王太子殿下の苦悩とお礼の手紙
リゼルティアーナからの手紙を読み返したヴィーラウムは口元をほころばせた。
普段のおてんば娘を潜ませた可愛らしいお礼の手紙。女性らしい流麗な文字で『お会いできる日を楽しみにしています』などと書かれてあって、ヴィーラウムは口元が緩みそうになるのを必死で我慢した。
贈り物、気に入りましたか? と返したら『はい。薔薇の良い香りに包まれて過ごしておりますわ』と返ってきた。手紙では少し気取った口調になるのが愛らしい。
普段の気取らない彼女も元気があっていいが、背伸びをした言葉遣いを、あの少女が机に向かって一生懸命考えているのか、と思うと胸の奥がむずがゆくなる。
「何にやにやしているんですか。気持ち悪い」
苦言を呈したのはフェリクスだ。
「……うるさいな」
執務室で読むべきではなかった。ヴィーラウムはフェリクスの登場に眉根を寄せた。
「だいたい、さっさと正体を明かすよう進言したのに、なんでそのままなんですか。しかも文通まではじめて。何考えているんですか」
「こっちにも色々とあるんだよ」
「いい年して四歳もさばよんで、何が色々ですか」
「いちいちうるさい奴だな。男の、見栄ってやつだよ。十八って言わなかっただけ俺はまだ理性的だ」
あの流れでどうやって自分が王太子その人だと明かせるのか。とかいう話の流れを語って聞かせたらフェリクスは口をぽかんと開けた。
「十八って、あなたそれは相当に厚かましいですよ。どこの世界にそんな老けた十八がおりますか」
「容赦ないな、おまえ」
ドツボにはまったヴィーラウムの奇行は父王と大臣らにまで知られるようになっていた。
騎士のフリして姫の元に通うのに何の意味があるのだ、と。
「殿下、お披露目会を延期したいとおっしゃられていましたが、それは無理でございますぞ」
執務室に入ってきた大臣の苦情を聞いたヴィーラウムはやっぱりな、とため息をついた。
お披露目の会というのは文字通り、シュヴァルアイツの姫君とトルネアの王族・貴族らの顔合わせを兼ねた夜会だ。
結婚式とは別に設けられている。
ヴィーラウムはこれの日程を少し後ろにずらせないかと提案した。もちろん本気ではない。そうできればいいな、と思っただけだ。
なにしろヴィーラウムはまだ彼女に自分の正体を告げていないから。
「言ってみただけだ」
「きちんと姫君に正体を明かしてください。騎士の格好をした王太子が宮殿内を闊歩していると宮殿の者たちも落ち着きません」
フェリクスは口を挟まないものの、同意するように頭を上下に動かしている。
「分かっているよ」
なんだって、こんなことに。
いや、自分の不甲斐なさが原因なのだが。
リゼルティアーナは贈られた薔薇を手に取った。毎日届くようになり、夫である王太子はどうして紅い薔薇を選んだのだろうと想像してみるが、想像の中の王太子はあいにくと顔に靄がかかっていて現実味が沸かない。
(もしこれがあの意地悪なヴィーだったら。紅い薔薇が似合うような女になれよ、とか言いそうだわ。ええそうよ、絶対に言うのよ)
すぐに想像ができた。
口ではからかいながらも、でもちゃんと瞳は優しい。それでリゼルティアーナは仕方なく貰ってやるのだ。花が可哀そうだからとか言い訳をしながら。
(花に罪はないものね)
「姫様、よろしゅうございましたわね。毎日美しい薔薇が届くようになりまして」
バラを見つめながら笑みをこぼすリゼルティアーナに女官の一人が話しかけてきた。
「え、ええそうね」
リゼルティアーナはどきりとした。だって、今考えていたのはヴィーのことだったから。
王太子から貰った薔薇を見て、ヴィーのことを思い出すなんて。
それもこれも王太子が早く自分に会いに来てくれないのがいけないのだ。
「そうだわ。わたし、ヴィーにもお礼が言いたかったの。だって、彼のおかげで王太子殿下からお手紙が届くようになったんだもの。ねえ、誰かヴィーにもお手紙を届けてくれない?」
今思いついたがいい考えだと思った。
あれからヴィーもフェリクスとも会えずじまい。二人とも忙しいらしい。
女官らは互いに顔を見合わせる。
「やっぱり、わたしが一介の騎士に手紙を書くのは駄目なのかしら。お礼の手紙なのだけれど」
「いいえ。そんなことは、ございません。ヴィー……様に関しては大丈夫でございますわ」
女官の一人が進み出る。
「そう」
リゼルティアーナはにっこりと笑った。
「では、書き終わったら誰か彼に届けてくれるかしら」
「もちろんでございますわ」
じゃあ早速書いてしまおうかしら、とリゼルティアーナは書き物机に向かうことにした。
普段言い合いばかりしている彼に送るお礼の手紙。何を書けばいいのだろう。いや、お礼の文面なんだけれど、王太子殿下に宛てるような気取った言葉遣いで書いたら後で絶対に笑われる。
リゼルティアーナは十分に迷ってなんとか手紙を書き終えた。
「ニャン」
書き終えたらラーラが構ってほしそうに机の下に座ってリゼルティアーナのことを見上げていた。
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