第2話 今だから言える
春斗は時間を稼いだ。
その稼いだ時間は鷹華達に逃走の時間を与えてくれた。
しかし、空を飛べる竜を相手に逃げ切れるほどの時間は無かった。
鷹華は背後で聞こえた悲鳴に勢いよく振り返った。ごくりと唾を呑む。
「春斗様……」
飛竜の右目にわずかな切り傷があった。
鷹華はそれを見ただけで涙が流れそうだった。
春斗は約束通り時間を稼いでくれたのだ。竜の皮膚に傷をつけることがどれほどに困難なことであるか、戦闘給仕である鷹華は嫌と言うほど知っている。
逃げられれば御の字。戦うなどもっての他。それが竜と相対した時の鉄則だ。
「戦うことは無謀。先生はいつもそうおっしゃってましたね。ですがっ――」
慣れ親しんだ銀色の刀身の剣の柄に片手をかけた。
慌て戸惑う子供達に見せつけるように流れる動きで抜刀する。
そして大声を張り上げた。
「聞きなさいっ! ここは私がくい止めますっ! 全員振り返らずにあちらに走りなさいっ!」
戦闘給仕として鍛え上げられた女の声が、子供達を一喝した。
最も早く冷静な表情を見せたのは、やはり長男の子だった。
遠くから迫ってくる竜を尻目に、鷹華は優しく少年に言う。
「みんなを連れて行きなさい。できますね?」
「……はい」
真っ直ぐな視線を向けた少年がこくりと頷いた。
鷹華は満足げに頷き、少年の頭を一度撫でた。春斗が守ろうとした少年だ。
私も続こう、と決意を新たにした。
そんな鷹華の姿は、恐怖に慄く少年達に少しばかりの勇気を与える。どの瞳にも恐怖は色濃く残っているが、パニック状態は脱したようだ。
ポケットに忍ばせていたアイテムをゆっくりと取りだす。
そして、膝を折って少年と視線を合わせた。
「これを持って行きなさい」
「これはなんですか?」
「閃光石です。ただし、学校で教えられているような閃光石と同じとは考えないようにしなさい。この閃光石は、まともに直視すれば失明するほどに強力なものです」
「失明……」
「そのため使用前にはセーフティの解除が必要です。解除ワードは『スターチス』。覚えましたか?」
「スターチス……ですか?」
「そうです。忘れないように。私も全力でくい止めますが、もしも竜に再び追われるような事態に陥ったときは、できるだけ引き付けて閃光石を鼻っ面に投げつけてやりなさい」
「……今使わないのですか?」
鷹華は内心で舌を巻く。
さすが魔法学校で鍛えられているだけのことはある、と感心する。
「竜には閃光系のアイテムや魔法は効果が薄いのです」
「それは知ってます。でも効かないわけじゃありません」
自論を曲げない少年に鷹華は優しい瞳を向けた。
「それも踏まえて渡したのです。私と閃光石……二つ壁があればあなた達は逃げられる可能性が高まります。他に竜が来ないとも限りません。自分が使える対抗手段は持っておくべきです」
「……それだと鷹華さんが……」
「私は春斗様より強いのですよ? そう簡単にはやられません。だから、ね?」
鷹華は、閃光石を少年の手に無理矢理握らせた。
半ば押し付けるように。
それでも戸惑う少年に「あとはよろしくね」と一言だけ伝えると、たった一人で竜の進行方向に歩き出した。
「鷹華さんっ!」
「私のことは心配無用です。友達を守って逃げなさい」
硬質な響きを持つ声が、少年にそれ以上の追及を許さなかった。
一歩、一歩、鷹華は少年達から離れていく。
向かわずとも、竜の速度ならばすぐにここまで来るだろう。
しかし、敵に立ち向かうという姿勢を示すことは子供達に勇気を与える。
「…………みんなっ、行くぞっ!」
一番しっかりした少年が全員を引きつれてとうとう走り出した。
「春斗様の分も生きなさい」
竜を睨みつけ、背後の動きを感じながら、鷹華は一人つぶやいた。
***
「春斗様はもういない。閃光石も渡した。私に残された武器はこの銀剣だけ」
強大な敵がもうそこまで近付いてきた。
はばたく音ですら恐怖を与えてくる。
だが、鷹華は銀剣を握ったまま冷静に独り言をつぶやいていた。
「しまったなあ……もし閃光石を使わなかったらどうしよう? 後の事まで考えてなかった……」
閃光石は一回限りの逃走用アイテムだ。
使用すれば消えてなくなる代物。
だが、もし鷹華がここで時間を稼ぐことに成功したらどうなるだろうか。生き延びられるとは到底考えていないが、子供達が逃げる時間くらいは与えられるかもしれない。
「あぁっ……」
少女に戻ったような鷹華は器用に剣を持ったまま頭を抱えた。
解除ワードの『スターチス』には意味がある。
「花言葉なんて考えて設定するんじゃなかった……」
鷹華は、強力な閃光石のセーフティを解除するために『スターチス』という花の名前を用いていた。
しかも花言葉を調べたあげくに、だ。
――変わらぬ心
「戦闘給仕が春斗様に恋してるなんてばれたらクビだろうなぁ。でもばれたらばれたで、それもありかも……」
ぼんやりと虚空を見つめた少女は、決して訪れない未来に想いを巡らす。
身分が違えば、立場が違えばと願わなかったことが無いと言えば嘘になる。
「……って、人が最期の妄想を楽しんでいるのに……ほんと竜ってやつは空気読めないんだから……先生の言ってたとおり最悪の相手ね。二度と会いたくない」
重低音を響かせて目の前に降下した竜に向けて、鷹華は銀剣を構えた。
竜に振るう銀閃は誰のために 深田くれと @fukadaKU
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