法子に身元の証明を求めた洋平の質問に対して、答えは返っていない。そのコメントの投稿日時を見れば、朱莉へのメールの送信時刻までは本当にあと数分だけ。その数分に何かが起きたのはほぼ間違いないだろうと思うのに、SNSの通知欄やメッセージ欄、あちこちをタップしてみても、norikoからはそれ以上の接触は確認できなかった。
(メールは……洋平が送ったんだよね?)
のっとり霊ののりこさん、という。洋平から聞かされた噂をふと思い出して不安になって、朱莉は今度はメールアプリを探した。好きだったと言ってくれたのは、彼が送ってくれたものだと信じたかった。それに、SNSの履歴からはこれ以上のことは分からなさそうだったから。誰か、朱莉のほかに洋平がメールを送っている可能性もあるかもしれないと思ったのだ。
メールアプリを立ち上げると、真っ先に表示されるのは受信フォルダだった。朱莉自身が送ったメールも並んでいて、こんなことになるとは思わなかった頃の呑気なやり取りにまた目の奥が熱くなる。
「また、noriko……!?」
でも、感傷に浸っている暇なんてなかった。受信フォルダの最新の履歴には、norikoがつくアドレスからのメールが続いていた。件名のないメールを恐る恐るタップして開いてみると、SNSのメッセージと同様の短い文字列が綴られている。
――私のアカウントを消して。
何通かに分かれて届いたメールをまとめると、「のりこさん」の意図はそういうことのようだった。ヒントのように、何者かもしれない人の名前も送られてきている。多分、洋平が見たら大興奮だったに違いない、怪奇現象との接触、ということになるんだろう。そもそもは興味がなくて、今でも何かの悪戯じゃないかと疑っている朱莉でさえも、脈が速くなるのを感じずにはいられないんだから。
でも、彼女の緊張は洋平の高揚とは少し意味が違っただろう。怪奇現象を目の当たりにしてしまっているという恐怖以上に、あの夜に何があったのかという謎が深まるばかりで、居心地が悪いのだ。
(なんで、
SNS上ではなく、メールにやり取りを切り替えたのはどうしてなんだろう。幽霊の行動に、理由なんて求めても仕方ないのかもしれないけど。送信フォルダを見るまでもなく、返信済みのアイコンがついていないから、洋平がのりこさんに返信を送っていないのは明らかだ。のりこさんのメールを見て、彼がどんな反応をしたのか、彼に何が起きたのか。やはり、手掛かりが得られないからもどかしい。
のりこさんについて、洋平はなんて言ってただろう。女子高生の間での流行、「友達」になる――させられる作法。亡くなったモデル。のりこさんに取り殺されたと思われる、らしい人。その人のことがあったから、洋平はのりこさんに興味を持ったということのはず。確か、バーでのデートの時だった。眉を顰める彼女を前に、彼は興奮した様子で、手ぶりまで交えて熱く語っていた。
『その葉月千夏が新しく画像を投稿してさ、自分しか写ってない自撮りをさ。――なのに、次の瞬間に
二度と聞けなくなると分かっていたら、彼の言葉のひとつひとつをもっとちゃんと聞いてただろうに。後悔がまた押し寄せて胸を痛ませて、でも、同時に脳裏に稲妻が走るような感覚があって、朱莉は思わず声を上げていた。
「のりこさん……来た、んだ……!」
そうだ、最初から洋平はのりこさんに殺されたんじゃないかと思っていたはずだった。殺す、と明確に言葉にしてはいなくても、彼が追っていた怪談に何かの原因があるのではないか、と。
のりこさんは既に人をひとり殺しているのかもしれないという。SNS上で、洋平やもっとたくさんのフォロワーが見守る中で、モデルだったという女性の投稿に幽霊が現れた――それはつまり、のりこさんはネット上だけの存在ではなくて、実際に被害者の身近にもやって来るということだ。コメントに対して返信が来るくらいに、洋平はのりこさんの気を惹くことに成功してしまっていた。それなら、のりこさんが彼の部屋に現れたのだとしたら。洋平が何をしたか、朱莉には心当たりがあってしまう。
(見たくない、けど……)
電気は煌々と灯っているのに、あるいはだからこそ、手元に落ちる影が不気味に思えてしかたなかった。朱莉の他に誰もいない部屋の空白にも押し潰されるような気分がする。でも、今更引き返すなんてできない。――多分、洋平も同じ気持ちだったんだろうけど。
朱莉は震える指先で、スマートフォンの画像フォルダを呼び出した。
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