癒しの魔法少女達が衛生兵として激戦地に赴いてみた結果

タマリリス

第1話 護国の希望 マジカル・メディコ

1941年。我が国は、強大な敵国との闘いを始めた。

かつては仲間同士だと思っていたその国は、大規模な世界恐慌に苦しむ我が国へ、突如として石油と鉄鋼の輸出を停止した。

なんたる無慈悲。なんたる非情。我が国民達は、それを敵国の嫌がらせだと…悪しき独占欲からくる理不尽な仕打ちだと批難した。そうしてかの鬼畜この上無き巨大な敵国を打ち倒し、彼奴らに支配される東南の国々を解放すべく正義の戦いを始めたのだ。

…それが、我が国の一般大衆向けに新聞で報じられている、開戦への経緯だった。



「おっかさん、行ってくるね!」

「行ってらっしゃい。必ず帰ってくるんだよ」

ある田舎の農村にある一軒の家。その玄関で、一人の美少女が母親に見送られ、軍用車の後部座席に乗って都へと出発した。

彼女の名前は萌乃紀佳(もえの のりか)。14歳。

「私が…護国の英雄たちを、救うんだっ!」

自動車の後部座席で何やら意気込む紀佳。果たしてこれから何を為そうというのか?


三カ月後。

紀佳は都の寺院で、陰陽師の司祭のもとで修業をしていた。

「紀子、軍曹殿がお見えになった。国のお迎えがきたぞ。これからお前は、マジカルメディコとして戦地で活躍するのだ」

「いよいよです…!お師匠様、今までありがとうございました!」

「厳しい修行によくぞ耐えた。私は軍曹殿と少し話をしてくる。紀子は湯浴みをし、身支度をしておけ」

「はい!」

紀子は浴室へ湯浴みに行った。彼女に師匠と呼ばれた司祭は、寺院の入り口へ客人を迎えに行った。玄関を開けると、立派な服を着た軍人が扉の外に立っていた。

「神託寺の司祭、米多彦だな。私は帝国陸軍曹長、藍野 武智(アイノ ムチ)である。例の少女の修行が終わったと聞き、陸軍へ迎えに参った」

「かしこまりました、それではこちらの客間へおいで下さい。あの少女について説明をさせて頂きます」

司祭の米多彦と、曹長の藍野は、客間で椅子に座りながら話を始めた。

「あの者は、我が神託寺の秘宝『八つの勾玉』に宿る精霊に選ばれし八名の少女のうちの一人で…」


「ふんふふーん♪いよいよだ…。いよいよ私も、軍に…!」

紀佳は湯船から上がり、バスタオルで体を拭き、長い髪をわしゃわしゃと拭いた。

そして、何やらハイカラな衣装…。フリルがあしらわれたピンク色のミニスカートのナース服らしき衣装を、下着無しで直接素肌に身に着けた。そしてフリルがあしらわれたエプロンと帽子、おしゃれな赤十字の腕章を身に着け、膝下までの丈の靴下を履いた。そしてピンク色のショルダーバッグを肩から下げた。その姿は、現代に生きる我々から見れば、『魔法少女』と呼ぶに相応しい姿であった。

「癒しの力を授かった魔法少女…。マジカルメディコ、紀佳…いざ、行きます!」

風呂場から出た紀佳は、意気揚々と廊下を歩いた。


「お師匠様!湯浴み終わりました!身支度も、ニモツの準備も大丈夫です!」

紀佳は、司祭と軍曹が待つ客間へ入った。

「それ故に、全員で八人までしか…っと、おや紀子、来たか。こちらも話はだいたい済んだよ。…軍曹殿、これが例の少女…紀佳でございます。紀佳、藍野軍曹へ挨拶だ」

司祭に促され、紀佳は軍曹に向かってぺこりとお辞儀をした。

「はい!只今ご紹介にあずかりました、マジカルメディコの萌乃紀佳と申します!これからよろしくおねが…」

「待てい!!!」

自己紹介する紀佳へ、突如軍曹は怒鳴ると、胸ぐらをつかんだ。

「はわわぁ!?ご、ごめんなさい!?私、何か失礼なことを…!?」

「今貴様、なんと言った?もう一度言ってみろ」

「え!?は、はい、マジカルメディコの…」

「きさまッ!!!敵性語を使うなッ!!!」

「ふえぇぇっ!?て、敵性語…!?」

「そうだ。magical medico…どう聞いても敵性語だろうがッ!我が国の言葉に言い換えろッ!」

「そ、そんなぁ…!お師匠様、マジカルメディコって敵性語だったのですか!?」

「さ、さあ…私は神託で命じられた御言葉のままに名乗らせたに過ぎない故、なんとも…」

「うぅ…。どう言い換えればいいんですかぁ?向こうの言葉なんて分かんないですよぉ…」

「むぅ…ならばこう名乗れ。『魔法衛生兵』と!」

「はっ!魔法衛生兵、萌乃紀佳です!よろしくお願いします!」

紀佳は改めて、深々とお辞儀をした。

「うむ、よろしい。その鞄に辞典でも入れておくことだな。しかし…随分とハイカラな服装をしているな。看護婦の服のような、西洋のドレスのような…。それにスカー…腰巻も随分と短いようだが」

軍曹は紀佳の衣装を眺めている。

「軍曹殿。マジカルメ…オホン。魔法衛生兵の衣装は、この者が神託によって授かった神通力によって変身したことで形成された衣装です」

「あ、はい!そうなんですよ!もうびっくりしました!たっぷり修行して、神様にお祈りしたら、こんなに可愛いお洋服ができたんです!よいしょ」

紀佳は藍野軍曹と対面になるように、椅子に座った。…足が開き気味である。

「これ紀佳!!!脚を閉じんか脚を!!!見えるぞ!!!」

「えっ!?わ…わああっ!!」

紀佳は顔を紅くして脚を閉じ、スカートの前を手でぎゅーっと押さえた。

「…その衣装、ドロワーズ等の下着はないのか?そんな短い腰巻で、下着無しでは困るのではないか」

どうやら軍曹からは、スカートの中が見えてしまったらしい。

「うち田舎なので、そういうの着けてる人少ないんですよね…。おむつみたいで可愛くないかなって…」

「ぐ、軍曹殿、私が説明いたします。魔法衛生兵は、癒しの魔法を使うためには…衣装の上にも下にも、重ね着ができないのです」

「何?重ね着ができない?どういう原理だ」

「魔法衛生兵は、この衣装に浴びた光を魔力に変換し、肌で受け取って魔法として行使します。しかし、衣装の外へ重ね着をした場合、影によって光が遮られて魔力が生成できなくなります。同様に中へ重ね着をした場合、衣装と肌の間の衣服によって魔力が拡散してしまい、魔法を行使できないのです」

「成程、分かった…。要するに、その服のままでいさせればいいということだろう」

「はい!この服すごいんですよ!お洗濯しなくても、擦るだけで汚れが落ちますし。ニオイも染みつかないんです!」

「なるほど…分かった。…って、おや、靴はどうした?靴下だけのようだが」

「靴なら玄関ですよ。土足で客間には入れませんからねっ」

「そうか、ちゃんと靴はあるのか。まあいい、話はここまでにしよう。萌乃紀佳!これより貴君には、陸軍衛生兵へと入隊してもらう。よいな」

「はっ!ぐんそー殿!」

紀佳は元気に敬礼をした。


やがて寺院から一台の軍用トラックが出発した。軍曹と紀佳を乗せて、陸軍基地へと向かっている。

「よいか、萌乃魔法衛生兵。これから我々は我が国を離れ、海を渡って南東のM半島へ向かう。そこの野戦病院で、負傷兵を癒すのがお前の仕事だ」

「わぁ、外国ですか!お船で国を渡るなんて、生まれて初めてです!」

「そうか。…この戦いに勝つまで、お前は親元へは帰れん。分かっているな」

「…はい。大丈夫です、必ず勝っておっかさんの元へ帰りますから。それに、おっかさんのとこには、お米がいっぱい届いてるんですよね?」

「そうだ。お前は軍人として徴兵されたわけだからな。その家族には、それなりの報酬を与えねばな。…分かるか、萌乃衛生兵。お前が我が国へ奉公しているおかげで、お前の母親は飢えることなく米が食える。立派な親孝行だ」

「えへへ…ありがとうございます。頑張ります!護国の英雄の兵隊さん達の傷を、頑張って癒しに行きます!」

「護国の英雄…か。ときにお前、兵隊とはどんな者達だと思っている?」

「はい!日夜、国のために武器を持って戦う、正義の英雄だと!そう聞いております!我々のような護られるだけのひ弱な民間人と違って…屈強な英傑だと!」

「…よく真面目に学校で勉強しているようだな」

「あ、ありがとうございます!」

「その幻想は、さっさと捨てることだ」

「え?ど、どうして…」


海を渡り、南東のM半島に来た紀佳。

彼女は藍野軍曹に連れられて、野戦病院へと脚を踏み入れた。そこで彼女が見たものは…

「があああああ!!!いてェェぇええ!!いてええええッ!!!」

「た…すけて…ぐれ…ェ」

「しに…たく…ない…ッ…ヒュッ…ヒュゥッ…ゴポッ…」

「や、やめてください、お、俺の腕、斬らないでください、お、お願いします、お願いしますゥッ!!」

…床いっぱいに敷き詰められて寝転がる、血まみれの負傷兵たちの姿であった。

「ひ…ひっ…!」

目を覆いたくなるほど悲惨な光景を目の当たりにした紀佳は、尻餅をつき、恐怖の表情を浮かべた。激痛に苦しむ兵士たちの、血と汚物のニオイが彼女の鼻を刺激する。

「ひ…ひどいっ…こ、こんな、こんなっ…!!」

田舎の農村で暮らしてきた紀佳は、こんな悲惨な光景など一度も見たことが無い。銃創を血まみれの包帯で覆い、破傷風対策のために手足を切断され、生き地獄を味わわされている人間が大勢ひしめくこんな異様な空間など…見たことが無い。

「う…お、おええええっ…!!」

紀佳は吐き気を堪えられなかった。兵士の排泄物が溜まったバケツへと、吐瀉物をぶちまけた。

「よく見て慣れておけ、萌乃衛生兵。貴様はこれからずっと、戦に勝つまで。ここで働き続けるのだからな」

「はぁ、はぁ、はぁ…!ぜぇー…はぁーっ…!」

紀佳は涙を流しながら、兵士たちを見つめる。床いっぱいに寝転がり、重症を負った苦痛にあえぎ泣き叫んでいる男たちは、話に聞いていた屈強な英傑などではなかった。自分と同じ、か弱い人間…儚く、尊き一人の命だ。その肉体が敵国の兵器によって残酷に破壊され、身体機能を欠損させられている。大勢の人々が地獄の苦しみを味わわされている。…紀佳は頭が真っ白になっていた。

「紀佳魔法衛生兵。さあ、貴様が身に着けた癒しの魔法を、今こそ使うときが来たのだ」

藍野軍曹は、紀佳の肩をぽんと叩いた。



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