第6話 自撮られ

(なんで……ひどい……!)


 頼ろうとしたのに、恐怖を訴えようとしたのに疑われて。パニックのようになりながら、千夏ちかは必死に言葉を探した。支離滅裂で、どもりながらで、きっと、悪いことを言い当てられた動揺に見えてしまっているだろう。でも、何も言わないでいたら誤解されたままになってしまう。だから、何とか説明しないと。


「違うんです。それ……私、そんなの作れないです。あの、画像フォルダ見てください……そっちは、何ともなかったのに、投稿したのをあとから見たら……あの、なってて……」

「や、それは加工した元のやつを消されたらこっちには分からないしねえ。あんたが投稿したんだから加工したのもあんた、ってことになるでしょ。上手く燃えなかったから、今になって火をつけてみた、ってとこ?」


 千夏の胸の辺りを指さす佐竹さたけの口調は、さっきよりも乱暴になっている。まるで、大人しく認めないのを咎めて、苛立ちを募らせているかのよう。そして彼が言うことへの反論が見つからなくて、千夏は唇を噛むしかない。彼女が投稿した段階では確かにの画像で、見返した時に――のりこさんが、入り込んでしまっていたのは本当なのに。自分の投稿が、いつの間にか変わってしまっていた不気味さや怖さは、体験していない人にはきっと分かってもらえない。

 しかも、佐竹の疑いは信じてもらえないよりもずっとひどい。だって、さっきの言い方だと、千夏が注目を浴びたくてやったことだと思われているようだから。ファンでもない、心配している訳でもない、ただ面白がっているだけの人たちからのコメントも注目も、嬉しくなんてなかった。のりこさんに気付かれる切っ掛けになってしまうのではないかと思うと、怖くて仕方なかった。その気持ちを全然分かってくれないなんて。


「……ポーズとか、角度とか違います。合成じゃ、そうはならないですよね……!?」

「縮小とか反転とか、最近は色々できるでしょ? この……幽霊? 服はみんな一緒なんだよねえ」


(幽霊が着替えてたらおかしいじゃん……!)


 幽霊、と言葉にしながら、佐竹はくくっと喉を鳴らして笑った。まともに取り合うのも馬鹿馬鹿しい、と思われてしまうことは、仕方がないのかもしれない。千夏だって、誰か他の人が言い出したんだったら同じように言っていたかもしれない。理性では、それも分かる。でも、必死に訴えたのに、本当のことを言っているのに信じてもらえないという状況、佐竹の嘲る目つきや苛立った口調は、ただでさえ脆くなっていた千夏の心を抉り、切り裂く。


「ねえ、千夏ちゃん」


 涙が浮かびそうになって俯いたところに、沢村さわむらがまだ穏やかな声を発した。


「大事になっちゃって怖いのは、分かるよ……? でもね、佐竹さんも千夏ちゃんのことを思って言ってるの。だから教えてくれない……? どうして、こんなことになっちゃったのか」

「……はい! それは――」


 小さな子供を宥めるような、優しすぎる口調は反発しないでもなかったけど――それでも、佐竹の嫌味ったらしい物言いよりは、よほど聞き入れやすかった。これまでの付き合いもあるし、何より、沢村はどうしてこんなことをしたのか、ではなく、どうしてこうなったのか、と言った。それはつまり、彼女は佐竹ほど千夏を疑っているだけではないということだろう。千夏のスマートフォンを横目でちらちら窺う目線からも、沢村は画像に写り込んだ「のりこさん」を見て不気味がって怖がっている。千夏と同じように!


 だから、千夏はなるべく沢村の方を見てこれまでのことを説明した。感極まって言葉に詰まることもあったし、決して分かり易くはなかったかもしれないけれど、沢村は根気強く聞いてくれた。


 カフェでの撮影があった日、画像を投稿したら写っていないはずの人影が写っていることをフォロワーに指摘されたこと。後日、そのカフェが心霊写真スポットになっていることを聞かされたこと。その噂が出回り出したのは、多分千夏の投稿とほぼ同時期だということ。心霊写真と共にSNS上で語られていた「のりこさん」についてフォロワーに聞いてみたところ、この騒ぎになってしまったということ。のりこさんについての沢山の噂、千夏の足跡を追うようなの目撃談のことも。


「――だから、私、その……のりこさん、に取り憑かれたと思って……! 本当に、知らないうちに前の画像もなってたんです! きっと、のりこさんは私を探してる……こんなに拡散されちゃって、私、いつ見つかるんじゃないか、って……っ」


 話しているうちに恐怖がぶり返して、最後は結局涙声になってしまったけど。昼間の明るく広い会議室では、詳しく話せば話すほど幽霊のことも心霊写真のことも胡散臭く聞こえてしまうのは千夏自身にも分かったけれど。

 佐竹の目からも、疑いの色は拭えていない。ただ、千夏の必死さだけは伝わったと思う。でも、それは事情を信じてくれた、というよりは本気で「あり得ないこと」を信じているおかしな子だと思われてしまったようで。佐竹が手を上げてぼりぼりと頭を掻く仕草、そこに滲む呆れと苦笑に、千夏としては次は何を言われるのかと気が気ではない。


「うーん……、信じられないなあ。ネットに上げたものがいつの間にか変わっちゃったんですう、なんて……」

「でも、普通アップしたものは自分にだって弄れないですよ。千夏ちゃんのフォロワー数で、今まで誰にも見つからなかった、というのも……」


 沢村が助け舟を出してくれるのが、せめてもの救いだった。佐竹とは違う理由で、千夏を見る目には距離を置きたいという気持ちが見えてしまっている気もするけれど。そう――千夏の話を信じてくれたなら、それだけ関わり合いになりたくないと思ってもおかしくなかった。


「でも、じゃあどうすんのよ。お祓いとか? しろって?」

「心霊番組の前とかにやってもらうこともあるじゃないですか。それで千夏ちゃんが落ち着くなら……」


(お祓い……してくれたら……!)


 佐竹と彼女を交互に見ながら沢村がおずおずと提案したことに、千夏の心に微かな灯りが点る。彼女は今まで仕事をしたことはないし、テレビに映る霊能力者とやらが本物だと、信じていた訳でもないのだけど。お経でもお札でも何でも良い、少しでも安心したかったし、できることならお坊さんとかそういう人に、大丈夫だと言って欲しかった。


「そう言ってもなあ。こんなこと俺が説明するのもなあ……」


 佐竹がまだ千夏のスマートフォンを弄っているのが、段々不快に感じられるようになってしまった。SNSの投稿を見ているなら、まだ良い。どの道公開したものだし、見られても問題ないようなことしか投稿していないから。でも、その小さな機械には、千夏の個人情報が詰まっているのだ。友達の連絡先とか、内輪でのメッセージのやり取りとか。佐竹の指がやたらと動いているのは、千夏のプライバシーまでも詮索しようということではないのだろうか。それこそ心霊写真が造り物だったとして、それを友達と話してたりはしないかとか、チェックしてるのではないだろうか。

 実際に怒られる様なことをしているかどうかが問題じゃない。馬鹿みたいなことも話すし、絵文字やスタンプだけの、ノリでのやり取りもある。そんな、相手だけに向けたはずのことを赤の他人には見られたくなかった。


「あの――」

「――そだ」


 返してください、と。思い切って言おうとした瞬間だった。佐竹は千夏に向かってスマートフォンを構えた。同時にかしゃ、とシャッター音が響く。


「……え?」


 画像を撮られた、と気付いて、千夏は全身からざっと血の気が引く音を聞いた。寝不足で青褪めてむくんだ顔、それも、涙でメイクも乱れている顔を捉えられる不躾さ、それへの驚きに言葉も出ない。


 だから千夏は、佐竹がまた指を蠢かせる間、何か言うこともすることもできなかった。指の動きからして、何か文章を打ち込んでいるようだ、とは思ったけど。


 やがて佐竹は、満面の笑みでスマートフォンの画面の方を千夏に向けてきた。そこには、SNSアプリが表示されている。


「今、投稿してみたからさ。本当ホントーにのりこさんとやらが勝手に入って来るのか、テストさせてよ。あ、不意打ちしちゃってごめんねえ。ま、すぐ消すからさ!」


 佐竹が何を言っているのか、千夏はほとんど聞き取れていない。ただ、スマートフォンに映っていることを見つめて、声にならない悲鳴を上げることしかできなかった。


 最新の投稿として、たった今撮られた千夏の画像が投稿されている。思った通り、ぽかんと口を開けた間抜けな、ひどい顔。佐竹が打ち込んだらしいコメントも添えられている。


 ――今、事務所で怒られちゃってます~。のりこさん、出るかな~~?

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