竜に振るう銀閃は誰のために
深田くれと
第1話 それをあなたが望むなら
魔法学校の少年、少女達は初めての野外活動に来ていた。
座学と訓練の成果をとうとう実地で試す機会である。
見渡す限り遮蔽物の無いその草原には、150センチほどの火蜥蜴(サラマンダー)がどこからともなく、ぽつぽつと現れる。
それらを少年達は、隊列を組んで迎撃するのだ。
学んだことをそのまま100パーセント発揮できれば優秀。そうでなくとも大ケガをするまでには至らない。
これが活動の全て。
「エアブラストっ!」
「アクアフォールっ!」
幼い少年と少女のペアが、目の前にのそりと現れた敵に向けて魔法を使用した。
皮膚をずたずたに切り裂き、衝撃をもって対象を殲滅する。大きな蜥蜴が瞬く間に動かなくなった。
「よくやった」
軽い拍手と共に、引率する男性教師である春斗(はると)が二人を褒めた。
「見事な手順だったな。頑丈な皮膚を風魔法で裂いて、水魔法を叩きこむ。座学で学んだ通りだ。だが……今回は実地訓練でもある。それ以外の方法もあるということを教えよう。……鷹華、頼む」
「お任せください」
教師でもあり貴族の次男でもある春斗の念の為の護衛として当てられた、戦闘給仕として育てられた鷹華(ようか)が少年たちの前に進み出た。
その白く細い手には一本の剣が握られている。
「春斗様、あそこにいる火蜥蜴で構いませんか?」
「ああ。戦闘給仕の腕前を見せてやってくれ」
「承知いたしました」
少し離れたところに佇む火蜥蜴に、鷹華は無人の荒野を歩くかのごとく接近していく。
少年達も一体どう戦うのだろうかと興味深々の表情で見つめている。
「あっ」
誰が発した言葉だろうか。
気付いた時にはその場にいた鷹華が消えていた。少年達では捕えきれないほどの速度で移動したのだ。
静から動へ。
急激な速度変化を目の当たりにした少年達は驚愕の表情を見せる。
しかし、火蜥蜴の真横に瞬く間に移動した鷹華は涼しい顔だ。
「あれが接近戦主体の者が使う移動術だ。すごいだろ? 俺も何度あの移動術で追跡されたことやら。ほんと鷹華は容赦ないからな……」
茶目っ気のある顔で笑う春斗に、少年達はぽかんと口を開ける。
「本当ならもう勝負は決まっているが、お前たちに見せるためにあそこで止まってくれているんだ。次の動きを良く見ておけよ」
春斗の台詞が聞こえていたかのタイミングで、鷹華の視線がこちらに向いた。春斗が一つ頷く。
やってくれ、と。
「えぇっ!?」
声を上げたのは一際小さな少女だ。
鷹華の、目にも止まらぬ速さで振り下ろした銀剣が、火蜥蜴の太い首を切断したのだ。
ここまで聞こえるような音で、ごとりと大きな頭が地面に転がった。
「ぜ、全然見えなかった……火蜥蜴の皮膚って剣で切れるんだ」
「鷹華の剣速はすごいからな。俺も未だに銀閃しか見えないんだよ……」
「まだ捕えきれませんか?」
「――っ、うおっ!? って鷹華……気配を殺して近付くのはやめてくれっ」
「見えていれば気配を殺していても捕えられます」
「……だから、本気の鷹華は見えないんだって」
「鍛錬不足です」
「こいつらの前で、それを言うなって……」
「前から説明しているように、足元に注意していれば――ん? あれは……」
途方もないスピードで春斗の側に戻ってきた鷹華が、何かに気付いて空を見上げた。
「――竜っ!?」
普段からは想像もできない驚愕の声を上げた鷹華。
春斗を含めた全員が釣られて頭上を確認し、一気に静まり返った。
春斗はもちろん、鷹華も指導マニュアルは隅から隅まで把握している。
しかし、二人の口から言葉は出て来ない。
それほどに目の前の状況はひっ迫しているのだ。
この事態はマニュアルのどのページにも書かれていない。
「なぜ飛竜がこんなところに来るんだ……そんなバカな……ここは竜の住処からは程遠いはずだろ……」
巨大な咢から炎を漏らす竜を前にして、全員が一様の表情をしていた。
絶望。
恐怖。
諦観。
黒く輝く両の瞳がぎょろりと舐め上げるように動いた。
春斗が弾かれるように声を上げた。
「鷹華っ、全員を連れて逃げろっ! 時間を稼ぐ!」
「春斗様、私が残ります! 春斗様が逃げてくださいっ!」
「ばかっ、お前の方が強いんだっ! その中には兄さんの息子もいるっ! いいからいけぇっっ!」
鷹華が苦渋の表情で一人の少年に視線を向けた。
仕える家で利発と名高い長男の息子。歴代でも図抜けて優秀な長男を凌ぐとまで言われている子供。
未婚の春斗がどれほどに可愛がっているのかを鷹華は痛いほどに知っている。
がりっと奥歯が欠けた音がした。
鷹華が春斗に背を向ける。
「みんな、行きますよっ!」
少年達の間を縫うように竜と反対側に出た鷹華はもう振り返らない。
戸惑う小さな子供達が一回り大きい背中に付き従う。
「鷹華っ、みんなを頼んだぞっ!」
敬愛する春斗の声が飛んできた。こんな状況だというのにどこか優しいその声色。
長男とは違って優秀から程遠い春斗。
しかし、鷹華は、貴族であるのに誰にでも分け隔てなく優しい彼が好きだった。
一筋の涙が頬を伝った。
「春斗様もご武運をっ」
無理矢理声を張った。
春斗の優しさは良く知っている。彼の優先順位は自分の命より、兄の子供のことだ。誰が言っても覆らないだろう。
そんなところだけは意地っ張りなのだ。
鷹華はポケットに忍ばせたアイテムをぎゅっと握りしめた。
使うタイミングはどうすれば良いのか。本音を言えば今すぐに使いたい。
しかし、それを春斗は望まないだろう。
時間の無い中で無為な数秒が経過した。
「鷹華さん……」
怯えつつもはっきりとした少年の声に鷹華は意識を覚醒させた。
利発な少年が青白い顔で鷹華を見ていた。
口を開こうとして、懸命に閉じた。
最優先はこの少年と子ども達だ、と言い聞かせた。
「遅れないように」
応えるように凛とした声を上げた。重い足を一歩前に進める。
もう迷わない。もう迷ってはいけない。
鷹華は走り出した。
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