第2話 救わない命
「ひぃ…や、やめてください、やめてください!俺は…俺は祖国に帰ったら、物書きになるんです!だから腕を、腕を…斬らないで…!後生です!」
手術台では、両腕を銃弾に貫かれ重症を負った兵士が、今にも腕を切断されようとしている。
「破傷風で死ぬよりはましだろう。おい、押さえつけろ」
医師が指示すると、看護婦や衛生兵たちが兵士を押さえつけた。
「あああああ!!!やめてくれええ!!!」
「ま、待ってください!わ、私が治しますっ!」
紀佳はとっさに手術台の方へ駆けた。…いや、駆けようとした。だが横たわっている兵士達の頭を跨いで進むので、あまりどたばた走ることはできない。
「うおっ…!すげ…」
ミニスカ姿の紀佳に、顔の上を跨がれた兵士が目を丸くした。
「あっ!?だ、大丈夫ですか?踏んじゃいましたか?」
紀佳は声に気付き、寝ている兵士の振り返る。
「な、なあ嬢ちゃん、もう一回顔の上跨いでくれねえか?」
横たわっている兵士の股間にはテントがビンビンに張っていた。どうやら紀佳のミニスカートの中が見えてしまったようだ。
「い、今急いでますのでっ!!」
紀佳は気にせず手術台に向かった。医師や看護師たちは、突如駆け寄ってきた美少女に注目する。
「な、なんだ…。随分ハイカラな格好だな。衛生兵…いや看護婦か?慰安婦じゃないよな」
「どれでもありません!私はマジカル・メディコの紀佳です!今、その人を治します!」
紀佳は、腕を斬られる寸前だった兵士のお腹へ両手を乗せた。
「はあああっ…!」
紀佳の衣装がぼんやりと輝き、やがて兵士に触れている手が光に包まれた。
「な!?こ、これは…!?信じられん…!」
医師は驚嘆した。兵士の腕の銃創がみるみるうちに治癒していくのである。20秒もすると、銃創は完全に塞がってしまった。
「え、あ…う、腕が!俺の腕が治った!痛みもない!凄い!やべぇ何だこれうわすげぇ!」
兵士は自分の腕をきょろきょろと眺めている。
「これは…一体!?マジカル・メディコだと?」
医師は困惑しながら問いかけた。
「はい!この宝石、八坂の勾玉っていうんですけど、これに宿ってる精霊に選ばれて、一生懸命修行して、癒しの魔法を授かったんです!」
「癒しの…魔法だと!?非科学的な…。まるで現実とは思えん」
「私は…この病院の光景が現実とは思えません。こんなにいっぱいの人が、傷ついている…。本当に、ひどい…!」
「よくやった、萌乃魔法衛生兵。次だ。まだまだ患者はいるぞ」
藍野軍曹がやってきて、話を遮った。
「あ、はい!無駄口を叩く暇があったら、一人でも多く治せ、ってことですね!」
「ああそうだ。…それと」
軍曹は紀佳のほっぺたを引っ張った。
「いひゃいいひゃいれふ!?なんれふか!?」
「マジカル・メディコじゃない。魔法衛生兵だ。敵性語を使うなと言っている」
「ふえぇ…で、でも、軍人さんだってミリメートルとかモルヒネとか言ってるじゃないですかぁ!」
「学術用語は致し方ないだろう、言い換えたら通じなくなるからな。それで戦況が不利になったら敵の思うつぼだ。だがそれ以外は極力言い換えろ!カレーは辛味入汁掛飯、ラッパは抜き差し曲がり金真鍮喇叭!…はいこの話終わり!おい貴様、治療は済んだな。さっさと病院を出ろ」
「え、あ、はい…。の、紀佳さんだっけ?ありがとうな!俺の大事な両腕、治してくれて!本当に助かったよ!」
治療が済んだ兵士は会釈をして、野戦病院から出ていった。
「さあ、次だ」
看護婦たちが、次の負傷兵を持ち上げて手術台に乗せる。
「ああ、ぁあああ…ま、まえが…みへなひ…」
「うっ!ひ、ひどい…」
負傷兵の傷のひどさに、佳は口元を押さえた。顔面には砲弾の破片がいくつも食い込んでおり、眼球にも深く突き刺さっている。頬はずたずたに引き裂かれて穴が開き、鼻が千切れ飛んでいる。しかも酷いことに、顔中がひどい炎症で化膿している。完全に顔面が崩壊しているのである。
「な、治しますね!」
紀佳は負傷兵の肌に触れ、手から光を放った。すると、どんどん傷は塞がっていくが…
「ぐうぅう!いてえ、いてええ!!」
「あっ…!ど、どうしよ…!」
破片を除去していなかったため、塞がりかかった傷口に破片がいくつか埋まってしまった。
「これはいかん!おい止め!いったん破片を取り除く!」
医師はメスを執り、負傷兵の顔面を裂いて破片を取り除いていく。
「いだいい!!いだああいいい!!!がああああ!!」
当然、顔をメスで裂かれるのだから痛いに決まっている。
「ええい暴れるな!麻酔が足りないんだから、こんな事に使ってられんのだ!さあ、今度こそいいぞ。魔法衛生兵」
医師はすべての破片を取り除き終わったようだ。
「は、はい!今度こそ!はあぁ…!」
紀佳が手をかざすと、負傷兵の顔の傷は塞がった。炎症や化膿は収まり、破片が突き刺さっていた眼球も再生した。…だが吹き飛んだ鼻は戻らなかった。どうやら完全に無くなった部位は再生できないようだ。
「おお、め、目が…目が見える!こんな…奇跡だ!…あれ?鼻は?鼻がねえ!」
「治ったならさっさとどけ。次だ次」
治癒した兵士は医師に促されて手術台から降り、去っていった。
「む…?これは…?」
藍野軍曹は、紀佳のベルトについている八つのハート型の飾りがふと目に入った。七つは金色に輝いているが、そのうち一つはすこし黒ずんでいる。手入れ不足だろうか?
「ごぶ…ぐ…かひゅ…っ…し、に…だぐ、な…」
次に手術台に乗せられた負傷兵は、胴体を3~4発銃弾で撃ち抜かれていた。
「これは…普通ならもうとっくに死んでる。よく生きてたもんだ。間違いなく致命傷だがな」
「ひ、ひどい…!お医者さん!弾を取ってる暇ないんじゃないですかこれ!?」
「そうだな…。弾なら内地のまともな病院で取れる。体内に残ってもいいから、すぐに傷をふさげ。化膿や炎症も治せるんだろう?」
「はい!できます!兵隊さん、しっかりしてくださいね、今助けます!たああ!!」
まばゆい光が20秒ほど放たれ、やがて光が消えた。
「ああ、ぁああ…痛みが、なくなった…!俺、い、生きれるのか、まだ…!」
治療を受けた兵士は、銃創が空いていたはずの腹を何度も手でさすっている。
「はぁ、はぁ…!良かった…!助けられたぁ…!」
紀佳は疲れているようだ。ベルトの飾りは、先ほどまではやや黒ずんでいた状態の一個が、完全に真っ黒になっていた。
「おい、萌乃魔法衛生兵…。さっきから気になっていたが、ベルトについてる八つの飾りはなんだ?魔法を使うたびに、だんだん黒ずんでいるようだが」
「あ、これですか?ハートの飾りですね。癒しの魔力がどれくらい残ってるかが、色で分かるんです。最初は金色で、魔力を使うと黒くなるんです」
ベルトについている八つのハートの飾りは、二つが黒ずんでおり、六つが金色に光っていた。
「回数制限があるのか?」
「一晩寝れば全部金色に戻りますよ!」
「そうか…。…今の、腹に穴が空いた奴を治癒したとき、飾り一個が一気に黒くなったぞ」
「あれ?おかしいですね…。さっきまでは三人くらい治したけど、少し黒くなっただけだったのに…」
話を聞いていた医師が、静かに口を開く。
「…傷の深さや失血量で、消費する輝きの量が変わるんじゃないか?」
「あ!そうでした!お師匠様がそう言ってました!」
「忘れていたのか…しっかりしてくれ。ええと、つまり。浅い傷を治しただけなら大して輝きは減らないが。致命傷を治すと飾り一つ分の輝きが一気になくなるというわけか」
「みたいですね…」
どうやら無制限に何人でも治療できるわけではないらしい。
「配分を考えねばな」
「ですね!なるべくひどい怪我を負った人を、優先して助けましょう!致命傷でも、一日八人までなら治せます!」
紀佳は下腹部に銃創が空いた状態で横たわり、弱弱しく呻いている兵士を見た。どう見ても致命傷である。早急に治療しなくてはやがて確実に失血死するだろう。
「た…だず、げ…」
「いちいち手術台に運んでる暇はないですね!すぐに治しに行きます!」
紀佳は重症の兵士の方へ歩み寄るが…
「待て」
軍曹は紀佳の腕を引っ張って止めた。
「な、なんですか?」
「…そいつは治療するな」
「…え?ど、どうして…」
なんと軍曹は、明らかに致命傷を負っている兵士への治療を止めた。
「そいつは放っておけ。それより、もっと怪我が軽い者たちを優先して治療しろ」
「…!?な、何を言ってるんですか!この人、放っておいたら死んじゃいますよ!ダメですそんなのっ!すぐあの人を治さないと!」
紀佳は理解不能な命令に驚き、反発した。そして軍曹の指示を無視して致命傷の兵士を治そうとするが…
「上官命令を無視するなァッ!!!」
軍曹は、紀佳のやわらかな腹部を拳で殴った。
「がふぅっ!?」
紀佳は殴られたお腹を押さえ、ぺたんと膝をついてうずくまった。
「げっほげほっ!おごぇえっ!いだい…痛いですぅぅっ…!げほっ!ど、どうして、軍曹さんっ…!がはっ…!」
紀佳は涙を流しながら苦しんでいる。
「もう一度命令する。そいつは放っておけ。傷の浅い者から治療していけ」
「ど…どうし…て…!はぁ、はぁ、け、怪我が、軽い人は、後回し、でも…いい、じゃ…」
「口答えをするな!」
軍曹は紀佳の頭をブーツで踏みつけた。
「うぎぃいっ!やめ、やめでぐだざいいぃっ!!やめて、痛いぃ!!ひいぃっ!」
紀佳は軍曹のブーツをつかみ抗った。
「いいか、軍隊では上官の命令は絶対だ。二度と逆らうなよ」
「な、なんで、なんでぇぇっ…!」
致命傷を負った兵士を見殺しにし、傷の浅い者を優先して治癒しろと、無茶苦茶な命令を下す藍野軍曹。
一体彼は何故紀佳へ、そんな理不尽な命令を下すのであろうか…?
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