第3話 ふたりだけのコンサート

日曜日

俺は楽譜を持って、公民館を訪れた。

既に彼女は、ステージの上にいた。


「お兄ちゃん、来てくれてありがとう」

「こちらこそ、お招きありがとう」

「堅苦しい挨拶はなし、楽譜持ってきてくれた?」

「ああ」

そういって俺は、用意していた楽譜のひとつを、かえでに手渡した。


「テクラ・バダジェフスカの乙女の祈りだね。これならそらで弾けるよ」

「そう・・・」

余計だったかな・・・


「でも、どうしてこの曲にしたの?お兄ちゃん」

「近所のゴミ回収の時に流れているので、フルで聴きたくなった」

「あの曲を、乙女の祈りと知ってるって、お兄ちゃん凄いね」

「褒めてるのか?」

「うん」

「じゃあ、始めるね」


かえでは椅子の腰をかけ、演奏を始めた。

奇麗な音色が、室内に鳴り響く。

辺りを見ると他に客はいない。

貸し切りなのか?


いや、今は深く考えずに、演奏を楽しもう。

今日は、記念すべき日だ。


演奏が終わった。

俺はしばらくの間、酔いしれた。

「おにいちゃん、どうだった?」

かえでの声に、我に帰る。

「すごくよかったよ。感動した」

俺は拍手をした。


感動を表現するのは苦手だ。

伝わっただろうか?


「お兄ちゃん、乙女の祈りの祈りって何だろうね?」

「結婚だろ?どうかんがえても・・・」

「お兄ちゃん、ロマンチストだね」

いや、結婚で間違いなかったはず。


「でも、ゴミ回収の曲に使われるなんて、天国で泣いているだろうね」

「かもな」


「かえでも、夢見てるのか?結婚」

「どうだろう?まだわからないな」

「白馬の王子さまを夢見てるとか?」

「ううん。私は牛車にのった若殿がいいな」

古風という事か・・・


女ってわからん。


「ねえ、他にも楽譜もってきたんでしょ?」

「ああ、あとふたつほど・・・」

「見せて」

「いや、これは・・・」

「いいから見せて」

かえでは、俺から楽譜を奪い取る。


それに目を通して、少しかえでの表情が曇った気がした。

でもすぐに、いつもの笑顔に戻った。

(なんなんだ?)


これなら弾けるよ、但し時間がかかるから、こっちは今度ね。

返された曲が、一番の目的だった。


もうひとつはしゃれで持ってきた。

まさか、本当に弾くのか?


「お兄ちゃん、はいマイク」

「マイク?」

「私が弾くから、唄いなさい」

「でも、そらでは唄えない」

「はい、歌詞カード」

いつ用意した?

予想していたのか?


「では、弾きます。鉄道唱歌東海道編スタート」

鉄道唱歌は、東海道編だけで66番まである。


のど、持つかな・・・


ちなみに後のひとつは、「ドリーム&パワー」

表情が曇ったのは、そのためか・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る